近年AI技術が目覚ましい発展を見せる中、SMBCグループでは、組織の持続的成長には従業員とAIが共に働く環境・文化を創ることが重要になるであろうとの考えのもと、各種業務へのAIの導入に取り組んでいます。その取り組みの1つとして、執行役社長グループCEO 中島 達氏を模したAI「AI-CEO」を開発し、従業員が社長に提案資料のブラッシュアップを頼んだり、自分のキャリア相談に乗ってもらったりといった体験を通じて、AIの業務活用における有用性を自然な形で認識してもらえるよう、社内での活用を進めています。
目指したのは、単なる業務支援AIではなく、経営哲学や思考の深さ、ウィットまでを映し出す“社長らしさ”の再現。その開発の舞台裏と、AI活用に込めた狙いについて、三井住友フィナンシャルグループ 執行役員 特命担当の長谷部 智也氏、三井住友銀行 システム統括部 部長代理の兵頭 和樹氏、三井住友銀行 データマネジメント部 部長代理の錦織 護直氏に伺いました。
回答するだけのAIではなく、“社長らしさ”を出す
「AI-CEO」とはどのようなものなのでしょうか。
長谷部システムプロンプトとRAG(Retrieval-Augmented Generation、検索・拡張生成)技術を使って、中島社長を模したAIモデルを作りました。OpenAI社のGPTモデルを活用して、AIチャットボットとAIアバター(ともにマイクロソフト社)の形で、従業員が業務やキャリアの相談を気軽にできるようにしています。
長谷部 智也氏
この取り組みを始めようと考えた背景と、そこに込めた狙いを教えてください。
長谷部もともとは私の上司の発案です。話を聞いて「面白そう」と感じ、社内ミーティングに諮ったことから動き出しました。ただ、実は「業界初」や「世界初」という取り組みではありません。
我々が関心を持ったタイミングで、経営者の思考を再現するAIの開発や、創業者の理念継承を目的としたAIの構築といった事例が出始めていました。ほかにも同様の取り組みをしている企業があり、何社か取材させてもらいながら、構想を深めていきました。
起案にあたっては、2つの課題意識がありました。
1つは、日常的にAIを利用していても、通り一遍の回答でつまらないと感じていたこと。もう1つは、新卒で入社した銀行に25年ぶりに再入社し、私が長く働いていた外資系企業と比べて、若手や中間層が会社を客観視しており、やや距離を置いて見ていると感じたことです。
「企業文化が好きで、同僚と一緒に大きな成果を出したいから、SMBCグループで働いている」。そう思う社員がもっと増えてほしい。その思いから、SMBCグループのDNAを体現している中島社長を模したAI-CEOを作ることにしました。
2024年12月にキックオフして、2025年3月にはプロトタイプが完成したそうですね。どのようなプロセスや技術選定を経て開発を進めたのでしょうか。また、RAG設計・プロンプト構築など、開発面で工夫した点を教えてください。
長谷部開発にあたっては、企画部、データマネジメント部、システム統括部、日本総合研究所の関係者、外部のエンジニアなど、多くの方にご協力いただき、開発から実装までをスピーディーに進めることができました。
技術面では、LLM(大規模言語モデル)は固定しつつ、複数のRAGを構築しながら、プロンプトをチューニングして、開発を進めました。
まずRAGを5つに分けました。
1つ目は、過去の中島社長の発言内容。社内外での発表をテキスト化しています。
2つ目は、私の主観に寄らないよう、役員クラスの約20人に中島社長の人物像や印象を聞き、その内容を反映しました。
3つ目は、三井住友銀行およびSMBCグループの沿革や歴史を含む基本情報です。
4つ目は、経営会議での発言です。特に中期経営計画の議論には、中島社長の経営哲学や経営判断が色濃く現れます。発言内容そのものに加え、例えばAの話をしているときにBの観点を織り交ぜたり、目線の低い議論の中で高い視座の話をしたり、抽象的な話のなかで具体的な話を挟んだり、と中島社長の思考を私なりに解釈して組み込みました。
5つ目は、中島社長らしいウィットです。ウィットに富んだ方なので、そこは特にこだわりました。ただ、最初はプロンプトで「ウィットに富んだ感じで」と指示すると、すべての回答が「ウィットという意味では......」から始まってしまって(笑)。
結局、どんなRAGやプロンプトで、どうAIが反応するのかは試してみないと分かりません。その試行錯誤が面白いと感じた半面、まだまだAIは人間が作っている部分が大きくて、技術的な「穴」はあるのだなと分かりましたね。
錦織中島社長のウィットを自然な形で出力するのには苦労しました。「コメディアン風に」とか「お笑い芸人の○○さん風に」など、いろいろ試しましたが、なかなかうまくいかず、「シニカルに」という指示命令が1番うまくいったんですよ。
錦織 護直氏
長谷部社長の面白さは、お笑い芸人の面白さとも違いますからね。社長自身は「まだ俺の方が面白い」と言っていますが、AIとしてはかなり近づいたと思っています。
兵頭一昔前、専門家の間で自分のコピーを作ることが流行ったことがあります。ただ当時は、LLMの限界やプロンプトのチューニングを様子見する段階だったこともあり、どうしても趣味の域を出なかった。ビジネスに応用しようという発想までには至っていなかったと思います。
兵頭 和樹氏
多くの人は、AIの役割をホワイトカラー業務の機械化だと捉えがちです。でも長谷部さんは、それだけではない可能性を見ていました。AIは熟成すれば、人間の相棒や話し相手にもなり得る。その捉え方をビジネスに落とし込んだのが、すごいところだと思います。
世の中にはいろいろなAIがありますが、そのほとんどが、目の前のものをなんとかするパターンです。過去のデータを未来に活かすという意味では、このAI-CEOは私が見た中で1番ポテンシャルが高いAIアシスタントです。長谷部さんらのこだわりがきちんと生かされていて、人間のコピーをここまでのレベルで作り込めたケースは、かなり珍しいと感じています。
長谷部業務効率化としてAIを活用することも大切ですが、“バディ”として考えるなら、面白くないと使われない。誰しも、面白くない人とは一緒に働きたいと思わないでしょう。AI活用の機運を高めるためにも、面白さは欠かせない要素でした。
使われ続ける理由は、設計と“泥臭いメンテナンス”にあった
AI-CEOの活用方法を教えてください。
長谷部利用シーンはかなり細かく設計しました。例えば、営業が情報収集を行い、担当企業への影響や考察、提案シナリオを作る際に、AI-CEOが相談に乗ってくれます。キャリアについての具体的なアドバイスをもらったり、上司には聞きづらい些細な質問を投げかけたりもできます。発表用スライドやPDFを読み込ませ、AI-CEOが辛口コメントを返す機能も追加しましたが、これもなかなか好評です。
中島社長ご本人の反応はいかがでしたか。
長谷部とても気に入っていただいています。IRのアイスブレイクをAI-CEOで口火を切ったり、全国各地で実施している経営者交流会の冒頭の挨拶で、その土地にあったエピソードをAI-CEOが語ったりと、社長自身にも活用してもらっています。
本人が関心を持って使ってくれているので、画像の解像度を上げたり、発言内容を随時アップデートしたりと、継続的に改善を重ねています。
ガバナンスの面で留意したことはありますか。
錦織AI-CEOは、社内での活用を前提にした“従業員向け”サービスです。なので、SNSで見かけるような「有名人になりすまして怪しい投資話を持ちかける」といった悪用が起きにくい仕組みになっています。
とはいえ、社長の人格を模したAIが、倫理的に逸脱したり、下品な発言をしたりしてしまったら大問題です。そこは絶対に外せないので、リリース前に300問以上のテストデータセット(※1)で回答を確認したり、グループ共通のAI審査の基準をクリアしたりしています。さらに、経営会議などの発言をRAGに入れるときも、情報取り扱いの社内規程に沿って扱っています。
正直、裏側では地道で泥臭い作業をしています。
※1 テストデータセットには、国立情報学研究所 大規模言語モデル研究開発センターが公開する「AnswerCarefully Dataset」を使用しています(日本語LLM出力の安全性・適切性に特化したインストラクションデータ)。
兵頭正解を返すだけのAIなら、自動化して放置できます。でも、誰かの人格を模したAIは、人が変わるように、AIも変わらなければいけない。毎日歯を磨き、服を着せて、お風呂に入れてあげるように、データも整え続ける必要があります。そのメンテナンスが一番難しいですね。
長谷部社内外の発言をRAGに入れる際も、関係各所に連絡してデータを集め、AIが読み取れる形に整えています。経営会議の議事録も、どこを切り出すのか、その発言の真意は何かを考えながら、私自身のフィルターを通して反映しています。これをやらないと、ユニークなAIであり続けられません。
他社が真似しようとしても、簡単ではないわけですね。
兵頭正直、難しいと思います。自分のコピーはある程度作れても、他人のコピーは簡単ではない。それができたのは、ひとえに長谷部さんと中島社長の関係性があったからだと思います。
長谷部私は20年ほど前から中島社長と定期的に接点を持っていました。中島社長の示唆に富んだ発言や、自分がインスパイアされたコメントはメモすることもありましたし、メモしていなくても心に刻まれていたものもありました。今回、そういったメモや記憶も、RAGに余すところなく反映させています。
業務効率化の先へ。これからAIとどう向き合うのか
今後のAI活用についての考えをお聞かせください。
長谷部業務効率化の文脈では、やらなければならないでしょう。部門ごとに、どんなAIをいつまでに作り、どの業務がどれだけ楽になり、人件費がどれだけ効率化されるのか。そうした整理は必要でしょう。
ただ、それは他社もやること。私は、その先にも踏み込んでいいと思っています。
例えば、AIが自分の代わりに仕事をし、好みそうな商品を提案し、健康状態に応じた食事を助言し、キャリアにも向き合ってくれる。個別アプリではなく、それらを一体で担うAIがある世界を見てみたい。
そして、そのようなAIの活用を、SMBCグループの従業員が自律的に進める企業カルチャーを醸成し、AI-leading Companyを目指したいと考えています。
兵頭1日数時間業務効率化できた、という話はよくあります。でも、それで利益が上がったかというと、必ずしもそうではない。むしろ、取引先の社長さんとの話題を提案してくれる方が、利益につながる可能性は高い。
そう考えると、AIが人間と同じように感覚器官を持って、同じように思考するようなレベルになるまでは、地道な業務効率化を積み重ねるしかないと思います。
錦織まさに、業務部門と本部の“間”に入って、橋渡しをしているのが私たちの部署です。
たとえば業務部門が「お客さまに合った投資信託を提案するAIを作りたい」と言ったときに、必要な技術やアーキテクチャ、データの扱い方、リスクの見立てまで分かっていないと、そもそも提案の土台が作れません。
その意味で、今回のAI-CEOは“最初の一歩”でした。もし本気で社長のアバターを作るなら、どんなリスクが出るのか。総務としてはどう見るのか、広報としてはどう整理するのか。正直、やってみて初めて見えてきたことがたくさんありました。
SMBCグループの強みは、一致団結した時のスピード感です。社長の理解はもちろん、長谷部さんのパッションと、それを面白がるメンバーの力で、ここまで形にすることができました。
ガラケーからスマートフォンに移行したように、いずれ誰もがAIを当たり前に使う時代が来る。そう信じて、試行錯誤を続けていきます。
PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。
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株式会社三井住友フィナンシャルグループ 執行役員 特命担当
長谷部 智也氏
1997年に入行後3年で退社。以降コンサルティング業界で20年以上のキャリアを積み、2024年に再入社。現在は特命担当(企画部、デジタル戦略部)として、AI戦略の企画立案・実装、分散型金融戦略の構築・推進(ステーブルコイン、デジタルアセット等のブロックチェーンを活用した金融の事業モデル)、グローバル・コスト削減やオペレーション改革に従事。
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株式会社三井住友銀行 システム統括部 部長代理
兵頭 和樹氏
2011年からフリーランスとして様々な開発案件に従事。2014年に日本総研情報サービスに入社。2015年から日本総合研究所での開発を経験後、2019年に三井住友銀行 システム統括部に配属。さまざまな新規技術の開発に携わる。システム統括部の部長代理として、新技術の活用やITインフラの最適化、セキュリティの強化に関する企画立案・実行を担う。
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株式会社三井住友銀行 データマネジメント部 部長代理
錦織 護直氏
情報機器メーカーにてAzureを中心としたインフラ設計や公共系システム案件のPM/インフラを担当。2023年2月三井住友銀行に入行し、データマネジメント部でコーポレート部門のデータ利活用支援と生成AIを含む新技術に関するCoE機能の企画・推進に従事。
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