世界的にサステナビリティ経営への関心が高まるなか、財務的・社会的リターンの両立を目指すインパクト投資が注目されている。とりわけ「最後の成長市場」とも言われるアフリカは、貧困や金融アクセス等の深刻な社会課題の解決を目指す事業への投資が大きなインパクトを生む可能性を秘めている。
ケニアでは、配車アプリの普及でタクシードライバーが若年層の働き口となり、交通インフラを支える一方、その多くは金融機関から信用を得られず、車両を購入できない。結果、レンタル料を払い続けるほかなく資産形成の機会を逸している。この課題に対し、株式会社HAKKI GROUP(以下、HAKKI)は独自の信用スコアリングを開発し、低リスクで事業用オートローンを提供している。
SMBCベンチャーキャピタル(以下、SMBCVC)は、この事業モデルを評価し2023年に1回目の投資を実行。その後、2024年にSMBCグループのインパクト投資機能が整備されたことを受け、2025年にSMBCグループ初のインパクト投資を実行した。
インパクトを可視化し、
着実な事業成長に加えて
発信することで
新たな成長機会に
HAKKIへのインパクト投資を推進したSMBCVC 投資営業第一部 今枝 秀彬は、SMBCVC参画前は、三井住友銀行 ストラクチャードファイナンス営業部に在籍。「インフラ開発への金融を通じて人々の生活を豊かにしたい」という想いは、HAKKIの事業に対する共感へとつながり、取組を推進する原動力となった。
今枝は、HAKKIの事業の収益性分析と並行し、インパクトの可視化にも深く関与。HAKKI経営陣と対話を重ね、事業のインパクトを可視化するためのロジックモデルやKPIを共同で作成した。
一方HAKKIは、当初インパクトを意図的に強調する姿勢ではなかった。HAKKIの経営企画部 部長 阿部 夢果氏は、当時のスタンスを次のように説明する。
「当初、我々は当社をソーシャルスタートアップとは認識していませんでした。すべての事業は社会に貢献して初めて持続的な成長が可能になるという考えのもと、インパクトをあえて前面に押し出さなくとも、事業を着実に推進すれば、自ずと投資は集まると考えていました」
しかし、SMBCVCとの対話の過程でその認識は変化。特に、ロジックモデルの作成は自社の取組を客観的に整理し、言語化して発信する重要性を認識する大きな契機となった。こうしたプロセスを経て、2025年7月にHAKKI初のインパクトレポートを発行。その背景には、将来の成長を見据えた目的があったと、阿部氏は続ける。
「日本でのIPOを視野に入れるなかで、投資家へのIR活動を含めたマーケティングの一環としても、着実な事業成長と社会的価値の両方を発信する必要があると考えています」
インパクトの因果関係を
学術的に検証、
アカデミア連携による
インパクト評価の高度化
HAKKIがインパクトの可視化と発信を進める一方、三井住友フィナンシャルグループ 社会的価値創造推進部 谷津 もゑりは、インパクト評価の客観性を高める体制構築について、課題意識を強く持っていた。この課題の解決にはアカデミアとの協働が必要と考え、東京大学 大学院経済学研究科と連携を開始。事業が社会や環境に与える影響を客観的に証明できる体制を構築した。
また、同科との連携で経済学の視点を取り入れる一方、HAKKIの事業については、「タクシードライバーの自己効力感の向上がなされているか」というアウトカムの測定を、東京大学 大学院教育学研究科 特任研究員 石島 照代氏と共に行っている。石島氏は、本連携における経済学と教育学の役割分担とその意義について、次のように説明する。
「本連携の意義は、『事業として成立しているか』という経済学の視点に基づく収益性の検証と、『事業が人々の内面にどのような変化や成長をもたらしているか』という、教育学の視点に基づく社会的価値の検証を組み合わせることにあると考えています。この両輪が揃うことで、事業がもたらすインパクトの全体像を、より客観的に捉えることが可能になります」
今回の測定において石島氏は、インタビューで語られた言葉の関係性を可視化する「発話コードマップ」による内容分析方法を用いている。その分析から「経済的基盤の確立と業務継続のための支援が、自己効力感の向上につながる」という構造が見えてきた。
具体的には、HAKKIのオートローンによって、ドライバーはレンタル料を払い続ける構造から脱却し、将来的な資産形成への道筋を得られる。さらに、HAKKIのサポート部門がドライバーに寄り添い、ドライバーが一人では乗り越えられない課題の克服を手厚く支援している。この経済的基盤の確立と業務継続のための支援の組み合わせが、「やればできる」という自己効力感や人生の選択肢が広がる実感を育んでいる。
スタートアップ、
ファイナンス、アカデミア、
それぞれの立場からより
大きなインパクトの創出へ
今後、HAKKIは2025年の南アフリカやインドへの事業拡大を皮切りに、グローバルサウス諸国への展開を計画。そのなかで阿部氏は、HAKKIが果たすべき役割をより大きな視点で見据える。
「私たちの役割は、日本と新興国をつなぐ『橋』となることです。主役である現地のお客さまを支えるため、日本側の論理を一方的に押し付けるのではなく、現地で必要とされるサービスをデザインし、双方にとって有益な関係を築くための調整役としての役割を果たしたいと考えています」
一方、東京大学とSMBCグループは、今回の調査で得られた知見を発展させ、2026年4月より社会連携講座「次世代企業価値デザイン」を開講し、共同研究を開始する。この講座は、「社会的価値が長期的に経済的価値へ寄与するメカニズム」を主題に、評価研究としてインパクト評価のエビデンスを蓄積するとともに、学生・社会人を対象に、社会的価値を通じて経済的価値を生む事業構想とそれを実現するための制度設計について講義を行うことで、ビジネスにおける新たな問いを生み出す場にすることを目指す。谷津はこの取組の先に、より大きな社会の変革を描く。
「企業経営のなかに社会的価値の観点を浸透させると同時に、社会的価値創造の取組が長期的には企業競争力の源泉となり、事業の経済的価値に寄与すると裏付けることを目指しています。そして最終的には、インパクトという言葉が不要になる世界の実現に貢献したいと考えています」
谷津が描く未来像は、課題解決に挑戦する企業や、そのパートナーたちの協働によって形づくられる。投資家としてその一翼を担う今枝は、自身の役割について考えを示した。
「社会課題の解決は、スタートアップをはじめ多くの関係者の協働によってようやく達成できるものだと思います。その大きな化学反応のなかで、金融に携わる者として、その変化を促進する『触媒』として機能したいと考えています」