脱炭素社会の実現のため、多くの企業が環境配慮型の商品開発に真摯に取り組んでいるが、その価値が生活者に十分に伝わり、購買行動に結びついているとは言いがたい状況にある。その背景には、メーカーには「環境価値を訴求したい」という想いがある一方で、小売の現場では「価格が高く、売れるか分からない商品は棚に置きにくい」という現実が存在する。
この供給側と需要側の間にある構造的なジレンマが、社会全体の行動変容を阻む一因となっている。
この状況を打開するには、生活者が環境配慮型の商品に価値を感じ、「買いたい」と思えるようにしていく必要がある。そのためには生活者一人ひとりの意識と行動に働きかけるアプローチが不可欠だ。
20年にわたり企業の脱炭素を支援してきた日本総合研究所 創発戦略センター グリーン・マーケティング・ラボ(以下、GML) ラボ長 佐々木 努は、「生活者自身が、環境への貢献という付加価値に対し、対価を支払うという行動に踏み出さない限り、企業の取組は持続可能にならない」と痛感。その強い想いから、生活者視点でこの課題に挑むGMLを2023年に立ち上げた。
「教育」と「購買」を
つなげて行動変容の定着を
図る
「みんなで減CO2
(ゲンコツ)プロジェクト」
「買い手である生活者が変われば、作り手も売り手も変わらざるを得ない」。この信念に基づき、GMLが推進するのが「みんなで減CO2(ゲンコツ)プロジェクト」だ。
この取組の最大の特徴は、これまで分断されがちだった、脱炭素に関する「教育」と「購買」を一気通貫でつなげた点にある。具体的には、自治体や学校と連携し、学習ツールの配布や出前授業でこどもたちに「学び」の機会を提供。そして、その学びと連動した販促企画を、地域の小売店で「実践」として展開する。学びと実践の相互作用によって生活者に働きかけ、持続的な行動変容の定着を図るという、国内でも前例のない仕組みだ。
プロジェクトを率いる佐々木は、生活者の心を動かすことの重要性をこう語る。「環境・エネルギー分野の取組は『供給側』の専門的な議論が先行し、生活者の目線が不在になりがちです。論理や正しさだけでは人々の行動にはつながらず、『ワクワク』や『トキメキ』といった楽しさや共感を呼ぶ仕掛けが不可欠です」
この活動を支えるのが、2023年9月設立の「チャレンジ・カーボンニュートラル・コンソーシアム(以下、CCNC)」である。 CCNCには、小売・メーカーなど業種を横断した民間企業が名を連ねる。
その参画企業の一社であるカンロ株式会社 経営企画本部 サステナビリティ推進部 部長 松葉 透氏は、CCNCとの取組に感じる価値を次のように語る。「この取組の独自性は、小売業が参画している点です。メーカーや行政との協働はあっても、これらすべてが一体となった枠組みは他にありません。また、関西地域での勢いを肌で感じたことも、参加の大きな決め手となりました」
同じく参画企業の明治ホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部 戦略推進グループ スペシャリスト 藤原 麻理子氏は、この仕組みが組織内部にも変革をもたらしていると指摘する。
「この取組は、サステナビリティ推進部がこれまで直接関わることのなかった流通の現場まで巻き込むものでした。その結果、サステナビリティ起点の販促が初めて現場で実行され、担当者たちがサステナビリティを『自分ごと』として意識する、大きな契機となりました」
ワクワクする仕掛けで、
行動変容の手応えを掴む
取組の推進にあたり、チームは複数の課題に直面した。一つ目は、生活者の関心を喚起しにくい「脱炭素」というテーマに対し、いかに当事者意識を醸成するかという点だ。チームは、こどもたちが夢中になる「エコラベル探し」や、オリジナルキャラクター「ニャートラル」の活用、親子で楽しめる体験型イベントなどを企画。楽しみながら自然と環境意識が高まる仕掛けを展開した。
二つ目は、経済的なインセンティブに頼らない、持続可能な行動変容をどう促すかということ。チームはこどもの知的好奇心を起点に親子間の対話を生み出し、それが保護者の意識や行動の変化へとつながる仕組みを設計した。その代表例が「エコラベル探し」だ。家庭や店舗で環境配慮商品の目印であるエコラベルを宝探しのように見つけるこの企画は、こどもの探求心を強く刺激する。そして、こどもが発見したエコラベルをきっかけに、これまでそれを意識していなかった保護者への働きかけが生まれる。
その手応えを、GML インキュベーションプロデューサー 前田 もと子は「保護者の方からは『こどもに言われて初めてエコラベルを意識した』『普段購入する商品にもエコラベルが付いているなら、今後はこちらを選びたい』といった声が寄せられています。お子さんの一言がきっかけとなり購買行動を変える姿は、私たちが実現したかった光景の一つです」と実感を込めて語る。
そして三つ目が、短期的な経済リターンを示しにくい活動の意義をいかにして伝えるか、という点だった。取組の意義を社内で説明する立場にある参画企業の担当者を支えるため、チームは生活者の「生の声」を定量・定性両面から提示して意義を可視化した。また、担当者自身にもイベントに参加してもらい、現場の熱気を直接体感する機会を創出した。
こうした地道な取組の結果、参加者の意識と行動には着実な変化が表れ始めている。意識面では、2024年度の参加者アンケートで「環境配慮商品への好感が高まった(68%)」「より買いたいと思った(71%)」という明確な結果が示された。行動面でも、特別な値引きなどを行わずとも、販売個数が伸びた環境配慮商品が確認されるなど、確かな手応えを掴みつつある。
『みんなで』取り組む
当事者意識で、
社会全体の好循環へ
ゼロから始まったプロジェクトは、2025年度には大阪府、兵庫県、奈良県、京都府、横浜市の2府2県1政令市の行政と、メーカーや小売流通など民間企業15社が参画。53万人にのぼる児童とその保護者を主な対象とした大規模な活動へと発展した。
この広がりを支えるのが、プロジェクトが持つ「連携の力」だ。藤原氏は「これまでの連携は業界内に限られがちでしたが、この取組には全く異なる業種の企業も参画しています。今後は業種の垣根を越えて生活者へ働きかけていける可能性があります」と期待を込める。
佐々木は、この連携の輪をさらに広げていく未来を見据える。それは、特定の企業だけがプロジェクトを主導するのではなく、参加する多様な参加者が主役となって活動を広げていく、開かれた未来だ。その実現に向けた想いを、佐々木はこう語る。
「私たちの理想は、このプロジェクトが私たちだけのものではなく、参加する自治体や企業が、それぞれの立場で主体的に関わり、共通の目標に向かって協働していくことです。プロジェクト名にも含まれる、この『みんなで』という活動の輪が広がっていくことこそが、社会を変えていく力になると考えています」