新規事業・事業開発を前に進める「思考整理術」——三井住友銀行のデザイナーはこう整理する
関係者みんなで前に進めようとしているのに、なぜか議論がかみ合わない——。
新規事業や事業開発では、手段や機能についての議論が先行しがちです。メンバー一人ひとりの認識が曖昧なまま進むと、手段を実行すること自体が目的になったり、議論が一部の論点だけに閉じたりして、お客さまの課題解決にはつながらないことがあります。
そんなとき大切なのは、一見遠回りに思えても、「誰の、何を解決したいのか」を共有し、関係者の目線を合わせることです。
三井住友銀行のデザイン組織「SMBC DESIGN」の金子直樹氏は、曖昧な論点や関係者の認識を可視化し、プロジェクトを前に進める役割を担ってきました。事業開発を進めるには、何を整理し、どのように共通認識をつくればよいのか。現場で実践する「思考整理術」を解説します。
なぜ、事業開発は途中で「散らかる」のか
事業開発が前に進まないとき、その原因は「良いアイデアが浮かばない」ことより、もっと手前にあることが少なくありません。まず、議論がまとまりにくくなるときに起こりがちな「ずれ」を2つ挙げてみます。
金子 直樹氏
①「対象となるお客さま」「課題」「ゴール」のずれ
プロジェクトの大方針そのものがずれていることは、それほど多くありません。解決したい課題があり、大きな方向性が決まっているからこそ、プロジェクトは立ち上がります。
それにもかかわらず、ずれが生じるのは、方針を具現化するときです。何をやり、何をやらないのか。その選別が、一人ひとりの中で曖昧なまま進んでしまうことがあります。
ではなぜ、曖昧なまま進んでしまうのでしょうか。その要因は、「誰を対象にするのか」「その人のどの課題に向き合うのか」「どうなれば成功なのか」——こうした点が、関係者の間ですり合っていないことにあります。
②「時間軸」のずれ
もう一つは、時間軸のずれです。大きな変更をともなう事業開発では、一気に理想形をつくれるわけではありません。フェーズを追って段階的に進めることになります。
フェーズ1、フェーズ2、その先の最終形——本当はフェーズごとに「ゴール」「解決すべき課題」「提供するサービスとその価値」が違うのに、そこがそろわないまま、「これをやりたい」という声だけが先行することがあります。さらに、会議の中で「どのフェーズの話をしているのか」が明確でないと、お互いの認識が合わないまま進んでしまいます。
「散らかった議論」をどう整理していくのか
では、こうしたずれから生じる、散らかった議論をどう整理し、束ね直すのか。私が日々実践している「整理術」についてお伝えします。
お客さまの「状況」と「文脈」を整理する
まず「対象となるお客さま」を明確にします。プロジェクトメンバー内でこの目線がそろっていなければ、どの課題を優先して解決すべきかも判断できません。
そのうえで、①お客さまが置かれている状況、②抱えている課題、③なりたい状態の3点を整理し、どんな文脈で課題を感じているのか、その背景まで理解することが大切です。
背景まで理解できると、打ち手が考えやすくなります。逆に、理解不足のまま進めると、課題に対する浅い解決策しか出てきません。「なぜ、その状況にあるのか」を一度問う。そのひと手間が、次のアイデアの発想をより豊かで的確なものにします。
「機能」ではなく「価値」を整理し、言語化する
お客さまを理解したら、次は「何を、どう届けるか」を整理していきます。時間軸のずれを防ぐために、これらをフェーズごとに整理します。私は、各フェーズのビジネスの目的、対象となるお客さま、提供する機能、使い方、それがどのような課題を解決し、どのような価値を届けるのかを並べていきます。
ここで陥りやすいのが、「機能」だけで整理してしまうことです。多くの人は「どんな機能を実装するか」は具体的にイメージできても、その機能がお客さまにどんな価値を届けるのかは、十分に言語化されていないことがあります。私がそこで一緒に整理するのが、この「価値」の部分です。そのうえで、どのようなメッセージで打ち出すのか、ビジネス上のメリットは何か、目標とするKPIは何か、という観点を重ねていきます。
すると、「このフェーズでは、ここまで解決できていればいい」という認識を合わせやすくなり、その時点で最低限必要な実装範囲についても話せるようになります。
アイデア発散のコツ
こうして整理したお客さまの状況や課題、提供したい価値を、アイデアの発想につなげます。やみくもに「アイデア大会」をすると、アイデアは散らかってしまいがちです。
そこで、発散させる前に、アイデアの種となる情報を構造化します。誰の、どんな状況の、どんな課題を解決するのか。そこにどんな価値があり、自社のどんなアセットを使うのか。例えば、「お客さまは、~を必要としている。なぜなら、~だから」という形に整理してからアイデアを広げると、散らかりを防げます。
納得感を生む「場」としてのワークショップ
もう一つ、私たちがよく行うのがワークショップです。
大切なのは、曖昧になっている論点を、できるだけシンプルな問いに変えること。そして、そのワークが次のアクションにつながると、参加者が実感できる状態をつくることです。そのために私は、アウトプットのイメージを先に共有します。試しに自分一人でワークをやってみて、サンプルをつくる。「これができれば次に進める」と事前に見えていれば、安心して取り組んでもらえます。
例えばOliveコンサルティングをジョイントベンチャーとして立ち上げたとき、「私たちは、お客さまの何を解決したいのか。そのために、どうあるべきか」——その目線を合わせるために、ミッション・ビジョン・バリューをつくるワークショップを開きました。
「このサービスで、お客さまはどのような状態になることが理想か」「それを通じて、社会をどうしたいのか」。ビジョンなら「そのために、私たちはどのような存在であるべきか」。ヒントを添えながら、書き出してもらいました。
出てきた意見はグルーピングします。ただし、単に票の多いものを選ぶのではありません。投票の前に、各自が書いた内容と、そこに込めた思いを話してもらう。「なるほど、そういう視点もあるのか」とお互いが気づいたうえで、共感できるものを見極めていきます。
こうして出た案を、経営メンバーとも磨き、もう一度みんなに問いながら、最終的な形にたどり着きました。
可視化とは、情報を「構造化」する力
ここまでの整理を支えているのが、可視化です。といっても、絵をきれいに描くことではありません。物事を分解して捉え直す、いわば「構造化」することです。
分解し、構造化する力
デザイナーが得意と言われるのも、実は構造化の力なのかもしれません。私自身、この会社に入って「こういうの、デザイナーが得意だよね」と言われ、あらためて気づいたところがあります。本当に必要なのは、現状を分解して考える力なのだと思います。
状況が抽象的で「何かうまくいっていない」「議論がふわふわしている」と感じるときは、何がうまくいっていないのかを分解し、何が足りないかを一度洗い出して構造化してみる。そうすると、「ここが整理できていなかった」と気づくことができます。
整理には、ペルソナやカスタマージャーニーマップなどのフレームワークを使うこともあります。ただし、いつも決まったフォーマットをそのまま当てはめるわけではありません。世の中にあるものを参考にしながら、必要な項目だけを取り入れ、要らないものは省く。足りなければ、新しい項目を加えます。
起点にするのは、「今、どのようなアウトプットがあれば、プロジェクトを次に進められるのか」という問いです。そこから逆算して、何を議論し、どう整理するかを決めています。
プロトタイプは「早く間違える」ためにつくる
もう一つの可視化が、プロトタイプです。私たちは、目的や開発段階に応じてプロトタイプをつくっています。回数やタイミングも、案件によってさまざま。企画や要件定義フェーズで何度も作ることもあれば、方針が固まっている案件では、実装前の確認時だけ作ることもあります。
大切にしているのは、「早く間違えること」。
話しているだけでは分からないことも、形にすると見えてきます。「面白いと思っていたのに、作ってみたら思ったほど魅力的ではなかった」ということも。後の工程になるほど軌道修正は大変になるので、早く間違えることに、価値があります。
プロトタイプは、合意形成にも効果的です。「今のまま進めると、こうなってしまう」という現状と、「こう変えれば、この課題は解消できる」という改善案を並べて見せれば、相手も判断しやすくなります。しかも、できあがってから見せると、「評価する人」になってしまう相手も、ラフな段階で早めに見せれば、「一緒に考える仲間」になってくれます。
デザイナーがいなくても、構造化はできる
ここまで読んで、「でも、うちにはデザイナーがいないから、できないのではないか」と思われたかもしれません。けれど、ここで本当に必要なのは、現状を分解して考える力です。これは、デザイナーだけのものではありません。
今はAIがありますから、何が整理できていないかをAIに洗い出させ、そこから足りない部分をディスカッションして埋めていくことができます。ただし、最初から解決策を求めるのではなく、足りない情報を洗い出すための補助として使うことがポイントです。
可視化した上で、足りないものを補い、プロジェクトの推進を後押ししていく。「何かうまくいかない」ときこそ、みんなが当たり前と思い込んでいることを、いま一度、地道に洗い出してみる。そうすると、物事が構造化されて、一気に前に進む瞬間があるはずです。
PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。
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株式会社三井住友銀行 リテールIT戦略部 デザイングループ シニアデザイナー
金子 直樹氏
デジタルマーケティング会社でWebサイトの企画・制作・運用業務を経て、2017年に三井住友銀行へ入行。UI/UXを専門領域として、既存サービスの改善や新規プロダクトのデザインリード、社内へのデザイン浸透等を推進。
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