スイスの大手金融機関の永久劣後(AT1)債が無価値化するという逆風の中、国際的な主要行で初めてAT1起債に成功

特集 Special Contents 3 機を捉えた資本調達
企画部IR室
(写真左)
上席室長代理水野 絵梨香
(写真中央)
 森本 冬陽
(写真右)
室長代理古澤 健介

AT1債は、金融機関破綻時に他の債務に劣後する損失吸収の仕組が備わった証券で、バーゼル規制上、その他Tier1資本(Additional Tier1 Capital)として算入されます。グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)は、自己資本比率の所要水準を満たすことが規制上求められており、AT1債は健全性維持のため重要な調達手段のひとつとなっています。

2023年3月、スイス大手金融機関クレディ・スイスの経営危機を契機に同社のAT1債が無価値化しました。AT1債に対する懸念が高まる中、当社は世界の主要行に先駆けて2023年4月にAT1債を起債しました。さらに、2024年2月には、当社初の米ドル建AT1起債も実現しました。

クレディ・スイスショック後、国際的主要行で初のAT1起債を実現

水野当社では、2023年4月の円建AT1起債に向けて、同年3月にアナウンスを出していました。ところが、その矢先にスイスの大手金融機関であるクレディ・スイスが経営危機に陥り、UBSに救済買収されたことを受けて、クレディ・スイスのAT1債が無価値化するという事態が発生しました。その結果、社債市場でAT1債への懸念が一気に高まったため、当社も起債を続行するか否かの判断を迫られました。

森本不透明な環境下では、十分な金額を調達できずに失敗するリスクがあったため、起債を延期することも検討しました。一方で、延期するとかえって国内投資家のAT1債に対する不信感を高めてしまう懸念もありました。

古澤そこで、投資家の反応を十分に確認してから起債実施を判断するために、マーケティング活動を進めていきました。従来は証券会社を介して投資家と対話することが多かったのですが、今回は投資家からAT1債の仕組に関する問い合わせが多くあったため、直接面談をしました。

森本クレディ・スイスの場合は、スイス当局から多額な公的支援(extraordinary government support)を受けたことがAT1債の債務免除特約に該当したため、無価値化したと考えられています。一方、日本では、AT1債が無価値化される実質破綻状態と認定される条件が法令上明記されており、その中に公的支援は含まれていません。このような日本のAT1債の商品性やリスクについて正しい理解が得られるよう、投資家との対話に力を注ぎました。

古澤投資家の疑問に一つ一つ誠実に回答し、信頼関係を構築することができ、示唆のあるフィードバックが得られました。また、投資家との接点を増やし、当社への理解を深めていただくことの重要性を実感しました。これを踏まえ、その後の国内AT1起債でも、面談の機会を積極的に設けるよう努めています。新規開拓にも力を入れており、時には地方投資家の元へも足を運んでいます。

水野AT1債に対する不信感が増している中での起債で、メディアによる関心も高く、連日のように取材対応があり、報道が過熱化していた印象でした。

 一方で、マーケティング活動の甲斐もあり、スイスと国内AT1債のスキームの違いに対する理解が投資家の間に浸透していきました。市場の受け止めが相応に冷静であることが確認できたため、当初予定していた通りに起債するという結論に至りました。

古澤本件についてマネジメントにタイムリーに報告していましたが、CEOもCFOも、「国内AT1債市場の安定化に向けて、金融界全体にとっても大事な案件だから、ぜひやろう」と背中を押し、ゴーサインを出してくれたことは、大変心強かったです。

森本最終的に、期間5年は年1.879%、期間10年は年2.180%の利率で、計1,400億円調達できました。市場で当時取引されていたAT1債と近いレベル、すなわち過度なプレミアムを上乗せしていない金利条件で、まとまった需要額を積み上げました。日本経済新聞の1面に掲載された時は、社会的に意義があり、影響力の大きい案件をやり遂げることができたと実感しました。

当社初の米ドル建AT1債にもチャレンジ

古澤2024年2月には、投資家層の拡大や調達通貨の多様化を図るため、当社初の米ドル建AT1債も起債しました。新たなプロダクトで入念な準備が必要だったため、社内で分科会を立ち上げ、円建AT1債を通じて得た経験を基に論点を整理しました。同時に、海外投資家に本邦AT1債の特徴を正しく理解していただけるよう、ポイントを絞ったロードショー資料を作成しました。

森本ロードショーでは、アジア時間から米国時間にかけて130社以上とWeb会議形式で面談を行いました。海外投資家にAT1スキームについて説明することは、相応に難易度が高いですが、債券投資家向けIRのために海外出張に行った際の経験を活かして対応しました。水野さん、古澤さん含めたIR室メンバーと交代制で面談に臨み、当社のAT1債の調達方針やスキームを説明していきました。

古澤面談した投資家からの反応は良好で、前向きな投資スタンスを確認することができました。発行条件決定プロセスでも、投資家の強い需要が積み上がり、最終的には円建AT1債に換算するとほぼ同水準となる金利条件で起債することができました。当社の信用力への評価に加え、投資家面談を通じて、海外投資家に本邦AT1債に対する理解が浸透したことが実を結んだと考えています。経験の長い、国内外の社債業務に従事している方々からも、「Great Deal」と称賛されました。

水野邦銀の米ドル建AT1起債は、当社が2件目でした。特に、検討開始時は邦銀の発行事例がなく、適切な金利条件の設定が難しいことが論点のひとつとなっていました。そうした中で、より良いプライスを追求するため、敢えて「邦銀初」であることにこだわらず、タイミングを慎重に見計らって起債をしました。

 2023年4月の国内AT1債がクレディ・スイスショック後、国際主要行初だったことと対照的ですが、このようにマーケット環境や投資家需要、当社の戦略等を総合的に勘案し、機動的に資本調達を行っています。

国内外の権威ある賞を受賞

森本2023年4月の円建AT1起債は、世界的な金融専門誌であるIFR、ロンドン証券取引所グループ(LSEG)が主催する「DEALWATCH」および「キャピタル・アイ」といった、国内外の権威ある機関から評価を受け、円債における年間ベストディール賞等を受賞しました。

 SMBCグループでは、若い年次でも責任ある仕事を任せてもらえる一方で、困った時には上司や先輩が手を差し伸べてくれます。私は当時入社4年目でしたが、社内外の方々の力を借りながら、世界的に注目度が高い案件を仕上げることができ、大変嬉しく思っています。

古澤米ドル建AT1起債も、当社だけでなく証券会社や法務の専門家等、総勢100人以上がかかわるプロジェクトでしたが、チームの力を最大限引き出し、当社初のディールを成し遂げることができました。今後さらなる環境変化も予想されますが、私自身今回の経験を糧として臨機応変に対応することで、適時適切な資本調達を企画・実行していきたいと考えています。

水野クレディ・スイスショック後の国際主要行初の円建AT1債、当社初の米ドル建AT1債、いずれも先行きが見通せない中、日々動いていくマーケットと対話しながら、実現に向けて行動を起こし、機動的に対応・判断していきました。「Proactive & Innovative」「Speed & Quality」といったSMBCグループの価値観が体現された事例だと考えています。今後もSMBCグループの価値観や強みを発揮して機動的な資本調達を行い、金融機関の業務の大前提である健全性の維持を実現していきます。

IFRアワードで「Yen Bond of the Year」を受賞

The Column

先入観を捨て、新たな道を切り拓く

井上 清志郎SMBC日興証券 第二デット・キャピタル・マーケット部 副部長

 社債の引受業務は、リスクイベントを極力回避し、市場が安定した状況で行うことが基本です。今回の三井住友フィナンシャルグループのAT1起債は、クレディ・スイスのAT1債が無価値化するというリスクイベントが起こった直後の出来事だったため、当初は主幹事証券会社としてどのような提案をすべきか、大いに悩みました。しかし、三井住友フィナンシャルグループでは、起債回避によりAT1債市場が停滞するリスクを勘案し、同社のみでなくAT1債市場全体への影響を踏まえて実行を決断しました。SMBC日興証券も主幹事として、今後のAT1債市場の発展に対する思いに応えられるよう、投資家と発行体の間に立ち、日々のマーケットの状況や投資家の声を密に共有することを意識しました。今回の起債が成功した大きな要因は、「できるはずがない」という先入観を捨て、難しい状況でも新たな道を切り拓くチャレンジ精神があったからだと考えています。私自身も、新商品の組成等の新たな分野にチャレンジしていきたいと考えており、組織横断的に積極的に関与し、業務の幅を広げ、SMBCグループの発展に寄与していきたいと考えています。

発行体の期待値を超える提案を行う

松井 勇介SMBC日興証券 第二デット・キャピタル・マーケット部

 発行体はお客さまにあたりますが、個人的には同じ目標に向かって進む伴走者という意識で業務に臨んでいます。今回、米ドル建AT1起債は、三井住友フィナンシャルグループ初の試みであり、海外投資家への訴求ポイントも含めて、古澤さんとゼロから作り上げていきました。既存の商品と比較してさまざまな論点があり、それらは発行体と主幹事証券会社がひとつずつ詰めていく必要がありますが、古澤さんと密にコミュニケーションを取ることで、発行体の意向を的確に捉え、ディールを円滑に進めることができたと考えています。当社では、高い倫理観を持ってプロとして取り組むにあたり、Integrityという言葉を大切にしています。今回のプロジェクトにおいても、この言葉を常に意識し、プロとして、発行体の目指す最適な発行条件を整えるべく、期待値を超える提案ができるよう努めました。今回の経験を活かして、今後も新しい通貨やプロダクトにも挑戦し、深みと幅の広さを持ったバンカーを目指していきます。