ブロックチェーンの世界に「実社会での信用」を反映。SMBCグループ×HashPortが挑むSBTの領域
2022年7月にHashPortグループをパートナーに迎え、トークンビジネスへの参入を発表した三井住友フィナンシャルグループと三井住友銀行。同年12月には続く展開として、SBT(ソウルバンドトークン)領域においても業務提携の検討を発表し大きな注目を集めています。売買や譲渡が不可能なトークンとしての特徴を持つSBTを活用することで、ビジネスの可能性はどのように広がるのでしょうか。
HashPort 代表取締役CEOを務める吉田世博氏と、三井住友銀行デジタル戦略部の下入佐広光氏に伺いました。
ブロックチェーンの世界に、「実社会での信用」を反映させる
Soulbound Token(ソウルバンドトークン、以下SBT)とは、どのようなものなのでしょうか。
吉田SBTをひと言で申し上げますと「第三者に譲渡ができないNFT」です。NFTの特性の一つでもある「所有権を第三者に譲渡できる機能」をあえて封印しています。それにより、付与された本人しか所有することができないという意味で、本人の人格「Soul」と結びついた「Soulbound Token」と呼ばれています。
SBTを用いたビジネスにはどのような可能性があるのでしょうか?
吉田その説明の前に「DeSoc(Decentralized
Society:分散型社会)」という言葉についてお話しいたします。DeSocとは昨年あたりからブロックチェーンの領域で非常に注目されているフレーズです。例えばリアルな世界で銀行口座を開設する場合、不正利用を防ぐための確認や審査を行いますが、いわゆるWeb3の世界ではその判断ができません。
これまで、リアルな世界における信用や信頼といった概念をブロックチェーンのネットワークで表現することはとても難しかったのです。それによりどんな影響が出るかといいますと、すべてのビジネスが性悪説に基づいて設計されるようになるので、とても効率が悪くなります。DeSocが目指すのはリアルな世界の信用をWeb3に取り込み、ブロックチェーンによる改ざんを防止した情報の保管や、スマートコントラクト(※)による自動化された契約の締結などがスムーズに行える世界です。
(※)条件を満たした場合に取引が自動実行されるブロックチェーン上のプログラムのこと
学歴・職歴・居住歴等の情報をブロックチェーン上に反映することで実現する、新ビジネスの可能性
SBTによって、リアルな世界の信用をWeb3に反映させることが可能になるのでしょうか?
吉田そうですね。具体的なビジネスでの活用例ですが、SBTは大別してパスポート型とバッジ型に分けられます。暗号資産の取引所であるバイナンスは、個人のKYC(本人確認)の履歴をSBT化した「BAB(Binance Account Bound Token)」を発行しています。BABを所持していると、バイナンスのエコシステムの中では本人確認が不要になります。これがパスポート型のSBTです。もう一つ「POAP(Proof of Attendance Protocol)」と書いてポープと読むサービスがありますが、これはイベントやセミナーなどに参加した記録として発行されるバッジ型のSBTです。
パスポート型とバッジ型のSBTを組み合わせることで、いろいろなサービスが実現できると考えています。大学の卒業証明や、社会人教育として研修を受けたことの証明など、個人の学歴や経歴を証明することもできますし、住民票のような形で特定の地域に住んでいることをSBT化することで住民同士のコミュニティ形成や、より個人にマッチしたマーケティングサービスを受けることが可能になるでしょう。学歴、職歴、居住歴などがSBTとしてブロックチェーン上に反映されることで、独自の与信基盤、信用基盤が生まれると考えています。
下入佐個人の信用を補完する上で、金融機関であるSMBCグループが関与することには大きな意義があると思います。我々は法に則った厳格なKYCを実施していますので、極めて高い信頼性が保証されています。安心で安全なWeb3の経済圏を実現するために、実社会の信用は欠かせないものです。ブロックチェーン上にリアルな世界の信頼が反映されるようになれば、金融取引や不動産取引なども可能になるでしょう。
そして、SBTの情報はどこか一つの企業が独占するものではありません。複数の企業の情報を組み合わせることで個人のアイデンティティが証明されるようになるので、より適切なサービスの提供が可能になるのも強みです。
情報をオープンにすることが、競争力の源泉になる
複数社の情報を組み合わせることが重要になるということですね。
下入佐今までは各企業がお客さまの情報を抱えて外には出さないという発想だったと思います。けれども、Web3では自社の情報を公開することで他社の情報も入手できるので、今までの発想とは真逆、ギブアンドテイクの思想ですね。
そうなると消費者としては個人情報の漏洩などが気になりますが、その点についてはいかがお考えでしょうか?
下入佐ブロックチェーンの世界では、個人名を開示する必要がありません。あくまでウォレットの中にどのようなトークンが入っているのかが重要で、住所や氏名などの個人情報ではなくその人の特徴(アイデンティティ)だけが見えるものなので、すべての情報をさらけ出すものとは異なります。
また、公開する情報も個人が自分で選択ができます。この情報はA社には公開するけれど、B社には非公開にする。そういったコントロールが可能なので、安心してお使いいただけます。
吉田情報のオープンネス自体が競争力の源泉になるということです。これまでのデータは企業に属していたので、あくまで企業の財産として囲い込む形が一般的でした。けれども、今後はSBTを通して個人のいろいろな履歴や行動データは、ブロックチェーン上で管理されるようになるでしょう。個人がしっかりと自分自身のデータを管理して活用していく、データ主権の時代が訪れると予想します。
そういった時代において特定の一社だけがデータを囲い込んでしまうと、競争力が落ちることになります。ゲームを例に説明しますと、プレイヤーの遊んだ履歴をSBTに記録するゲームAがあるとします。どのくらいの時間と、どのくらいのお金をかけて遊んだのかをブロックチェーン上に記録することでプレイヤーの信頼が高まり、どの程度の優良顧客であるかが分かるので、新しいサービスや特典の情報が届くようになります。
一方、他社に優良顧客を取られたくないという理由で、プレイヤーの履歴を残さないゲームBがあったとします。こうなると、いくらゲームBにお金と時間をかけてもプレイヤーの信頼が高まることはありません。多くのユーザーはいくら遊んでも信頼が上がらないゲームBよりも、プレイすればするだけ信頼が上がるゲームAを選ぶようになると私は考えています。オープンにすればするほど多くのユーザーに選ばれる。オープンネスそのものが競争の優位性になるということです。
情報は独占するものから共有するものに変わるわけですね。
吉田そうですね。そこでは「共創」と「競争」という概念が重要になります。「共に創りあげる領域」と「競い争う領域」、この二つが複雑に絡み合うのがDeSocの世界におけるビジネスモデルだと私は考えています。自社だけで情報の囲い込みをして共創の意識を持たなければ、孤立してユーザーは離れていきます。その一方、企業としての健全な競争も同時に行う必要があります。SMBCグループと手を取り合って、共創と競争をサポートしていくことが今後のミッションだと考えています。
誰もが自分の活動履歴をブロックチェーンに書き込む時代がやってくる
2022年の12月に出したプレスリリース※では、第一フェーズで「試験的なSBTの発行」、第二フェーズで「活用シーンを想定した実証実験を実施」とありますが具体的な内容を教えてください。
下入佐第一フェーズはトライアル期間としてSBTをSMBCグループ内で発行します。あくまで実験ですので、SBT自体が正しく発行されるのか、譲渡不可の機能が正しくワークするのか、削除は可能なのか、といった基本的な機能のチェックを行います。その後、実際にSBTを発行した場合はどんな使い方があるのか、いくつかのユースケースを実施する予定です。
吉田第一フェーズにおける、基本的なSBTの確認が非常に重要だと思っています。基礎のストラクチャーを確認することで、技術的な問題とSBTが促す行動変容が明らかになってきます。まずは、社内というコミュニティでそれらの実験をしてみることが重要です。SBTにより社内がどう活性化されるのか。第一フェーズではここをしっかりと検証する予定です。
SMBCグループとHashPortグループの協業における、今後の展望を教えてください。
吉田まずは第二フェーズにおいて、SMBCグループとHashPortグループ内にとどまらない展開を実施していきます。実際のユーザーに使っていただくシーンとして、エンターテインメント業界をはじめいくつかの業界を視野に入れています。利用シーンの中にSBTが溶け込んで、しっかりとバリューを出せるのかどうか。そこを第二フェーズで検証します。一気に汎用的なサービスにするのではなく、ターゲットを定めて着実に普及を狙っていきます。
その一歩先の展望としましては、競争と共創をベースに多くの企業を巻き込める座組みをスタートさせます。より多くの企業がSBTの領域に参入しやすくなる体制を整えて、多様なブロックチェーンを活用していただけるよう、準備を加速化させていきます。
下入佐我々が常に考えているのは、いかにしてSBTを社会実装化していくかということです。そのためには個人のマインドだけでなく、企業のマインドも変える必要があります。これはとても地道な活動ではありますが、優先して進めていきます。そして当然ながらこれはビジネスなので、マネタイズするモデルと維持できるビジネスプランを考え事業化を目指します。
その先の長期的な展望としては、個人も企業も自分の活動履歴をブロックチェーンに書き込むことが当たり前になる世界を目指します。少しずつではありますが、HashPortグループの皆さまをはじめとするパートナーを広げつつ、その目標に向かって進んでまいります。
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HashPort 代表取締役CEO
吉田 世博氏
2013年慶應義塾大学法学部卒。
ボストンコンサルティンググループのデジタル事業開発部門であるBCG Digital Venturesにて、東京オフィス最年少のVenture Architect(投資・事業開発担当者)として日本及び中国でのプロジェクトに従事。
2018年に株式会社HashPortを創業。国内の主要暗号資産交換業者にコンサルティング・システムの提供を行う。
その後、2020年にNFT分野の子会社として株式会社HashPaletteを創業。同社は日本国内で初のIEO(当局の許可を受けた暗号資産での資金調達)を成功させた他、日本国内最大級のNFTマーケットプレイスとNFTゲームスタジオをはじめとするNFTエコシステムを運営している。
日本暗号資産ビジネス協会理事、東京大学工学系研究科共同研究員、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート「暗号資産研究プロジェクト」共同研究メンバーを務めている。 -
三井住友銀行 デジタル戦略部 上席推進役
下入佐 広光氏
1998年にさくら銀行(現三井住友銀行)入行。
金融市場営業部に配属後デリバティブ・信託商品の販売・開発に18年間従事。
2013年に商品開発グループ長として法人向けヘッジ商品や信託を活用した運用商品を開発。
2016年にO&D(オリジネーション&ディストリビューション)ビジネスを推進するために立ち上げられたディストリビューション営業部上席推進役として機関投資家向け運用商品を開発。
2021年からデジタル戦略部に配属、hoops link tokyoにてオープンイノベーション推進、デジタル通貨・セキュリティトークン・NFT・メタバースなど先端技術に関する調査・検討。