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トップインタビュー ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー 
玉村 豊男氏

ワイン用ブドウの生産量日本一を誇る長野県。近年、「信州ワインバレー構想」のもとワイン産業の振興に取り組む同県では、小規模ながら良質なワインをつくるワイナリーが増加しています。その先駆けとして知られるのが、2003年、東御市(とうみし)にオープンした「ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー」です。同ワイナリーのオーナーであり、信州ワインバレー構想推進協議会の会長も務める玉村豊男氏にお話を伺いました。

ワインづくりの始まり

文筆家としてもご活躍されている玉村さんが、ご出身地の東京を離れ、軽井沢での生活を経て、長野県東御市へ住まいを移されたのはどうしてですか。

軽井沢は知人に勧められてなんとなく行ったんですけど、42歳の厄年を迎える春、原因不明の血を吐き、そのときの輸血が原因で肝炎をもらってしまいました。仕事も収入も減って1日のうち半分も寝ているような生活をしていたとき、妻から「畑でもしながらゆっくり暮らそうか」と言われ、土地を探すことにしたんです。1年半くらいかけて探し回った結果、ようやく眺めのよい場所を見つけて、ここに引っ越してきました。

当初はワイナリーをつくるつもりはなかったのですか。

1991年に引っ越しをして、最初の10年ほどは妻と2人で野菜をつくっていました。ただ、広く開けた斜面を見て、フランス人だったらブドウの木を植える風景だなと思ったんです。それで、畑の一部に500本だけブドウの木を植えました。畑でできたブドウは近くにあるマンズワインのワイナリーで醸造してもらっていて、そのときは自分でワインをつくるなんて考えもしませんでしたね。

きっかけとなったのは、2000年ごろ、ある大手の酒造会社でワインをつくろうという話が持ち上がったことでした。当時、僕はその会社の研究所を手伝っていた縁もあり、ワインづくりに適した場所を紹介したり、うちの畑を広げて技術者を養成するための場をつくったりしました。

ところが、酒造会社の方針が急に変わって、この計画は頓挫してしまうんです。そのとき、酒造会社から派遣された技術者はすでに3年近くトレーニングを受けていました。それで、「会社に帰るか? どうする?」と聞いたら「ワインをつくりたい」と答えたので、「じゃあ、ワイナリーをつくろう」ということになったわけです。半分冗談みたいな話ですが、2003年に果実酒製造免許を取り、ワイナリーをオープンしました。

標高850メートルの丘の上につくられた農園

標高850メートルの丘の上につくられた農園、ヴィラデストのブドウ畑。
千曲川の流れに沿う段丘は、少雨、日照時間が長い、寒暖差が大きい等、
ワインブドウの栽培に適した条件がそろっている。

長野県を日本一のワイナリーの集積地に

「信州ワインバレー構想」はどのような背景で策定されたのでしょうか。

東御市の隣の小諸市には、以前からマンズワインのワイナリーがあり、先述の酒造会社が東御市でワイナリー建築計画を進めていたころ、千曲川を挟んで向かい側にある上田市丸子地区でも新たなブドウ畑をつくる準備が進められていました。だから、当時、「千曲川の両岸にいくつものワイナリーができれば、温泉とともにワイナリーを訪ね歩く『ワインバレー』ができそうだね」と話していたんです。

しばらくそんな話は忘れていたのですが、2008年に東御市がワイン特区※に認定され、小さなワイナリーが増えてきて、「千曲川ワインバレー」という言葉を地元のメディア等で意識的に使い始めました。すると、長野県の知事から「ワインバレーという言葉を使っていいですか」と僕のところへ話が来たんです。それでいろいろお話をして、2013年に「信州ワインバレー構想」を発表しました。現在、長野県では、県内のワイン産地を千曲川、日本アルプス、桔梗ヶ原、天竜川の4つに分けて、それぞれの地域の特徴を生かしながらワイン産業の振興に取り組んでいます。

  • ワイン特区とは、酒税法の定める正規の最低生産量(6,000リットル)の3分の1の規模で免許が取れる特別許可区域(構造改革特区)。

2013年に出版された『千曲川ワインバレー 新しい農業への視点』では、千曲川流域の活性化を目指すプランが紹介されていますね。

この本がきっかけとなり、農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)の方から「一緒に何かやりましょう」とお話をいただき、最終的にA-FIVEの支援とともに、地域ファンドからの投融資、農林水産省の「6次産業化ネットワーク活動交付金(平成26年度)」を活用して、2015年に「アルカンヴィーニュ」ワイナリーを開設しました。

アルカンヴィーニュの役割は、新たに生まれるワイナリーのための「ゆりかご」となることです。基盤ワイナリーと言っていますが、収穫はあるけどまだ少量すぎてワイナリーを持てないというブドウ農家から醸造を請け負うとともに、「千曲川ワインアカデミー」を開講しています。生徒たちが学ぶのは、栽培・醸造の技術だけでなく、ファンをつくるためのブランディングにまで及びます。いかにワインづくりに心血を注いでいるのかストーリーをつくって、1本3,000円のワインとして売れるようにプレゼンをするのが卒業の課題なんですよ。

新規就農者が増えると、ライバルが増えることになりませんか。

1軒より10軒、20軒あった方が産地としての価値が上がります。カリフォルニアのナパバレーには700も800もワイナリーがあるじゃないですか。ワインは「その土地の表現」であり、その土地の個性を表すものですが、土地は、同じ産地でも1区画ごとに異なります。土地ごとにブドウの味が微妙に違うし、醸造方法によってもワインの味が変わってきます。今は、インターネットで栽培も醸造もたくさんの情報が開示されているのですが、どれだけ情報があっても、使えるブドウはその年に自分の畑でできたロット1回分だけですから、同じにはならない。そういうふうに、無数の選択と決断を重ね、理想のワイン像を目指してチャレンジしていくわけです。それが面白くてみんなはまるんですね。

みんなが集まると「おまえはどうする?」「あのときどうした?」と言い合っていて、そういう意味では、すごく風通しのよい世界なんです。情報を隠しても意味がない。必ずしも近くにいるからライバルというわけでもなくて、よきライバルでもあるけど仲間でもあるという関係です。

ワイナリーが増えると地域はどのように変わっていくのでしょうか。

大きなワイナリーが1軒できるより小さいものがいっぱいできた方が、それぞれ味が違うので2、3泊しながら飲み歩くことができます。ワイナリーの間にペンションやレストラン、そこに野菜を供給するための場所等ができ、地域に少しずつビジネスが増えていく。こうして全体がひとつの観光地になることが目標です。

ワインアカデミーは、2018年に4期目を迎え、これまでに62名が卒業しました。そのうち約半分以上が自分の畑を持ち、ワインブドウの栽培を始めています。また、僕の経営するワイナリーやレストランからスピンアウトして、自身のお店をオープンした子もいます。ワインを中心にして村ができあがっていく。実際にそういう動きが出てきているわけですね。

地方の過疎化が深刻化していますが、東御市ではどうですか。

現在、東御市の人口も減少傾向にありますが、ここは東京からの距離も近いですし、ワインというキラーコンテンツもあります。産業というものは、本来は、日照、雨、風、地形といった風土の特徴を生かせる場所で行われていました。工業だって、水や空気のきれいな諏訪で精密機械をつくるとかあったわけですが、今は環境をコントロールできるようになり、どこでも工場をつくれるようになりました。一方、農業は土地に結びついた産業ですから、「風土産業」といえます。特にワインの場合、土地が付加価値として認知されていて、「おいしいのは土地がいいからだよ」ということがラベルに書いてあるようなものです。フランスでは、おいしいワインの産地に住むことをみんなが誇りにしているし、日本もこれからそうなっていくのではないでしょうか。

タンクは小ロットの200リットルから用意

「アルカンヴィーニュ」では、収穫量の少ない新規就農者の依頼に対応するべく、
タンクは小ロットの200リットルから用意している。

必要とされる「農業的価値観」

ワイナリー経営に関心を持つ企業は多いですが、企業の投資基準に見合いますか。

基本的にワインは最初が大変ですけど、だいたい5年で単年度の黒字が出て、そこから細々と続いていく。しかし、企業は「5年も赤字じゃ困る」と言って投資対象から外してしまいます。従来の投資基準に合わないんですね。実際、今、移住してくる人たちはワインづくりで大儲けをしようとしているわけではなくて、自分の好きなものをつくりたい、好きなライフスタイルを楽しみたいと考えている人ばかりです。

工業と同じように農業を考えてはいけないということでしょうか。

農業は拡大すればするほどコストが高くなっていく。だから、「農業的価値観」では、拡大するより、ある程度のレベルで持続することが目標になります。僕が一番言いたいのは、ワインづくりは黒字になるまで時間がかかるけど、その後ずっと続いていくし、そういう意味では道楽でも、あり得ないビジネスでもないということです。だからこそ、今、ニュージーランドやアメリカのオレゴンでは、ワイナリーがどんどん増えているわけです。畑や機械、人材に投資して、ワインの品質が上がっています。今後、そういう道を日本もたどろうとしていて、その先頭を切るのがこの地域だと捉えています。

近年、イタリアやフランスではワインの消費量が減り、古いブドウ畑を潰していますが、逆に村おこし、町おこしで新しいワイナリーをつくったり、ライフスタイルに着目したワイナリー経営が行われたり、そういったものは増えています。世界的に見ても同じ傾向なんですね。国内では、古くからワイン業界にいる方々が、今のワイナリーブームは一過性のものではないかと疑っていますが、あと2、3年もすれば確実に定着して後戻りしないことがわかると思います。そうなれば、ワイン産業への投資がもっと増えるだろうと期待しています。

地域の側から見たとき、外部にはどのようなサポートを期待しているのでしょうか。

限界集落へ都会から人がやって来ると、地域のものがすべて古臭く見えてしまう。だからといって、「俺が変えてやる」という気持ちで動くと、失敗してしまうんですね。基本的に、田舎の村はイギリスのクラブみたいなもので、ひとりでも反対したら何もできません。ですから、じっとクラブのやり方を見ていて、その中で信任を得てから動いていかないとダメなところもある。僕はここへ来て27年になりますが、20年くらいはおとなしくしていました。村も巻き込んで地域としての仕事をしていこうと思ったのはこの2、3年です。

最近は、地方創生を目的とした交付金もありますが、行政はプランもないし、持て余していることが多い。住民の間から自発的に出た運動をサポートしてほしいと我々は考えています。

「千曲川ワイン倶楽部」は、地域をサポートしたいという企業を集めてセミナーやシンポジウムを開いています。まずは地域のことを知ってほしいと考えているからです。

農家のくらしが観光になる

ご著書の中には食文化や田舎ぐらしに関するものがありますが、くらしの中で紡がれる文化とはどのようなものだと捉えておられますか。

たとえば、昔は山で山菜や野草を採って食べていましたが、そのうち採りに行くのが大変だから、家の周りで育て始めました。そこで育たなかったものは山菜や野草として山に残り、vegetate(生長)できたものはvegetable(野菜)となった。そうして農業が始まると、野菜は食べやすいよう「やわらかく」なっていくわけですが、これこそが「文化」なんです。つまり、自然をいかに人間が利用できるものにするかというのが文化の在り方なんですね。

文化はその土地に関わるものですが、どこでもできるような文化、さまざまな土地へ広がった文化は「文明」と呼ばれます。「文明」は共通のものですが、「文化」は、ライフスタイルとして自然の中でどう暮らすかということで、個人とその土地が形づくっていくものだと、僕は考えています。

グローバルビジネスでは、世界に通用するものをつくれないと売れません。しかし、文化は土地に根づいたものであるというのは興味深いです。

ワインは「その土地の表現」なので、やはり文化といえると思います。政府はワインも輸出しろと言いますが、なんでもかんでも輸出するのは高度成長時代のトラウマだと僕は思うんですね。今はインターネットでワインができたことを知らせれば、世界競争がすぐに始まります。うまくいけば輸出しなくても幻のワインとして評判が高まり、わざわざ飲みに来る人が増えるし、その方がいいんじゃないかと思います。

ブドウができた風と光の中で飲むのがワインの本当の楽しみ方ですし、そのワインをつくる農家や周辺の生活を見てもらうことが観光になります。世界遺産みたいな特別なものを見に来るのではなく、地域のくらしを見に来てもらう。今度は僕が相手のくらしを見に行くこともあるかもしれない。お互いに行き来しながら、もてなす人ともてなされる人がリスペクトし合う関係を築くことが理想です。僕はこれを「生活観光」と呼んでいるのですが、お互いにお金を落としながら地域にお金を回すことができれば、世界で何が起こっても影響されることがなく、地に足のついたくらしを実現できるはずです。

「生活観光」の実現に向けて、今後どのようなことに取り組まれていく予定ですか。

安く泊まれる民泊に加え、おしゃれなロッジとスパをつくる予定です。農業体験のプログラムと組み合わせて、田舎の空気と景色に触れてデトックスしてもらえる「ウェルネススパ」というものをつくりたいと思っています。農業とともにあるくらしの穏やかさと気持ちよさを体感してもらうというのがメインテーマです。

僕は、これからやって来るポストインダストリアル社会は農業が中心となる世界だと考えています。産業革命によって「ライフ」と「ワーク」の場所が離れた結果、今、さまざまな問題が起こっています。農業をベースとした、くらしながら働くライフスタイルを取り戻すことによって、産業革命によってばらばらになった人格がひとつにまとまるんじゃないかというのが僕の主張です。

【聞き手】三井住友銀行経営企画部CSR室長 末廣 孝信
日本総合研究所シニアマネジャー 井上 岳一

PROFILE

玉村 豊男(たまむら とよお)

玉村 豊男(たまむら とよお)

玉村 豊男(たまむら とよお)

1945年、東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。
通訳、翻訳業を経て文筆業。1983年より8年間、軽井沢町で生活。1991年に長野県小県郡東部町(現・東御市)に転居。
エッセイスト、絵画制作等のかたわら農園「ヴィラデスト」を開く。2003年に「ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー」、2015年に「アルカンヴィーニュ」をオープン。
信州ワインバレー構想推進協議会会長を務める。

会社概要

会社名
ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー
本社
長野県東御市和6027
TEL
0268-63-7373
URL
http://www.villadest.com/