DXへの取組
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【SMBCグループが見据える農業の未来 vol.3】農村DXで「儲かる農業」と「住みやすい農村」の両立を実現する。

農業従事者の高齢化や耕作放棄地の増加など、多くの課題を抱える農業。そこへ金融グループだからこそ果たせる役割とビジネスチャンスを見出し、積極的に参入してきたSMBCグループ。

SMBCグループのシンクタンクである日本総合研究所では、「日本農業の再生請負人として、新たな日本農業の形を社会に提示し、自ら主導して成功事例を創出する」というミッションの下、政策提言や事業インキュベーション、コンサルティングにより農業のポテンシャルを最大限に引き出すような取り組みを行っています。

今回は日本総合研究所 創発戦略センターに所属するコンサルタントの前田佳栄氏と多田理紗子氏に、同社が魅力ある農業および農村づくりのために打ち出している構想や、DXで広がる農業の可能性について伺いました。

外観重視の規格だけでは見えてこない、農産物の価値を伝える

日本の農業は農業者の高齢化や減少などの問題を抱えていますが、それを解決するために行っている具体的な施策について教えてください。

多田国内の農業の現場では、ITやロボット技術を導入したスマート農業が発達し生産自体は効率化されつつありますが、農産物を販売するルートの開拓や農業従事者の暮らしについては手つかずの領域です。そこで私たちは農産物の本質的な価値を伝える「CAV(Communication of Agricultural Value)システム」、データを活用して魅力ある農村づくりを実現する「農村DX」といった構想を打ち出しています。

前田私は富山県の出身で、実家が農家だったため、幼い頃から農業が身近にある環境で育ちました。学生時代、実家から届いた野菜を友人にふるまったことがあり、友人に実家の野菜を絶賛してもらえると、とても嬉しい気持ちになりました。ただその一方で、農業者が様々な試行錯誤をして一生懸命に農産物をつくっても、その努力や想いはなかなか消費者には行き届いていないという事実に気がつきました。その経験が、CAVシステム構想の一つのきっかけになっています。

なるほど、前田さんの想いが反映された施策なのですね。CAVシステムとは具体的にどのようなものなのでしょうか?

前田現在流通している農産物の多くは、大きさや形、傷の有無などによって価値が決められています。スーパーでは大体同じ大きさで傷のない野菜が選別され、袋詰めされていますが、外観重視の規格だけでは本質的な農産物の価値が汲み取れないと思っています。大きさが少し違うだけで規格を外れてしまいますし、例えば農薬を減らすといった農業者の努力なども、認証等を取得しなければ反映されません。

スマート農業の浸透により、農業の世界でもデータを活用する流れが徐々に生まれています。そこで、センサーや画像認識などの新たな技術の活用により、現在の規格を補完し、客観的に農産物の価値を伝えられる新しい指標をつくろうとしています。外部の形状だけでなく内部の形状、味・栄養、食感、経済性・安定性、環境配慮といった多角的な指標で農産物の価値を表現します。CAVシステムは、外観だけではない農作物の本質的な価値をわかりやすく伝達し、消費者に「選ばれる」農作物を生み出す取り組みです。

農業の世界でも脱炭素は必然の流れ

農産物自体の評価だけでなく、経済性・安定性、環境配慮、地域・社会貢献といった点も数値化しているのですね。

前田はい、特に今は環境配慮に注力しています。企業には、サプライチェーン全体での温室効果ガス排出量の算定が求められているなど、脱炭素の流れは世界的な潮流となっています。2022年9月には、農林水産省が、農業生産段階の温室効果ガスを算定できる「農産物の温室効果ガス簡易算定シート」を公表しました。これは、Excelシートに農業生産段階での農薬・肥料等の資材投入量や農業機械や施設暖房等のエネルギー投入量を入力すると、排出量が算定されるというものです。現在はそのシートを活用しながら、温室効果ガスの排出削減に向けた農業者の努力や成果を可視化できるよう取り組んでいます。

農業者にとって、Excelへの入力はハードルが高くないのでしょうか?

前田CAVシステムでは、スマート農業で蓄積しているデータを自動で吸い上げて入力できるような仕組みを検討しています。温室効果ガス排出量の算定でも、農業者が普段から使用している生産管理アプリや会計アプリなどからデータを自動取得することで、入力の負担を軽減することが可能です。

今後、小売、外食、食品加工メーカーなどの食農関連企業は、環境に配慮した農産物の調達が求められるようになります。農業生産における温室効果ガスの排出量の可視化により、そうした企業に対して、客観的な根拠を示しながら脱炭素型の農産物を届けることが可能です。農業現場では、有機肥料を積極的に使ったり、ドローンを活用したピンポイントの農薬散布を実現したり、環境に配慮した技術の導入が各地で進んでいます。そういった取り組みを見える化して、企業や消費者に広く伝えていきたいと思います。
また、SMBCグループでは『環境・社会課題解決の「意識」と「機会」を流通させる』をコンセプトとして、SMFGにてGREEN×GLOBE Partnersというコミュニティを運営しており、三井住友銀行では排出量算定を支援するPersefoniやSustanaといったクラウドサービスを提供していたりもするので、日本総研としてもこういったSMBCグループの様々なソリューションを駆使して業界の脱炭素化を支援してきたいと思います。

「儲かる農業×住みやすい農村」をDXで実現する

では、農村DXについて概要を教えてください。

多田農業従事者の高齢化と減少に加え、荒廃農地も増加しつつあり農業は厳しい状況です。スマート農業により生産性は上がっても、農村全体を見れば総世帯数が減少傾向にあるため、存続が難しくなる集落もあると考えられます。

その一方、農村に興味を持つ都市の人の増加、テレワークの普及、副業を解禁する企業の増加など、農村にとってチャンスが増えているのも事実です。ここにDXの力を組み合わせて魅力ある農村づくりを進めていこうというのが、日本総研が提唱する「農村DX」です。

「農村DX」は2019年から日本総研が提唱しているもので、「儲かる農業と住みやすい農村」を実現することを目指します。スマート農業技術の導入により農業を儲かる産業に変えるだけでなく、スマート農機や集めたデータを活用して生活支援サービスを提供し、農業と暮らしを一括でデジタル化しようというコンセプトです。農村の暮らしには、農業だけでなく様々な分野が関わってきます。例えば地域の水資源は農業にも生活にも密接していますし、農業者は高齢の方も多いので介護の問題が関わってくることもあります。農村に関わる様々な分野を横断的に捉え、DXの力でより住みやすい農村を実現するのが「農村DX」です。

現場の課題を解決する「農村DX」

農業から地域全体の活性化を目指す取り組みということですね。

多田農村DXのアイデアのひとつとして、「農村ラストワンマイル」の構想があります。インターネット販売の発達により、どこの地域にいても手軽に買い物ができるようになりました。一方で、地域の住民がインターネットなどで注文した商品は販売事業者や運送会社のトラックで地域に運ばれてきますが、輸送業界での物流コストや労働力不足が課題になっており、毎日荷物が届かないという地域もあります。そこで、農業者の出荷の帰り便を有効活用できないか、というアイデアを考えています。農協や道の駅に農産物を出荷する農業者は、日々軽トラなどに農産物を載せて現地まで運び、荷台が空の状態で地域に帰ってきています。農業者が出荷の帰りの荷台に宅配の荷物を載せ、配送を担った対価を得られるような仕組みができれば、農業者が新たな収入源を確保できるだけでなく、地域住民は高頻度で荷物を受け取ることができ、宅配事業者も農協や道の駅までの配達でよいため効率的に配送できます。

このアイデアを実現するにはまず、どの農業者がいつどこに出荷するのか、その農業者がいる地域に配達予定の荷物はどれかといった情報をデジタル技術により集約する必要があります。また現状は個人宅配に関しての規制もあるため、すぐに実現するのは難しいですが、将来的な仕組みの実現を目指して現場の皆さんとのディスカッションを重ねています。

確かに、その施策が実現したら地域住民はとても助かるでしょうね。

多田はい。「農村ラストワンマイル」以外にも、現場の方々と意見交換をしながら地域の課題解決につながる様々なアイデアの検討を進めています。

そういった問題は皆さんが日々、現場に入る中で見つけたものでしょうか?

多田そうですね。私たちは地域の現場に伺う機会が多いので、現場の皆さんに今どのようなことに課題を抱えているのか、どのような工夫をされているのかをお聞きしています。また「農村DX」に関心を持ってくださる企業や研究機関の方々からもご意見をいただくことで、現場の課題はこの技術で解決できるのでは、といったアイデアが湧いてきます。私たちだけではなく、地域やDXに関わる多くの方々と取り組みを推進しています。

農村DXの推進母体はどこが担っているのでしょうか?

多田日本総研では、2019年に自治体を対象とした「農村DX協議会」を設立しました。農村DXの実現のためには地域の様々な分野の連携が必要になります。分野横断の取り組みをまとめられる主体は自治体だろうと考え、自治体の皆さんに情報を共有するとともに自治体同士での情報交換を促進するために協議会を設立しました。2020年以降、新型コロナウイルスの影響で視察会なども中止を余儀なくされてしまい、現在はオンラインセミナーの開催やYouTube動画の作成といったオンラインの活動を中心に行っていますが、今後は現地視察などのリアルな場でのイベントも検討したいと考えています。

データ活用で農業と農業に関わる人々の暮らしを豊かにする

では今後、日本総研として実施していきたいこと、展望について教えてください。

前田スマート農業を推進することはもちろん、農業の世界でもデータをこれまで以上に活用していきたいですね。農業生産は最新のテクノロジーによって省力化・効率化が進んでいますが、生産の安定化や販売の高度化にはまだまだデータ活用の余地があります。一人前の農業者になるには長い年月が必要だと言われてきましたが、データを使うことでその常識を変えられる可能性があります。

近年、田舎で農業と他の仕事で生計を立てる「半農半X」が注目を集めています。データの活用が進んでくると、田舎で農作業に携わるだけではなく、「データから生産技術の研究をする」「データからマーケティングを検討する」など、自身の経験や知見を活かして都会にいながら農業をサポートする「次世代型半農半X」も可能になります。眠っているデータを使い、地域の人々の暮らしが豊かになるお手伝いができればと考えています。

PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント

    前田 佳栄氏

    2017年に日本総合研究所へ入社。
    学生時代は植物バイオテクノロジーにより、シロイヌナズナの硝酸トランスポーター遺伝子の発現制御機構についての研究を実施。
    現在、農業生産データの活用や農業分野での気候変動適応策などに関する研究及び政策提言に従事するほか、農業関係の連載・講演および調査・コンサルティングを行う。

  • 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント

    多田 理紗子氏

    2019年に日本総合研究所へ入社。
    農業・食分野を中心に、新規プロジェクトの企画設計・実行支援および調査・コンサルティングを行う。

この記事でご紹介したサービス
DX
(Digital Transformation)

類義語:

  • デジタルトランスフォーメーション

「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の頭文字をとった言葉。「Digital」は「デジタル」、「Transformation」は「変容」という意味で、簡単に言えば「デジタル技術を用いることによる、生活やビジネスの変容」のことを指す。

カーボンニュートラル
(Carbon Neutral)

類義語:

  • 脱炭素

温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること。 「全体としてゼロに」とは、「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ことで、現実には温室効果ガスの排出量をゼロに抑えることは難しいため、排出した分については同じ量を吸収または除去する。