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銀行の常識を覆す数々のサービスの生みの親、三井住友銀行 磯和氏が、『アフターデジタル 』シリーズ著者ビービット藤井氏と語る、デジタル時代のUXと究極の「顧客中心主義」。

スマートフォンの時代に合わせた「SMBCダイレクト」のリニューアル、「UNIQLO Pay」にEmbeddedしている「Bank Pay」の開発、アプリから口座への送金を可能にした「ことら送金」など、従来の銀行の常識を打ち破る数々のプロジェクトを実現してきた、三井住友銀行 デジタルソリューション本部長の磯和啓雄氏。デジタル時代においてデザイナーの重要性がクローズアップされる前からデザイナーを雇用し、UI(ユーザーインターフェイス)・UX(ユーザーエクスペリエンス)にこだわり続けたサービスを生み出しています。
いずれのサービスにも共通しているのは、顧客のニーズと便利さを追求する究極の「顧客中心主義」です。

今回は、 株式会社ビービットの執行役員CCO兼東アジア営業責任者にして、UXのスペシャリストとして知られる藤井保文氏との対談を通じて、デジタル時代におけるUXの重要性と変化する銀行と顧客の関係性を明らかにしていきます。

2015年からデザイナー・エンジニアを内製化。UI・UXにこだわった「SMBCダイレクトアプリ」誕生秘話

藤井私は「三井住友銀行アプリ」をかなりの頻度で使っていますが、磯和さんはこのアプリに入っているインターネットバンキング「SMBCダイレクト」開発に携わられたのですよね?

磯和そうですね。まず、私は90年代後半に三井住友銀行が始めたインターネットバンキング(SMBCダイレクト)の開発において、法的な部分に関わっていました。その後、2015年にリテールマーケティング部とリテールIT戦略室(当時)を立ち上げることとなり、再びリテール事業に携わることになりました。そこで驚いたのが、SMBCダイレクトのユーザビリティが90年代とまったく変わってなかったことです。2015年といえば、スマートフォンが既にかなり普及していましたし、SMBCダイレクトの利用率はスマートフォンがPCを追い越そうとしているタイミングでした。当時IT企業がものすごい勢いでアプリ化に乗り出しており、どう考えても「アプリの時代」が来ていました。
ところが、当時のSMBCダイレクトアプリは、アプリではあるものの、デザインがいささか古めかしいままで、私が関わった頃から10年以上、大きなUXの変化が起きていない状況でした。このままでは駄目だと思い、遅れていた時間を一気に巻き返そうと、暗証カードの廃止とパソコン用ブラウザからアプリ用画面への切り替えを同時にやることにしました。

当時の利用者がSMBCダイレクトにアクセスする回数は月に平均3回ほどでしたが、私たちとしては毎日見ていただきたい。毎日見たくなるようなサービスにするためには、デザインに凝る必要があると考えました。そのためにはタイムラグなく、その場で気づいた点を修正できる体制にする必要があります。当時、銀行の中にはデザイナーがいなかったので、新たにウェブデザイナーを採用して内製化したのです。

藤井2015年というと、かなり早い段階でデザイナーの内製化を実現していますね。他業種と比べても早いと思います。

磯和そうですね。当時は採用市場にWebデザイナーが多くいたので、新たな職種を作り自社で雇用することに決めました。合わせて、コーディングを担当するエンジニアも社内に常駐してもらい、変更の必要があればすぐに取り掛かれる体制にしました。UI・UXの改善については、ユーザビリティをテストする部屋をつくり、アプリのリリース前にユーザビリティを批評してもらうようにしました。製作担当者は最初、批評されることに慣れておらず、辛そうでしたね(笑)

藤井UXを専門にしている私からすると、批評されないとおかしいですけどね。むしろ改善点が見つかると、「よっしゃ!」と喜びが生まれます。

磯和そうなんですよね。同時に、普通預金の口座開設もアプリ内でできるようにしました。「店舗に行って紙に記入しなければいけないなんて、ありえない!」と思いましてね。当時はテレビCM等で一生懸命伝えても、全体の2~3%ほどの利用率でしたが、今や40~50%ほどの利用率となっています。でも、最初に作った人のことは誰も褒めてくれませんけどね(笑)

藤井磯和さんはかなり思い切った変革を大胆にされていますが、なぜそういう視点を持てたのですか?

磯和ある意味「リープフロッグ(※)」だと思います。かなりの思い入れがあったSMBCダイレクトが10年ほど発展の無いままになっているのを見て、遅れを痛感したことが思い切って舵を切れた理由だと思います。

(※)既存の制度やインフラとの摩擦がないことで、特定の技術やインフラが速いスピードで整備、浸透する現象のこと。特に、新興国で新しいデジタル技術が一気に普及・浸透することを指すことが多い。

藤井面白いですね。普通、大胆な取り組みができる人は海外経験があったり、抜擢されたりする人が多い傾向にあります。もしかしたら、ずっとリテール畑にいたわけではないことと、ウェブの黎明期にウェブを作る面白さに触れていることが大きいのかもしれませんね。

銀行窓口から振込用紙が消えた… 。アプリが窓口の代わりに

磯和SMBCダイレクトの利用者数は長らく300万人ほどで推移していましたが、デザインをスマホアプリ仕様に変え、複雑な暗証カードを廃止して生体認証にしたところ、あっという間に400万人まで増加しました。

そうなると、他部署からいろいろなアイデアが集まってくるようになります。小さな雪だるまが勝手に転がり出して、どんどん大きくなっていく感覚がありましたね。銀行員はゼロからサービスを立ち上げるよりも、1をどんどん大きくしていくことのほうが得意です。一度形になると、どんどんアイデアが湧いてくる。画期的だったのは、店頭の用紙による振込を廃止したことです。私も一度店頭で振込しようとしたら、振込用紙がなくて驚いたことがあります(笑)窓口で尋ねたら、その場でSMBCダイレクトを案内してくれました。あっという間に、アプリが窓口の代わりとなったのです。

藤井アプリと窓口でいい連携が取れていますね。私もここ数年、SMBCダイレクトをよく利用していますが、探しているサービスにすぐ辿り着けますし、いろいろな機能が搭載されていることに驚くほど、シンプルに整理されています。UXとビジネスとテクノロジー、この三つのバランスが優れているサービスだと思います。UXはAIなど最新テクノロジーの話題に比べて見過ごされがちですが、テクノロジーを人が自然に使えるのはUXが優れているからこそです。そこに先進性を感じますね。

さらに2015年の時点で、顧客が銀行に行かなくていいように「顧客接点を変えた」ことはかなり早い着手だったと思います。というのも、デジタルの接点が重要だと多くの人が気づきはじめたのが、だいたい2019年~2020年にかけてなんですね。アメリカでは2019年にデジタルの広告費がリアルの広告費を上回りました。その後、コロナ禍の影響で人々の外出が難しくなり、さらにオンラインでの接点が重要視されるようになりました。スマートフォンの登場とともに新たな顧客接点が必要になると思った人は多くいても、そこに投資できる人はほとんどいませんでした。2015年にこの大きな意思決定をされて、使いやすさを重視した上に、顧客の課題を解決できるサービスを今も継続できていることが素晴らしいですね。

キャッシュレス決済サービス「UNIQLO Pay」の構築を支援

磯和2018年からはトランザクション本部の決済企画部長になり、新たに法人決済が所管となりました。そこで改めて、BtoBtoCという領域で銀行が提供できるものが欠落していると感じたのです。

当時、小売・外食業界等では、すでに顧客を囲い込むためのアプリを提供していました。けれども、どれも決済機能がついてない。なぜかというとクレジットの加盟店手数料がそれなりにするので、利益を考えるとつけられないわけです。そこで従来からあった「J-Debit(※)」の機能を使って完成させたのがBankPayです。

(※)銀行のキャッシュカードを使って、お店で買い物の支払いや現金の引き出しができるサービス。

そうなると当然、クレジットカード会社は反対しますよね。しかし、デジタルで生まれた新しいサービスは、既存サービスを凌駕するのが普通であり、それが当然の成り行きです。そんな中、ユニクロ様ではレジの効率化のため、先駆けてセルフレジの導入を進めると同時に、会員証機能を持った「ユニクロアプリ」への決済機能追加を検討されていました。そこへ、まだ構想中であったBank Payを当行から紹介させて頂き、銀行口座からの支払を実現する方法としてご採用頂くこととなりました。セルフレジの機能とUNIQLO Payを合わせると、スマートフォンをかざすだけで決済が完了します。便利で面白いですよね。BtoBtoCを思いついた頃から、個人的にずっと実現したいと思っていたことをようやく叶えることができました。

藤井いいですね。ブランド側からすると、顧客接点はなるべく自社で持ちたい。一方で提携となると、利益の問題もあれば、協業の大変さもある。利益も確保できる状態で、自社アプリに簡単に機能追加できるサービスはとても求められていますよね。しかし、こういうサービスはスタートアップこそ思いつきそうなものですが、御社のような大手がやっているのはやはりすごいです。

磯和今は同じような取り組みが他行にも広がっています。 しかし、利用者が他のサービスを使った場合でも、三井住友銀行の口座で決済してくれると弊行にもフィーが入るんです。マーケットが大きくなれば、現金払いからキャッシュレスに移行して、その利益が銀行セクターに分配される。ですから他行がどんどん類似サービスを打ち出してくれるのは、非常に嬉しい展開ですね。

私はデジタルとはそういうものだと思っています。本当に素晴らしいデジタルサービスを作ると、一瞬は一人勝ちできます。しかし、未来永劫一人勝ちするというのはなかなか難しい。でも、皆が勝つような仕組みは、広がりやすく長続きする気がします。

藤井「皆で勝つ」というマインドは重要だと思います。いわゆるオンラインとオフラインが融合する時代になるとステークホルダーがこれまで以上に増えます。今までは企業と消費者がメインでしたが、BankPayなどの導入によって、中小企業から商店街、地権者、地方行政などが絡んできます。全員にとって理想的な絵を描けないと、 オンラインとオフラインが融合する時代は生き残れないはずです。

「ことら送金」のサービス提供で、キャッシュレス化を促進

磯和次に携わったのが「ことら送金」のサービスです。J-Debitは口座からお金を引き落とす機能ですが、ある時私の部下が、マイナス電文を打つことで入金ができるのではと言い出した。それで発案したのが、個人間で10万円以下の送金なら無料で送金できる、ことら送金のサービスです。当然、行内ではものすごい反対がありました。SMBCダイレクトで他行に振り込むと手数料が入るわけで、それだけでも年間数億円になります。その利益がなくなると反対されましたが、よくよく調べると三井住友銀行全体の現金管理コストは年間数百億にのぼることが推計されました。

キャッシュレス化が進めば現金輸送のコストや警備会社に支払う費用も削減できるので、数億円はすぐにペイできるでしょう。その上、利用者の利便性も高まります。さらに、QRコード決済のサービスとも連携したいと考えています。デジタル給与の導入もすぐそこまで迫っていますから、銀行口座はこれまで以上に利便性を向上させないと利用者は減っていくでしょう。

藤井私は「UX競争」と呼んでいるのですが、UXが良く、人にとって便利な状態を目指すことは当たり前で、その上で自分たちにとっても利がある状況を作り出す必要があります。先ほど「警備会社に支払う費用が削減できる」という話がありましたが、普通の論理からすると、デジタルサービスについては人が介在しないデジタル上だけのロジックで考えがちです。でも人が介在する世界も含めたロジックで考えられていることは、とてもデジタル時代的で正しいと思います。それでも、実際は大変な側面も多くありそうですね(笑)

デジタル時代における「顧客起点」とは何か

藤井先ほど「ユーザビリティテスト」の話がありましたが、私はそのようなテストをやる際に、「自分が出会ったことがなく、理解もできないような別の人の視点を持てるようになる」と感じることがあります。今はマスが崩れ始めている時代です。自分から遠い人の視点を持てるようになると、その視点の数だけ市場規模が持てるようになる。その人たちにリーチするための市場が見えるようになると思っています。

磯和本当にそうですよね。私は、「顧客起点」「顧客視点」なんていうのは詭弁だと思っています(笑)例えば士業として括られている弁護士や医師の全員が同じニーズを持っているはずがありません。何代も続いている開業医の家と、自分で資金を集めて独立した開業医ではニーズがまったく違うわけです。これまでの顧客起点とは、この層にはこの商品・サービスを提供していくと、合理的に言いたいがために使っていた言葉だと思います。

藤井すごく同感ですね。これからは「属性ターゲティング」から「状況ターゲティング」に変化していくと思います。自分のことを「属性」だけで理解されたら嫌ですよね。一人の人間でも、ビジネスモード、家族モード、音楽を聞くモードなど、状況によって求めるものは全く変わってきます。属性ではなく、状況や置かれている環境を理解することが、デジタル社会の前提になってきます。スマートフォンの普及により、今までは捉えられなかったタイミングでのデータも収集できるようになっているので、今後は属性から状況へのマーケティングに変えていくことも重要でしょう。

磯和これまで金融は「情報の非対称性」で商売をしてきましたが、デジタル化ですべての法人・個人がつながると、情報の非対称性はどんどん薄れていくはずです。これからは、顧客ごとに個別のソリューションを提供する時代です。全員に売れる商品はありませんし、作る必要もありません。国内で少数しか売れない商品でも、どこか尖ったポイントがあれば、マーケットを世界に広げることで売れる可能性があります。すべての顧客のニーズをデータとして捉えて、その精度を上げていく。それがこれからの顧客起点だと考えています。

PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • 株式会社ビービット 執行役員CCO(Chief Communication Officer)
    兼 東アジア営業責任者

    藤井 保文氏

    東京大学大学院修了。
    上海・台北・東京を拠点に活動。
    国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。
    著作『アフターデジタル』シリーズは累計22万部を発行。
    最新作『ジャーニーシフト』では、東南アジアのOMO、地方創生、Web3など最新事例を紐解き、アフターデジタル以降の「提供価値」の変質について解説している。

  • 株式会社三井住友銀行 常務執行役員 デジタルソリューション本部長

    磯和 啓雄氏

    1990年東京大学法学部卒。
    入行後、法人業務・法務・経営企画・人事などに従事した後リテールマーケティング部・IT戦略室(当時)を部長として立ち上げ、デビットカードの発行やインターネットバンキングアプリのUX向上などに従事。
    その後、トランザクション・ビジネス本部長としてBank Pay・ことらなどオンライン決済の商品・営業企画を指揮。
    2022年よりデジタルソリューション本部長としてSMBCグループのデジタル推進を牽引。

生体認証
(Biometrics Authentication)

類義語:

  • バイオメトリクス認証

人間の身体的特徴(生体器官)や行動的特徴(癖)の情報を用いて行う個人認証の技術やプロセス。

UI/UX
(User Interface/User Experience)

類義語:

UIとはユーザーインターフェイスのことで、Webサービスやアプリケーションなどにおいてユーザーの目にふれるすべてのものを指し、UXとはユーザーエクスペリエンスのことで、ユーザーが商品やサービスを通じて得られる体験のこと。