1億円以上の詐欺被害阻止に成功。SMBCグループのプロフェッショナルが集結した「還付金詐欺対策プロジェクト」の舞台裏

昔からある手口にもかかわらず、一向に減らない還付金詐欺。警察が取りまとめているデータによると、令和6年における全国での還付金詐欺の被害件数(12月末まで)は4000件を超え、被害金額は約65億円にまで達しています。この数字は前年同期を大きく上回る被害額であり、減少する気配はありません。
さらに昨今話題の「トクリュウ」(匿名・流動型犯罪グループ)が「闇バイト」により勧誘した若者を実行犯として口座からお金を引き出す、出し子をさせることが頻発しており、大きな社会問題となっています。
SMBCグループではこの問題に対し、「長年にわたる現場の経験と勘」と「データサイエンス」を融合し、最先端の金融犯罪対策を実施しています。これにより、阻止できた還付金詐欺被害想定額は1億円以上にも上ると想定されます。
この前例のない対策を成し遂げたのは、AML金融犯罪対策部(※)、コンプライアンス部と日本総合研究所のデータサイエンスグループなど、SMBCグループ内から集った各領域のエキスパートたち。
今回は、開発に携わったメンバーたちのインタビューによって、還付金詐欺に対する有効な一手が、どのような経緯で生まれ、どのような成果がでているのかについて紐解きます。
※AML:Anti Money Laundering(アンチマネーローンダリング)
被害発覚後の「口座凍結」では難しい、還付金詐欺対策
今回の「還付金詐欺対策プロジェクト」はどのようにして始まったのでしょうか?
上田近年、還付金詐欺といった特殊詐欺や不正利用口座による犯罪等は活発になっており、当然ながら経営陣も高い関心をもっておりました。

そんな折、金融犯罪が疑われる取引の検知などを行うAML金融犯罪対策部(以下、AML金対)にAI活用のニーズについてヒアリングしたところ、AIの導入で不正利用口座の検知を高度化ができるのではないかという話になりました。そこから日本総合研究所のデータサイエンスグループ(以下、JRI DSG)にも協力してもらい、SMBCグループで一丸となってプロジェクトを始動させました。

上田 真也氏
百瀬還付金詐欺対策の施策を始める前に、一般的な不正利用口座の検知にAIモデルを活用し、効率化するというプロジェクトが進んでいました。その後、還付金詐欺についても対策ができるのではという話が進み、2024年4月頃から作業をスタートしました。
「還付金詐欺阻止施策」実施以前は、どのような対応をしていたのでしょうか?
西当行の対策としては、犯罪が疑われる口座の動きを常にモニタリングするというものでした。しかし、還付金詐欺の受け皿口座は入金後の出金が特に素早く、発見したときには残高が残っていない状況が多かったです。

西 健太朗氏
平島それまでの不正利用口座対策は、人力で莫大なトランザクション(取引)の中から不正の懸念のある口座を抽出して凍結しており、怪しい口座であれば顧客に窓口までお越しいただき、ヒアリングすることもありました。
数多くの口座を見ていく中で不正利用口座の動きはパターン化できていましたが、還付金詐欺は入金後即座に引き出されてしまうので、追跡が困難でした。そこで、事前に犯人側の行動パターンを分析し対策ができないかと思案していたところ、データ分析やAI導入の話が持ち上がり今回の施策につながりました。

平島 智明氏
「経験と勘」とデータ分析・AIの融合で、不正が疑われる口座の「事前察知」に成功
今回の開発において工夫した点を教えてください。
平島還付金詐欺の事前阻止施策は他行も含めて前例が見つからず、ゼロベースで考案から運用まで行う必要がありました。そこで、AML金対・コンプライアンス部の「経験と勘」、JRI DSGのデータ分析結果を持ち寄り、毎日のように議論しながら犯人の行動の解析や予測シナリオ、AIモデルの構築を進めました。
百瀬案件開始時から、AML金対のオフィスを何度も訪ねて不正利用口座検知のノウハウを学び、その「経験と勘」とデータ分析の融合に注力しました。
AIモデルや予測シナリオを開発し、皆さんからのフィードバックを基に即座に修正するというキャッチボールを繰り返し、わずか3カ月ほどで完成させることができました。

百瀬 耕平氏
今回のような前例のないプロジェクトを、短期間で実行までこぎ着けられた理由はどこにあると考えていますか。
上田担当者たちが一丸となって密にコミュニケーションを取りながら、ハイスピードでトライアンドエラーを繰り返し、短期間でアジャイル的に試行錯誤していったのがポイントかと思います。従来、強固なシステムを開発するときは、要件定義から決まったプロセスで進めていくウォーターフォール開発が一般的ですが、データ分析やAI活用に関しては、データを観察しながら犯罪の特徴パターンを素早く検知できるようにコード化して、常に進化させていく必要があります。
百瀬とにかく密に連携した結果だと考えています。ここにいる4人も含めたプロジェクトメンバーが入っているチャットグループがありますが、私が質問や意見を投げると皆さんどんどん反応してくれて、数日ごとに予測シナリオを更新しながら精度を上げていくことができました。
SMBCグループの異なる会社、異なる部署の人間が堅苦しい慣習に囚われずに「社会を良くしていきたい」という思いのもと、連携できたことが要因として挙げられます。
運用開始からわずか3カ月で、数千万円の流出阻止に成功
今回の施策実行における、効果・経済的インパクトについて教えてください。
西全国的に還付金詐欺の被害件数は高水準を維持しており、被害金額は昨年を上回っていますが、当行は被害者、被害金額ともに昨年比で減少しています。我々の対策が功を奏し、還付金詐欺の犯人が当行口座の利用を避けるようになったと考えられます。
7月下旬の運用開始から3カ月で数千万円の流出阻止に成功しており、還付金詐欺が多く発生する年末11月・12月は連続して過去最低水準まで減少し、ピークの1割ほどになりました。
これにより、犯罪者グループに資金を渡さないだけでなく、将来的には被害者の方々への返金も可能になります。今回の施策により、当行の口座の利便性を下げることなく犯罪者グループをけん制でき、お客さまに当行口座を安心して利用いただくことに貢献できたのではないかと思います。
やはり、口座の利便性を下げることなく不正対策ができたのが重要なポイントでしょうか?
西単に不正対策のみの実現を考えるならば、入金や引き出しの上限額を大幅に下げたり、ネットバンキングを廃止したりすれば被害を抑えることができるのかもしれません。しかし、それでは全てのお客さまに不便を強いることになります。
1人の悪人のために100万人が不便を被るのではなく、犯罪者だけを狙い撃ちにした施策を実現できたことの意味は非常に大きいと考えています。このような施策を通じて全国銀行協会の会長行(取材時)としても金融犯罪対策をリードしていくことができたと思います。
不正検知の高度化を進め、AIを活用した詐欺にも対抗
今後、詐欺の手口がアップデートされるにつれ、対策としてAIを活用する割合も大きくなるかと思います。今後のAI活用法について教えてください。
百瀬AIを活用するメリットとして、ベテランの人が専任で不正利用口座の検知に張り付かなくて済むようになることが挙げられます。AIで高精度なスコア付けをして不正が疑われる口座をピックアップできるようになれば、平島さんのような長年の勘と経験がなくても検知が可能になります。
その結果、ベテランの人たちの経験をより高度な犯罪対策の施策立案等に注ぎ込むことができるなど、効率的な体制を組むことができるでしょう。今後も不正利用口座を継続的かつ効率的に検知できる体制を実現するために、AIの活用が非常に有効であると考えています。
平島すでに犯罪者側もAIを詐欺に活用しており、口座開設時の本人確認書類をAIで偽造するといったケースが報告されています。私はこれまで膨大な本人確認書類を見てきたので、AIで偽造された画像には多少の違和感を覚えますが、普通の人の目ではすでに検知不可能なレベルまできています。銀行としてもAIを活用して、早急に対策をする必要があります。

「闇バイト」や「トクリュウ」などの社会課題解決に貢献していく
最後に、今回のプロジェクトに携わったことに対する思いと、今後の展望について教えてください。
上田社会問題の解決に貢献するプロジェクトに携われたことは、私にとって非常に大きなやりがいにつながっています。今後も金融犯罪およびアンチマネーローンダリング対策にデータやAI等を活用していくことで、当行のみならず金融機関全体の信頼性と安全性を高めていくことに貢献していきたいと考えています。
西私自身、前職は警察官を務めており、民間企業においても犯罪の抑制に取り組めたことに非常にやりがいを感じています。
還付金詐欺だけに限らず、各種の金融犯罪やマネーロンダリングの防止に向けて、培ってきた知見を活用するだけではなく、今回のように他部門の知識や知見を活用して、不正利用口座の検知の高度化を進め、お客さまの信頼に応えられるような銀行になっていきたいと思います。このような金融犯罪対策を進めていくことで、「闇バイト」や「トクリュウ」などといった大きな社会問題の解決に向けて、銀行として引き続き貢献していきたいと考えています。
百瀬私はデータサイエンティストとして世の中への影響が大きい仕事がしたいと思い、大学・大学院、そして今でも必死に勉強を続けています。今回は、その思いが叶った案件でした。直接流出阻止できたお金は被害者の方に戻すことができ、それはもしかしたら誰かの人生を救っているかもしれません。そのような案件に携われたことに、喜びとやりがいを感じています。
今後も効率的に不正を検知し続けられるよう、プロジェクトメンバーと密に連携をしながら見直しや修正を細かく行っていきます。今後はAIモデルの開発に秀でたJRI DSGメンバーにも案件に入ってもらい、技術的にも高度化していくつもりです。
さらにデータサイエンティストとして、SMBCグループ内の幅広い施策に貢献したいと考えています。ここにいる皆さんのような業務に精通した方たちとデータサイエンティストが密に連携すれば、大きな成果が出せるはずです。
今後は論文などを幅広く調査しながら、技術的により高度な手法を試していきたいです。上手くいったケースは他社の技術者とも情報連携して、社会全体から不正を減らしていくことに貢献したいですね。
平島今回の施策により、還付金詐欺をはじめとした不正利用口座詐欺をSMBCグループとして大きく減少させることに成功しました。しかし、まだまだ日本全国ではかなりの被害があるので、この成功事例をきっかけにリーディングバンクとして多面的に展開を広げ、日本全体で被害を減らしていければと思っています。
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株式会社日本総合研究所 データ・情報システム本部(情報活用システム)
データサイエンスグループ データサイエンティスト百瀬 耕平氏
2021年に日本総合研究所に入社。データ分析基盤の保守運用を担当した後、2022年よりデータサイエンスグループに配属され、社内や三井住友銀行の様々なデータ分析案件に従事。業務と並行し、2023年度に国立情報学研究所の社会人ソフトウェアエンジニア向け教育プログラム「トップエスイー」を修了、2025年度に情報セキュリティ大学院大学の修士課程に進学予定。
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株式会社三井住友銀行 AML金融犯罪対策部 部長代理 公認AMLスペシャリスト(CAMS)
西 健太朗氏
大学卒業後、警察庁に入庁。第一線の警察署・県警本部で捜査活動に従事するとともに、中央省庁で各種政策推進を実施。2023年9月三井住友銀行に入行。
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株式会社三井住友銀行 AML金融犯罪対策部 部長代理 公認AMLスペシャリスト(CAMS)
平島 智明氏
大学卒業後、地方銀行に入行。法人営業を担当。2016年早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了後、ネット銀行を経て、2022年2月三井住友銀行に入行。
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株式会社三井住友銀行 コンプライアンス部 兼 データマネジメント部 部長代理
公認AMLスペシャリスト(CAMS) シニアデータサイエンティスト上田 真也氏
2013年三井住友銀行入行。リスク管理部門や市場部門を経験後、総務部にてアンチマネーローンダリング業務に係るデータ利活用推進の他、AIモデルの開発や運用に従事。2022年4月より現職。2022年度経済産業省「AI Quest」にて「AI課題優秀賞」、行内外データコンペにて入賞・メダル実績の他、AI関連特許を保有。