【Sozo Ventures 松田弘貴氏】米国ベンチャー・キャピタリストが語る、今注目の領域と日本企業への提言。
日本では新型コロナウイルスの影響もが続く昨今。すでにアメリカでは脱マスクが日常となり、一足先にコロナ以前の生活様式を取り戻しつつあるといいます。ビジネスシーンでも活気が戻ってきたアメリカでは、どのようなスタートアップが生まれているのでしょうか?
今回お話を伺うのは、シリコンバレーを拠点とするベンチャーキャピタルであり、海外スタートアップの日本進出支援もおこなっているSozo Venturesのマネージングディレクター松田弘貴氏。スタートアップの最前線を見てきた松田氏が注目するスタートアップの領域から、日本のスタートアップが海外で通用する可能性、海外スタートアップとパートナーシップを組む際に日本企業が注意すべきことなど、現場を知るプロフェッショナルならではの意見を伺いました。
混迷する時代こそ、突出したスタートアップが生まれる
アメリカでは新型コロナウイルスの影響はだいぶ収まってきているのでしょうか?
州によっても若干違いますが、公共交通機関ではマスクをしなくていい状況です。個人差はありますが、日本と比べてもコロナと共存するといいますか、通常の風邪やインフルエンザと同じように捉えてる人が多いです。実際、日常生活においてはコロナによる制約もほとんどなく、意識することはあまりないですね。
コロナ規制が緩んできたアメリカと、まだ規制が残る日本で、ビジネスにおけるスピードの差は感じますか?
今年の初めから、アメリカではビジネスにおけるリアルな交流が増えています。ヨーロッパや南米などから出張でアメリカに来るビジネスパーソンが増えている一方で、アジアからの渡航者は圧倒的に少ないです。オンラインでも情報が得られるという側面はありつつも、それ以外の偶発的な出会いやその場に行かないとわからない「感覚」が失われていることが、後々日本のビジネスに響いてくるのではないかと感じています。
私たちのビジネスにおいては、日本への進出を検討する海外スタートアップと日本企業との対面の打ち合わせがようやく設定でき始めています。ただ、現在外国人の入国には原則ビザ取得が必要であり、ビザ取得のために必要な日本領事館や大使館の予約が取れないことがあります。この状況はビジネスのスピードにも影響していると感じています。
コロナ禍において、スタートアップの状況は変化しているのでしょうか。
いつの時代もスタートアップは生まれます。さらに、今のように国際情勢や経済が混乱している状況下では、新しいイノベーションが生まれてくる可能性が非常に高いと考えています。日本でも終戦直後にはソニーやホンダが生まれ、オイルショック時には省エネのテクノロジーが発展し、リーマンショック後にはフィンテックが台頭しました。コロナ禍ではZoomのような、働き方を変えるソリューションが台頭しています。
一方で、スタートアップへの投資という観点で考えると、アメリカの利上げ、ロシアのウクライナ侵攻などの要因で経済も政治も混乱している今は、買い控えが起こり、投資の決定にも「選択と集中」が起こります。しかし、有力なVCほどこういった環境下でも素晴らしい技術を持ったスタートアップには投資をしますから、良いスタートアップとそうでないスタートアップの差はますます開いていくでしょう。
注目領域は、「物流」と「ヘルスケア」
では、今スタートアップで注目している領域とその理由を教えてください。
今、私たちが注目している領域の一つは物流です。コロナ前後でサプライチェーンは非常に混乱しており、物流コストは高騰しています。さらに今、企業は、取引先やサプライチェーンのコンプライアンスにまつわる情報を把握する必要が以前にも増して高まっています。その把握のために、テクノロジーが活用され始めています。
私たちSozo Venturesが投資しているフレックスポート(Flexport)やプロジェクト44(project44)という企業は、DXで国際物流業界を変革しています。ExcelやPDF、電話・ファックスという旧来的なツールが主流であった業界にデジタルデータを導入し、サプライチェーンの物流を可視化したプラットフォームを提供し、一連の業務を効率化することで、大きな注目を浴びています。このようなサービスの出現により、大手1社が物流を担うのではなく、地場の中小企業である配送会社も役割を担うことが可能となりました。そうすると、新たなサービスの需要が生じてきます。たとえば現在、中小企業とドライバーとのマッチングサービスなど、物流プラスアルファのサービスも生まれ始めています。
その他、物流に金融サービスを組み合わせたビジネスも現れるでしょう。たとえば、ドライバー向けの給与前借りニーズは必ずあるはずです。さらに物流データによって企業の「信頼性」が明らかになることにより、新たな金融サービスを提供する事例も生まれています。従来の金融機関とは異なる視点からの信用情報を担保にした新しいサービスで、この領域は今後も成長すると予想しています。
そしてもう一つ、従業員向けの福利厚生サービスも充実してくるでしょう。現在アメリカでは人件費が高騰しており、今、シリコンバレーにあるハンバーガーショップの店員の時給は20ドル前後です。しかし、その高給にも上限があります。そこで人材を確保するために各社が取り組んでいるのが、従業員に対し福利厚生としてヘルスケアや金融のサービスを提供するということです。
私たちが投資しているスウォード・ヘルス(Sword health)という企業は、いわゆる接骨院やカイロプラクティックなどに予約システムや施術履歴などの管理システムを提供し、企業の福利厚生システムと紐づけてアプリでお勧めの施術所を教えてくれるサービスを手がけています。給料以外の面で従業員にメリットを提示することで、離職率を減らすことに貢献しています。
日本でも今後、人材獲得にまつわる課題は顕在化していくでしょう。給与を上げるには限界があるため、企業はそれ以外の部分で差別化する必要があります。そのために、このようなテクノロジーを活用したスタートアップの福利厚生のサービスを、日本企業が活用していく可能性は十分にあるでしょう。
海外スタートアップから見た、マーケットとしての日本の魅力
アメリカのスタートアップはマーケットとして日本をどう見ているのでしょうか?
一般論として、アメリカで成功したスタートアップが次に狙うのは先進国市場が多いです。限られたリソースの中で選択と集中を行い、ヨーロッパか東アジアを狙います。ただ、ヨーロッパは単一市場で見たら大きいですが、国による言語や制度、規制の違いがネックになります。一方、日本は1億人を超えるマーケットで、単一言語に単一の規制当局なので狙いやすい。そして業界にもよりますが、日本はどの産業も財閥系の企業を中心に上位3~4社がシェアの大半を占めているため、上手くマーケットを取ればそれなりの規模のビジネスを展開できます。
そしてもう一つ、日本は課題先進国です。少子高齢化がここまで進んでいる国はなかなかありません。アメリカは移民政策により少子高齢化の心配は少ないでしょうが、今後はヨーロッパはもちろんのこと、東南アジア、場合によっては中国でも少子高齢化は進む可能性があります。日本は医療費も膨れ上がり、ヘルスケアの仕組み自体を変えていく必要が目前に迫っています。そんな日本の少子高齢化問題を解決するソリューションが実現できれば、共通の問題を抱える諸外国にも適用できることとなり、世界に対して大きなPR材料になるでしょう。
日本企業が海外スタートアップとパートナーシップを組むために必要なこと
日本のスタートアップが世界でスタンダードになる可能性はどのくらいありますか?
最近、日本のスタートアップの方とお話しする機会が少しずつ増えていますが、商業化できたらニーズは間違いなくあるようなユニークな技術を持つスタートアップもあります。ディープテックやライフサイエンス領域は特に、グローバルで戦える余地は大きいと思います。
ただ問題なのが、日本のスタートアップとVCの間で取り決めている投資に関するルールがグローバルスタンダードと乖離をしているため、海外のVCが投資しにくいケースがあることです。例えば、買戻条項といって上手くイグジットができなかったときは、出資してくれた分の株式をスタートアップ側が買い取るという契約が入っていることがあります。このような内容の契約はアメリカで見かけることはありません。もう一つの例は上場の努力目標の規定ですね。スタートアップとしてさらにスケールする可能性があっても、上場という目標があることによってイグジットで株を売らなければいけない圧力がかかる事態になってしまう。これもアメリカの投資契約書では見たことはありません。こういった規約がある時点で、ビジネスや技術の検討以前に海外のVCからは敬遠されてしまうでしょう。
アメリカのスタートアップの実情を知る松田さんから、日本のスタートアップを取り巻く状況を見て思うところはありますか?
日本だとお金を出す側がスタートアップより偉いというような風潮がありますが、アメリカの有望なスタートアップは投資家や企業と対等な関係で、有力なスタートアップであればあるほど、彼らが投資家やパートナーを選ぶほどです。海外のスタートアップとパートナーシップを締結するときに必要なのはフェアなビジネスと議論です。いくら日本で知名度があっても、海外企業からすれば意味がありません。パートナーとしてフラットに話ができ、具体的にどのような価値を提供できるのかが重要です。
では、最後に日本企業へのアドバイス、メッセージをお願いします。
イノベーション活動やスタートアップ連携において日本では現場や実務を分かっている人材が軽視されていると感じます。テクノロジーや新規事業立ち上げに明るい、いわゆるイノベーション人材も貴重ですが、それだけではビジネスはまわりません。スタートアップのビジネスとは特定の業界におけるビジネスプロセスの積み重ねですから、現場の業務に精通し、業界の知見を持った人材は欠かせません。だからこそ日本の企業は、イノベーション活動において現業を熟知した人材をより重用すべきです。
また、日本企業は海外企業とパートナーシップ等の話をする際に、「比較優位」で検討することが多いです。しかし一定の技術レベルを超えた段階であれば、スタートアップがマーケットシェアを取れるかどうかは、技術レベルだけでは決まりません。たとえば、アメリカで配車サービスのUberが登場したタイミングには、配車のアルゴリズム技術においてUberより優れていた会社もあったはずです。しかしUberの優位性は、自治体と連携したり、特定の地域で一気に顧客基盤を固めたりしたことにありました。結局、技術力以外のところで有利な立場に立てているのです。これまで、80点と75点の技術差があるからといって、75点のスタートアップとの連携にNGを出し、判断を見誤るケースをたくさん見てきました。さらに、信頼関係を構築できていないうちから技術や特許について詳細な情報を聞き出そうとして、失敗するケースも多くあります。海外スタートアップとどのように関係構築をしていくかも非常に重要だと思いますね。
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Sozo Ventures マネージングディレクター
松田 弘貴氏
岐阜県生まれ。現在、シリコンバレーのVenture Capital FirmであるSozo Venturesにて投資先選定、日本企業との事業連携を中心とした投資前/後のスタートアップ向けValue Add、アメリカ市場でのVC投資動向分析などに携わる。フォーカス領域としてはFintech、Healthcare IT、Enterprise SaaS、AI/Automation等。Sozo Ventures参画前は、アクセンチュアの経営コンサルティング部門に所属し、主に日本の大企業向けの全社改革、組織改革、業務改革のプロジェクトに従事。慶應義塾大学商学部卒業 (法学部政治学科 田所昌幸研究会)。University of California, San Diego, School of Global Policy & Strategy修了(国際関係学修士)。Kauffman Fellows Program Class 26。早稲田大学 オープンイノベーション戦略研究機構招聘研究員。