※内容は、取材当時のものです。

国産ウイスキー原酒を
担保に融資組成

〜ウイスキーへの強い情熱と対話
が生んだ価値創造〜

  • 小野寺 一磨
    三井住友ファイナンス&リース(株) 小野寺 一磨
  • 冨岡 寛
    三井住友ファイナンス&リース(株) 冨岡 寛

日本の再成長

地方創生

日本のウイスキーは、スコットランドの伝統を守った製法と豊かな風味で国際的に高く評価されている。近年では世界中の愛好家に注目される重要な輸出品目としての地位を確立しつつあり、国内で蒸留所の設立が続いている。一部のブランドは国際コンペティションで賞を受賞するなど、ブランド価値は確固たるものとなった。

しかし、日本のウイスキー産業の存続と成長には大きな課題がある。ウイスキーの特性上、製品が市場に出るまでの長期熟成が事業のキャッシュフローを圧迫し、とりわけ新規参入の蒸留所にとっては資金調達が大きな障壁となっている。また、熟成中の原酒は高い財産価値を持つにもかかわらず、従来の金融商品ではその価値を十分に活用することが難しいという問題も抱えている。

この課題を解決するため、三井住友ファイナンス&リースは、ウイスキー原酒という動産の価値を担保として評価し、その価値に基づいて資金を融資する「ABL(Asset Based Lending:動産担保融資)」の仕組みを導入。キャッシュフローに課題を持つウイスキー事業者への融資を実現した。

ウイスキー産業の状況への
危機感、事業者との
対話のなかで確信した
ABLの有効性

2010年代後半、国内では伝統的な製法とは異なり、不十分な設備でつくられたウイスキーを市場に投入する業者や、海外から輸入したウイスキーを国内で瓶詰めし、「日本産」と誤認させるような商品を販売する業者が現れた。同社のFA&S推進部でウイスキー愛好家でもある小野寺は「真剣にものづくりをしている事業者を支える仕組みがなければ、日本のウイスキーの未来は危ういと感じていました」と当時の想いを語る。

小野寺とともにABLの導入を推進したのが、社内でウイスキー好きとして知られていた同社のアグリフードビジネス推進室 冨岡だ。二人は、それぞれが持つつながりを活かしてウイスキー事業者へのヒアリングを行い、事業者との対話を重ねるなかで、ABLが長期熟成に必要な時間を確保するための有効な手段であると確信を深めていった。

冨岡は、このウイスキー事業者の対話プロセスについて次のように語る。「金融機関として資金ニーズを探るスタンスでは、事業者側の心を開くことは難しいと感じました。そこで、『日本のウイスキー業界全体へ貢献できる仕組みを構築できないか』という切り口で、世界的に評価されているウイスキー事業者と対話を進めました」これにより、紹介を通じた面談機会が増え、濃密な情報交換が可能になったという。

このプロジェクトを実現するには、いくつかの課題を解決する必要があった。まず、ウイスキー原酒はクローズドな取引でのみ扱われており、市場での売買実績の調査が困難だった。この点については、ウイスキーに精通した小野寺と冨岡が、ウイスキー原酒の価値やその価値が中長期的に上昇する見込みがあること、ウイスキーが保管性に優れ、担保として在庫毀損のリスクが小さいことなどを社内で丁寧に説明した。また、融資期間中に想定されるリスクとその対策をリスト化し、審査部門と対話を重ねながらリスク低減策を講じた。

加えて、ウイスキーを担保として扱う場合の酒税法上の処理や、酒税がどのような課税要件に基づいて発生する税なのかといった点についても、整理すべき論点がいくつか明らかになり、税務署とも相談を重ねた。

国内の蒸留所を回り、知見を深めた

ウイスキー産業から
広がる地域の発展

こうしたプロセスを経て、ウイスキー原酒在庫を担保としたABLによる融資が実現した。この取組は、ウイスキー事業者を金融の力で支援するだけでなく、地域や関連産業全体に対し、経済的・社会的な価値を生み出す包括的なアプローチに発展する可能性を秘めている。

「地域の蒸留所が新しい投資を呼び込み、地域経済に良い影響を与えていくと見込める点は非常に重要です。この投資により新しい雇用が生まれ、地域資源が活用されることで、地域全体の活性化につながっていくと思います」と、冨岡は蒸留所を起点とした地域の発展に言及した。

また、小野寺はウイスキー産業の観光資源としての可能性を挙げ、そのインパクトを強調する。「例えば、ウイスキーの本場スコットランドでは、蒸留所を中心に街全体が発展しています。なかでもアイラ島は、年間数十万人もの観光客を迎え、失業率0.6%に留まり名目上の完全雇用を実現しています。また、国内では北海道の『余市蒸溜所』に年間約80万人の観光客が訪れていると言われており、多くの観光収入を地域にもたらしています。こういった事例を参考に、日本の他の地域でも同様の取組が進むことを期待しています」

他分野への応用が期待さ
れるABLの可能性、さら
なる社会的価値の創出へ

今後もウイスキー原酒ABLの取組は継続される予定であり、さらにこのコンセプトは他の商品に応用できる可能性がある。ABLに適しているのは、製造から販売までタイムラグがあり、その間に価値が上昇する商品だ。例えば、マグロの稚魚、生ハムの原木、発酵食品、日本酒の熟成古酒、ワインを作るための葡萄の木などが挙げられる。イタリアでは、36か月熟成されたパルメザンチーズを担保にして融資を受けている実例もある。

今後の展望について、小野寺は「今回、不動産ではなく動産であるウイスキーを担保に用いてファイナンスが実現できたことで、日本の金融のあり方に一石を投じることができたと考えています。日本社会には、まだファイナンスの光が当たっていないモノや事業が多く存在しています。それらを積極的に掘り起こし、日本経済の成長に貢献したいと考えています」と意欲を示す。

また、冨岡はABLの課題について触れ、次のように展望を語る。「今回のプロジェクトを進めるなかで、ウイスキー原酒のように市場データがない資産の評価基準を作る難しさをはじめ、ABLにおけるさまざまな課題が見えてきました。これらを一つひとつ解決し、より良い仕組みを構築することで、今後も事業者を継続的に支援できる体制を整えていきたいと考えています」

最後に、小野寺は「日本のウイスキーは、これまで100年をかけて世界五大ウイスキーの一角に加わるまでに成長を遂げました。これからの100年間を通じて、この産業をさらに大切に育てていけば、激しい競争環境のなかでも、時間とともに成熟し、日本に長く豊かさをもたらす産業へと発展できると考えています」と、ウイスキー産業への強い想いとビジョンを語った。

プロフィール

小野寺 一磨

三井住友ファイナンス&リース(株)
FA&S推進部

冨岡 寛

三井住友ファイナンス&リース(株)
アグリフードビジネス推進室