取り組み
2026.04.16更新

観光の価値をどう測るか。地域の「内側の視点」を可視化するJSOL×日本総研の分析支援

日本のインバウンド消費額は、半導体の輸出額を上回る規模となり、観光は日本経済を支える基幹産業の一つへと成長しています。一方で、観光客の急増によるオーバーツーリズムなどの課題も表面化し、観光施策の評価方法が問われています。従来の評価は「経済波及効果」に偏りがちで、地域住民への影響や社会的価値などの側面が十分に可視化されていないのが現状です。

こうした課題に対応するため、ITコンサルティングからシステム構築・運用までを一貫して手がけるシステムインテグレーターのJSOLと、シンクタンク・コンサルティング・ITソリューションの3つの機能を持ち、社会課題や経営課題の解決に向けた実行支援を行う日本総合研究所(以下、日本総研)は、観光が地域にもたらす影響を経済・社会の両面から分析する新たな取り組みを始めています。

今回は国の観光施策に深く関わる経営学者であり、かねてより本取り組みへの助言を行ってきた早稲田大学大学院 経営管理研究科教授 研究科長の池上重輔氏を招き、JSOL 未来共創デジタル本部 事業開発部長の小寺俊一氏、日本総研のリサーチ・コンサルティング部門 都市地域イノベーションユニット 地域・共創デザイングループ マネジャーの佐藤樹生氏と同部門 デジタル社会創成グループ シニアコンサルタントの濱本真沙希氏とともに、観光と地域の現状と未来、本取り組みの可能性について伺いました。

インバウンド拡大が浮き彫りにした、「勘」と「経験」の限界

観光に関わる課題と、データ活用の必要性についてお聞かせください。

池上教授日本の観光業は長年、「観光経営」の概念がほとんどなく、勘と経験に頼ってきました。しかしながら、インバウンド拡大により経験だけでは対応しきれなくなり、データに基づく意思決定の重要性が高まっています。一方、国内には300を超えるDMO(観光地域づくり法人)が存在し、数十人体制でデータやマーケティングのプロがいる組織から、数人体制の組織までさまざまです。観光業界の幅が広がりすぎており、横断的に支援する仕組みが十分に整っていません。こうした状況の中、JSOLと日本総研が連携し、データ分析を通じて地域の観光施策を支援しようとしている点は画期的だと思います。

早稲田大学大学院経営管理研究科教授 研究科長
池上 重輔氏

なぜデータ活用が後手に回ってしまったのでしょうか。

池上教授実は、現状の課題には、日本の観光地としての潜在力が極めて高く、特別な努力をせずとも観光客が訪れるという背景があります。オンシーズンには旅行代理店がパッケージツアーで各地を手配し、地域の業者や周辺が潤い、修学旅行がすき間を埋めるという、世界有数の観光エコシステムが50年間機能してきました。しかし近年、そのエコシステムが制度疲労を起こしているため、変革の必要性が高まっているのが現状です。

日本総研 佐藤当時の小泉純一郎首相による、2003年のいわゆる「観光立国宣言」以降、この約20年は観光政策の効果が特に強調されてきました。少なくとも当面は構造的な人口減少が見込まれる日本社会において、持続可能な地域経営を実現するという目的に対し、観光振興を手段とするアプローチをとることには、一定の有望性があると私も考えています。ただし、その大前提として、池上教授がおっしゃるような変革の一環である「観光地経営の高度化」は、避けては通ることのできない課題と言えます。

観光産業の現場を経験してきた人間として、観光振興による効果が広く社会に理解され、社会の発展に寄与する手段として観光政策が積極的に推進されることを望んでいます。しかしそのためには、観光産業に直接関わりのあるステークホルダーの皆様のみならず、住民の方々にも観光振興による効果を広く理解していただくことが重要です。それには、地域の現状を継続的にモニタリングし、多種多様なデータを収集・分析する体制の整備が欠かせませんが、この点に課題を抱えているというお声を少なくない地域の皆様からいただいています。

経済的価値だけでは測れない、観光の社会的インパクト

改めて、今回の取り組みについて教えてください。

日本総研 濱本観光に限らず、あらゆる行政政策では、実行した施策の効果を可視化することが重要です。しかし観光分野では、経済波及効果分析は一定の広がりを見せているものの、地域住民の地元への愛着向上や生活に流れ込んだ悪影響など、地域の内側から見た「ウチ向きの視点」、つまり「経済的価値で測りきれない社会的価値」が十分に可視化されていません。そこで、経済的価値に社会的価値も加え、包括的に効果測定ができないかと考えました。

インバウンドの影響によって観光業界を取り巻く環境は大きく変化しています。変化に伴い軋轢が生まれ、最近ではオーバーツーリズムという形で問題が表面化しています。観光業は「観光消費額」のようなわかりやすい数字で評価される側面が強く、数字ばかりを追うことで文化的軋轢が生じかねません。しかし、経済的側面だけでなく社会的側面も定量的に測定し、その「ファクト」に基づいてステークホルダーが利害を理解し合えば、共通認識の土台が形成されるはずです。社内のメンバーや池上教授と相談しながら、この取り組みを進めています。経済的側面からこぼれ落ちる社会的評価については、地域の実情に応じてカスタマイズできる形で提供していく予定です。

大まかな役割分担としては、経済的側面の分析はJSOLが、社会的側面の分析やコンサルティングは日本総研が担うという形で進めています。経済波及効果分析ツールはすでに完成しており、自治体との実証の中で実用化を進めています。社会的評価の枠組みは構築途中ですが、2026年3月時点で8自治体と実証実験を進めているところです。

株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
都市地域イノベーションユニット デジタル社会創成グループ シニアコンサルタント
濱本 真沙希氏

JSOL小寺私たちは都道府県単位で計算していた経済波及効果を市町村単位まで細かく算定できるようにしました。地域の方々にとって初めて使うツールなので、使い方の支援や入力補助も含めて、継続的に利用できる仕組みを目指しています。

一方で、経済波及効果のような物理的な面だけでは観光の全ては語れません。エモーショナルな面や社会的インパクトなども含めて評価していかなければ、真に価値のある取り組みとは言えません。日本総研と取り組むことで、その実現が可能だと考えています。

この取り組みはどのように生まれたのでしょうか?

日本総研 濱本最初は個人的な問題意識から始めた取り組みです。JSOL 小寺さんとのつながりをきっかけに可能性が広がり、現在は社内のR&D(研究開発)の一環として正式に進めています。

JSOL小寺各地域やDMOを一つの企業体として捉え、データを活用しながら適切な地域経営を行う仕組みが必要だと考えて参画しました。今はニーズを創出している段階で、先行投資の側面が強いですが、この価値が認められれば、きちんとそこに投資する文化が生まれると期待しています。

社会的インパクト評価の部分はどのように取り組んでいくのでしょうか。

日本総研 濱本既存の社会的インパクト評価の枠組みを活用していこうと考えています。例えば、観光による渋滞で損失した時間を金銭換算するような手法はすでにありますが、それだけでは説明できないエモーショナルな面については、アンケート調査や地域住民の満足度向上に連動する指標を金銭価値に換算するなど、さまざまなアプローチを検討中です。実効性、理解の容易さ、データ入手のしやすさ、費用などを総合的に考慮し、自治体・DMOとも相談しながら決定していく段階にあります。

池上教授ウェルビーイングの測定にもつながりますが、幸せの基準や定義を標準化するのは難しいですよね。ですから、定性面を図るための「プロセスの標準化」が必要だと思います。

日本総研 濱本まさにそのロジック運用を検討しているところです。社会的インパクト評価にはステークホルダーを巻き込むプロセスが重要なので、地域ごとに異なる社会的価値を可視化できるようプロセス自体を標準化しようと、自治体と実証実験を進めています。

池上教授地域にとって現実的で、制度的に必要なものに対応しようとしているのはいいですね。オーバーツーリズムや観光公害と認識すると対応策がないように見えますが、本質は時間や場所等への過剰集中、つまりオーバーコンセントレーション(特定の観光地や都市に観光客が殺到し、地域住民の生活、自然環境、景観に受忍限度を超える悪影響(渋滞、ゴミ問題、騒音など)を及ぼす状態)と認識すべきです。そのような認識を促し、適切に対応できるようになることがこの取り組みの意義です。標準化は、日本では画一化と混同されがちですが、世界的にはインプットや測定の標準化が必要な時代になっています。

日本総研 濱本日本では、目に見えない価値を測ろうという試み自体、まだ定着していない概念ですので、私たちも取り組みを進めながら、目指す世界観についてしっかり説明していきたいと考えています。

実際の実証実験の取り組みについて教えてください。

JSOL 小寺まずは経済波及効果の実証実験をA区(特別区)やB市(政令市)など10ほどの自治体と行っています。「こんなことまでわかるのか」と驚かれることが多いですね。税金投入の適正性を測定できる点は、予算決定時の議会とのコミュニケーションツールとして非常に有効だという評価をいただいております。A区(特別区)のハロウィンフェスでは、投資に対して100倍近い経済波及効果が確認され、得られた収益を他のイベントに活用する検討が可能になりました。

株式会社JSOL 未来共創デジタル本部 事業開発部長
小寺 俊一氏

日本総研 濱本将来的にはサービスを統合して社会的インパクト評価を加えていくため、日本総研とJSOLがそれぞれ動きながら、必要に応じて連携していく予定です。

地域の「内側の視点」を組み込む観光評価へ。新たな「標準化」を構築

池上教授この取り組みには、3つの独自性がありますね。第一に、システムだけでなく運用方法も含めて設計していること。第二に、従来の個別地域向けフルカスタムではなく、標準化を意識した他地域展開可能な仕組みであること。第三に、個別の部品レベルではなく、パッケージとしてまとまっていながらも、地域文脈に合わせて選択できる設計になっていることです。

日本総研 佐藤現政権においては、観光振興が「強い経済」の実現に寄与する手段と位置付けられている点に特徴が見られます。2026年度政府予算案では、観光庁関連予算は国際観光旅客税の引上げを見込んで対前年度比2.39倍まで拡大されていますが、予算の執行にあたっては、観光産業の収益性のさらなる向上がより強く意識されることに加えて、見逃されがちですが、一つひとつの具体的な施策が本当にそうした目的の達成に寄与しているのかという評価自体の精度向上も求められます。つまり、観光振興という手段が「強い経済」の実現に本当に寄与しているのかという点を、根拠に基づき説明できるようになることを、国レベルでは今まさに目指していると言え、新たな(第5次)観光立国推進基本計画や近頃の観光庁発注業務の仕様においてもそうした点が意識されていることがうかがわれます。

また、昨今の社会情勢を踏まえると、オーバーツーリズムなどに起因する観光振興という手段に対する「社会的受容性」の揺らぎという目線も重要です。そうした観点からも持続可能な地域経営における観光振興の有効性を住民の皆様に広く説明し、理解を得る必要性はますます高まっていると言えます。私どもが開発を試みているソリューションがそうしたプロセスを支える一助になればと考えています。

株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
都市地域イノベーションユニット 地域・共創デザイングループ マネジャー
佐藤 樹生氏

池上教授地域にまたがって利益を伴い成長する産業として、観光分野は極めて有望です。地域の観光経営の持続可能性を保つためにはこのような取り組みが不可欠ですし、これまでにない仕組みなのでデファクトスタンダードとなる可能性もあります。大きなインパクトが期待できる事例だと思います。

将来的には個別観光事業者のシステムと接続し、観光地域経営と個別事業者がデータを連携しながら分析に活用できる仕組みが実現すると最強ですね。予測モデルが完成すれば有効性も高く、グローバル需要も十分に見込めるでしょう。


PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。

  • 早稲田大学大学院経営管理研究科教授 研究科長

    池上 重輔氏

    早稲田大学商学部卒業。一橋大学より博士号(経営学)を取得。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、MARS JAPAN、ソフトバンク EC ホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て、2024年9月研究科長就任。
    Academy of International Business (AIB) Japan Country Director、国際ビジネス研究学会(JAIBS)理事、異文化経営学会 副会長。早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所 所長、早稲田グローバル・ストラテジック・リーダーシップ研究所 幹事。
    日本観光振興協会中長期観光ビジョンプロジェクト座長
    英国ケンブリッジ大学ジャッジ経営大学院 MBA、英国国立シェフィールド大学 政治学部 大学院修士課程国際関係学 修士、英国国立ケント大学 社会科学部 大学院修士課程国際関係学 修士。

  • 株式会社JSOL 未来共創デジタル本部 事業開発部長

    小寺 俊一氏

    1996年に日本総合研究所(その後、JSOLに転籍)に入社。金融公共、製造業等、様々な業界の企業内業務システム開発に取り組み、ITによる業務改善のコンサルティングから、システムインテグレーション(SI)、サービス運用まで一気通貫で数々の案件の責任者を担当。20年のSI経験の中での企業における課題改善・改革の経験を活かし、農業分野や水域分野、社会課題分野、等様々な分野での新規事業創出を担い、現在は観光分野のデジタル改革を推進中。

  • 株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
    都市地域イノベーションユニット 地域・共創デザイングループ マネジャー

    佐藤 樹生氏

    東北大学大学院法学研究科 修了。公共法政策修士(専門職)。
    秋田県出身。旅行代理店グループ、コンサルティングファームの公共部門を経て2025年6月より現職。専門とする観光領域においては、観光政策や戦略・計画等の立案・評価、伴走型での各種施策・事業の実行、調査研究やそれらの成果に基づく助言・講演など官民双方に対する多様な形での支援に取組んでおり、近年は「観光振興を通じた持続可能な地域経営の実現」を自らのテーマとして活動している。
    [所属学会] 日本観光研究学会、日本公共政策学会、日本評価学会

  • 株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
    都市地域イノベーションユニット デジタル社会創成グループ シニアコンサルタント

    濱本 真沙希氏

    東京大学大学院を修了し、2021年に日本総合研究所に入社。入社以来一貫して国、自治体等の公共機関向けコンサルティングに従事している。中でもとりわけ、EBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)やオープンデータ・ビッグデータ等の利活用支援に関して実績を有する。
    2024年度より観光分野での公共機関(自治体・DMO等)向けコンサルティング商品開発に関する社内研究開発プロジェクトを主導し、2026年3月現在で8自治体との実証実験を展開中。

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DMO
(Destination Management Organization)

類義語:

Destination Management Organization。地域の観光資源を活用しながら観光戦略の策定やマーケティングを行う組織。

デファクトスタンダード
(De Facto Standard)

類義語:

  • 業界標準

市場競争の結果、事実上の標準として定着した規格や製品のこと。公的な認定を経ずとも、圧倒的な普及率により業界の基準となったものを指す。ネットワーク効果により、一度確立されると市場で優位性を保ちやすい。

エコシステム
(Ecosystem)

類義語:

各社の製品の連携やつながりによって成り立つ全体の大きなシステムを形成するさまを「エコシステム」という。

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