日本におけるバスケットボール競技人口は男性が約34万人、女性は約23万人。一般的にスポーツの競技人口には男女差が生じやすいなか、バスケットボールは比較的その差が小さく、性別を問わず多くの人に親しまれている。東京オリンピックでは、女子バスケットボールが銀メダルを獲得し、その活躍は今も記憶に新しい。しかし、社会人になっても競技を続けられる女子アスリートは限られており、社会人以降の女子競技人口の減少が課題となっている。
その要因の一つとして、多くの女子アスリートが「競技を続けるか、キャリアを選ぶか」の2択を迫られ、キャリアを優先して学生で引退するケースが多いことが挙げられる。なぜなら、社会人で競技を続けた場合、引退後のセカンドキャリアを支援する体制が十分に整っていない状況だからだ。さらに、競技を続けながら働く選択をした場合でも、時間の制約や仕事との両立など、さまざまな課題に直面している。
こうした状況のなか、三井住友銀行(以下、SMBC)はSMBC女子バスケットボール部の活動実績や、Wリーグが女子バスケットボールの更なる振興に向け門戸を開いている環境を踏まえ、企業スポーツにみずから参画することを通じ、「仕事」と「スポーツ」を両立させた女子アスリートの未来を見据えたキャリアモデルの確立を目指すことを決断。2024年4月にはSMBC女子バスケットボール部が2025年10月からWリーグに参入することを発表した。
24年ぶりの企業スポーツ
参入 ── 一丸となって
挑むチーム作り
このプロジェクトを担当し、自身も女子バスケットボール部の現役選手として活動する三井住友銀行 社会的価値創造推進部 平田は、女子バスケットボールの現状とプロジェクトの狙いについて次のように語る。「キャリアを理由に競技を諦める選手が多いのが現状です。このプロジェクトを通じて、セカンドキャリアやその先の人生をしっかりと築ける環境を確立し、選手たちが安心して競技と向き合える新しいキャリアモデルを提示したいと考えています」


また、Wリーグ参入に向けて、SMBC女子バスケットボール部のヘッドコーチとして起用された今野 駿氏は、プロジェクトに感じた印象を次のように語る。「男子選手は結果を残せばプロに進む道が開けますが、女子選手は大学まで頑張ってもそこでアスリートキャリアが終わるケースが多いのが現状です。雑誌で注目された選手ですら姿を消してしまうことがあり、非常にもったいないと感じていました。このプロジェクトを知ったとき、選手がバスケットボールを続けながら仕事を通じて周囲に元気を与え、応援を受けられる仕組みに大きな感銘を受けました」
SMBCが企業スポーツチームを保有するのは実に24年ぶりで、社内には参考となる情報やノウハウがほとんど存在しない状況だった。そのため、Wリーグ参入に向けたプロジェクトは、ほぼすべてがゼロからのスタートとなった。所管部署の決定や予算の確保、経費の費目設定に始まり、チーム名やロゴのデザイン、スタッフや選手の採用、競技面も含めた選手の人事関連のフレームワークの構築に至るまで、解決すべき課題が次々と押し寄せた。
これらの課題に取り組む一方で、競技力向上のため選手の活動環境の整備も欠かせなかった。Wリーグというより高いレベルへの挑戦となるため、これまでよりも練習量を増やす必要があり、練習場所の確保、勤務時間や移動時間の配慮など、関係各所との調整を行った。加えて、選手一人ひとりの健康とパフォーマンスを最大化するため、各選手のフィジカルデータ、睡眠時間、疲労度、前日の練習メニューなどを総合的に考慮した上で、練習内容や疲労管理、食事管理や補食手配など細やかな配慮が行われている。今野氏は「選手のことを第一に考えながらも、競技力向上のために可能な限りの練習をこなしてもらえるよう努めています。平田さんや選手たちと密にコミュニケーションを取りながら、トレーニングメニューを構築しています」と日々の取組を語る。


さらに平田は、仕事とスポーツを両立するためには、選手たちが自己管理能力を身につけることが大切だと強調する。「練習と業務を両立するためには、選手自身による適切なタイムマネジメントが欠かせません。業務や練習に加えて、自主練習や休息も十分にとる必要があるので、いかに自身でマネジメントできるかが重要です。特に、Wリーグに参入する2025年以降はスケジュールが非常に過密になることが予想され、自己管理能力を磨くことが求められます。これは、引退後のセカンドキャリアにも直結する大切なスキルだと考えています」
競技力以外にも、職場や会社全体で仕事とスポーツの両立を推進していく上で、選手たちが職場に良い影響を与え、周囲から応援される存在となることも重要だ。平田は「選手たちには、『常に感謝の気持ちを忘れず、自分たちの活動を支えている多くの人々の存在を意識してほしい』と伝えています。また、競技だけでなく仕事にも真剣に取り組み、その両立する姿を周囲や社会に示すことで、勇気や挑戦する気持ちなど前向きな影響を与える存在となってほしいと考えています」と、その想いを語る。選手の成長を支援し、選手とスタッフ、そしてその周囲が一体となって取り組むチーム作りが、このプロジェクトの根幹をなしている。
仕事とスポーツの両立が
当たり前の社会へ
Wリーグは2024年から2ディビジョン制を採用しており、2025年10月にWリーグに参入する際は同社チームを含む下位7チームで構成される「ディビジョン2」からのスタートとなる。参入後は、2030年までに上位8チームが参加する「ディビジョン1」への昇格を目指し、2035年にはリーグ優勝を成し遂げることを目標とする。
「コアなファンだけでなく、この取組の意義や価値を社会に広く届けるために、勝って結果を出すことにこだわりたい」と、平田は強い意気込みを語る。続けて今野氏も「まずは参入後3年以内にディビジョン1への入れ替え戦を経験し、競技力を高めながらディビジョン1に定着できるチームを作ることが必要です」と目標への道筋を示す。
さらに、このプロジェクトを通じて目指す社会について、平田は「『仕事とスポーツの両立』という新しい働き方の確立が、女子バスケットボール界、ひいては女子アスリート界に新しい選択肢の一つとして広がってほしいと考えています。仕事と育児を両立する働き方が当たり前になりつつあるように、仕事とスポーツを両立する働き方も当たり前になる社会を実現し、女子スポーツ全体の発展につなげていきたいと考えています」と強い想いを語った。

