気候変動と生物多様性の損失が地球規模で進行するなか、世界有数の森林地帯と豊かな生物多様性を有する中南米のアマゾン地域は、特に深刻な影響を受けている。同地域では、異常気象や乾燥化の影響によって森林火災が頻発し、森林が急速に失われることで、生物多様性の損失も加速している。さらに、貧困状況にある地域住民による焼畑農業や違法伐採、そして環境教育などの社会インフラ整備の不足が、これらの問題を一層深刻化させている。このような状況を打破するために、米州開発銀行(以下、IADB)は「アマゾン・イニシアティブ」を発表した。
このプログラムは、森林保全や低炭素型農業、生物多様性の保護、人的資本の育成、持続可能なインフラ整備を含む五つの柱を基軸としている。この取組を資金面で支えるのが、2024年にIADBが発行したサステナブル・ディベロップメント・ボンドだ。同債券は、総額6500万豪ドル(約68億円)に上る15年満期の豪ドル建て債券として発行された。
SMBC日興証券は、この債券を引受け、日本の保険会社である機関投資家に販売することで、日本からアマゾン地域へのESG債を通じた投資を促進し、その持続可能な発展を後押しした。本プロジェクトを担当した同社のデット・シンジケート部 安達は、このESG債について次のように語る。
「2022年末頃からアマゾンの生物多様性に取り組む資金ニーズが非常に高まり、国際的にも注目されている分野となっています。今回のESG債は、まさに生物多様性の保全をテーマとしたもので、個人としてもぜひ取り組みたいと考えているものでした」
部署間連携によりきめ細やかな対応を実現
安達は、前職で別の証券会社に勤め、2018年から2023年までESG債の引受業務にも従事してきた。特に、生物多様性の問題については、対処の重要性や議論の動向を、日本の機関投資家に情報提供するなど力を注いだ。また、国際開発機関が発行するESG私募債の市場においてはマーケットトップのシェアを獲得する成果を上げていた。


その豊富な知見や経験が評価され、前職でも親密な関係にあったIADBから、「アマゾン・イニシアティブの資金調達を目的としたサステナブル・ディベロップメント・ボンドへの投資に関心のある日本の投資家はいないか」との打診を受けたことが、今回の案件のきっかけとなった。
安達はプロジェクト当初に抱いた想いについて「IADBが今回のプロジェクトへのファイナンスを目的にサステナブル・ディベロップメント・ボンドを発行するのは世界初の事例となるため、ぜひ当社で第一号案件を引受けたいと考えていました」と語る。
安達は、ESG債への投資に積極的な国内の投資家に打診を行った。そのなかで、今回投資を決定した投資家が関心を示し、交渉が具体的に進展した。しかし、このESG債を販売するまでには、いくつか乗り越えるべき課題があった。
一つは、国際開発機関が発行するESG債をSMBC日興証券が引受け、日本の投資家に販売した実績がなかったことだ。そのため、投資家に対して、SMBC日興証券でも国際開発機関のESG債の組成が可能であることを具体的かつ丁寧に説明し、信頼を築くことが求められた。また、現場の担当者との信頼関係を構築するだけでなく、それを管理職や役員のレベルへと広げていくことが重要であると考えた。
そのなかで安達が特に重視していたのは、各部署が緊密に連携し、チーム全体で「面」としてお客さまにアプローチを行うことだった。投資家への債券の販売を担当するグローバルマクロ営業部外国金利営業課や幅広い商品のご案内や日々の営業を担当する金融法人部と緊密に連携することにより、ニーズの的確な捕捉、きめ細かい対応が可能となった。また、投資家内部で現場担当者から上層部へ話を進める過程において、専門性が高く難解な内容が正確に伝わるよう説明のサポートも行い、投資家の役員に対しては、金融法人部の役員と共に往訪し提案を行った。
また、過去の経験から安達は、保険会社の現場社員は「預かったお金がどのように使われているのか」を非常に重視しており、保険契約者をはじめとするステークホルダーへの説明責任も重要な課題の一つだと考えていた。
この課題に対処するため、投資家と連携し、資金使途や投資の意義を確認しながら、認識のすり合わせを行った。また、発行体であるIADBとも適宜連携し、資金の投入事例を投資家に説明することで的確かつ丁寧に対応するよう努めた。


これらの取組が功を奏し、SMBC日興証券としては初の事例となる国際開発機関のESG債引受が実現し、投資家からも「きめ細やかに対応してもらった」という声が寄せられた。
取組の成果とESG債市場拡大への道筋
本債券の資金は、アマゾン地域におけるさまざまなプロジェクトに充てられる。例えば、エクアドルでは持続可能なバイオビジネスを支援することで地域住民の生活向上と森林保全を目指し、スリナムでは中小企業の生産性を向上させるための資金プログラムを展開している。また、ペルーでは上下水道施設を拡張し、地域住民の衛生環境を改善する取組が進行中だ。この取組によって、アマゾン地域では生態系の保全が進むとともに、地域住民の生活が着実に改善している。
このプロジェクトは日経新聞などの主要メディアに取り上げられ、投資家やステークホルダーから大きな反響を呼んだ。安達は、「今回の事例が紹介されたことで、他の投資家や関係者からの問い合わせが増えました。また、国際開発機関との協力における我々の立ち位置がより明確になり、ESG債市場でのプレゼンスが向上したのではないかと考えています」と語り、この取組がもたらした影響の大きさを実感している。
今後について、安達は「日本国内におけるESG債への関心やニーズは非常に高く、ESG債を通じた気候変動や生物多様性への対応がさらに広がると考えています。投資家の理解促進と市場全体のサポートを通じて、国内ESG債市場の発展に貢献していきたいと思います」と意欲を示す。また、国際開発機関が発行するESG債にも引き続き注力していく考えを強調した。
最後に、安達は同社の経営理念のひとつである『共存共栄』に触れ、「気候変動や生物多様性の問題は、先進国が引き起こした影響を新興国が最も受けているという構図です。世界全体で『共存共栄』を実現するには、この不均衡を解消し、新興国の人々とともに真に豊かな世界を築くことが必要です。そのためには、ESG債なども含めて先進国が積極的に支援を行い、それが現地の人々に実感される状況を作ることが重要です」と締めくくり、持続可能な未来と豊かな世界の実現に向けた強い決意を改めて示した。

