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三井住友銀行の大萱さん、特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクールの阪田さん、板橋区立緑小学校 校長の市之瀬さん、板橋区 子ども家庭部長の関さん
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2025.11.10

こどもたちが自分で選ぶ放課後。
社会教育の専門家と保護者が語る「居場所のあり方」

アトリエ・バンライ-ITABASHI-を舞台に、社会教育・青少年教育の専門家である青山鉄兵さんと、三児の母でフリーアナウンサーの政井マヤさんが対談。こどもが自分で過ごし方を選べる放課後とは何か。開かれた場が生む学びと安心、大人はどう関わるべきかなど、「居場所のあり方」について探りました。

  • 河村 優里

    文教大学
    人間科学部人間科学科 准教授

    青山 鉄兵 氏

  • 吉沢 聡美

    フリーアナウンサー、
    ラジオパーソナリティ

    政井 マヤ 氏

こどもにとって放課後は、
いつしか「与えられるもの」に

青山 青山 こどもが育つ場で、時間・空間・仲間という「3つの間」が減っていると、もう50年も言われ続けています。自由に過ごせた空き地は、いまやマンガやアニメの中だけになりました。また、親自身が、かつての自由な放課後の時間を身近に経験していない世代に変わりつつあります。さらに近年は遊びや体験、過ごす場など、放課後の土台が薄れ、余暇の時間が部分的に教育化されて、放課後の過ごし方自体、「大人が与えるもの」という要素が大きくなってきました。その結果、こうした経験を与えてもらえる子ともらえない子の差も生まれやすくなっています。
デメリットもあることを承知しつつも、いまや、体験や遊び、安心して過ごせる場所は、大人が用意しないと環境そのものが失われてしまう状況にあります。習い事や塾が日常化し、こどもがただ自由に過ごす時間がとても少なくなっているからこそ、「自由に過ごせる」経験自体が、貴重になっている気がします。

政井 政井 先生がおっしゃる通り、私自身、わが子が思いつくまま、好きにどこかへ行くような機会はなかなか作れていません。安全のこともありますし、どなたかに迷惑をかけないように、と思ってしまうんです。お友だちの家に行くのも「うちはいいけどご迷惑じゃないかしら」と気になって、親同士が事前にお膳立てするなど、細かく管理しがちです。結果として、こどもたちから奪ってしまっているものも多いのでしょうね。

「アトリエ・バンライ-ITABASHI-」のデザインは、ここではもっと自由にしていいよ、そのままでいいんだよ、というこどもたちへのメッセージを感じると語る政井さん
「アトリエ・バンライ-ITABASHI-」のデザインは、
ここではもっと自由にしていいよ、そのままでいいんだよ、
というこどもたちへのメッセージを感じると語る政井さん

「居場所」を決めるのは、
まわりではなく本人

青山 青山 本当はお互い「うちはいいけど」と思っているかもしれません。けれど、親の立場になると、何でもアリにはできませんよね。だからこそ、その中でどう自由度を守ってあげるかが大事だと思います。
かつての空き地は、そこに行けば誰かがいたり、好きなように過ごすことができたりと、自分のままでいられる場でした。「こどもの居場所」と言いますが、居場所とは本来、とても主観的なもので、そこが居場所かどうかを決めるのは本人です。まるで空気のような存在で、居場所があるときはあまり意識しませんが、なくなると途端に息苦しくなってしまいます。そんな場は、こどもにとって、かけがえがないものです。たとえば学校ではあまり居心地がよくない子が、少年野球で活躍できるとしたら、そこはその子にとっての居場所になり得ます。
つまり、誰かにとっての居場所でも自分にとって居心地が悪ければ、そこは居場所ではないということ。いつもの場でも「今日は違うな」と感じるときがあってもいい。いろいろな過ごし方が認められているからこそ、ありのままでいられるのです。
本人がその日そのときの気分で「ここにいよう」「今日は離れよう」と決められる余白が居場所には欠かせません。

政井 政井 空き地の重要性って、言われなければ考えたこともありませんでした。昭和のアニメに必ず出てくる空き地みたいな居場所は、たしかにいまはないなってハッとします。
うちは不登校の時期があって、学校と家庭以外の場所や、そこで出会う人々との関係がこどもにとって重要だと感じていました。自由度の高い英語塾に通っていて、レッスンが終わってからも読書したりゆっくり過ごしたり。上下関係というより少しフラットな、遊びのある関わりにすごく助けられました。居心地がよかったようでなかなか帰ってこない日もあって、あとから「その時間がすごく大事だった」と聞きました。

青山 青山 こどもの育つ環境は主に家庭、学校、地域と3つに分けられますが、かつてに比べると家庭と学校の役割が増えた一方、こども会やボーイスカウト、スポーツ少年団など地域が担ってきたことは大きく減りました。地域には、少し年上のお兄さん・お姉さん、おじさん・おばさん、おじいちゃん・おばあちゃんのような人たちがいますよね。そのつながりを「斜めの関係」と呼び、こどもたちの成長に重要な役割を果たすと言われています。特に高学年は仲間集団ができる頃で、人間関係の幅が大事になるので、人と出会えたり一緒に出かけたり、そういう要素を大切にしたい。やっぱり自然と集まり、いろんな人と関われるような開かれた場が、地域にあるといいですよね。

ご自身も小学生2人の子を持つ青山さん。高学年のこどもたちにとっては特に、家庭や学校以外の環境とのつながりを持つことが心身の成長につながると語る
ご自身も小学生2人の子を持つ青山さん。
高学年のこどもたちにとっては特に、家庭や学校以外の
環境とのつながりを持つことが心身の成長につながると語る

アトリエ・バンライ-ITABASHI-は
みんなに開かれた、
自由でのびやかな場所

政井 政井 私は4カ月前、「アトリエ・バンライ-ITABASHI-」のオープン前にもお邪魔しましたが、運営中の現在は、やっぱり息遣いというか、こどもたちが過ごしている気配があり、生き生きとした空気感に変わりました。

青山 青山 僕は初めて訪れましたが、開放感のある造りの中にたくさんの本が同居していて、こどもたちが思わず本を手に取ってしまいそうな空間にデザインされているのがいいですね!
本って読むことが義務になるとしんどくなってしまうので、うっかり手に取った本で、うっかり学ぶような流れって、すごく大事なんです。そこに新しい出会いがあったりするものです。

政井 政井 表紙が見えるように並べられた本もあって、背表紙だけでは気づかなかった本との出会いがありそうです。マンガもあるし、ゆったりできるソファ、色使いもカラフルで、図書館のようにお行儀良くいなくても大丈夫というか、空間自体が自由で、のびのびとしていますよね。
2階ではこども食堂も開かれています。私は仕事で何度かこども食堂の取材機会があり、いろいろな状況のこどもたちが安心して食事できる場を提供する意義を強く感じています。こどもが抱えているものは外から見えにくいし、自分からヘルプを求めるのは難しい。でも、こういう場があると使いやすいし、つながりやすいと思います。

青山 青山 「困っている子たちのため」の場にしないことが、実は困っている子の来やすさにつながります。「アトリエ・バンライ-ITABASHI-」のこども食堂は、地域の方たちも来られると聞きましたが、こども食堂は条件をつけずに誰でも利用できることが大切です。こどもは自分が困っている人と自覚していないことも多い。ここで「あれ、なんか大丈夫?」と声をかけてもらったことがきっかけで、気持ちを話せるようになるケースもあるでしょう。本当に必要なこどもたちが利用しやすいのがいいですね。

選びやすい設計と、見守る勇気で
「空き地の空気」はつくり出せる

青山 青山 まず、自分で過ごし方を選べることは、とても重要な要素です。一人でいてもいいし誰かといてもいい。何かしても何もしなくてもいい。このチョイスがしっかりと守られていること。さらに、思いがけない発見や出会いなど、いろいろなチャンスがあることも欠かせません。
大人はどうしても、成果とか、“○○”力を伸ばすために、と意図的になりがちですが、そういうものは、こどもたちが自分で考えて試行錯誤した結果として得られるもの。かつての空き地や駄菓子屋や公園は、自由であるがゆえに自然と工夫や失敗が起きて、結果として成長につながっていたはずで、その空気が残せるかどうかが、鍵だと思います。創造性を育もう!と砂場へ行くこどもはいないし、自己肯定感向上センターなんて名前のところ、自分から行きたいと思わないでしょう。

政井 政井 「空気を残す」ですね。確かに、何もないところの方が、そこで何かを生み出したり、自分達でルールを作ったりしますよね。いまは、ありすぎるところがありますよね。でも、大人はすぐ成果が欲しくなっちゃう。そういうのに安心したいのでしょうか。

青山 青山 わかります。僕も親として完璧にできているわけではありません。それでも大事だと思うのは、見守ることです。関わる大人が増えるほど、目的や成果に目が行きがちになります。でも、結果として育まれることを信じて、過度に介入しない環境が必要だと思います。
そういう意味で、「アトリエ・バンライ-ITABASHI-」のような場所は貴重です。空き地はもちろん、駄菓子屋やゲームセンターも地域に少なくなったいま、暇な日、寂しい日、困った日にも来られる場所がある。行けば知っている大人や他校のこども、本がある。学校でケンカした日でも来られる。そんな居場所が自分の引き出しにあること自体が、安心につながると感じます。地域のこどもたちにとって、ここがそういう場になっていくと素敵です。

政井 政井 私も、いろいろな場所にいろいろな学びがあると感じています。一方で、迷惑をかけないようにと気にしすぎて、こどもの自由や伸びやかさを狭めてしまったな、という反省もあります。親子ともに安心して利用できて、こどもは大人の目や顔色をあまり気にせず、自分たちのルールの中でのびのび過ごせる。「アトリエ・バンライ-ITABASHI-」は、そういうこどもの主体的な居場所であってほしいですし、同じ取り組みが広がっていくと素敵ですね。

青山 青山 僕はもっとみんなが自由に生きたらいいと思っています。成果がなくてもちゃんと幸せになれればいいと思うんですよ。こども同士のいざこざも含めて、少しのノイズが学びを生むこともあります。良いんだか悪いんだかわからない、余白や隙間を楽しめるかどうかが、人生においてこれからますます大切です。
「私はここにいていい、自由に過ごしていい」「隣の人にも同じ自由がある」といった感覚が自然と得られるような、時間・空間・仲間の「3つの間」がゆるやかにそろうところでの、お互いを認め合う経験の積み重ねが、理想の居場所の土台になると思います。

  • 青山 鉄兵

    青山 鉄兵 (あおやま てっぺい)

    文教大学 人間科学部人間科学科 准教授

    教育学修士(東京大学)。専門は社会教育・青少年教育。文部科学省生涯学習調査官・国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター客員研究員・こども家庭審議会こどもの居場所部会委員・東京YMCA「野尻学荘」副荘長。特技は手話。小学生二児の父。

  • 政井 マヤ

    政井 マヤ (まさい まや)

    フリーアナウンサー、ラジオパーソナリティ

    メキシコ生まれ、神戸育ち。フジテレビにアナウンサーとして入社し、報道からバラエティまで幅広く担当。出産を機にフリーとなり、政治討論番組、経済番組などを担当。現在はシンポジウムのモデレーター、FMパーソナリティとしても活動。小学生から高校生までの三児の母。

※所属や役職などは全て2025年10月末時点