環境先進企業トップインタビュー

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トップインタビュー 株式会社商船三井 代表取締役社長 池田 潤一郎氏

自動車をはじめとするさまざまな製品や、石炭、原油、液化天然ガス(LNG)といったエネルギー資源等の海上輸送を担い、産業と暮らしを支える株式会社商船三井。約850隻という世界最大級の船腹量を誇り外航海運のリーディングカンパニーである同社は、環境対応でも先進的な取組を進めています。海運における環境負荷低減の取組について、代表取締役社長の池田潤一郎氏にお話を伺いました。

海運が環境に与える影

海運は陸運や空運に比べて環境に優しい輸送モードといわれますが、海運の環境負荷にはどのようなものがあるのでしょうか。

歴史をひもとけば、かつて船は風力で動いていました。まさにエミッションフリーだったわけですね。産業革命で船にも内燃機関が付きましたが、現在でも輸送単位あたりのCO2排出量はトラックの10分の1〜20分の1、飛行機と比べると100分の1以下です。しかし、その一方で、世界のCO2排出量のうち約2%を外航船舶が占めるという試算もあります。これから先、世界経済の発展に伴い、海上輸送量の増加が見込まれており、事業活動においてCO2排出量をいかに減らすかが大きな課題となっています。

また、船の燃料から発生するものとしては、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)といった大気汚染物質も見過ごすことはできません。重油にはいくつか種類がありますが、大型船舶ではC重油を使用するディーゼル機関が主流です。C重油はSOx等を多く含んでおり、適切な処理をしないと大気に負荷を与えることになります。

それから、海運業界では今、生態系への配慮が昔では考えられなかったレベルまで求められるようになっています。害虫やネズミの検疫は以前から行われていましたが、2017年からはバラスト水の処理に関する規制が新たに始まりました。バラスト水とは、船を安定させるために用いる海水のことです。荷物を降ろすと船が浮かび上がり不安定になるので、一定の重さを持たせるため船内の専用タンクに海水を取り込み、荷物を積み込む港で不要になった海水を排出します。問題は、たとえば日本海で取り込んだ海水をオーストラリアで排出すると、日本海域特有の微生物による現地の生態系への影響が懸念されることです。そのため、生物や細菌をすべて除去するバラスト水処理設備の設置が義務づけられるようになりました。

環境対応はビジネスチャンス

2017年4月に「環境ビジョン2030」を発表され、2050年までに輸送単位あたりの温室効果ガス排出量を半減するという野心的な目標を掲げられました。その背景をお教えいただけますか。

これには2つの大きな側面があります。ひとつは、社会における環境意識の高まりです。地球温暖化に関する議論はずっと続いてきましたが、2015年12月のパリ協定の採択をきっかけに、CO2をコントロールしなければ温度上昇を止められないという認識が広く浸透し、産業界の常識となりました。お客さまからも、CO2排出量に関して、同じスタンダードを満たすサービスプロバイダーでなければ使えないという話をよく聞きます。こうした状況の中で「言われたからやりましょう」という受け身の体制でよいのか。むしろ我々の先進的な取組を示すことでお客さまに選ばれるチャンスが到来したのではないかという思いが生まれました。背景には、我々は進んだ取組をしてきたという自負がありました。

もうひとつの側面として、国際海事機関(IMO)を中心とした海運における環境規制の強化があります。たとえば、バラスト水の規制に関しても、処理装置の供給が十分ではありませんし、取り付け作業にはある程度の期間が必要です。受け身でなく、積極的に先取りしていかないと、環境規制に対応することすらままなりません。

こうした2つの側面から、前向きな目標で会社を引っ張っていく必要があると考え、「環境ビジョン2030」を策定しました。日本政府もIMOの総会でチャレンジングな目標を提案していますが、我々はそれにプラスアルファでいこうと取り組んでいます。

池田社長ご自身は環境対応の重要性をいつから意識されていたのでしょうか。

私は2015年に社長に就任する前、コンテナ船を担当していたのですが、このとき受け身の環境対応ではいけないと思うようになりました。近年、コンテナ船はどんどん大型化しています。船が大きくなると、CO2排出の絶対量は増えますが、貨物1個あたりの排出量は減ります。だから、「これだけ下がったんだから、もういいんじゃないか」とどこかで思っていた部分が、海運をやっている人間の中にあったように思います。「環境に最も優しい輸送モード」であることにうぬぼれていたというか、今から思えば誤った認識を持っていたわけです。しかし、お客さまとお話しする中で、特にヨーロッパの方から、「安全輸送、運賃は当たり前のことだけど、環境はどうだ?」と、真っ向から問われるようになったのです。環境対応が十分でないと、入札にも参加できません。海運では、競争相手との差別化材料がなかなかないのが悩みだったのですが、環境対応はその材料になるのではないかという思いが強くなっていきました。そして、社長になって2年後、新経営計画を発表するときに、環境を前面に打ち出していくべきだと思いました。10年先を見据えたとき、環境への先進的な対応が大事であると考えたわけです。

経営計画では「環境・エミッションフリー事業をコア事業のひとつに育てる」ことを掲げておられますが、どのようなことに取り組まれているのですか。

「環境・エミッションフリー事業」には環境によいものは何でも入れようということで、再生可能エネルギーや代替燃料等幅広い領域にわたっています。エミッションフリー型の発電の中で、海運と親和性が高いのが洋上風力発電です。2017年3月に洋上風力発電設備設置船を所有するイギリス企業へ出資をしており、将来的には設置工事だけでなく、発電事業にも参画したいと考えています。また、現在、木質ペレットやPKS(パームヤシ殻)といったバイオマス燃料の原料を船で運んでいますが、その延長線上で発電事業へ参画できないかと検討を進めています。

代替燃料に関しては、LNGの輸送がすでに我々のコア事業ですから、今後、LNG燃料を供給したり、LNG焚きの船をつくったり等、領域を広げていきたいと考えています。また、水素エネルギーの分野では、水素の海上輸送に関するいろいろな検討が国内外で進められていますので、我々もこうした新たな動きに対応していきたいと思っています。

このほか、省エネにつながるハードウェアの開発や、北極海航路を含めた最適航路の検討等、効率的にエネルギーを使用することでCO2排出削減をサポートする製品・サービスの開発にも取り組んでいます。

ハードウェアの開発ノウハウも持っておられるのですか。

弊社では、造船工学を専攻する学生を毎年1〜2人採用して、独自の技術チームをつくっています。ここで船の設計やコンセプト、品質管理等を担当しており、省エネ型製品を開発する研究者もいます。実は、30年ほど前から販売している「PBCF」というヒット商品があります。プロペラスクリューの先に装着する省エネ装置で、弊社の船だけでなく、世界で3,200隻を超える船舶に採用されています。

かつて弊社に所属していた研究者は、今、東京大学が主宰する「ウィンドチャレンジャー計画」の代表として、次世代帆船の開発を進めています。このプロジェクトは複数の造船会社や海運会社が参加するもので、我々も一緒になって研究に取り組んでいます。

研究開発に関しては、「船舶維新NEXT」というプロジェクトを進めておられますね。

「船舶維新NEXT」は、もともと「船舶維新プロジェクト」という名前で、省エネ性や運航効率、安全性を向上させる船をつくろうと2009年から始まったものです。夢のようなことを語るより、実現可能な技術を組み合わせ、新たな船を生み出すことを目指しました。このときは、太陽光パネルとリチウムイオン電池を組み合わせ、世界初のハイブリッド自動車船を開発する等、一定の成果を挙げました。

2016年から開始した「船舶維新NEXT」では、省エネ、環境性、安全性をさらに深化させ、「自律航行船」をつくることを究極のゴールとしています。いわば無人船ですが、無人化そのものを目的としているわけではありません。我々が取り組んでいるのは、ICT等の新しい技術と我々が蓄積してきた要素技術を使って船員の負担を軽減することです。これまで勘と経験に頼ってきた作業や、夜も寝ずに行ってきた作業を、陸上で対応できるようにすること等、自律航行に向けた技術を取り入れることで船員へのサポート、ひいては安全運航を実現しようとしているのです。

「環境ビジョン2030」温室効果ガス排出削減ロードマップ

世界初のハイブリッド自動車船「EMERALD ACE」

世界初のハイブリッド自動車船「EMERALD ACE」

海難事故を防止するために

海でひとたび原油流失事故が起こると、生態系に甚大な被害が及びます。「安全運航」は「環境」という観点からも重要なテーマといえますが、「安全」を高めるためどのような取組をされていますか。

当然ながら我々もいろいろな対策に取り組んできました。ひとたび事故が起きれば、原因を究明して、再発防止策を考え、すべての船に展開していくのですが、海上事故の原因は、7〜8割がヒューマンエラーだといわれています。つまり、最後の根っこは人間の意識ということです。たとえば、大きな船同士が前方に相手が見えているのになぜぶつかるのかというと、向こうがよけるだろうという思い込みや判断ミスが原因なんですね。

2006年に立て続けに重大な海難事故を起こしてしまったとき、我々がまず取り組んだのは「船長を孤独にしない」ということでした。従来の船乗りのモノの考え方は、船にいったん乗ったら船長がすべてやるというもの。ある意味、それがプライドにもなっていたのですが、船長を孤独にしたために間違った判断で事故が起きてしまった。そこで、我々は、船長をサポートする「安全運航支援センター」を本社9階につくりました。センター内に設置したモニターには、世界中を運航する我々の船がすべて映し出され、スピードや周囲の気象状況、海流の動きに至るまでを把握しています。船の動きにおかしいところがあれば、船員と連絡を取ります。こうしたシステムはすべての海運会社にあるわけではなく、弊社のユニークな部分でもあります。

危険を察知した船員が船長に上申したりしないのですか。

ブリッジ(船橋)では、航海士と部員がペアで運航状況や周囲の環境を監視しています。お互いに違うことを考えている可能性がありますから、マニュアルでは危ないと思ったら部員は必ず航海士に報告することになっているのですが、言わないこともあるわけですね。これはコミュニケーションの問題です。とっさに「危ないですよ、どうするんですか」と言える風土というか、職場環境でないといけない。今はまだ完全ではありませんが、コミュニケーションを活性化するため、陸上での研修も行いながら取組を進めています。

陸上の研修では「BBS」に関する講習も行っています。BBSは「Behavior Based Safety」の略で、安全行動は日頃の意識の持ち方にあるという考えに基づくものです。たとえば、階段を上り下りするときは必ず手すりを握る。面倒だからといって手すりを使わないと、普段は大丈夫でも体調が悪いときにうっかり足を滑らせるかもしれない。手すりを握る癖を付けていれば転落事故を防げるはずです。つまらない話に聞こえるかもしれませんが、日頃の意識がいざというときに出るので、研修を通じて安全文化の醸成を図っています。

テクノロジーだけでなく、コミュニケーションや日頃の意識が大事なんですね。

両輪ではあるのですが、テクノロジーはあくまで人間の判断を助けるためのものです。人間の負荷を軽減させるためにテクノロジーはあるという理解だと思うんですね。

「ストレスフリーなサービス」を追求する

日本は2050年までに温室効果ガスを80%削減する目標を掲げています。環境負荷低減、地産地消といった動きが進み、製品輸送も長期的には減っていくかもしれません。「海図なき航海の時代」といわれますが、商船三井グループのトップとして今後どんな舵取りをしようと思われていますか。

環境負荷があるからモノが動かなくなる、あるいは動かすべきでないというのは本当にそうなのでしょうか。何もかも地産地消できるのか。消費地で原料からすべてつくろうとすると、莫大なコストがかかるかもしれません。それは効率的ではないし、環境に優しくもないですよね。適した場所でつくることが環境に一番優しいものをつくることになる。環境負荷をかけずにそれを輸送することが、全体的に環境負荷を下げるという算式がすでにあると思うし、私はそれが正しいと思っています。

すべてが地産地消できないならば、今後、我々が考えなければいけないことは何でしょうか。これまで海運産業の成長はとにかくたくさん運ぶことでした。今後、発展途上国、特にアフリカ等では人口が増えていきますし、従来型のモノの動きはまだ続くでしょう。一方で、先進国では、たくさん運ぶことより「質のよい輸送」が重要になっていくと思います。今、申し上げたような、Aという場所ですべて生産するより、BでつくったものをAへ持っていく方が全体的な付加価値が上がるという形の輸送です。輸送中の環境負荷に配慮したり、貨物の状態を情報として記録してタイムリーに現地へ送ったり、海上輸送ならではの付加価値を付けることも夢物語ではありません。そのような環境にも配慮し、付加価値を生み出す「ストレスフリーなサービス」に向けて、商船三井は一歩でも二歩でも近づいていかないといけないと考えています。

【聞き手】三井住友銀行経営企画部CSR室長 末廣 孝信
日本総合研究所シニアマネジャー 井上 岳一

PROFILE

宮内 大介(みやうち だいすけ)

池田 潤一郎(いけだ じゅんいちろう)
1979年、東京大学法学部卒業後、
大阪商船三井船舶株式会社(現・株式会社商船三井)へ入社。
人事部長や定航部長等を経て、
2013年に取締役専務執行役員に就任。
2015年6月より現職。

会社概要

会社名
株式会社商船三井
創立
1878年
本社
東京都港区虎ノ門2-1-1
資本金
65,400,351,028円
代表者
代表取締役社長 池田 潤一郎
事業内容
不定期船、各種専用船、油送船、LNG船およびコンテナ船による海上貨物運送業等
URL
http://www.mol.co.jp/