環境先進企業トップインタビュー

戻る

トップインタビュー東京理科大学 特任副学長 向井 千秋氏

医師としての経験を生かして実験担当の搭乗科学技術者(ペイロードスペシャリスト)となり、2度の宇宙飛行を経験した向井千秋氏。現在は東京理科大学の特任副学長を務め、宇宙滞在技術の研究を進める同大「スペース・コロニー研究センター」のセンター長を兼任されています。アジア初の女性宇宙飛行士として国際的な活躍を続ける向井氏に、宇宙開発をめぐる動向や可能性についてお話を伺いました。

医師としての経験を生かして宇宙へ

医師として活躍されていた向井さんが宇宙へ行くことを夢見るようになったのはいつのころからなのでしょうか。

仲間の宇宙飛行士には、「子どものころにアポロ11号の月面着陸を見て宇宙飛行士に憧れた」という人がたくさんいますが、私は“宇宙どっぷり人間”でもなく、星を見るのが好きな“天文少女”でもありませんでした。3歳下の弟が足の病気を患っていたので、幼いころから人を助ける医者になるのが夢でした。

ただ、振り返れば、私が小学4年生のころ、ガガーリンが人類初の宇宙飛行士となり、その2年後には、テレシコワが女性としての初めての宇宙飛行を実現しました。高校2年生のときには、アポロ11号が月面着陸に成功し、ウサギが住んでいると言い伝えられてきた月に人が行ったことで、「あぁ、夢がなくなってしまう」とか「ここから新たな夢が出てくるんだ」とか、そんな議論が起こっていました。いろんなことに感激し吸収する時期にちょうど、有人宇宙開発のエポック・メイキングな出来事を目の当たりにしていたわけで、そういうことが自分の中に何か影響を残していたのかもしれません。

宇宙飛行士を志すようになったのは、1983年、医者になって6年ほどたったころでした。日本人の宇宙飛行士を募集するという新聞記事を見たことがきっかけです。宇宙飛行士というとパイロット(操縦士)を連想されるかもしれませんが、このとき募集されていたのは、宇宙空間で医学や教育の実験に幅広く対応できる技術者や研究者でした。あのころはNASA(アメリカ航空宇宙局 )のスペースシャトル利用の黄金時代といえる時期でした。7人乗りのスペースシャトルが開発されたおかげで、専門的な訓練を受けた軍人だけでなく、さまざまなバックグラウンドを持つ人材を宇宙空間へ送り出し、宇宙実験を行えるようになったんです。

1980年代は技術革新が一気に進み、人が住みやすい場所にするため環境すら変えてしまおうという、科学技術の力を過信しているような時代でした。心臓外科医だった私は人工心臓のような技術の動向は調べていたものの、あの記事を読んだときは日本人も宇宙へ行けるほど科学技術が進展していること、そんなすごい時代に自分が生きていることに衝撃を受けましたね。

宇宙に行くことで人間や地球への理解が深まったということはありますか。

故郷のよさは故郷を離れた人じゃないとわからないのと同じで、外から自分がいたところを見ると、客観的に物事が見えてきます。井の中の蛙、大海を知らず。同じ場所にいると、よいか悪いかというのも個々の基準になってしまいますが、宇宙というビッグ・ピクチャーで見ることで自分の立ち位置を知ることができると思います。

私自身が宇宙飛行を経験したことで実感したことは、地球には重力があるということです。人間の体は何十万年かけて地球という環境に適応してきました。たとえば、上下の概念といったこともすべて重力の存在が前提となっています。地球上では、足が重力で床に縛り付けられているような状態で、「みんなの天井はみんなの天井」「みんなの床はみんなの床」という感じです。しかし、宇宙へ行くと、重力から解き放たれ、自由度がひとつ増えます。無重力の世界では、「私の壁はあなたの床」「誰かの天井は他の人の床」という状態で、目に見えるものの認識が変わってきます。

地球上では重力の影響が強いために隠れていて見えない物理現象がたくさんあります。宇宙ステーションやスペースシャトルは、地球では見えない部分を解明するための研究室です。私は医学が専門ですから、重力がない環境が生理機能にどんな影響を与えるのか、さまざまな実験をしました。

世界で活性化する宇宙開発

アポロの月面着陸は、半世紀の間、大きな夢を人類に与えてきました。人類が目指す次の宇宙開発のマイルストーンとはどのようなものでしょうか。

NASAは2028年までに再び月へ人類を送る計画を発表し、月面に基地をつくろうとしています。ただ、これは月をファイナル・フロンティアとするものではありません。火星や小惑星帯へ行くため、月面を中継点にしようとしているのです。国際的な枠組みの中では、国際宇宙ステーション(ISS)に参加する日本、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、カナダが月を周回する拠点をつくる「ゲートウェイ」の計画に取り組んでいます。

宇宙産業をめぐっては、インドが有人宇宙飛行計画を進めていますし、アラブ首長国連邦は石油に頼らない国をつくろうと宇宙開発に莫大なお金を投資しています。また、これまで宇宙開発は各国政府によって主導されてきましたが、起業家のイーロン・マスク氏によってスペースX社が立ち上げられたり、イスラエルの団体が月探査機を打ち上げたり、民間のプレーヤーもどんどん参入しています。

「ゲートウェイ」
「ゲートウェイ」は地球と月面を結ぶほか、火星探査の中継点に使うことも見込まれている。
2022年から建設を始め、2026年ごろに完成予定。

宇宙開発はこれから産業として発展していくのでしょうか。

産業になる可能性があるから投資が進んでいるということでしょうね。Amazon.comのジェフ・ベゾス氏をはじめ、宇宙開発に多額の投資をしているのは、もともと小さなところから事業を広げてきた起業家たちです。未知の分野を開拓してきた彼らにとって、どうなるかわからないけどダメもとでやってみようと思える場所はもう宇宙しかないのでしょう。日本ではまだ宇宙産業が育つ土壌ができていませんが、国際的には宇宙はファイナル・フロンティアと見なされ、夢があってワクワクするような場所だと考えられています。

宇宙に滞在するには、エネルギー、酸素、水、食料、廃棄物等、あらゆる面を考慮し、人が生きていける最低限のシステムをつくりあげなくてはいけません。宇宙空間における自給自足は可能ですか。

現在、宇宙ステーションではリサイクルしているものもありますが、完全ではありません。太陽電池でエネルギーはつくれますが、水や食料は滞在期間に必要とされる分を地球から持って行きます。水の場合、空気中の水分をコンデンス(凝縮)したり、おしっこから再生したりしますが、足りない分は地球から運びます。将来、火星へ行くのであれば、片道だけで8ヵ月近くかかりますから、地産地消すること、持って行ったものを効率よく使うことがより重要になります。

技術立国・日本の可能性

宇宙開発において日本が注力すべきテーマはどのようなものだと思われますか。

宇宙開発というと、ロケットや衛星をどうしようかという話になりがちです。しかし、有人宇宙飛行にはハイレベルの信頼性が求められるため、ロケットや衛星の部品ひとつひとつの検証に莫大なお金がかかります。これまで有人宇宙飛行に成功したのは、ロシア、アメリカ、中国だけです。それはこの3ヵ国が国威発揚のため宇宙開発に多額の資金を投入してきたからです。近年、民間レベルでも、海外の名だたる起業家たちが宇宙に注目しています。国家予算に匹敵する資金を持つ彼らに対して、日本が投資金額で勝ることは難しいでしょう。

限られた予算の中で効率を考えるなら、「衣・食・住」というテーマがよいと私は思います。地球と宇宙の両方で役立つ技術をデュアル開発で生み出す。地球にベネフィットをどんどん送りながら宇宙へどんどん進んでいく。宇宙船の空気をきれいにする技術だったり、消費エネルギーを減らす技術だったり、小さくてもきらっと光るものを持っていれば、大きなシステムを持つアメリカやロシアといった国からパートナーとして必要とされる存在になれるはずです。「技術立国」じゃないと日本は生きていけません。

東京理科大学では「スペース・コロニー研究センター」をつくって、発電・蓄電、植物栽培、水・空気の再生をはじめ「衣・食・住」のすべてを完結させるシステムづくりに取り組んでいます。宇宙で自給自足というか、資源を効率よく使うという方向性は、エネルギーや食料のほとんどを諸外国に依存する日本が自立した国を目指すという方向性と同じです。また、日本は自然災害が多い国ですから、隔絶された宇宙船で安心安全かつ快適に過ごせる技術は被災地にシェルターをつくる際にも役立ち、一石二鳥、三鳥の効果が期待できます。

4チームから成るスペース・コロニー研究センター
4チームから成るスペース・コロニー研究センター

宇宙と地球の両方で活用することで効果を最大化できるわけですね。

宇宙をターゲットとしてゴールを高いところに設定しながら、地球上でどんどん技術を展開していく。最初から地球上の砂漠地帯で使うことを目的とすると、単なる開発途上国への技術トランスファーで終わってしまいます。エアフィルターも省エネ技術も安全性や効率性を高めないと、月面へ持って行くことはできません。宇宙開発からのスピンオフは、安全安心でクオリティーが高いというのが特徴です。

最悪の事態を回避するために

宇宙船で想定外の問題が起きたときに何とかやり抜くための能力を開発するトレーニングはあったのでしょうか。

NASAの訓練のほとんどは、当たり前に行かないことを想定し、こういう場合はどうしよう、ああいう場合はどうしようというものでした。A=Bとなる予定だったものがA=Cとなったとき、A=Bの次はDへ行くというのがわかっていれば、A=CからDへ持って行く手段を考えることができます。

外科医の時代には手術前にシャドーオペレーションをして練習していました。しかし、医学では一重の準備であるのに対して、宇宙では三重の準備をします。たとえば、袋に物を入れるとします。破れると困るので袋を二重、三重にするのですが、同じ素材の袋を2枚、3枚使うのでは一重と変わりません。異素材の袋を使ったり、入れ方を変えたりしながら、三重の準備をして、袋が破れたときの被害を最小限に食い止めます。

碁や将棋の棋士は何十手も先を読みますよね。それと同じことです。要は、最悪の事態を考えて備えておけば、最悪の事態は回避できるということです。

宇宙をテーマとするSF作品は多数ありますが、近年、ロボットやAI等、SFに描かれた世界が実現し始めています。SFがフィクションでなくなりつつある新時代を生き抜くため、私たちはどんなことを身につけておけばよいと思われますか。

自分が自分であればよいと私は思います。SFの世界が現実化しているのは今に始まったことではないからです。ただ、いつも自分が自分であるというのは簡単でないかもしれません。私自身も悩むことはあります。悩んだときはリセットというか、ニュートラルな状態に戻すことが必要です。たとえば、車を運転していてハンドルがどちらに回っているかわからないとき、手を離せというじゃないですか。離せば自然にニュートラルなポジションに戻るんです。人の場合、年を取ると、昔、自分がどんなことに感激して何になりたかったのか、小さなころの思い出や志を忘れ、基準点がシフトしてしまうことがあります。私はこの先どう行くべきか悩んだときは、いったん目の前にあるものを手放し、小さいころ何がやりたかったのか、原点に戻って考えるようにしています。

100円よりも100万円の夢を見よう

最後に、企業がビジネスと宇宙の接点を見つけられるようにアドバイスをいただけますか。

先ほど「衣・食・住」の話をしましたが、たとえばスペース・コロニー研究センターでは閉鎖空間であっても光や風、音を制御してマリブのビーチだったり夕方の日差しであったり、屋外にいるような感覚が得られる環境をつくろうと取り組んでいます。「家の中は外」をコンセプトとしており、宇宙空間だけでなく地球上の生活でも活用できる技術です。日本は高齢化社会を迎えていますが、足腰が弱くて外出できない方に屋外にいるのと同じ刺激を与えることができます。

企業は考え方次第で自分のビジネス範囲を宇宙まで広げることが可能です。私たちは環境の中で生かされている生物であり、私たちを取り巻くものすべてが環境です。洋服はマイクロエンバイロメント(極小環境)だし、逆にうんと広げていけば宇宙になります。

英語には「exploration」という言葉があります。日本語だと「探査」と訳されることが多いですが、行動にしても知識にしても自分の持っている限界を広げていくという意味です。企業が「exploration」、つまり自分のビジネスを広げていこうとするとき、キーワードの中に宇宙が入ってきます。それは私たちが宇宙の中で生きているからです。私たちが今いるこの場所は宇宙の中の地球という特殊環境にある日本です。

知らないことを知りたい、もっと先に、行ったことのないところに行きたいとか、自分の領域を広げていこうとすると、それは非常にチャレンジングな分野だから、会社のイメージが未来志向型になるし、若い人を惹きつける力があります。今、宇宙開発の領域では、アメリカをはじめ、民間が参加できる枠組みができつつあります。宇宙には未知なるフロンティアがたくさんあるので、自分のビジネスを広げていく場として宇宙をぜひ活用してほしいと思います。

私が学生たちに話すのは、夢はタダで見られるから100円の夢ではなくて、10万円、100万円がもしあったらという夢を見た方がよいということです。大きな夢に向かって挑戦する方が毎日楽しくなるから、そんなふうに宇宙という環境を使っていただければいいなと思います。

【聞き手】三井住友銀行経営企画部サステナビリティ推進室室長代理
 上田 有佳
日本総合研究所マネジャー
 井上 岳一

PROFILE

向井 千秋 (むかい ちあき)

1977年、慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。心臓外科医の経験を経て、アジア初の女性宇宙飛行士として1994年にスペースシャトル・コロンビア号に搭乗。1998年にスペースシャトル・ディスカバリー号で2度目の宇宙飛行を果たす。2015年に東京理科大学副学長、2016年に同大特任副学長に就任。
2017年から同大スペース・コロニー研究センター長を兼任する。