【未来X 2023 DX-link賞受賞】嗅覚の謎を解き明かし「におい産業」の確立を目指す、レボーンの挑戦
SMBCグループがみらいワークスと協業し、次世代の中核を担う企業の皆さまの成長フェーズを加速する取り組み「未来X(mirai cross)」。
今回は未来Xが実施する、アクセラレーションプログラム未来X(mirai cross)2023最終審査会「Final Pitch」に参加されたスタートアップの中からDX-link賞を受賞したレボーンの取り組みをご紹介します。
「においセンサー」の開発や、顧客のにおいに関する課題を解決する「においコンサルティング」など、においに特化したユニークなビジネスを展開するレボーン。五感の中でも未だ謎が多い嗅覚の研究を進め、「におい産業」の確立を目指しています。DXにより、においが客観的な数値として表せるようになると社会はどう変わるのか? 同社の代表取締役を務める松岡 広明氏の意見を伺います。
五感の中で最も研究が遅れているのが「嗅覚」
御社の手がける、においのビジネスについて概要を教えてください。
においのビジネスと聞くと不思議に思われる方が多くいますが、言い方を変えればカビ検知サービスや水道品質管理サービス、麻薬探知センサー、映画館でにおいを発生させる装置など、多様なサービスが考えられます。それだけでなく、においで災害を予知することも可能です。
例えば、崖崩れが起こる前には独特のにおいが発生するといわれています。土中に多量の水分が溜まると木の根が切れ始め、地盤が緩くなります。その際に水や小石とともに土の中からにおいが発生するのです。そのにおいを事前に検知できるセンサーがあれば、多くの山間部で災害の発生を予知できるようになるでしょう。
医療業界での活用も考えられます。がん患者が発する特有のにおいがあるといわれていますが、医師がそのにおいを嗅いだだけでがん患者と断定することはできません。そこで我々のセンサーを使ってにおいを客観的な数値で示すことで、より正確な診断が可能になります。
それだけ可能性のある、においのビジネスがこれまで存在しなかったのはなぜですか?
それは、においをきちんと識別できて再現できる装置がなかったためです。人間の目と耳に当たるデバイスとしてカメラとマイクが存在しますが、鼻に該当するデバイスは存在しません。におい分子を感知する鼻の受容体の遺伝子を発見した研究者が、ノーベル賞を獲得したのは2004年のことです。そのくらい嗅覚についての研究は五感の中で遅れているのです。
嗅覚の研究がさらに難しいのは、脳と関連づける必要があるからです。丸とか四角の図形は赤ちゃんでも認識できますが、ワインやカマンベールチーズのにおいを赤ちゃんに嗅がせても判別はできないでしょう。近年のコンピュータの高度化に伴い、ようやく脳とにおいの関係が解明されつつある、というのが現状です。
においのDXにより、労働生産性は大幅に向上する
御社の提供する「においコンサルティング」とはどのようなサービスでしょうか?
コンサルの一例として、カレールーの製造過程を例にとって説明します。企業は世界中から集めたスパイスについて香りを含めた品質検査を実施します。そこからカレー粉にして再度品質検査があります。その後粉末を個体のルーに加工して調理したときに、商品として合格ラインの香りになっているかも検査します。すべてのプロセスで人による香りのチェックがありますが、我々はその作業をすべてセンサーに置き換えることが可能です。
それぞれのプロセスで、においを測定するセンサーの使い方は異なるので、使い方を含めてトータルでサポートします。弊社は基本的に「においでお困りのことがあればなんでも聞いてください」というスタンスです。
DXにより人が担っていた作業がセンサーに置き換えられると、生産性はどの程度向上しますか?
大きく向上すると思います。においに関する業務プロセスはこれまで機械化されておらず、ボトルネックとなっていました。人間が1日最大8時間労働だとすると機械は24時間稼働できるので、単純計算でも3倍になりますよね。
においのDXが進むと、どのような場面での活用が考えられますか?
例えば20年前に流行ったドリンクやデザートが復刻されるとします。これまでも味の再現は可能でしたが、においを同じ精度で再現することはできませんでした。においを記録する技術が存在しなかったので、当時を知る人間の嗅覚をもとに再現するしかなかったのです。においを客観的に数値で記録できるようになれば、人の嗅覚よりも確実に当時のにおいを再現できるようになるでしょう。
嗅覚は我々が思っている以上に味覚に影響を及ぼします。「風味」という言葉がありますが、味の8割は香りといわれています。実際、鼻をつまんで食事をするとほとんど味を感じません。ワインなどは香り付けが命だといっても過言ではありません。
透明でもフルーツの味がするドリンクが各メーカーから販売されていますが、そういった商品も香料が鍵となっています。水に少しだけ果物の香りを入れると、その果物の味を感じるようになるのです。
「色の三原色」に該当する「においの構成要素」の解明を目指す
においに関するサービス全般を提供する御社ですが、競合に当たる存在はありますか?
我々は製品としてにおいセンサーや、6万通り以上の香りを楽しめる「におい再現デバイス(AIディフューザー)」を開発していますが、その点だけを捉えれば競合他社は存在します。けれども私たちの目的は、「においの構成要素」を解明することです。色にはシアン(空色)、マゼンタ(赤紫)、イエローの三原色があるように、においにも同じような要素があるはずですが未だ発見されていません。
「色の三原色」に該当する「においの構成要素」を解明して「においの産業」を生み出すことが私たちの目的なので、その視点でいえば今のところ競合は存在しません。
「においの産業」を生み出すという目標に絞れば、同じゴールを目指している競合はいないということですね。
もし、この世にカメラとマイクがなかったらどれだけの仕事や製品が消えると思いますか?カメラマンは存在しなくなりますし、スマホはもちろん電話すらない世の中になります。気軽に人と連絡が取れないから集まることも難しいですし、Web会議もできないので手紙でのコミュニケーションが主となり、生産性は大きく下がるでしょう。
視覚と聴覚に当たるカメラとマイクがないとこれだけの損失が発生するわけです。ということは、においの産業が生まれればこれに匹敵する新たな仕事や製品が生まれるはずです。
そもそも、「におい」を事業の中核にした理由を教えてください。
私が13歳の頃に参加した、RoboCup世界大会というロボットのイベントで準優勝したことがきっかけです。ロボットづくりは子どもの頃からの趣味で、自分で設計したロボットにカメラやマイクを搭載させていたのですが、なぜか鼻に該当する機器がない。そこで「だったら自分でロボットの鼻をつくってみよう」と考え、今に至っています。
においを客観的に示す「香度🄬」の導入で社会を変える
人間の嗅覚は五感の中で唯一、感情や本能をコントロールする「大脳辺縁系」に届くそうですね。それだけ特殊な感覚なのでしょうか?
以前、テレビのバラエティ番組で見たのですが、芸人の楽屋に知覚できない微細なカレーのにおいを流す実験をしたところ、ほぼ全員が収録後にカレーを食べに行っていました。当人はカレーのにおいを嗅がされたことにすら気づいてないから、自分がカレーを食べにいった理由も分からない。これは非常に危険なことで、商談でもなんらかのにおいを相手に嗅がせることで、自分に有利な方向に相手を誘導することが可能になるかもしれません。
もちろん悪い話ばかりではなく、春先になると人々がウキウキし始めるのは、実は桜の花から人々の気分を高揚させるにおいが出ているから、という説があります。人間が意識しないレベルの弱いにおいが脳に作用して、人々の心が弾んでくるそうです。
良い方向にも悪い方向にもにおいは活用できるということですね。かつてアメリカで物議を醸したサブリミナル広告※1を思い出しました。
(※1)人間が知覚できないほどの高速、または微量のメッセージを繰り返すことで、潜在意識に訴える広告。1957年のアメリカで行われた映画館での実験では、ポップコーンは5割、コカコーラは2割の売上アップにつながった。
ひょっとしたら5年後、10年後には渋谷などで、においの広告が当たり前に流されているかもしれません。しかし、サブリミナル広告が各国で規制されているように、いずれはにおいの広告も規制されるでしょう。
御社のミッションである「においの“なんとなく”をなくす」ことで、どのような社会を目指しているのでしょうか?
今、市販されている食品のラベルを見てもにおいに関する情報は一切記載されていません。消費者が購入して実際に嗅ぐまで、どんなにおいがするのかは分からないのです。私はこの現状を変えたいと思っています。そこで我々が生み出したのが「香度🄬」※2という概念です。すべての食品に「香度🄬」が記載されるような社会を目指しています。
(※2)香りの芳醇さを表す概念として、レボーンが造語したもの。従来の成分測定にはない、官能的な概念を組み込んだ指標。
多くの人が“なんとなく”で捉えているにおいを、我々は民主化させたいと考えています。かつては画家がカメラの役割を担っていましたが、カメラの普及により誰もが好きなタイミングで写真を撮り、SNSに公開できる時代になりました。においも同じような感覚で、誰もが気軽に扱える社会を目指しています。
先ほどの「においの構成要素」が解明されるには、あとどれくらいの時間を要するとお考えですか?
最近の開発進捗を見ていると、早ければ10年後には解明できると考えています。においに関してはまだまだ分からない部分が多くありますが、思っているよりも早く実現できると私は感じています。従来の五感には収まらない特殊な感覚を「第六感」といいますよね。なんとなく視線を感じて顔を上げたら知り合いがいたとか、人間の直感的なリアクションですが、実はここもにおいが影響している可能性があります。
私たちが取り組む事業は未だ前例のないもので、物理学の専門家、化学の専門家、流体力学の専門家など、多くの人々の協力を得て成り立っています。これからも「におい産業」の実現に向けて、嗅覚にまつわる研究を進めていきます。
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株式会社レボーン 代表取締役
松岡 広明氏
1990年生まれ。2004年ポルトガルで行われた第8回RoboCup世界大会に参加し、僅か13歳で準優勝。
長崎大学工学研究科へ進学。大学院在学中に、レボーンを創業。「におい産業」の創出に向けて奔走中。