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福祉×アートで創業 株式会社ヘラルボニーCEO・松田崇弥氏に聞く「今までにない価値を生み出す戦略」

SMBCグループの、オープンイノベーション拠点 hoops link tokyo。この場所で誕生したさまざまなオープンイノベーションを後押ししてきたのが、2018年2月より13回にわたり、事業家・スタートアップ経営者をお招きし、開催してきた「経営者道場」です。

2022年2月24日、hoops link tokyoを舞台にオンライン配信も行われた「第14回経営者道場」は、ゲストに株式会社ヘラルボニーの代表取締役社長 ・CEOを務める松田崇弥氏を迎え、開催しました。

ヘラルボニーは2018年に設立、日本全国の福祉施設でアート活動を行っています。主に知的障害のある作家さんたちとライセンス契約を結び、百貨店を中心に出店するプロダクトブランドを展開したり、街をキャンバスに捉えたアートプロジェクトを企画しています。また、代表取締役社長の松田崇弥氏と代表取締役副社長を務める松田文登氏はともに、Forbes Japan誌が選ぶ、世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 JAPAN 2019」ソーシャルアントレプレナー部門に選出されています。

今回は「福祉×アートで仕掛ける異彩の経営者 今までにない価値を生み出すヘラルボニーの戦略とは」をテーマに、詳しいビジネスモデルの仕組みや今後の展望などをうかがいました。

起業のきっかけは自閉症の兄の存在

ヘラルボニーは「異彩を、放て。」というミッションを掲げ、日本や海外にある37の社会福祉法人とアートのライセンス契約を結び、153名の作家さん・2000点以上のアート作品データの著作権を保有しています。そのデータを軸にしてBtoB、BtoCビジネスを展開しています。私自身は一卵性の双子の弟で、私が社長、兄が副代表として会社を経営しています。

ミッションには「“普通”じゃないということ。それは同時に、可能性だと思う。」という一文も入れています。「知的障害のある人も健常者もみんな一緒です」という考え方ではなく、「これは知的障害があるから描けた作品なんです」と、ある種セグメント性を高めた発信に力を入れています。

起業のきっかけは、私たち双子の4歳上の兄貴の存在です。兄貴は重度の知的障害を伴う自閉症なんです。私が生まれたときから一緒に生活していて、家ではたのしそうに過ごしているけど、外出すると兄貴は障害者という枠組みで生きています。学校でクラスメイトにバカにされることもあったし、親戚のおじさんも私に向かって「お前たち双子は兄貴の分まで一生懸命生きるんだぞ」と言ってくる。

兄貴だって笑ったり泣いたり、喜んだり悲しんだりして、私たちと同じような同じ感情を抱くのに、世間からは「可哀想」というバイアスがかかる。
この気持ち悪さは子供の頃から感じていて、気持ち悪さを解放していくことを会社としてやりたいと思って起業しました。

ヘラルボニーという社名は、兄貴が小学生のときに日記帳に書いていた言葉です。私が二十歳の時、兄貴に「ヘラルボニーってどういう意味?」と聞いたんですけど、兄貴は「わかんない」と。でも、きっと何かしら意味のある言葉だったんだと思います。重度の知的障害がある人たちが心ではすごく面白いと思っているけど、表現や言語化できないのを可視化させていきたいと思って社名にしました。

「作家ファースト。」で信頼関係を構築

私は「くまモン」の生みの親と言われている放送作家の小山薫堂さんが教鞭を執っている大学に行っていて、薫堂さんのゼミに入っていました。そのまま新卒で薫堂さんの会社に入って9年間、企画を考えたりプロデュースをしたりする仕事をしていました。
その中でデータを使ったビジネスモデルに大きな感銘を受けたんです。データの受け渡しだけで社会経済が動いていく仕組みなら、重度の知的障害がある人たちが納期に縛られない形で経済に参画できると思い、大きな可能性を感じました。
アート作品を元にして私たちはさまざまな商品を作っています。最初に作ったのはネクタイだったのですが、創業初期の頃はメーカー側からチャリティーグッズと勘違いされてばかりでした。メーカーに企画書を持っていっても「時間が無いからエントランスでお話を聞きます」と言われて、最終的には「無料なら考えます」と言われることもありました。
私はプリント柄ではなく、質の高い織りのネクタイを作りたいと思っていたので、各地の工場を回りました。最終的には創業100年以上の老舗ネクタイメーカー「銀座田屋」が快諾してくれました。銀座田屋は初めてOEMでネクタイを作ってくれて、とても質の高いネクタイができました。今ではネクタイの他にシャツやコート、傘や財布、バッグなども展開していて、三越や伊勢丹などの百貨店にも商品を置かせてもらえるようになりました。

こうしたファッションアイテムに関しては、ぱっと見て「素敵、かっこいい、美しい」というポイントで購買行動に繋がっていく部分にチャレンジしています。日本製でクオリティが高くて、店舗に行ったときに、「素敵なアートのブランドだね」と思ってもらう。でも、よく知ると、実は「そうなんだ」と言ってもらえる導線を作ることを大切にしています。(当時)出店している日本橋高島屋でも「北欧のブランドなの?」という質問があったそうです。

原画の販売もしていて、岩手県盛岡市や東京都中央区京橋などにギャラリーを構えています。現代アートの作品のように数千万円とまではいきませんが、値段は決して安くないです。その部分をきちんと提示して社会に見せることが非常に大切だと思っています。

会社のバリューの一つに「作家ファースト。」を掲げています。前職では広告代理店のような仕事もしていたので、上司から「クライアントファースト」と言われていました。

ただ、やっぱり私たちはクライアント以上に作家さんを大切にしていきたい。仮に作家さんにオリジナル作品を描いてもらって、納期が遅れそうになったときも、私たちは福祉施設側に急かすことはしないと決めているんです。作家さんとの信頼関係をとにかく積み重ねることの大切さを感じていますね。

「バーバリー・ポールスミス・へラルボニーが好き」という人を増やしたい

今年に入ってインテリア事業もスタートしました。「生活の一部に当たり前にアートが落ちている」状態を作りたいと思ったんです。

例えば地元である岩手県のホテル再開発プロデュースを担当させてもらっています。ホテルの50部屋にそれぞれの作家さんの作品を描き、宿泊費の一部が作家さんに収入として入る仕組みです。

2022年5月からはハイアットセントリックというホテルのコンセプトルームもヘラルボニーで担当させていただきます。10年後には、純粋にかっこいいラグジュアリーブランドとして認識されるような状態を目指していきたいです。「バーバリーが好きで、ポールスミスが好きで、へラルボニーが好き」と言う人が日本にいる状態になったら、すごく面白いだろうなと思っています。

現在は自分たちの実力と言うよりも、時代の大きな波に乗らせていただいているという表現が正しいと思います。昨年の東京オリンピック、パラリンピックは大きな追い風になりました。岩手県の聖火台のプロデュースを担当させていただいたり、パラリンピックの閉会式のプロジェクションマッピングも20作品ほどヘラルボニーの作家さんでキュレーションさせていただいたりしました。

ただ、こうした波がなくなったとき、「ヘラルボニーというブランドはカッコいいのか」と問われる世界が確実に来ると思っているので、本当にカッコいいものを作り続けたいですね。

障害のある人たちの才能に依存する、というビジネスモデルを

日本全国の福祉施設ではいま、アート活動がとても盛んになっています。2018年6月に「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」が施行されて、文化庁や都道府県が知的障害のある作家さんの作品をどんどん支援していこうという大きな流れがあるからです。

ただ、作品の発表機会が増えても、どうやってマネタイズするかという課題も出てきました。商流に乗っていくというのは非常にまだまだ大きなハードルがあるという中で、私達はどのように商流に乗せていくかという方法をさまざまな形で展開してきました。

私たちが契約している福祉施設は「就労支援B型・生活介護」と言われる領域です。就労支援B型の平均賃金は1ヶ月1万5776円(令和3年度)ですが、ヘラルボニーと契約している作家さんのほとんどは重度の知的障害なので、契約前の賃金で換算すると月額5000円台だと思います。

先日、嬉しい出来事がありました。契約している作家さんのお父さんから連絡をいただき「ヘラルボニーの皆さんのおかげで息子は年収数百万円ほど稼ぎました。扶養の基準を超えており、確定申告をすることになりました。息子に扶養されるという冗談のような話が現実になる日が来るかもしれません」と教えてくださったんです。

今まで月5000円という賃金だった息子さんの年収が数百万円になった。やはりライセンスでちゃんと稼げるようになれば、そういう世界が見えてくるんです。今後はより多くの作家さんが同じ様に活躍すると確信しているので、やはり作家さんが尊敬される仕組みをどんどん作っていきたいと思っています。

私たちとしては、アート作品をつくるといった、すでにできることに対して金銭的文脈をつけることにチャレンジしていけたらと思っています。

普段はやらない箱売りとか空き缶つぶしなどの軽作業を一生懸命覚えてできるようになっても、月に3000円から5000円しかもらえない。それよりも、すでに身につけた技術が「すごくカッコいい」と思えるように金銭的価値をつけていくという「ヘラルボニーの逆依存体質」というか。

逆に障害のある人たちの才能に依存するというビジネスが、ちゃんと資本主義経済で認められていけば、アート以外のビジネスにも可能性が広がっていくと思うんです。障害のある人たちの才能にある種依存する現象が生まれていくと思っていて、そのロールモデルと言われるような会社に成長していけたらなと思っています。

プレゼンテーション終了後には、「創業のチカラになった、元々あったスキル」「福祉×アート領域で起業しようとした理由」「今後の事業展開」など参加者から多くの質問が寄せられました。

hoops link tokyoでは、さまざまな人々が出会い、語らい、ともに挑戦するためのオープンイノベーションの場として、今後も事業家・スタートアップ経営者をお呼びしたイベント「経営者道場」を開催してまいります。

PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • 株式会社ヘラルボニー 代表取締役社長 ・CEO

    松田 崇弥氏

    松田 崇弥氏(株式会社ヘラルボニー 代表取締役社長 CEO) 代表取締役社長。チーフ・エグゼクティブ・オフィサー。1991年岩手県生まれ。東北芸術工科大学卒業後、小山薫堂率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。異彩を、放て。をミッションに掲げる福祉実験ユニットを通じて、福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。東京都在住。双子の弟。誕生したばかりの娘を溺愛する日々。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。

この記事でご紹介したサービス
オープンイノベーション
(Open Innovation)

類義語:

製品開発や技術改革、研究開発や組織改革などにおいて、自社以外の組織や機関などが持つ知識や技術を柔軟に取り込んで自前主義からの脱却し、市場機会の増加を図ること。