DXへの取組
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アジアを起点に、先進的なエンベデッド・ソリューションプラットフォームを目指す「APACデジタルプロジェクト」

SMBCグループがシンガポールを拠点に、アジア太平洋(APAC)域内で法人向けデジタルソリューションの開発・展開を行う「APACデジタルプロジェクト」。約3年前に発足した同プロジェクトは、顧客企業との対話を重ね課題を洗い出し、CFOが意思決定を行うために必要なキャッシュフローや財務等のデータを統合して可視化・分析する「CFOダッシュボード」の開発や、サプライチェーンファイナンスのフルデジタル化などを実現し、着実にAPAC域内でのプレゼンスを高めつつあります。顧客企業のDXサポートを切り口に、従来の銀行の定義を超えて、新たな付加価値の創出に取り組んでいます。

今回はAPACプロジェクトのこれまでの歩みと目指す先について、三井住友銀行アジア・大洋州戦略統括部アジアイノベーションセンター(AIC)室長の松永 圭司氏と、同センターに所属するラジェーンドラ・マヨラン氏に話を伺います。

数百社との対話を重ねて見えてきたDXのニーズ

「APACデジタルプロジェクト」が生まれた経緯を教えてください。

松永日系・非日系の企業ともに、かつ大企業から中小企業まで含めて、APAC域内の企業はモノの調達から販売や生産などの各過程で、異なる国や通貨、言語、規制等が複雑に関連するため、デジタル化に対するニーズが非常に高まっています。そこで、APACを起点に法人向けのデジタルソリューションの開発を進めるべく、約3年前にスタートしたのが「APACデジタルプロジェクト」です。

金融機関である私たちが最もバリューを発揮できる領域のひとつが、「グローバル企業を起点にしたサプライチェーンマネジメントの最適化」だと考えています。グローバル企業はさまざまな国のサプライヤーからモノを調達して、プロダクトを製造し、さらにそれらをさまざまな国で販売をしていますが、言葉や通貨が異なる中でインボイスを発行して支払いや代金の回収をしたり、キャッシュフローの管理をする必要があります。そういった煩わしいオペレーションに対して、私たちがデジタルソリューションを提供することでDXをサポートしていく。これがこのプロジェクトの出発点です。

具体的にグローバル企業が求めているDXのニーズとはどのようなものでしょうか?

松永これまで数百社のCxOと対話を重ねてきて、3つの大きなニーズが見えてきました。まずは「経営指標管理の高度化」です。例えばCCC※1などの指標をグループ全体のKPIに掲げている日系企業も多いですが、実際の海外現地法人では、定期的に手作業でエクセルを集計した後に、数日をかけて各国の担当者とやり取りをするという煩雑なプロセスが発生し、限られたリソースの中で手が回らないため、デジタル化を通じてPDCAを回す体制を何か作れないかという話をよく耳にします。次に「販路拡大・生産体制強化」です。成長著しいアジア地域で、トップラインを伸ばすために現地での販路をどうやって拡大するべきか、生産体制を強化するために優良なサプライヤーをどう囲い込んでいくのか、そのためにプラットフォームやデジタル技術をもっと活用できないかなどに経営者の方々は日々悩まれています。そして最後が「オペレーション効率化」です。これは人手による非効率な財務・経理管理業務を改善したいというニーズであり、前述の2つの観点につながるものです。
こうしたお客さまのニーズを出発点にして、デジタルソリューションの開発はもとより、プラットフォーマーやパートナー企業との外部連携を迅速に行うための行内の基盤整備とオペレーションのデジタル化を、一気通貫かつ同時平行で進めてきたことが、我々の取り組みの特徴です。

(※1)キャッシュ・コンバージョン・サイクル。仕入れから現金を回収するまでの日数を示す財務指標

財務状況を一目で把握できる、カスタムメイドの「CFOダッシュボード」を開発

それらのニーズに応えるためのサービスの一つが、現在推進している「CFOダッシュボード」なのでしょうか?

松永はい、数多くのお客さまにヒアリングを行うことで潜在的に抱えているニーズが明確になりました。現在専門チームを編成して提案しているのが「CFOダッシュボード」です。月次の利益とコストを可視化・分析したり、CCCの月次推移の予測を行ったり、各国ごとの通貨ポジションや在庫の状況を可視化する等お客さまとの対話を通じて管理したい指標を明確にし、カスタムメイドでダッシュボード上に実現することが可能です。

財務データの可視化自体はものすごくシンプルな機能ですが、ここに大きなニーズがあるのが、ヒアリングを重ねることで見えてきた気付きです。お客さまが日々の業務をこなす中でツール開発や社内のデータ整理に時間を割くことが難しいといったケースや、実際に開発をしようと思ってもどこから手をつければいいのか分からないといったお客さまに対して、私たちは「CFOダッシュボード」のソリューションを提供しています。

そして、このダッシュボードを開発・提供していくにあたり、お客さまのCxOや関係する部署の方とともに、可視化したい経営指標や、社内データ構造とプロセス整理を行う「デザインシンキングワークショップ」を軸に提案を行っています。お客さまと対話を重ねながらツールを開発することは、通常の会話では得られない切り口の情報を得られるという、私たちにとっても大きなメリットがあります。今までは主に財務担当の方とやり取りしていたのが、調達のセクションや販売のセクション、マーケティングやシステムに携わるセクションの担当者の方とも対話が生まれ多くの情報を得ることができます。それらの情報を活用することで、銀行としてより付加価値の高い提案活動につなげています。今ではAPACにおいて「SMBCグループはデジタルの分野で先進的な取り組みをしている」というお声掛けもいただくようになりました。

左:株式会社三井住友銀行 アジア・大洋州戦略統括部 アジアイノベーションセンター 室長 松永 圭司氏
右:株式会社三井住友銀行 アジア・大洋州戦略統括部 アジアイノベーションセンター ラジェーンドラ マヨラン氏

「CFOダッシュボード」以外のDX事例について教えてください。

松永まず、代表的なものとしてサプライチェーンファイナンスのフルデジタル化が挙げられます。サプライチェーンファイナンスとは、大企業に原材料や部品などを供給するサプライヤーに対して、その大企業の信用力をもとに早期の資金化を支援する仕組みのことです。これまでは書類のやり取りを含めて、早くても4営業日〜5営業日を要していましたが、お客さまの手続きから行内のオペレーションまでをフルデジタル化することで、1日最大200件の依頼をわずか15分で処理することが可能になりました。大企業からすればサプライヤーの資金需要にスピーディーに応えることで、より優良なサプライヤーを囲い込めるメリットがあります。これはシンガポールから始めた取り組みですが、今ではインドでも提供を行っており、今後は地域を更に広げていくとともに処理能力を10倍程度まで増強していく計画です。

そもそもAPACデジタルプロジェクトは、一つのプロダクトを推進するプロジェクトではなく、サプライチェーンマネジメントの最適化を切り口に、お客さまの状況やニーズに応じて、アジャイルにデジタルソリューションを設計しています。これだけスピード感のあるフィンテックが台頭する環境下では、自前でのソリューション開発に拘るよりも、より付加価値の高いソリューションを提供するテクノロジー企業と積極的に連携を進め、お客さまに適したソリューションを迅速に提供するパートナー戦略が重要な要素です。そのような視点で、常にお客さまの半歩先を見据え、実現することを目指しております。例えば、フィンテック企業と連携した貿易業務のデジタル化や売掛・買掛処理等の経理業務のオートメーションソリューション、バーチャルアカウント管理サービスの導入によるキャッシュ・マネジメントの改善、業務効率化の事例などがあります。

APAC域内で、デジタル化の相談を持ちかけられる存在に

マヨラン私たちが重視しているのはお客さまとのエンゲージメント、接し方です。APAC域内でビジネスをしているお客さまは日々の業務に加え、デジタル化の推進や組織の変革の必要性に迫られていて、そういった悩みを共有できる相談相手やファシリテーターを探しています。

お客さまのデジタル化をサポートするにあたって、業界の特徴に対する理解や技術面での知見が必要不可欠です。そこで私たちは製造業や商社、フィンテック企業など、銀行とは異なるバックグラウンドを持つ人間を多数採用して、前述のお客さまを巻き込んだデザインシンキングワークショップを運営しています。例えばCFOの目線に立って「原価を下げる」には、調達の効率化や在庫管理の徹底など、製造や物流のフィールドに踏み込む必要が出てきます。これまで200社以上でこのワークショップを行ってきましたが、さまざまな部署の方を巻き込むにはこの方法が非常に有効だと実感しています。

私たちは、戦略コンサルやシステムベンダーとは異なり、お客さまとともにサプライチェーンマネジメントに関わる課題の解決法を考えており、必要に応じて「CFOダッシュボード」などのデジタルツールを無償で提供していますが、そこに至るまでの対話のプロセスを重視し、銀行としてより付加価値の高い提案活動に繋げていくことを目的としています。

「APACデジタルプロジェクト」を約3年間続けてきて、現地での反応は当初からどのように変わりましたか?

松永最初は行内でもなかなか理解されなかったので、お客さまのもとに何度も足を運ぶことで信頼関係を築き上げていきました。便利なツールを開発して終わるのではなく、私たちがどんなビジョンとコンセプトのもとで何を目指しているのかを丁寧にお伝えして、徐々に受け入れてもらえるようになりました。そのため私たちの計画に興味を持っていただいたお客さまは、共創のパートナーであると考えています。そこから前述のデザインシンキングワークショップを行いながら「CFOダッシュボード」の開発、サプライチェーンファイナンスのデジタル化などを実現する過程で、お客さまの理解も徐々に得られるようになりました。同時にこうしたアプローチの仕方が銀行取引拡大につながることを実証することで、行内でも関係する部署との協力体制が着実に進んでいます。

マヨラン最も嬉しかったのはお客さまから「SMBCは毎回、デジタルを切り口に面白いお話を持ってきてくれる」と言っていただいたことです。今では率先して新しいアイデアの相談を持ちかけてくれるお客さまもいらっしゃいます。これまでの常識では、お客さまがデジタル化を推進しようと思ったときに声をかけるのは大手のコンサル企業かIT企業であり、真っ先に銀行に声をかけるといったことは考えられませんでした。私たちにデジタル化の相談を持ちかけていただくお客さまが増えてきたということは、それだけAPAC域内でSMBCグループのデジタルの取組が認識されてきている証拠だと思います。

APACから日本へ、そして世界へ。先進的なエンベデッド・ソリューションのプラットフォームになる

「APACデジタルプロジェクト」を通じて、SMBCグループはどのような未来を目指しているのかを教えてください。

松永「APACデジタルプロジェクト」はまだまだ小さな取り組みです。これまで頻繁にデザインシンキングワークショップを開催してさまざまなソリューションを提供してきましたが、今後はよりスコープを広げていきたいと考えています。例えば「CFOダッシュボード」であれば、データを可視化するだけではなく、生成AIを活用することでCFOの意思決定に資する分析結果を可視化した後、対話形式で提供する実証実験を始めました。また、今まで、財務データが中心だった可視化サポートの提案を、今後はマーケティングデータやオペレーションの可視化まで拡大していったり、戦略コンサルやテクノロジー企業と連携して需要予測・キャッシュフロー予測等の分析機能の強化やオペレーションの効率化に資するサービスを提供したりなど、やれることはまだまだあると思っています。

逆輸入的に日系企業のお客さまに対しては日本の本社に向けて、デジタルのアプローチを提案することも徐々に進んでいます。少なくともサプライチェーンのデジタル化については、日本よりもAPACの方が進んでおり、我々のAPACでの取り組みを日本に今後拡大していきたいと考えています。さらにはアメリカや欧州など、日本以外の主要なマーケットにもこの取り組みを拡大し、お客さまに対してSMBCグループのファイナンスを埋め込む、いわゆるエンベデッド・ソリューションを広げていきたいと考えています。お客さまの日々のオペレーションの中に私たちが自然な形で入り込み、シームレスに金融を提供する。SMBCグループとして先進的なエンベデッド・ソリューションのプラットフォーマーになることが目標です。

ファイナンス以外のサービスも含めてアジャイルに開発を進めていくので、SMBCグループの考え方に共感していただけるテクノロジー企業とは、積極的にパートナリングを進めていきたいと考えています。

マヨランお客さまはAPAC域内だけを見ているのではなく、常にグローバルな視点をお持ちです。私たちは現在APACの10数カ国をターゲットにしていますが、それをどうやってグローバルに拡大していくのか。世界でビジネスをするお客さまに対してしっかりと伴走を続けることが私たちのゴールです。

株式会社三井住友銀行 アジア・大洋州戦略統括部 アジアイノベーションセンターの皆様
PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • 株式会社三井住友銀行 アジア・大洋州戦略統括部 アジアイノベーションセンター 室長

    松永 圭司氏

    1998年三井住友銀行入行。国内外のホールセールバンキングビジネス企画、経営企画等を経て、2021年よりAsia Innovation Centre室長に就任。銀行業務の変革とアジアでの成長をビジョンに掲げ、APAC地域でデジタルを活用したクライアントの事業創出や社内インフラの刷新に取り組む。2023年よりCVC運営を兼務。東京大学卒業、カーネギーメロン大学(MBA)修了。

  • 株式会社三井住友銀行 アジア・大洋州戦略統括部 アジアイノベーションセンター

    ラジェーンドラ マヨラン氏

    東京大学工学部精密機械工学の修士課程を卒業。MRIの中で使用可能な手術ロボットを理化学研究所と共同で研究。2009年、GEヘルスケア・ジャパンに新卒入社。新製品開発エンジニアとしてMRIの研究開発に取り組んだ後、エンジニア向けリーダーシップ・プログラムに選ばれ、製造、IT、マーケティング、サプライチェーンのプロジェクトをリード。2013年より、日本発の新製品MRIのグローバル開発をリード。2015年に、GEジャパンに移り、GEの産業用IoTビジネスを日本で立ち上げ、業界のパイオニアとして電力・航空・製造分野で数多くのIoTプロジェクトを手がける。2020年8月より三井住友銀行に移り、シンガポールよりAsia Pacific地域におけるデジタル戦略をリード。

DX
(Digital Transformation)

類義語:

  • デジタルトランスフォーメーション

「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の頭文字をとった言葉。「Digital」は「デジタル」、「Transformation」は「変容」という意味で、簡単に言えば「デジタル技術を用いることによる、生活やビジネスの変容」のことを指す。

プラットフォーム
(Platform)

類義語:

サービスやシステム、ソフトウェアを提供・カスタマイズ・運営するために必要な「共通の土台(基盤)となる標準環境」を指す。

フィンテック
(FinTech)

類義語:

金融(Finance)と技術(Technology)を掛け合わせた造語。銀行や証券、保険などの金融分野に、IT技術を組み合わせることで生まれた新しいサービスや事業領域などを指す。