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【グループCDIO 谷崎勝教氏インタビュー 前編】「デジタル戦略がないのが、デジタル戦略」。SMBCグループから、非金融領域のデジタルサービスが続々と誕生する理由

メガバンクの中でも率先してITやデジタルの技術を経営に取り入れてきたSMBCグループ。
金融サービスに閉じることなく、お客さまのニーズに応えるデジタルサービスを検討し生み出し続けた結果、いまや非金融領域におけるデジタル子会社は10社を超え、一金融機関からグローバルソリューションプロバイダーへと変化しつつあります。

SMBCグループはなぜ、新規事業を次々と生み出すことができるのか。その秘訣を三井住友銀行の専務執行役員にして、グループCDIO(Chief Digital Innovation Officer)を務め、CDO Club Japanによる「Japan CDO of The Year2022」として表彰された谷崎勝教氏へのインタビューで明らかにしていきます。前編では、SMBCグループのデジタライゼーションの歩みと注目のデジタル子会社、そしてイノベーティブな事業を生み出すための環境とカルチャーの変化について聞きました。

連載:グループCDIO 谷崎勝教氏インタビュー

  1. 【グループCDIO 谷崎勝教氏インタビュー 前編】「デジタル戦略がないのが、デジタル戦略」。SMBCグループから、非金融領域のデジタルサービスが続々と誕生する理由
  2. 【グループCDIO 谷崎勝教氏インタビュー 後編】『Beyond & Connect』 即断即決でデジタル発のビジネスを事業化。SMBCグループの新規事業開発の舞台裏

非金融領域で多数のデジタル子会社が誕生

SMBCグループのデジタル戦略の歩みについて教えてください。

谷崎きっかけは2012年にさかのぼります。これからの時代の変化に対応するため「IT・ネット化戦略タスクフォース」を設置して、最新のテクノロジーによって変わるであろう金融の世界の未来予想図をつくり始めました。その後、スタートアップ企業が金融とテクノロジーを組み合わせたサービスを提供するようになり「フィンテック」という言葉が注目されるようになりました。しかし、長年金融に携わっている私たちの立場から見ると、「金融」と「テクノロジー」の融合はその頃初めて出てきたわけではないのです。当行では東京オリンピックが開催された翌年の1965年に、普通預金オンラインシステムが構築されコンピュータ化を果たしています。既に60年近くコンピュータを活用してきた金融機関だからこそ、テクノロジーを活用した新たなサービス提供ができるのではないかと考え、2015年に「ITイノベーション推進部」を設置しました。

2017年からは、SMBCグループ内にCDIO(チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー)という役職が設けられ、初代は現グループCEOの太田(純)が担っていました。テクノロジーの進展によって、次第に金融と非金融の境目は曖昧になっていたので、SMBCグループ内でも非金融のフィールドに打って出るべく新規ビジネスやサービスを立ち上げるようになります。

今では、eKYC(オンライン本人確認)や生体認証サービスを展開する「ポラリファイ」、電子契約サービスを展開する「SMBCクラウドサイン」など、多数のデジタル子会社およびデジタルサービスが生まれており、それらの事業をスケールさせるべくさまざまな挑戦を続けています。

SMBCグループにデジタル戦略は「ない」

SMBCグループ内ではさまざまなデジタル子会社およびサービスが生まれていますが、当初から明確なデジタル戦略があったのでしょうか。

谷崎グループCEOの太田も常日頃言っていますが、SMBCグループにデジタル戦略はありません。現在、いくつかのデジタルサービスを提供できているのは、将来の変化を予測しながら今やるべきことを見極めて、テクノロジーで顧客の課題を解決することを念頭に置いて行動してきた結果です。各グループ会社、各事業部門それぞれがデジタルを推進しています。つまり、いまやデジタルが関連しない事業はありませんので、「デジタルが戦略です」となることはないですが、あらゆる戦略にデジタルが結びついているというのが当社のデジタル戦略です。2020年に設立した「デジタル戦略部」は、SMBCグループ全体のデジタル戦略の推進母体であり、他のグループ会社や事業部門がやらない、最先端の領域も含めた新しいビジネスの検討をしています。

銀行は以前からテクノロジーを活用してきたというお話がありましたが、銀行とテクノロジーとの付き合い方はどのように変化しているのでしょうか。

谷崎金融機関は1960年代からコンピュータを導入していますが、当時は「いかにコストを減らすか」や「いかに少人数で業務を回すか」といった自社起点の発想でした。しかし現在は、テクノロジーを使っていかにお客さまとの関係性を変えていくかという風に大きく変わっています。この10年ほどで、「お客さまにより良いサービスを提供する」という顧客起点に変わったことが、大きな変化ですね。

他行と比べて、SMBCグループのデジタル戦略の強みはどこにありますか?

谷崎2015年にITイノベーション推進部ができた頃は、他のメガバンクの動向を逐一気にかけていました。「競合がやっているのに、SMBCグループはやらなくていいのか?」といった具合に相対的な評価をものすごく気にしていましたが、あるときからそんな姿勢に疑問を持つようになりました。お客さまが喜ばないのに、他行の動きに追随しているだけでは意味がありません。顧客起点の考えにシフトすると、他行の動きはあまり気にならなくなります。世の中はどんな方向に進み、テクノロジーはどう進化して、お客さまのニーズはどのように変わるのか。そこを追求すれば、自ずとやらなければいけないことが見えてきます。

我々が競い合うのはメガバンクではなく、他業態のデジタルサービスを提供している企業です。通信業界やEC業界がどんどん金融に近しいフィールドに進出している状況のなか、競争していくのか、はたまた共創していくのか、戦略のオプションはいろいろあります。提携などの話も随時進行しています。

SMBCグループが非金融のビジネスに進出する背景には、コロナ禍の影響もあるのでしょうか?

谷崎非金融のビジネスはコロナ禍以前から手がけていますが、いくつかのサービスはコロナ禍をきっかけに指数関数的にシェアを伸ばしています。電子契約サービスのSMBCクラウドサインが生まれた背景には、私たちが多くの契約書を取り扱う中で、いつまで紙ベースでの契約を続けていくのかという疑問がありました。電子契約にすればハンコを押す必要もないし、生産性が上がるということで、ベンチャー企業の弁護士ドットコムといっしょに立ち上げたものです。コロナ禍如何にかかわらず、電子契約サービスの誕生は必然だと思っていましたが、コロナ禍の影響もあって、取り扱い件数は一気に伸びましたね。

「社長製造業」のスローガンのもと、若手社員を社長に抜擢

SMBCクラウドサイン以外にも非金融のサービスにおける面白い取り組みや、成長が見込めるサービスを教えてください。

谷崎「PAYSLE(ペイスル)」という、スマートフォンを使ってコンビニで料金支払いができるサービスがあります。お手持ちのスマートフォンにバーコードを表示させてコンビニのレジで読み込んでもらうと、公共料金やEC・通販の支払いができるものです。「BNPL(Buy Now Pay Later)」という後払いサービスが最近になって注目されるようになり、それに伴って利用が加速しています。もう一つは生体認証の「ポラリファイ」です。「eKYC(electronic Know Your Customer)」というスマホによる本人確認の仕組みを利用したサービスですが、金融業界だけでなく通信業界や証券業界など多くのユーザーに使っていただき、年間の延べ利用者数は約1,500万人まで伸びています。

新しい事業会社を数多く立ち上げる中、もちろん上手くいかないケースもありますが、一つの成功事例を育て上げてロールモデルにしたいと考えています。SMBCグループでは「社長製造業」と銘打って、若手の社員でも有望な事業アイデアがあればどんどん社長に抜擢しています。徐々にですが、この新しいマインドを持った社員がグループ全体に広がりつつあります。

従来の金融機関には保守的なイメージがありましたが、SMBCグループは社長製造業のようなチャレンジングな取り組みも積極的に推進しているんですね。

谷崎いきなり未知の領域のビジネスに対して多額の予算とリソースをつけることはできないので、はじめは最小限のリソースを投入して小さくはじめます。失敗するにしても早い段階で決断を下す。私もどの事業が成功するかなんてことは分かりません。小さいプロジェクトを複数立ち上げて、そこから成功したものを大きく育て上げる。この手法はこれまでの金融機関にはないものでした。

従来のように石橋を叩いて割ってしまうような、 事前の調査に何年もかけて、そこから人や予算を調達するなんてやり方は今の時代に通用しません。そんな調査の時間があればいち早く手をつけることです。大切なのは、成功するかどうか分からないけれど、とにかくやってみようという気持ちです。スピーディかつ低コストで進めながら、成功の兆しが見えてきたプロジェクトに予算を投入して、それで上手くいけば子会社として切り離し、社長に思う存分腕を振るってもらう。そういったノウハウも徐々に積み上がっています。

若手でも積極的にビジネスアイデアを発信しやすい環境なのでしょうか?

谷崎自分がやりたいビジネスを起案してくれれば、実現に向けてのサポートは惜しまずにする企業風土です。これはもっと多くの社員に知ってもらいたいですね。社会人13年目で子会社社長になった人もいますし、女性社長も誕生しています。もちろん結果については厳しく要求します。若くして社長になったとしても、社長になったからには他のスタートアップの社長同様、全力で事業に取り組んでいくという覚悟が必要です。この取り組みに若いチャレンジャーが増えていけば、金融本来の業務にもプラスの影響があるだろうし、リスクを取ってマネージする社長経験は若いときに経験すべきだと思います。

グループ内で新しいチャレンジが生まれることで、社内のカルチャーも大きく変わりましたか?

谷崎具体的なアンケートを取ったわけではありませんが、確実に変化の兆しは感じます。この「DX-link」も多くの社員が見ていますので、経営陣が発するメッセージは伝わっているはずです。しかし、SMBCグループ全体で見れば一朝一夕でカルチャーが変わるほどの組織規模ではありませんし、強固な経営基盤が確立された企業なので、まだまだこれからです。デジタル戦略部やデジタル子会社でイノベーティブな仕事の進め方を身につけた人間が、他の事業部や事業会社に出向いて、そこで同じようなカルチャーを拡大していくというのがあるべき姿です。ですから私は自分の部下には、何年も同じ部署にいてもらいたくないと考えています。どんどん他の組織に出て行って、母細胞のインフルエンサーとして活躍して欲しいんです。うちの部署から10人が外部に出て、10倍の人間に影響を与えれば100人になるし、それがまた10倍になれば1000人になる。そうやって積極的にどんどん新しいことに挑戦するカルチャーを拡散していきたいですね。

連載:グループCDIO 谷崎勝教氏インタビュー

  1. 【グループCDIO 谷崎勝教氏インタビュー 前編】「デジタル戦略がないのが、デジタル戦略」。SMBCグループから、非金融領域のデジタルサービスが続々と誕生する理由
  2. 【グループCDIO 谷崎勝教氏インタビュー 後編】『Beyond & Connect』 即断即決でデジタル発のビジネスを事業化。SMBCグループの新規事業開発の舞台裏
PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • 三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCDIO

    谷崎 勝教氏

    1982年に東京大学法学部卒業後、株式会社住友銀行(現 三井住友銀行)に入行。
    市場運用部長やシステム統括部長を経て、2017年よりグループCIO、2018年より現任のグループCDIOに就任し、SMBCグループ全体のデジタル戦略推進を牽引。
    2022年にはCDO(最高デジタル責任者)のグローバルコミュニティであるCDO Clubより「Japan CDO of The Year 2022」を受賞。

フィンテック
(FinTech)

類義語:

金融(Finance)と技術(Technology)を掛け合わせた造語。銀行や証券、保険などの金融分野に、IT技術を組み合わせることで生まれた新しいサービスや事業領域などを指す。

生体認証
(Biometrics Authentication)

類義語:

  • バイオメトリクス認証

人間の身体的特徴(生体器官)や行動的特徴(癖)の情報を用いて行う個人認証の技術やプロセス。

eKYC
(electronic Know Your Customer)

類義語:

  • 電子本人確認

銀行や証券会社の口座開設やクレジットカード発行時などにおける身元確認をオンラインで実施することを指し、サービスの利便性を高める仕組み。