〜特集〜環境に配慮した社会資本の老朽化対策

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〜特集〜環境に配慮した社会資本の老朽化対策

2012年に発生した中央自動車道 笹子トンネルの事故を機に、社会資本※1の老朽化問題がクローズアップされている。道路、上下水道などの老朽化は人々の生命・生活と企業活動に大きな影響を及ぼし、また、環境破壊を引き起こす要因にもなり得る。そこで本特集では、この問題への有効な対策づくりに活用できるいくつかのヒントを提示する。また、環境負荷を減らしながら老朽化対策を推進できる新技術・サービスの開発にしのぎを削る企業・研究機関の取り組みも紹介する。

現状設備の維持・更新だけで、予算オーバー!?

2012年夏、政府は「国土交通白書」の中で、公共インフラの維持・更新にかかる将来の費用に関する推計(図1)を発表した。その中身は全国の自治体や関係者に、かつてない危機感を認識させることとなった。
全国の公共インフラに投入する年間予算の総額を、2010年度の水準のまま固定したと仮定すると、2037年度には維持管理・更新費用だけで予算を超過し、新しいインフラを建設する余裕がまったくなくなってしまうことを、この推計は明らかにしている。
日本のインフラの多くは、1960〜1970年代の高度経済成長期に整備されている。つまり、築50年を経過した構造物が、これから本格的な更新時期を迎えることになる。たとえば全国に約70万ある長さ2メートル以上の橋梁のうち、築50年を経過したものは現在20%程度だが、2023年には43%に急増する。下水道管路に着目すると、埋設後50年を超えるものがすでに1万キロメートル以上あり、20年後には約11万キロメートル、全体の約24%に達してしまう。
地域再生、公民連携を専門とする東洋大学経済学部教授の根本祐二氏は警鐘を鳴らす。「この問題が、地震や津波などの自然災害と異なる点は、100%の確率で起こる、つまり確実に老朽化が進行するということです。何も対策を施さなければいずれ朽ち果てて、我々の生命や財産を危険にさらすことになります」。2012年に発生した中央自動車道 笹子トンネルの天井板落下事故は、この問題の重大性と緊急性を、白日の下にさらしたといえるだろう。

図1:国内の公共インフラを従来通り維持管理・更新した場合の費用の推計

図1:国内の公共インフラを従来通り維持管理・更新した場合の費用の推計
出典:「平成23年度 国土交通白書」

米国における、社会資本の老朽化対策

社会資本の老朽化問題は、財源の一時的な積み増しや行政機関のマネジメント体制強化だけでは、もはや解決が難しい段階に来ている。また、従来の社会資本整備は、建設資材の原料採取から資材の製造、施工、廃棄までのライフサイクル全体を通して評価を行う LCA が十分に活用されていない案件も多かった。今後は民間活力を活かしたPPP※2・PFI※3の手法などが不可欠になる。「20世紀半ばまでの潮流であった大きな政府は財政の肥大化を招き、その反省として小さな政府が議論されるようになりました。しかし、社会資本の老朽化問題は、公共サービスを縮小しても解決できないものです。行政をスリム化しながら環境への負荷を減らし、公共サービスの質も維持するためには、民間の資金とノウハウを活用するPPP・PFIが欠かせません」と根本氏は説明する。
日本よりも早く社会資本の整備が進んだ米国では、老朽化問題に対してどのような対策を講じてきたのだろうか。PPP・PFIの活用例を織り交ぜながら、主な軌跡をたどってみる。
1980年代から2000年代にかけて、米国では老朽化が原因の落橋事故やダムの決壊が相次いだ。連邦政府では構造物の点検・資格制度や監視員制度の構築、予算管理に関する各種分析システムの開発、ガソリン税率引き上げによる安全対策・環境対策予算の増額など、さまざまな取り組みが段階的に行われてきた。しかし現在も、主要道路の約3割は状態が良好ではなく、3割以上の橋が設計寿命を超えているとみられる。米国土木学会は2013年、インフラの劣化に警鐘を鳴らすレポートを発表。2016年の大統領選では、老朽したインフラの補修問題が共和党と民主党の双方から論じられた。トランプ政権は政策の柱の1つに、1兆ドル規模のインフラ投資計画を掲げる。

米サンディ・スプリングス市のPPP成功例

社会資本の適切な維持管理を行うに当たって、各国に共通する悩み事は、財源の確保が難しく十分な予算が組めないことだろう。ここではPPPによる米国での成功例を挙げてみよう。
米ジョージア州で2005年、約10万人の住民が「自分たちの税金が適切に使われていない」ことを理由に「独立」を宣言。サンディ・スプリングス市という新しい自治体が誕生している。市民は安全かつ快適な街をつくるために、警察と消防を除くすべての自治体業務を民間に委託するという判断を下した。業務を受託したのは、設備検査・道路保全などのノウハウを蓄積しているエンジニアリング企業である。同社は6年という契約期間の中で、道路インフラや公共施設を、最も低コストかつ効率的に点検・補修する方法をシミュレーションし、緻密な計画に基づいて各業務を遂行した。このPPPによる自治体運営によって、同市は年間の行政コストを半分以下に抑制することに成功した。契約が満了した6年後には再び入札を実施。専門分野に特化した5社に自治体業務を分割して委託することにより、サービスの向上と委託費用のさらなる削減を実現している。一連のコストカットによって生まれた財源は市民の要望によって、主に暮らしの安全を守るサービスに使われている。
また、同市は民間業者との間で交わす契約書に、請け負った業務についての業績測定や、住民による評価システムに関する事項を盛り込んでいる。これによって業務の生産性はもちろん、環境への配慮が行き届いているかどうかなどを、多面的に評価できる体制を構築している。
日米の法制度の違いなどもあり、この事例を日本の自治体にそのまま当てはめることはできない。だが、サンディ・スプリングス市の一連の取り組みには、社会資本の維持管理コスト抑制のための考え方やヒントが多く含まれていることは確かだ。

藤沢市が発表した、「公共施設マネジメント白書」のインパクト

では、日本の自治体の中に、老朽化対策のモデルとなる実践例はあるのだろうか。根本氏は、神奈川県藤沢市の活動を挙げる。同市は2008年に、市が保有する全施設の利用実態や運営状況、トータルコストなどをさまざまな角度から整理・分析し、行政サービスの現状と課題を明確にした「公共施設マネジメント白書」を、全国で初めて発表した。
白書の中で藤沢市は、公共施設に関して建築年別の延べ床面積の推移を、グラフ化して公表している。「各施設の老朽化状況をまとめて把握することで、耐震補強や建て替えの優先順位を明確にでき、段階的な更新投資を進める必要性が誰の目にも明らかになります」(根本氏)。
この白書で発表した各種データを活かして効率的な行政運営を進めるために、同市は公民連携の在り方を検討する委員会を設置した。委員会では、将来の公共施設とインフラ更新投資額の推計を行っている。その結果、従来の予算枠を大幅に上回る財源が必要だという現実が明らかになった。これを受けて委員会では、将来の財政制約を緩和するため、公民連携の提案制度を提言するなど、老朽化問題の解決に向けた活動を本格化させている。
現在では、藤沢市の一連の取り組みを下敷きにして、ハコモノやインフラの客観的なデータを集約し、独自の老朽化対策を推進する自治体が全国で相次いでいる。たとえば神奈川県秦野市では、2011年より公共施設の大胆な再配置計画に着手している。優先度の低い施設は廃止し、行政サービス機能を小中学校に集約・再配置することで更新投資の負担を圧縮した。
住民参加によるインフラの維持管理という、新しい仕組みも登場している。千葉市では、2014年、市民が日常生活で発見した道路などの異状を、スマートフォンなどの端末を用いて市に報告してもらう「ちば市民協働レポート」と呼ぶ活動を開始した。長崎県では、一般市民や民間の技術者を、橋の維持管理を担う人材として育成する仕組みを導入している。

国土交通省の“本気度”

国土交通省も、深刻度が増す老朽化問題を踏まえた政策を相次いで打ち出している。2016年11月には、社会全体でこの問題に取り組む機運を高め、産学官民が有する技術や知恵を結集できるプラットフォームとして「インフラメンテナンス国民会議」を設立した。また、社会資本の老朽化対策情報を集約した同省のポータルサイトは、多様なステークホルダーを意識して運営されており、実用的な事例や資料の充実に努めている。
こうした政策によって、道路インフラや公共施設などの社会資本は今後、“つくる対象”から“賢く使い、維持していく対象”へ変化していくことが予想される。そして適切な維持管理は、1つの産業にまで昇華することが期待されている。すでにICT大手や素材メーカー、運輸企業など、さまざまなプレーヤーが社会資本の老朽化問題を解決する製品・サービスを展開し、新たな市場を形成しつつある。また、道路やハコモノの新設よりも維持管理に重点を置く社会は、地球環境への負荷を大きく削減できる可能性を秘めている。

鉄筋コンクリートを100年超に

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 構造材料研究拠点の西村俊弥主席研究員は、既存の鉄筋コンクリートを100年を超えて長寿命化できる技術を確立した。
「あまり知られていないのですが、コンクリートはそれ自体が劣化するわけではなく、内部の鉄筋が腐食して体積が膨張することで、コンクリート構造物の破壊が起こるのです。腐食の主な原因は海からの塩分。もう1つは海外から飛来するSOxなどによって生じる酸性雨です。ただし酸性雨による腐食は、構造物の内部でゆっくりと進行します」(西村氏)。つまり鉄筋コンクリートは、外見や築年数だけでは老朽化の度合いを判断するのが難しいということだ。そこで西村氏が開発したのが、コンクリート内部の鉄筋に近い箇所における塩分濃度とpH(水素イオン指数)を測定できるセンサー(右上写真)である。「コンクリートに直径5ミリメートルの小さな穴を開けてセンサーを埋め込み、塩分濃度とpHを連続的にモニタリングするのです。鉄筋が腐食する進行具合と、コンクリートの塩分濃度、およびpHの相関関係を世界で初めて解明したことで、腐食の有無と進み具合をかなり正確に把握できるようになりました」(西村氏)。
自治体や企業が管理するすべての公共インフラの中から、腐食による崩壊などが予想されるコンクリート構造物を絞り込み、優先してメンテナンスに着手できる調査方法を確立した意義はきわめて大きい。塩分濃度とpHがしきい値を超えている箇所があれば、鉄筋にマイナスの電流を流す。すると内部の塩素イオンが外に排出され、結果としてコンクリートの塩分濃度を下げることができる。これを脱塩処理という。「現在、ある企業と共同で脱塩処理装置の開発を進めており、補修現場への普及を目指しています」と西村氏は明かす。
脱塩処理は、同一の鉄筋コンクリートに一度だけではなく何度でも適用可能だという。脱塩処理を適宜行うことによって、公共インフラの長寿命化が実現することになる。すでに鉄道会社など複数の企業から引き合いがあり、JRグループでは2017年春より鉄道橋の調査を開始している。
老朽化した橋梁や高速道路を撤去して新たに建設するとなれば、廃棄される材料は膨大な量となり、地球環境に大きな負荷を与える。しかし、鉄筋コンクリートを延命できるこの技術なら、環境への負荷を最小限にできる。

コンクリート内部の環境を測定できるセンサー

コンクリート内部の環境を測定できるセンサー

コンクリートのひび割れを簡単に検知できるシート

コンクリート構造物のひび割れ点検を簡単に、かつ低コストで実施できるツールを開発・製品化したのは、繊維大手のクラボウ※4だ。
ひび割れ点検は通常、専門の技術者が高所作業車や足場を使って近接目視を行い、クラックスケール(定規)でひび割れの幅を測る。あるいは、照明装置やカメラを用いた画像処理システムで測定するなどの方法が採られている。これに対して、同社が繊維の分野で培った技術を基に開発した「KKクラックセンサ」という検知ツールは、特別な検査機器や電源が不要で、薄いシートを表面に貼るだけでひび割れの発生や進行を容易に確認できる。
KKクラックセンサは、シート状の樹脂系繊維複合材で、コンクリート構造物の表面にあらかじめ貼り付けておくだけで、幅0.15〜0.6ミリメートルのひび割れを検知できる。ひび割れの発生や進行が生じると、複合材に張力がかかり、その部分が白く変色するというシンプルな仕組みだ。20メートル程度離れた場所からでも目視で確認できるため、高所作業車や足場は不要。いったん変色すると元には戻らないため、たとえば過積載の車両などが通過する際にしか生じない「隠れクラック」の発見にも寄与する。
2013年10月の販売開始以来、すでに全国110カ所の構造物に採用されている。クラボウの環境マテリアル部 機能資材課 高橋武氏は、KKクラックセンサの特徴について「維持管理の予算不足、点検・管理の専門スキルを持つ人材の不足という2つの課題に対応したツールであり、点検作業を簡便に行える点が自治体や道路会社から高く評価されています」と話す。

コンクリートのひび割れを見える化するKKクラックセンサは、これまでに「2014年日経優秀製品・サービス賞 最優秀賞 日経産業新聞賞」や「平成26年度土木学会中部支部優秀研究発表賞・技術賞」を受賞している。

コンクリートのひび割れを見える化するKKクラックセンサは、これまでに「2014年日経優秀製品・サービス賞 最優秀賞 日経産業新聞賞」や「平成26年度土木学会中部支部優秀研究発表賞・技術賞」を受賞している。

道路を掘り返すことなく古い下水管をリニューアル

道路や橋と同様、下水道管路の老朽化対策も、先進国に共通する急務となっている。積水化学工業と東京都下水道サービス、足立建設工業の3社は、人々の生活にほとんど影響を与えず下水道管路の修復を可能にする工法を共同で開発し、国内外への展開を加速させている。
古い管路を更生するには通常、下水を止めて道路を掘り返さなければならない。だが、都市化の進んだ現代社会で、交通渋滞や騒音を発生させる大規模な開削工事は困難であり、多大なコストを要する。工事期間中はトイレが使えなくなるなど、周辺住民への影響も大きい。こうした課題を踏まえて3社が開発した「SPR工法」は、道路を掘り返すことなく、老朽化した下水道管路の内側に新しい管路を構築して裏込め材を充填、既設管と一体になった強固な管路へとリニューアルするものである。しかも下水を止めず、流しながらの施工が可能だ。
老朽管の内側に築造する更生管の材料は、「プロファイル」という硬質塩化ビニル製の帯である。らせん状に巻きつけるようにして施工していく(図2)。「通常の塩ビ材料は、らせん状に巻くと割れてしまいます。そこで、添加剤などを独自開発することで強度と柔軟性の両立を図るなど、素材の改良を積み重ねました」。積水化学工業 環境・ライフラインカンパニー 管路更生事業部 渡辺充彦部長はこのように説明する。この塩ビ材料は、下水に含まれる硫化水素への耐性や耐薬品性にも優れており、「腐食することがほとんどなく、新設される通常の下水管路以上の強度と流量が確保できる」と渡辺氏は強調する。
SPR工法は、道路の開削を必要とする従来工法と比べて、環境負荷を大きく低減できる優位性を持つ。「開削工法の場合、新たに投入する建設資材と廃棄物が増加します。しかし、SPR工法なら、投入資源は塩ビ樹脂とモルタルだけであり、廃棄物はほぼゼロに抑えられるのです。CO?排出量については、道路を開削する重機などを使用しないことで、3分の1以下に抑制できます」(渡辺氏)(図3)。
「SPR工法は、現在では工場用水や農業用水の管路にも適用されています。老朽管路が今後さらに増え続けるという社会問題の克服に貢献できるものであり、産業廃棄物も減らせる技術として、よりいっそうの海外展開も期待されています」。こう語るのは、同社の環境・ライフラインカンパニー 経営企画部 経営企画グループ 久保春奈課長である。

図2:SPR工法の概念図

図2:SPR工法の概念図

図3:SPR工法と従来型開削工法(布設替工事)の環境負荷の比較

図3:SPR工法と従来型開削工法(布設替工事)の環境負荷の比較

将来世代への責任を果たす

2011年にPFI法が改正され、公共インフラの所有権を行政サイドが保有したまま、民間企業は上下水道、空港などの運営権を受託することが可能になった。これはコンセッション方式と呼ばれており、空港や有料道路などでは、すでに民間事業者へ長期間にわたって運営権を付与する動きが出始めている。この方式には、民間企業が保有する経営手法や技術ノウハウで、効率的なインフラ整備・維持と高度な公共サービス、そして環境への配慮を両立させ、世の中に不可欠な社会資本を維持していくという狙いがある。ゼネコンやプラントエンジニアリング企業、さらには前出のクラボウや積水化学工業などの素材メーカーまでが、この新たな市場に名乗りを上げている。
本特集においてさまざまな角度から述べてきたように、限られた財源の中で公共財の機能を維持または更新する方法を見いだすことは、環境への影響を最小限に抑えることにもつながる。また、国と地方の財政状況を考慮すると、現在ある社会資本のすべてを維持していくことは非現実的であり、大胆な選択と集中を進めることが今後は必要になる。
国・自治体と企業、そして市民。私たちの世代が手を携えて取り組もうとしている社会資本の老朽化対策は、将来世代のための全体最適を考えながら、彼らに対して責任を果たすことでもあるのだ。

  • ※1:本特集では、道路、橋梁、上下水道などの「公共インフラ」と、学校、庁舎、公立病院、図書館などの「公共施設」、加えて、これらに導入されている「機械設備」の総称を、「社会資本」と定義している。
  • ※2:PPP (Public Private Partnership)とは、公(行政)と民(企業・市民・各種団体など)が連携して、公共サービスの提供を行うスキームを指す、幅広い概念。第三セクターとの明確な違いは、事業リスクを事前評価し、それを分担した者がリターンを得るという健全な経済原則に基づいており、契約によってそれらが明記されている点にある。
  • ※3:PFI (Private Finance Initiative)とは、PPPを実施するための代表的な手法の1つ。公共施設や公共インフラの建設と維持管理・運営を、民間の資金、経営能力、技術的能力などを活用して行う。
  • ※4:倉敷紡績株式会社(クラボウ)、中日本高速道路株式会社、国立大学法人名古屋大学、川崎重工業株式会社の4者による共同開発。

取材協力

東洋大学大学院経済学研究科
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
倉敷紡績株式会社(クラボウ)
積水化学工業株式会社

参考文献

『朽ちるインフラ』(根本祐二著、日本経済新聞出版社)
『2025年の巨大市場』(浅野祐一・木村駿著、日経BP社)