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【先端技術研究・解説】メタバース編

SMBCグループのITソリューション・シンクタンク機能を担う日本総合研究所では「先端技術ラボ」を設立し、先端情報技術の社会実装に向けた研究・開発にも力を入れている。今回はFacebook社の社名変更(Meta Platforms社へ)などでにわかに注目の集まる「メタバース」に関する取り組みについて紹介する。

(1)「メタバース」とは?

「メタバース」という用語は統一的な定義が合意されるに至っていないが、言葉としての由来は1992年に発表されたSF小説(「スノウ・クラッシュ」ニール・スティーヴンスン作)に登場する、架空の仮想空間の名称だとされる。語の構成としては「"meta"(超える、高次の)+ "universe"(世界、領域)」であり、現実世界とは別の、人工的に構築された世界を意味する。

人工的に構築された空間に没入する感覚を生じさせる技術としては、バーチャルリアリティの技術が長年研究・開発されてきた。バーチャルリアリティと「メタバース」の違いを考えるとき、筆者はeコマースや電子決済、SNSが一般化した現代においてこの「メタバース」のブームが生じている点に注目したい。Web上で実物の物品を購入することや、見ず知らずの人と交流することにも、最早人々の抵抗は少なくなっている。従来のバーチャルリアリティの「世界」は、言わば「箱庭」であることを感じさせる部分があったかもしれない。それに対し現代では、バーチャル空間内で対話するキャラクターが現実世界のどこかの人間であることや、その世界の中で見て良いと思った物品を実際に購入するといった行為は、十分現実味のある話として受け入れることができる。つまり、既にWeb上で人と人・企業が交流や経済活動を行っている現状が、視覚を中心とした感覚の面で没入感や臨場感を生じさせるWeb上の仮想世界へ移行、進化する可能性として「メタバース」のブームを捉えることもできる。

また、こうした世界を実現し得る技術が現実化してきた点にも触れておきたい。具体的には、大容量通信を支えるブロードバンド回線の普及、大規模な情報処理を行うデータセンター設備がクラウドで容易に利用可能になったこと、Web上での決済手段の普及、そして高品質な映像を提示するヘッドマウントディスプレイの商品化(旧Facebook社により買収された旧オキュラス社等)などが挙げられる。
一方で技術面での課題もある。Meta Platforms社(旧Facebook社)のザッカーバーグCEOが、自社が注力するメタバース(ホライゾンワールド)で撮影した自撮り画像は、その品質の低さから大きな批判を浴びた(*1)。このように仮想世界ではその品質は非常に重要である。例えば現実世界と同等の物品を3DCGのモデルで再現しようとすると、十分な品質を担保するためには作成にそれなりの労力がかかることが予見される。従ってこの労力を軽減することは、「メタバース」普及のための技術的な課題の1つとして挙げられる。
(なお、より詳細な技術や事例解説などについては、右記のレポート等をご参照頂きたい。日本総合研究所『メタバースの概要と動向』)

(2)SMBCグループの「メタバース」に関する取り組み

virtual hoops linkの開設

既にプレスリリース(*2)でも出ている通り、SMBCグループではメタバースに関する調査・研究を行う実証実験場としてバーチャル空間「virtual hoops link」を開設した。これは東京・渋谷に実在するSMBCグループのオープンイノベーション拠点「hoops link tokyo」をモデルとした仮想空間である。SMBC グループでは、メタバースから派生する新たなビジネス機会の捕捉を展望し、まずはvirtual hoops linkを活用し、イベントや会議などで日常的にバーチャル空間を利用していくことで、メタバースの実用性について検証を行っていく。

先端技術ラボのvirtual hoops linkでの技術検証

このvirtual hoops linkは、クラスター株式会社が運営するメタバースプラットフォーム「cluster」を利用して構築されているが、日本総合研究所の先端技術ラボも開設に際し、コンテンツ提供などの協力を行った。

アバターによる先端技術の解説動画コンテンツの提供
渋谷に実在するhoops linkにおいても数々のイベントが盛況を博しているが、仮想空間のhoops linkでも同様の体験が可能であることを感じてもらうため、アバター(仮想空間内でユーザーの分身となるキャラクター)が先端技術を解説する動画コンテンツを提供した。内容はNFTとメタバースの2本であり、アバターにはREALITY株式会社が提供するアプリを利用して放映される動画を作成した[図1]。なおこの動画は日本総合研究所の公式YouTube Channelでも公開しており、以下のURLから視聴することができる。

[図1] virtual hoops link内でのアバターによる先端技術解説の様子 (日本総研 先端技術ラボにて作成)

ご当地名産品の3DCGモデル作成
virtual hoops linkは、姫路商工会議所の設立100周年を記念した「Himeji SDGs Expo 2022」というイベントにてプロトタイプを来場者に体験頂いた。イベントではvirtual hoops linkの展示室にて、ご当地姫路の名産品を仮想空間内で手にとって見ることができるバーチャル物産展を用意した。先端技術ラボでは展示する物産のいくつかを作成[図2]することを通して、3DCGモデル作成における技術活用の有効性の検証を行った。具体的には、「フォトグラメトリ」という様々な方向から撮影した複数枚の写真から3DCGモデルを生成する技術を検証した。結論としては、現状「フォトグラメトリ」単独で3DCGモデルの作成を完了することは難しく、手作業での修正が必須と考えられるものの、手作業のみに比べ品質・作成速度の両面で大きく向上することが確認できた。

[図2] 出展した物産の3DCGモデル (日本総研 先端技術ラボにて作成)

(3)「メタバース」の未来

姫路のイベントでのメタバース体験は、特に小さな子どもたちから非常に好評だった。子どもたちがすぐにメタバース内での操作に慣れ、自在に物産を手にとって見回している様子は未来を感じさせるものであった。メタバース普及のカギの1つは、リアリティのある物品で構成された世界を構築することだが、3DCGモデルの蓄積と公開が進むことで高品質な仮想空間を安価に構築することも徐々に可能になっていくのではないか。今回検証した「フォトグラメトリ」の技術も、そのような未来の実現を十分に期待させるものであった。

出典

(*1)Gigazine『マーク・ザッカーバーグがメタバースで行った「自撮り」がひどすぎて批判が集まる
(*2)株式会社三井住友フィナンシャルグループ『メタバースに関する調査・研究を行う実証実験場「virtual hoops link」開設について

PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • 日本総合研究所 先端技術ラボ ブロックチェーンスペシャリスト
    兼 三井住友銀行 デジタル戦略部

    市原 紘平氏

    2018年より三井住友銀行でブロックチェーン関連の調査及び案件支援業務に従事。国立情報学研究所、近畿大学、株式会社chaintopeとの4者共同研究の推進などにより、ブロックチェーンに関する技術、法制に関する知見を深める。大学・大学院ではバーチャルリアリティを研究(Oculus Riftを用いた外科手技の教育システムの試作など)。日本バーチャルリアリティ学会認定 上級バーチャルリアリティ技術者(第S-2014-43号)。
    [レポート等]
    解説レポート「セキュリティトークンの概説と動向
    「NFTに関する技術的な理解と価値観について」(情報処理学会研究報告, Vol.2022-EIP-96, No.22, 2022.)
    「証券へのブロックチェーン技術適用に関する検討 ~日本の法制度下での社債を事例に~」(電子情報通信学会技術研究報告, vol.120, no.380, pp.7--14, 2021.)
    問合せ先
    101360-advanced_tech@ml.jri.co.jp (日本総合研究所 先端技術ラボ)

  • 日本総合研究所 先端技術ラボ シニアAIスペシャリスト

    平岡 裕太郎氏

    2014年日本総合研究所へ入社。三井住友銀行のインターネットバンキングなどシステム開発を経て、2018年より先端技術に関する検証評価および研究開発に従事。画像・映像・音声処理の技術領域を中心に活動。
    一般社団法人日本ディープラーニング協会 JDLA Deep Learning for ENGINEER(E資格),2020
    本件では「フォトグラメトリ」を用いた3DCGモデルの作成を実施。

  • 日本総合研究所 先端技術ラボ AIスペシャリスト

    打越 元信氏

    2017年日本総合研究所へ入社。三井住友銀行の社内システム開発・プロジェクト管理に携わった後、AI関連の技術検証及び案件支援業務に従事。主として、異常検知技術の金融分野への応用についてリサーチ。近年、XRへ検証の幅を広げる。
    Kaggle Competitions Expert(2021年8月~)。
    論文「強化学習による少数異常を利用した特徴選択」にて、人工知能学会 全国大会(第35回)優秀賞受賞。
    本件では3DCGモデル作成の他、三井住友銀行の公式キャラクター「ミドすけ」のクラスター社環境への適合化を実施。

メタバース
(Metaverse)

類義語:

「Meta」と「Universe」から形成される造語で、コンピュータやコンピュータネットワークの中に構築された、3次元の仮想空間やそのサービス。

オープンイノベーション
(Open Innovation)

類義語:

製品開発や技術改革、研究開発や組織改革などにおいて、自社以外の組織や機関などが持つ知識や技術を柔軟に取り込んで自前主義からの脱却し、市場機会の増加を図ること。

NFT
(Non-Fungible Token)

類義語:

ブロックチェーン技術を使用した非代替性トークン。画像・動画・音声など、容易に複製可能なアイテムを一意なアイテムとして関連づけることが可能。