※内容は、取材当時のものです。

筑波大学との連携で描く
日本の再成長

〜研究成果の社会実装と起業人材
の育成に向けて〜

  • 中内 靖 氏
    筑波大学 中内 靖 氏
  • 武藤 傑
    (株)三井住友銀行 武藤 傑

日本の再成長

パートナーシップ

企業活動の脱炭素化やリモートワークの普及、生成AIをはじめとする技術革新―。近年、環境、社会、技術の変化が重なり合うなかで、産業構造も急速に変化し、企業にとって競争環境は一層厳しさを増している。

このような状況下、多くの業界では新規事業の創出が求められる状況にある。欧米では、既存市場を根底から変革する破壊的イノベーションが次々と生まれ、これが新たな市場を創出し、経済成長の原動力となっている。一方で、日本企業では技術の改良や効率化を目指した持続的イノベーションに重点が置かれ、企業内で破壊的イノベーションを生み出す仕組みや環境が十分に整っていないという現状がある。

この課題を克服するには、日本企業が外部のイノベーションに目を向け、その可能性を積極的に取り込むことが重要だ。その鍵となるのが、大学で創出された知的財産の活用や大学発スタートアップとの連携・育成である。大学が持つ革新的な技術や基礎研究の成果を実用化へとつなげることができれば、新たな市場を創出し、日本の経済成長への道を切り拓くことが可能となる。

包括的連携協定のもとで
推進される産学連携と
スタートアップ支援の取組

こうした社会的背景のなか、筑波大学と三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMFG)は、2024年8月に包括的連携協定を締結した。この協定は、大学と金融機関との新たな連携モデルを構築し、科学技術の進展と社会変革への貢献を目指すものだ。

三井住友銀行(以下、SMBC) 法人戦略部 武藤は、この協定の意義についてこう語る。「研究や教育は、あらゆる社会課題に共通する重要な要素であり、社会的価値の創造において欠かせないと考えています。筑波大学が持つ知見や技術をどのように社会実装化していくかが、私たちの社会的価値創造の取組においても大きなブレークスルーをもたらすと確信しています」

筑波大学 副学長 産学連携担当である中内 靖氏も、SMFGとの協定に対して「筑波大学は、建学の理念に基づき、研究成果の社会実装を推進しており、社会的価値の創造を通じて社会貢献に取り組むSMBCグループとは、目指す方向性が一致していると感じています。本学がこれまで行ってきた産学連携を、金融機関であるSMBCとともにさらに発展させ、産学『金』連携を図ることは、非常に意義深い取組です」と、大きな期待を寄せる。

この協定のもと、新たな共同研究・事業化システム支援の仕組みや、大学の研究シーズと企業のニーズを最適にマッチングするシステムが構築される。中内氏は、「国際産学連携本部では、約1,800名の研究者が持つ研究シーズと企業との橋渡しを行っています。産業界との強いネットワークを有するSMBCと協働することで、こうした取組がさらに加速すると期待しています」と発展の可能性を示唆する。また、武藤はマッチングについて、「研究者の方々だけでなく、連携先の企業にとっても有益で、新たな価値の創出につながることを大切にしています」と企業側の視点にも触れた。

一方で、研究者と企業の最適なマッチングを実現するには、いくつかの課題がある。たとえば、研究者が提供する知識や技術情報には専門用語が多く含まれており、論文ベースの表現が使われると、企業側が理解しづらく、具体的な市場や製品ニーズをイメージしにくいことが挙げられる。この課題を解決するには、研究者の専門的な表現を、企業の担当者にもわかりやすい言葉に変換する取組が欠かせない。その具体的な取組の一つとして、筑波大学では研究シーズをデータベース化し、カタログ形式で企業に提供することで、企業のニーズに合わせた効率的なマッチングを進める予定だ。

また、企業のニーズや課題はホームページなどの表面的な情報からでは掴みにくい。特にその課題が企業の弱みと見なされる可能性がある場合、外部に公表されないことも多い。さらに、企業が短期間での収益化を求める一方、研究者は長期的な視点で研究を進める傾向があり、この時間軸のずれも課題となる。

このような課題を解消するため、マッチングの過程でコーディネーターが双方の期待値を調整することに加え、研究者と企業が直接対話する機会を増やすことが重要だ。その一環として、2025年春にはSMBCグループ主催で、研究者のシーズと企業のニーズをマッチングするイベントの開催も検討している。

本協定のもとで推進されるもう一つの取組が、大学発スタートアップの育成支援プログラムだ。今年度は、研究者や学生の創業を支援するため、SMBCグループの「未来X(mirai cross)」のアクセラレーションプログラムの研修を活用し、ビジネススキルの向上、事業計画の策定や事業会社・ベンチャーキャピタル等の紹介を行うことで、事業化に向けた第一歩を後押してきた。

また、大学発のスタートアップが社会実装に至るためには、技術や研究に強い人材だけでなく、それを経営面から支える人材も必要不可欠だ。中内氏は「2023年度までに筑波大学発のスタートアップは236社に達し、その機運は高まっています。しかし、研究者が自ら起業する際に、CEOやCFOといった経営を担う人材を確保できず、ポテンシャルがあるにもかかわらず起業に至らないケースも見受けられます」と指摘する。

この点について、武藤も「スタートアップにおいて、CFOは財務戦略や資金調達を通じて事業の基盤を支える存在であり、その人材をどう確保するかが課題です」と強調する。今後は、CFO候補の人材に対して金融面での教育や支援を行う取組も進める予定だ。

包括的連携協定の
モデルを全国に展開し、
日本の再成長へ

今後、SMBCグループでは、マッチングや大学支援などを行うSMBCの「法人戦略部」とスタートアップ支援などを手がける「成長事業開発部」が連携し、研究成果を具体的な商品やサービスとして社会実装するまでのプロセスを一貫して支援する体制を構築する。また、大学発スタートアップに対しては、事業の立ち上げ初期段階における資金調達フェーズであるシード・エンジェルラウンドを含め、各社の資金計画に応じた資金調達支援を積極的に検討していく。

中内氏は協定のビジョンについて、「筑波大学との包括的連携協定のモデルは、他の大学や金融機関でも応用可能であり、全国展開することで日本全体の産業活性化や競争力強化につながると考えています」と語り、日本の再成長に向けた展望を示す。

また、武藤は自身の修士時代を振り返りながら、取組を通じて目指したい社会についてこう語った。「博士号取得者は、自ら課題を発見し、解決する力を持つ人材であり、その力はどの業界でも活用可能です。しかし、私自身、修士課程時代に研究を続けることに対して明るい未来を描けず、キャリアパスに不安を感じた経験があります。取組を通じて、アントレプレナーシップの支援にも力を入れ、学生が安心して研究職を目指せる社会を実現したいと考えています」

プロフィール

中内 靖 氏

筑波大学
副学長(産学連携担当)・国際産学連携本部長

武藤 傑

(株)三井住友銀行
法人戦略部