近年、企業経営では、短期的な利益の追求にとどまらず、サステナビリティを考慮した長期的な価値創造が求められるようになっている。2019年には、米国の主要企業の経営者で構成されるビジネス・ラウンドテーブルが、株主利益を最優先とする「株主第一主義」を撤回し、お客さま・従業員・地域社会など幅広い利害関係者を重視する「ステークホルダー資本主義」への転換を正式に表明した。
欧州でもこの動きは加速している。EUは2019年に温室効果ガス排出を2050年までに実質ゼロにする成長戦略「グリーンディール政策」を発表。さらに2022年には、上場企業や大企業に対し、サステナビリティ情報の詳細な開示を義務付ける「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」を採択した。
こうした動きを受け、サステナビリティ経営は一過性のトレンドではなく、グローバルな経営基準として定着しつつある。もはや、表面的なサステナビリティ施策を打ち出すだけでは、企業価値の向上にはつながらない。具体的な成果や社会・環境への影響(インパクト)を定量的に測定し、その実効性を示すことが、企業経営においてますます重要になっている。
このような流れのなかで、企業が社会・環境にポジティブな影響を生みながら成長するための資金調達として、「インパクト投資」が選ばれ始めている。インパクト投資は、短期的に期待される財務的なリターンを最優先に追求するこれまでの投資と異なり、財務的なリターンと社会的・環境的なインパクトを同時に生み出すことを目的とする。欧米ではすでに広く普及しており、日本国内でもその関心が高まりつつある。
SMBCグループもこの動きを受け、2024年4月からスタートアップ向けにインパクト投資を本格始動。2025年2月3日には、SMBCベンチャーキャピタル株式会社(以下SMBCVC)が第一号案件として、アフリカでタクシードライバー向けマイクロファイナンス事業を展開する株式会社HAKKI AFRICA(以下HAKKI AFRICA)に対して、メガバンクグループのベンチャーキャピタル(VC)として国内初となるインパクト投資を実行した。
インパクト投資・
第一号案件の
HAKKI AFRICA事業概要と
インパクト
今回、SMBCVCがインパクト投資を実行したHAKKI AFRICAは、アフリカのタクシードライバー向けに中古車マイクロファイナンス事業を展開し、金融アクセスを提供する企業だ。アフリカでは、タクシーが主要な移動手段で多くの雇用を生み出しているものの、多くのドライバーが信用スコアの低さや担保不足を理由に正規の金融機関から融資を受けられず、車両を資産家から借りて運営せざるを得ない状況にある。この結果、レンタル費用が利益を圧迫するだけでなく、利用している車両は資産家の所有物のままとなり、ドライバーの資産形成を困難にしている。

HAKKI AFRICAは、この課題に対し、独自のアルゴリズムを活用したクレジットスコアリングシステムを構築し、リスクを限りなく抑えた車両購入用のファイナンス商品を提供している。これにより、従来の金融機関では与信が難しかったドライバーに対し、金融アクセスの向上という社会課題解決を図りつつ、彼らの所得向上・資産形成を促すことで新興国における持続可能な経済成長にも貢献している。
インパクト投資・第一号案件の実行に至るまで
2025年1月31日、SMBCVCによる第一号案件のインパクト投資実行に先駆けて、SMBCグループのオープンイノベーション拠点「hoops link tokyo」において、インパクト投資に関するイベントが開催された。当日は、インパクト投資に関心のあるスタートアップが集い、SMBCグループによるインパクト投資の紹介や、HAKKI AFRICA 代表取締役 小林 嶺司氏をパネリストに迎え、SMBCグループからのインパクト投資を受けた側として実際にどう感じたかなどを伝えるパネルディスカッションが行われた。
まず、第一部では三井住友フィナンシャルグループ 社会的価値創造推進部 谷津 もゑりが登壇し、SMBCグループの社会的価値創造に向けた取組とインパクト投資の概要や最新動向について説明した。事業のインパクトを因果関係で整理する枠組みである「ロジックモデル」についても触れ、「事業を通じて社会や環境にどのような影響を与え、その先にどのような未来を実現したいのかを描くことが重要です。そのためには、経営資源を踏まえ、逆算的に仮説の道筋を考える必要があります」と強調した。

続いて、SMBCVC 投資営業第一部 今枝 秀彬が、同社のインパクト投資戦略と具体的なプロセスについて説明した。
今枝は、SMBCグループは、「環境」「DE&I・人権」「貧困・格差」「少子高齢化」「日本の再成長」の5つを重点課題として掲げ、インパクト投資においても各領域で社会的価値を創造する企業を支援していると紹介した。投資決定後も、事業の成長や環境の変化に応じてロジックモデルやKPIを見直しながら、継続的に伴走支援を行うと説明した。

また、SMBCグループによるインパクト投資を受けるメリットとして、①財務・社会的パフォーマンスのモニタリングが可能になること、②インパクトの測定・管理を行うことで、事業の社会的価値が可視化され、投資家や社会に対するPRとしても活用できること、③より良いインパクト創出に向けてSMBCグループの伴走支援を受けられること、④海外のインパクト投資家とのネットワークが広がり、他のインパクト投資家からの資金提供を受けられる可能性が高まることを挙げた。
第二部では、SMBCVCのインパクト投資第一号案件となったHAKKI AFRICAの小林氏が、実際に投資を受けた経験とその影響について語った。
小林氏は、ケニアでタクシードライバー向けに独自のクレジットテック※を活用したオートローン事業を展開し、3年半のローン完済後に車を資産として保有できる仕組みを提供していると説明した。SMBCグループからインパクト投資の打診を受けた際、「事業開始から3年近くが経過し、ローンを完済した方の生活にどのような変化が起こっているのかを数値化したいと考えていたため、ご提案を受けることに決めました」と、その経緯を語った。
※テクノロジーを用いて信用情報を新たに創造し、精緻化するビジネス領域。
また、「インパクト評価には以前から取り組みたいと考えていましたが、手が回っていませんでした。インパクト投資を受ける過程で、SMBCグループの専門家の皆さんにロジックモデルの作成やKPIの設定を支援していただき、大きな助けとなりました」と振り返った。
その期間中、他の投資家との対話のなかで、「事業のインパクトをどのように測定するのか」と問われることもあったが、「SMBCグループとともに指標を策定中です」と伝えることで、投資家からの反応も良くなったという。また、社内でも、「インパクト評価を通じて、社員の意識が高まり、事業の方向性がより明確になったという良い変化がありました」と語った。

小林氏の話を受け、三井住友フィナンシャルグループ 社会的価値創造推進部 花岡 隼人はインパクト評価の意義について言及し、海外の投資家は必ずしも「インパクト投資家」と名乗るわけではないが、インパクトの可視化を求める傾向が強いと指摘した。特にインドでは、一定規模以上の企業にCSR活動のインパクトアセスメントが義務付けられていることを例に挙げ、海外ではインパクトの概念はもはや「特別なもの」ではなく、「投資家との共通言語」になりつつあると述べた。
最後に小林氏は、今後はインド市場への展開を視野に入れ、インパクト投資を活用しながら、事業の成長と社会的価値の創出の両立を目指す方針を示した。そして、「日本からの投資資金がケニアやインドの現地で実際に社会を変えるインパクトを生み出していることを積極的に発信し、SMBCグループによるインパクト投資の第一号案件として成功事例になることで、これから海外での起業に挑戦する日本人起業家を後押しする存在になりたい」と締めくくった。

インパクト投資の拡大に向け、SMBCグループが果たす役割は?
イベント終了後、SMBCグループの登壇メンバーが、それぞれの観点からインパクト投資についての考えや今後の展望を語った。
今枝は、「インパクト投資は、起業家の方々が実現したい世界と現在の立ち位置を確認するための手段やコミュニケーションだと考えています。そのため、特別なものと構えずに、ぜひ気軽に取り組んでほしいです」と強調した。また、事業のKPIについては、「企業のビジョンに基づいたKPIを策定することで、事業の社会的価値創出を可視化できるだけでなく、社員の意識向上やエンゲージメント強化にもつながります。最終的には、ビジョン・ミッション・バリューを社員と共有し、企業全体としてどのように社会貢献しているのかを明確にすることが大切です」と考えを示した。
さらに、「今後は、投資先企業の資金調達ラウンドの成功に向けて、海外投資家とのネットワークを広げるとともに、日本国内でもインパクト投資家を増やしていきたい」と展望を語った。
谷津は、SMBCグループのインパクト投資における役割について、「スタートアップが持つ社会課題解決への想いを、投資家や社会が共感しやすいストーリーとして『翻訳』することが重要だ」と述べた。その上で、SMBCグループがその翻訳者となり、複合金融グループの視点を活かしながら事業の意義や価値を伝え、責任ある支援を行っていきたいとの考えを示した。
また、谷津は、SMBCグループ自身もこの分野では挑戦の途中であり、事業者とともに学びながら作り上げていく姿勢で臨みたいと述べた。加えて、「スタートアップの方々には、インパクト評価やロジックモデルの作成、資金調達に関する悩みなどを気軽に相談してほしい」と語った。
花岡は、日本市場の縮小に伴い、スタートアップへの資金提供が一層厳しくなるなかで、世界の資金を積極的に取り込む重要性に触れ、「海外の投資家も日本市場に関心を寄せ始めており、インパクトの視点を持つことが資金調達の選択肢を広げる鍵になります」と見解を示した。
さらに、多くの企業がインパクトを生み出しているにもかかわらず、それを適切に説明できていないことを課題として挙げ、「その解決には、評価の仕組みやロジックモデルを活用し、インパクトを明確に示すことが重要です。SMBCグループとして、インパクトの可視化に対する支援を積極的に進めていきたいと考えています」と語った。
スタートアップにとって、資金調達は単なる成長のための手段ではなく、投資家や社会との関係を築くチャンスでもある。インパクト投資をきっかけとして、事業で実現したい未来を描き、そこに至る道筋をロジックモデルやKPIという形で整理することで、事業に対する共感の輪を社内外へと広げ、成長を加速させることができる。投資先企業のインパクトを「見える化」し、その後押しをしていくことは、社会的価値の創造を社会全体に広げていく上での礎となるはずだ。
