環境先進企業トップインタビュー

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トップインタビュー 株式会社アシックス 廣田 康人氏

スポーツによる青少年の育成を通じて社会の発展に貢献したいという思いから1949年に創業した株式会社アシックス。国内最大手の総合スポーツ用品メーカーに成長を遂げた同社は、世界中のトップアスリートから信頼され、グローバルにビジネスを展開しています。創業の精神のもと環境や社会へ貢献する同社の取組について、2018年3月に新社長に就任した廣田康人氏にお話を伺いました。

環境とスポーツの密接な関係

1949年の創業以来、貴社はスポーツの発展を通じて社会貢献に取り組んでこられました。地球環境を守るという社会的課題については、どのように取組を始められたのでしょうか。

創業者の鬼塚喜八郎は、戦後間もないころ神戸で我が社の前身となる「鬼塚株式会社」を立ち上げました。当時、街は荒廃し、闇市には食べるものもお金もない子どもたちがたくさんいたそうです。苦しい生活の中で非行化していく子どもたちの姿を目の当たりにした鬼塚は、青少年たちを健全に育てるにはスポーツが大切であると考え、靴づくり、スポーツ用品づくりに取り組んだという歴史がありますので、「企業は社会の公器である」という思いがそもそも強かったのだろうと思います。

具体的に環境問題を意識し始めたのは1991年のことでした。この年、日本スポーツ用品工業協会(JASPO)に包装適正委員会が設置され、パッケージの環境負荷を軽減する取組が始まったんです。たとえば、それまで1箱にウエア1枚を入れていたのを1箱に5枚としたり、シューズ箱のサイズを最適化したり、業界全体で取り組むことになりました。

1992年にはブラジル・リオデジャネイロで地球サミットが開かれ、環境意識が世界的に高まりました。

環境保全や資源の有効活用を求める世界的な流れがありました。1991年から始まった業界としての取組を受けて、個社としても体制を整えようと、1993年に環境保全委員会を社内につくり、全社的な取組を始めました。

まずは包装のところから始まりましたが、製品開発においても環境配慮を視野に入れるようになりました。弊社では、神戸市西区にある「アシックススポーツ工学研究所」で、材料の研究から人が走るときの動きの研究まで、運動に関するありとあらゆる研究を行っています。組織自体は1985年からあるのですが、1995年から環境に優しい素材の開発やより少ない材料で製品をつくることが研究目標に加わりました。

「アシックススポーツ工学研究所」

人間の運動動作を分析し、革新的な製品・製造技術の開発に取り組む
「アシックススポーツ工学研究所」。

貴社のように素材から開発されているメーカーは珍しいのではないでしょうか。

靴の履き心地は、靴底の機能性に左右されます。そのため、靴底の材料は必ず自社で開発してきました。2018年6月に発売した「GEL-KAYANO 25(ゲルカヤノ 25)」にも、セルロースナノファイバー(CNF)という新素材を用いて開発した独自のスポンジ材を採用しています。これは、京都大学の矢野浩之教授らが開発した、「京都プロセス」と呼ばれるCNF複合材料製造技術を応用したものです。弊社が持つ材料設計や成形のノウハウを駆使して、京都大学が開発した技術をシューズに落とし込むことに成功しました。

このほか、環境負荷低減というテーマでは、CO2削減、省資源、有害物質の削減、節水等にも取り組んでいます。平昌2018オリンピック・パラリンピックの日本代表選手団に提供したオフィシャルスポーツウエアには、染色における水使用量を従来比約70%削減した生地をはじめ、リサイクル素材、バイオマス由来の原料等、環境に優しい材料を積極的に取り入れました。

「GEL-KAYANO 25」

「GEL-KAYANO 25」

環境に優しいことはお客さまの評価基準になりますか。

環境性はお客さまから評価されていると思いますし、むしろそれを私どもからお客さまへお伝えするということも今後より重要になってくると考えています。ランニングやスポーツをされる方は、日頃から自然の中で運動されているせいか、環境への関心が高い方が多くいらっしゃる傾向があると思います。

日本でマラソンをする人が昔より増えたのは、ブームが来たということもありますが、やはり空気がきれいになって外を走れるようになったからだと思うんですね。かつて公害に苦しんでいた時代には、「外を走るにはちょっと…」と、ためらう方がいたはずです。環境がよくないとスポーツはできない。そういう密接な関係性があると思います。

サプライチェーン・マネジメントの拡大

近年はサプライチェーンにおける協働に注力され、二次委託先工場にまで取組を広げておられます。困難も多かったと思いますが、どのように取組を進めてこられたのでしょうか。

東南アジアに生産拠点を持つシューズメーカーは少なくありませんが、1990年代後半、こうした委託先工場の一部で児童労働や強制労働といった人権問題が発覚し、大きな注目を集めました。その影響は業界全体へ広がり、弊社にも問い合わせが寄せられるほどだったんです。当時、社内にサプライチェーン上のCSR管理を専門とする部署がなく、現場の人間が工場を1軒1軒訪ね、問題がないか確認するところからスタートしました。

現在、生産については90%強まで外部委託が増えています。しかし、我々はもともと自社工場を持ってやってきましたし、メーカーとしての立ち位置を忘れてはいけないと考え、鳥取県と福井県に、子会社ですが自社工場を持っています。こうした国内工場での実例を踏まえながら海外工場の指導にあたっています。今度、私は台湾とベトナムにある委託先工場へ行く予定ですが、CSR上の課題についてトップ同士でしっかりと確認するつもりです。

会社と社員の健康を目指す

健康産業へのニーズが高まる中、長年にわたってスポーツによる青少年の育成や、健康的な生活の実現に取り組まれてきた貴社の活躍がますます期待されます。

「ASICS」という社名は、「健全な身体に健全な精神があれかし(Anima Sana In Corpore Sano)」というラテン語に由来します。この言葉は鬼塚の創業の精神そのものであり、我々の社業はスポーツ用品メーカーとして世界中の人たちに健康的な生活を長く送っていただくお手伝いをすることです。これは健康産業そのものだと思いますし、世界的に高齢化、長寿化が進み、健康への関心がどんどん高まっていく中で、我々ができることは大きいと考えています。

今、関西地区で「トライアス」という高齢者向けの機能訓練特化型デイサービスを5ヵ所運営しています。介護保険適用施設で、シニアの方が身体機能を維持していくための運動プログラム等をご指導させていただいています。高齢になって「もっと体を動かそう」と思ったときに取り組みやすいのは、歩く、軽く走るといった運動だと思います。このあたりは私どもが得意とする分野ですので、つまずきの原因や膝への負荷等を分析して、快適で安全なシューズやウエアを提供していきたいと考えています。

「健康経営宣言」を制定し、従業員の健康にも取り組んでおられるそうですね。

健康につながる商品・サービスを提供しているわけですから、会社自体が健康でないといけません。そのためには、財務やコンプライアンスの面で問題がないこと、経営の透明性を高めるといったことに加え、社員みんなが健康でいきいきと楽しく働ける環境を整えることが重要だと考えています。本社1階にはスポーツ等ができる多目的スペースがありますし、体を動かすイベントを企画したり、サマータイムやフレックスタイム等を導入して働き方改革に取り組んだり、会社と社員が健康であるための施策は前社長の時代から展開されていますが、今後も強化していく予定です。

2018年は鬼塚喜八郎の生誕100周年にあたり、あらためて創業の精神を確認しようとさまざまな記念イベントを企画しました。その中で社内向けにランニングイベントを行いました。弊社にはもともとスポーツが好きな人間が多いのですが、年齢が上がっていくとスポーツから遠のく社員も少なくありません。でも、このイベントには、国内からも海外からも幹部が参加してみんなでランニングを楽しみました。

子どもたちにもっとスポーツの楽しさを

海外と日本を比べたとき、スポーツや健康に対する意識は違いますか。

アメリカやヨーロッパは以前からスポーツや健康への関心が高いのですが、最近、顕著なのは中国ですね。中国では国を挙げて健康になるための施策が展開されています。ランニングブームも起きていますし、我々のビジネスチャンスもあると思います。

日本はというと、これが難しいところで、シニアを中心にジムに通う人が増え、全体的に健康への関心は高まっています。一方で、子どもたちのスポーツへの参画度合いは、かつてに比べて低くなっています。塾が忙しかったり、スマホで遊んだり、子どもたちがスポーツをする時間が少なくなってきている。公園へ行ってもキャッチボールが禁止されている等、スポーツができる場所が減っていることもあり、子どもたちがだんだんスポーツから離れてきていると思います。

子どものスポーツ離れを止めるため、どのような取組が必要だと思われますか。

国や地方自治体、業界とともに取り組まなければならない問題だと思いますが、やはり子どもから大人までスポーツを気軽に楽しめる環境を整えていくことが必要です。弊社は、神戸市と協力して気持ちよくランニングできるコースを整備したり、国内外でランニングイベントの開催をお手伝いしたりしています。東京マラソンが、大会前日に親子で走るイベントを実施しているように、こうしたスポーツを楽しむ機会をもっと増やしていきたいと考えています。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを機に、どのようなことを実現したいと考えておられますか。

まずは、トップアスリートに使っていただく製品の開発に我々の技術のすべてをかけて臨み、大会でその性能を実証する、これが最大のポイントだと思います。それからもうひとつは、オリンピック・パラリンピックを通じてスポーツへの関心が高まっていくので、開催後もそのムーブメントがしぼまないように次へつなげていくことが必要です。

1964年の東京オリンピックのとき私は小学2年生でしたが、今でも本当によく覚えています。マラソンのアベベ・ビキラや水泳のドン・ショランダー、体操のベラ・チャスラフスカ、こうした名前が今でもすらすら出てくるぐらい鮮明に記憶に残っています。2年後のオリンピック・パラリンピックでも、子どもたちはたくさんの感動を得ることになるでしょう。その感動とともにスポーツを楽しむ機会を提供することが重要です。

今、考えているのは、卒業したアスリートが子どもたちに教える場をつくることです。トップアスリートの方々は特別な存在です。一流の技術やトップを維持する彼らの姿に子どもたちが直接触れることは、スポーツへの興味を喚起する貴重な体験になると思います。

また、レガシーをどう生かすかというのもオリンピック・パラリンピックのテーマのひとつになっており、使用された運動施設を開催後にどう使っていくかも課題になります。それから、東京オリンピックからスケートボード等の都市型スポーツが種目に加わりますので、こうした身近な場所でできるスポーツへの関心を高めるお手伝いもしたいと考えています。

国内では、2019年に「ラグビーワールドカップ」が開かれ、オリンピック・パラリンピックの翌年には「ワールドマスターズゲームズ」の開催が神戸を含む関西で予定されています。ワールドマスターズゲームズは30歳以上であれば誰でも参加できる国際総合競技大会です。世界からたくさんの参加者が滞在型でおみえになるので、我々の本拠地である関西の活性化にもつながりますし、大いに盛り上げに貢献したいと思っています。

確かな技術力でブランドを世界へ

貴社は創業の精神を守り続け、日本発のグローバルブランドとして世界で活躍されています。今後、ブランドをさらに浸透させていくために必要なことは何だと思われますか。

「ASICS」というブランドは、ランニングシューズのパフォーマンスによって世界中のランナーの方々から高い評価をいただいています。ニューヨークシティマラソンやパリマラソンをはじめフルマラソンの国際大会では、「早く走れる」「疲労が少ない」といった理由からたくさんの方々に我々の靴を選んでいただき、たとえば東京マラソン2018での使用率は全ランナーの約45%に及びます。しかし、競合メーカーさんもここを狙ってこられますから、我々もさらに技術革新をして、より楽に、より長く、より速く走れる靴を開発しなければなりません。

現在、フルマラソンだけでなく、ショートランやタウンユース、トレイルラン等、さまざまな靴の開発に取り組んでいます。これからもランニングを中心にさらに幅広いニーズをくみ取っていきたいと思います。格好よく走りたいという方もいらっしゃるので、もちろんデザインも重要ですが、やはり一番大切なことは、技術に裏打ちされた、安全な靴を提供することです。

すでに売上の約75%が海外市場となっていますが、中国市場はまだこれからですし、インドや東南アジアの国々でもスポーツに親しむことが今後大きなムーブメントになっていくと思います。こうした地域でアシックスの商品で走っていただく機会を増やしていきたいですね。

【聞き手】三井住友銀行経営企画部 CSR室長 末廣 孝信
日本総合研究所シニアマネジャー 井上 岳一

PROFILE

玉村 豊男(たまむら とよお)

廣田 康人(ひろた やすひと)

廣田 康人(ひろた やすひと)

1980年、早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業後、
三菱商事株式会社へ入社。
同社代表取締役常務執行役員等を経て、
2018年1月に株式会社アシックスの顧問に就任。
2018年3月より現職。

会社概要

会社名
株式会社アシックス
創業
1949年(1977年、合併により株式会社アシックス設立)
本社
兵庫県神戸市中央区港島中町7-1-1
資本金
239億7,200万円(2017年12月31日現在)
代表者
代表取締役会長CEO 尾山 基
代表取締役社長COO 廣田 康人
事業内容
各種スポーツ用品等の製造および販売
URL
https://corp.asics.com/jp/