〜特集〜 働き方改革で見直される、自然調和型ワークスタイル

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働き方改革で見直される、自然調和型ワークスタイル

この10年でICTインフラの整備が全国で進んだことで、特定場所に制約されずに働く人々や、自然豊かな地に新たな拠点を設けて業務を行う企業が増加している。また、大都市圏以外の地域に本社を置く企業が実践する、周囲の自然環境を活かしたメリハリのある働き方にも、あらためて注目が集まる。本特集では、自然豊かな地でこそ生まれる価値や新しいワークスタイルの可能性を探るべく、企業および研究所の実例を紹介していく。

世界的なIT企業が、リゾート地に拠点を設けた狙い

和歌山県南部の海岸沿いに位置するリゾートタウン、白浜町。南紀白浜空港から車で3分のなだらかな台地に、保養所を改装した2階建てのオフィスビルがある。周囲には「白良浜」「千畳敷」等の景勝地が多く、湯量豊富な温泉施設も点在する。

2015年10月、世界でCRM(※1)をリードする米国セールスフォース・ドットコムの日本法人である株式会社セールスフォース・ドットコムが、この地に本社機能の一部を移管したテレワーク拠点を開設した。およそ90平方メートルのオフィスフロアには、一面ガラス張りの部屋が設けられ、太平洋が一望できる。床の素材と、通勤用バッグ等を収容するオープンラックは、「温泉の脱衣所」をイメージして設計されている。社員は車で10分ほどの場所にある社員寮からオフィスに通勤し、カフェのようなくつろいだ雰囲気の中で業務を行っている。

同社はクラウド型のアプリケーションを販売していることもあり、社内においても場所を選ばない自由なワークスタイルが浸透していた。そんな中、「本社機能の一部を地方に移転して、生産性がどう変わるのかを検証したい」という構想が持ち上がった。このプランが総務省による「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」に選定され、実証事業への参画を決定したという経緯がある。

同社 インサイドセールス本部 営業戦略室 室長 兼 白浜オフィス長の吉野隆生氏は、白浜町をテレワークの拠点に選んだ理由を次のように話す。「通勤時間が短くストレスが少ないこと。そして、自然の中でリフレッシュして生活できる環境があることです。空路を使えば気軽に東京と行き来ができるアクセスのよさも、決め手のひとつでした」。

白浜オフィスのメンバーは現在11名。うち8名が東京からの転勤組で、3ヵ月交代で白浜町に赴任する。吉野氏を含む3名は住民票を白浜町に移し、町民として暮らしている。この2年半で延べ75名が、ここ紀南の地でテレワークを実践した。

このオフィスでは自社のクラウド製品で管理している情報を基に、顧客の発掘から商談へとつなげる「内勤営業」を実施している。見込み顧客の経営課題を踏まえた上で製品提案の軸を固め、アポイントを取る。そこから先は、東京や大阪の外勤営業部門が引き継いでいく。

セールスフォース・ドットコムの白浜オフィス

セールスフォース・ドットコムの白浜オフィス

「温泉の脱衣所」をイメージして設計されたオープンラック

「温泉の脱衣所」をイメージして設計されたオープンラック

自然環境、余暇時間、地域貢献が、仕事への意欲、生産性を向上

白浜オフィスでは2015年10月から翌年3月まで、社員の生産性向上効果をモニタリングした。すると、東京のオフィスと比べて商談発掘件数が20%増、契約金額は31%増という目覚ましい効果を上げていたことがわかった。その後も、常に20%前後の向上効果を維持しているという。

以前からセールスフォース・ドットコムの社員は生産性の高い働き方を実践してきた。各自が担当する案件の進ちょく状況は、クラウド基盤によって可視化されており、社員同士がお互いを認め、サポートし合う文化が根付いている。世の中からも「働きがいのある企業(※2)」として高く評価されている。

では、白浜オフィスでこれほど顕著な効果が得られた要因は何だったのだろうか。吉野氏はまず、周囲の景観がもたらすリフレッシュ効果を挙げる。「オフィスも通勤ルートも、海が見渡せる景観に恵まれており、オンとオフの切り替えがしやすい。この環境によって、メンバーは仕事にいっそう集中できるという実感を持っています」。

2つ目は、勤務時間の朝方へのシフトだ。「白浜のメンバーは、当社が定める始業時刻の1時間半から1時間前には出社しています。そして9時までにその日の仕事の準備を済ませ、9時以降はお客さまとコンタクトを取りながら内勤営業を行っています。帰宅は18時前後で、東京勤務のときよりも残業が大幅に減っています。フレッシュな空気が満ちている朝の時間帯に仕事をした方が、集中力は明らかに増しますね。通勤時間の短さも、朝方の勤務を実行しやすい理由になっています」(吉野氏)。早朝に浜辺でヨガをしてから出勤したり、仕事帰りに温泉施設へ立ち寄るスタイルが、ここでは日常となっている。

3つ目の要因は、余暇や地域貢献活動の増加による、自己肯定感の高まりである。白浜オフィスの社員は通勤時間と残業が減ったことで、東京時代と比べて1ヵ月間で平均64時間も自由な時間が増加している。社員はこの時間を家族との交流や自己投資、地域交流、社会貢献等に活用する。「休日は車で少し移動するだけで、多様な景勝地が楽しめます。メンバーはスキューバダイビングや釣り、ロードバイクでの紀伊半島ツーリング等、思い思いの過ごし方をしています」と吉野氏は話す。

また、セールスフォース・ドットコムでは、製品の1%、株式の1%、従業員の就業時間の1%を社会貢献活動に充てるという「1-1-1モデル」を世界中にいる全社員が実施している。白浜オフィスでは、その一環として熊野古道の道を補修する「道普請(みちぶしん)」という活動に参加している。「世界遺産の保全に関わることによって、単に仕事だけを目的に紀南地方へ来ているのではなく、地元の資産を未来に遺す活動にも参加しているのだという意識を、私たち全員が明確に持っています。この意識は、日々の生きがいや自己肯定感となり、仕事への強い意欲にもつながっているという声を、メンバーからたびたび耳にします」と、吉野氏は強調する。

また、今後はサテライトオフィスにて地元採用も検討している。サテライトオフィスで長期にわたって働き続けられる、キャリアパスのロールモデルを確立していく考えだ。

2015年10月〜2016年3月の実証結果

「よい製品はよい環境から生まれる」と、1960年代の欧州視察で確信

和歌山県和歌山市に、世界中のアパレル企業に広く知られている企業がある。ニット編機の世界トップメーカー、株式会社島精機製作所である。海外での売上が全体の約9割を占めるグローバル企業だが、東京や大阪に本社を移す考えはないと言う。「世界にないものをつくっているから、東京で情報を集める必要がない。和歌山市から30分ほどで行ける関西国際空港を使えば、世界の市場へも容易にアクセスできる」と、創業者で現会長の島正博氏は過去に新聞社のインタビューで話している。

島精機製作所の本社工場は、16万平方メートルもの広さがある。敷地面積の30%以上は緑化され、1万2,000本を超える木々が植樹されている。四季折々の木々は、社員や地域住民の心を和ませる。各工場には、出力1,550キロワットもの太陽光発電システムが稼働し、工場内で使用する電力の10%弱に相当する再生可能エネルギーを生み出している。

自然と調和した良好な環境づくりに力を入れる背景には、島氏がかつて海外で目にした、ある風景が原点にある。1968年、繊維機械業界で世界最大規模の展示会が、スイスで開催された。島氏は視察を目的に、スイスへと足を運んだ。その際、地元の老舗繊維機械メーカーを訪ねた。それら事業所の多くが、自然豊かな森の中に立地しているのを目の当たりにして、「よい製品はよい環境から生まれている」と確信したという。島氏は帰国すると、地元の史跡、和歌山城の天守閣に登り、望遠鏡をのぞきながら、モノづくりの理想的な環境になり得る土地を探した。こうした経緯で選定した場所が、現在の本社となっている。

リコーの脱炭素社会に向けた環境目標

島精機製作所の本社工場は、長年にわたる環境整備への取組が評価され、
2016年に『緑化推進運動功労者内閣総理大臣表彰』を受賞している。

社内外の自然や文化遺産を海外顧客のおもてなしにも活用

よい製品を生み出す理想的な環境づくりは、今も続く。敷地の一部は歩道として地域住民にも開放し、電線の地中化も進める。敷地内に広がる庭園は社員の憩いの場として用いられ、海外から訪れた顧客にも好評を得ている。

島精機製作所の本社から、車を西へ十数分走らせれば海が望め、東方向には紀伊半島の山々が広がる。紀ノ川流域の名所旧跡群にも、容易にアクセスが可能だ。「和歌山市は、余暇を使ってリフレッシュしやすいロケーション。当社にも、釣りやサイクリングといった趣味を持つ社員が多いですね」と、同社 総務人事部総務グループ 課長の和田敏昭氏は語る。

製品の操作とメンテナンス方法を顧客に伝授するために、本社内には5ヵ国語に対応した講習専門施設がある。顧客専用のマンションや送迎バスも完備しており、年間に数百名もの受講者が世界各国からやって来る。和田氏は「製品研修の合間に、近隣の景勝地や高野山にお客さまをご案内することもあります」と明かす。

島精機製作所の主力製品である横編機の部品の内製化比率は75%にも及ぶ。「総合メカトロニクス企業」として、同社は革新的な技術開発に腰を据えて取り組むために、仕事に強い誇りを持ち、課題を自ら見つけて創意工夫する社員を長期的な視点で育成することを基本的な考え方とする。

人材の定着にも力を入れる。2017年には育児休業中の女性社員が早期に職場へ復帰できるよう、本社敷地内に社内保育園を開設。現在、およそ20名の子どもたちを預かっている。ブレない人材方針と自然豊かな環境が相まって、「若い世代の社員からも、従来のモノづくりの殻を破るようなイノベーションが次々に生まれています」と和田氏は言う。

東北の地方都市が、世界有数のバイオ研究拠点に

山形県鶴岡市。人口約13万人の典型的な地方都市に、慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、先端研)という、生命科学の研究所がある。日本および海外から、細胞工学や代謝工学、ゲノム工学、情報科学といった多分野の研究者がここに結集し、「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学分野の開拓を推し進めている。

先端研は、失敗を恐れず未知の技術領域に挑戦する「アカデミックベンチャー」と位置づけられている。現在までに先端研の研究成果を基にバイオベンチャーが6社誕生している。そのひとつ、2013年に東証マザーズに上場したヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社(HMT)は、血液検査で科学的にうつ病の有無を診断できる検査法を開発した。また、唾液を用いた疾患検査技術を実用化したサリバテック社は、すい臓がんをはじめ、さまざまな病気の早期発見を図る。メタジェン社というバイオ企業は、高度な腸内環境解析技術を持ち、複数の製薬企業・食品企業と連携しながら腸内環境データベースを基にした個別化ヘルスケアの実現を目指す。さらに、かつて本誌「Eco Frontiers」欄で取り上げた人工クモ糸製造のスパイバー社も、この先端研から生まれている。

先端研の創設は2001年にさかのぼる。1990年代後半、当時の鶴岡市長は人口減少による庄内地域の衰退に強い危機感を持っていた。そして、30年後の鶴岡市を見据えて新しい知的産業を興すため、核となる研究所の誘致に動いた。一方、慶應義塾大学は都市圏に集中する傾向のある日本のアカデミズムにおいて、「自然豊かな郊外でこそ豊かな発想を育む」という考えのもと、欧米型に近い研究拠点の創設が重要だと考えていた。両者の思いが一致して誕生した先端研は、今日では世界各国の研究者・企業から注目される研究拠点となっている。

鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所(バイオラボ棟)

鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所(バイオラボ棟)

四季を感じられる豊かな自然環境が、クリエイティブな仕事に適している

先端研の創設以来、所長として組織を牽引してきた冨田勝氏は、研究者から見た鶴岡市の魅力を次のように語る。「私は東京生まれの東京育ちですが、先端研ができて2年もたたないうちに、研究開発型のビジネスや学問・芸術といったクリエイティブな活動は、自然豊かでリラックスできる環境でやるべきだと確信しました。日本の地方都市は四季が美しい。特に鶴岡市は、初夏の新緑や秋の紅葉が素晴らしく、冬季は積雪の白い世界が広がります。日本海まで車で15分、スキー場には30分でアクセスできます。こういう環境だと、よいアイデアが生まれやすい。仕事では先端分野でエキサイティングなことができて、プライベートでは自然に親しみながらスローライフを楽しめる。その両立が可能です」。

冨田氏は、今の日本で進む首都圏への一極集中についても問題を提起する。「都会に人が集まりたがるのは、先進国では日本くらいでしょう。もちろん、人がたくさんいないと成り立たないビジネスもあります。しかし、日本では大学や研究所までも、首都圏や大都市圏に集中している。欧米の主要な大学や研究機関は、自然豊かな田園都市に設置されています。“東京が一軍で地方は格下”という意識を逆転させない限り、真の地方再生は難しいと考えています」。

現時点では、ビジネスパーソンや研究者にとってキャリアになる仕事が地方には少なく、人口流出の要因にもなっている。その点は、冨田氏も強く認識している。「知的産業をゼロから興し、エキサイティングな仕事を増やすことが地方再生には不可欠です」と話す。日本では、成功したベンチャー企業が東京都心に本社を移転させるケースがまだ多く見られる。だが、先端研から誕生したベンチャー企業の本社は、すべて鶴岡市にある。「彼らは東京の事務所に転勤になることを、『東京に飛ばされる』と言っていますよ(笑)」(冨田氏)。

日本の研究組織にはリゾート感やワクワク感が足りない

日本のサイエンスパークを訪ねたことのある人なら、団地のような無機質な構造の建物が並ぶ風景を、誰もが目にしていることだろう。こうした状況に対して、冨田氏は「海外の研究者や大学関係者は、『研究施設だけを詰め込んだ環境では、よい結果は生み出せない』という考えを持っています。彼らのキャンパスには芝生が広がり、テニスコートやインドアプール、さらにはゲームセンターまでが設置されていたりします。日本の企業や研究環境には、こうしたリゾート感やワクワク感が足りないと思います。ワクワクするようなアメニティを職場に用意することが、よいサイエンスや革新的な技術を生み出すことにもつながる…。そんな成功モデルを鶴岡につくりたいのです」と話す。

先端研の中に設けられている“ワクワク感”の象徴は、大型のジャグジーである。一度に10人まで利用できる大きさがある。「これをつくることに反対する人もいましたが、『今の日本のサイエンスに必要なのはこれなんです』と言って説得しました」。冨田氏のこの目論見は的中し、研究者たちがジャグジーに浸かっているときに、いくつもの優れたアイデアが生まれている。「初めて研究所を訪れた人は、このジャグジーを見てびっくりします。しかし、設置した狙いと経緯を説明すると、『この研究所は普通じゃない。周囲の反対を説得してこんなものをつくったこの所長なら、かなり大胆な提案をしてもまずは耳を傾けてくれるはずだ』と、若手研究者や外国人も安心して意見を言うようになります」(冨田氏)。

先端研は、「人材を育てることも含めて、地方都市が持続的に発展できる成功例をつくりたい」という構想を持つ。そして鶴岡市内のほぼすべての高校・高専を対象に、生徒を「特別研究生」として受け入れるプログラムを実施している。毎年、バイオ研究への夢を持った高校生が十数名、先端研の門をたたく。特別研究生は、受験勉強はせずに研究に打ち込み、その成果を科学コンクールで発表したり、研究者と共同で学会発表する等の実績をつくり、その多くがAO入試(※3)または推薦入試を経て大学に進学している。

現時点の課題は、研究所やベンチャー企業に勤務する人々の、子育て環境の充実である。この課題に対しては、先端研が立地しているサイエンスパークの敷地内に、0〜12歳の子どもを対象とする子育て支援施設の建設が進められている。英語にも対応し、家族とともに日本に赴任した外国人研究者にとっても安心できる環境が整うことになる。この施設は地元の木材を使った木造建築で、2018年秋のオープンが予定されている。

このように、先端研は東北の地方都市で新たな産業と新たな人材を生み、地域創生の先進事例としても注目が高まる。「自分たちが知恵を出し、汗を流して頑張ると、街が目に見えて変わっていく実感がある」と、冨田氏は話す。

研究者の発想の源として機能する、研究所内に設けられたジャグジー

研究者の発想の源として機能する、研究所内に設けられたジャグジー

新たなワークスタイルを求めて

2020年の施行に向けて働き方改革関連法案の検討が進む中、日本の企業は時間や場所を柔軟に選べる新しいワークスタイルを模索する。法令への対応を機に画一的な勤務形態を見直し、「従業員の満足度を高める」「仕事の生産性向上に結び付ける」等、各社の狙いはさまざまだ。今回取り上げた3つの企業・研究所の事例には、周囲の自然環境やリラックスできる空間・設備を活かして、人間本来の創造性や集中力を高めていくという考え方が共通している。たとえ大都市の事業所であっても、オフィスの部分的な緑化や、従業員がくつろげる空間づくり、あるいは“遊び心”のある仕掛け等、実践できることはあるはずだ。

  • ※1CRMとは、Customer Relationship Management(顧客関係管理、もしくは顧客管理)の略。
  • ※2米FORTUNE誌「働きがいのある会社ベスト100」に、8年連続ランクインしている。国内では、就職・転職サイト「Vorkers」が日本企業の社員・元社員を対象に調査を実施しており、2018年1月に集計・発表した「働きがいのある企業ランキング2018」の1位にセールスフォース・ドットコムが選ばれている。
  • ※3AO入試とは、学業の成績だけでなく課外活動や学びへの意欲を重視して、筆記試験ではなく書類と面接で選考する入試方法。

取材協力(本記事 登場順)

  • 株式会社セールスフォース・ドットコム
  • 株式会社島精機製作所
  • 慶應義塾大学先端生命科学研究所