DXへの取組
new
更新

「Jenius Bank」設立。なぜ、SMBCグループは米国でデジタルバンク事業に挑むのか

世界で急速に広がる、店舗を持たない「デジタルバンク」。SMBCグループは2022年、アメリカ在住の個人を対象にしたデジタルリテールバンク「Jenius Bank」を開業することを発表しました。

日本のメガバンクであるSMBCグループがデジタルバンクをアメリカで立ち上げる理由とは? どのようなサービスを提供して、どのような戦略を描いているのか? 三井住友銀行 米州戦略統括部副部長 田中大輔氏に、立ち上げから開業に向けてのお話を聞きました。

連載:米国デジタルバンク

  1. 「Jenius Bank」設立。なぜ、SMBCグループは米国でデジタルバンク事業に挑むのか
  2. 米国でSMBCグループの新たな歴史を刻む。「デジタルバンク事業」に挑む社員たちの舞台裏

社長への直談判からスタートした、デジタルバンク構想

2022年8月にアメリカにおけるデジタルバンク事業への参入を発表されました。参入決定までには、どのような経緯があったのでしょうか。

田中駐在員同士で、「今後、三井住友銀行はアメリカでの事業をどうしていくべきなのか」という話をよくしていました。5年〜10年先を考えた時に、単に事業規模拡大だけではなく多様化する必要があると考えたのです。いくつか出た案の中の一つに、個人のお客さまから預金をお預かりしてドル調達を多様化していく、というデジタルバンク事業の原案がありました。せっかくだから資料を作ろうとパワーポイントで10ページほど資料を作ったことが、そもそものはじまりです。

あらゆる可能性を検討した結果、自前で新しくデジタルバンク事業を構築することにしました。私は日本にいるときからデジタルバンクに興味があったため、ある程度の知識は持っていました。その知識をもとに新しいデジタルバンクの構想を資料としてまとめ、まずはインドネシアでデジタルバンキングサービスを管轄した経験のある、当時米州本部長だった百留に説明しました。その結果「ぜひやろう」と言ってもらい、その後、社長の太田がアメリカに来た際にプレゼンをしました。

太田は「カラを、破ろう。」「100億円規模のビジネスをいくつかつくりたい」と常に言っています。プレゼン時には私たちの提案をすぐに理解してくれ、具体的な検討に入ることとなりました。

その後、実施決定まではすんなり進んだのでしょうか。

実現までの過程にはいろいろな苦労もありました。ゴールドマン・サックス・グループのデジタルバンク事業である「Marcus」や、イギリスの金融機関「Barclays」などにもヒアリングを行い、知見を蓄えていきました。それでも我々だけでは具体的な企画をまとめるのは難しいので、専門のコンサルを雇ってフィージビリティ・スタディを実施しました。

さらに正式承認前に、アメリカで大手地銀のデジタルバンクを率いた経験を持つジョン・ローゼンフェルドを1人目の従業員として迎え入れています。実際にデジタルバンクに関わった経験があるジョンが仲間に加わってくれたことは、デジタルバンク構想実現への、大きな一歩でした。一緒にビジネスプランを肉付けしてもらい、正式に承認を得ることができました。

John Rosenfeld氏

成長する米市場で、デジタルバンクとして総合金融機関を目指す

世界におけるデジタルバンクの状況について教えてください。

田中現在のデジタルバンクはどこもリテールの総合金融機関になることを目指しており、それはJenius Bankも同じです。顧客のあらゆるライフステージをサポートできるように、一つの製品だけでなく幅広い商品を段階的にリリースしていく予定です。我々も将来的には運用商品やネット証券も視野に入れ、お客さまを総合的にサポートできるリテール金融のプラットフォームになることを目指しています。

ただ、その完成形にたどり着いた企業には、圧倒的な勝ち組がいません。ゴールに最も近づいている企業としてはSoFi(※)が挙げられますが、規模としてはそこまで巨大ではありません。

(※)学生ローンに強みを持つアメリカのデジタルバンク。

SMBCグループがアメリカでデジタルバンク事業を運営していくメリットはどこにあるのでしょうか?

田中アメリカのマーケットは巨大で普通預金だけでも大きな伸びを見せています。また、デジタル預金も二桁%にまで成長するなど、日本よりも遙かに成長している魅力的なマーケットです。アメリカは日本と比べて銀行免許を取得することが非常に困難な国でもあります。日本では楽天銀行やセブン銀行など、ECやリテールから銀行業に参入することが可能ですが、アメリカにAmazonバンクはありませんし、ウォルマートバンクもありません。異業種からの参入がとても難しく、多くのフィンテック企業も銀行免許が取得できずに苦戦を強いられています。スタートアップが参入できたとしても、ベンチャーキャピタルの支援を得るためには短期間で実績を積んでいく必要があります。そうなると、どうしても近視眼的な戦略になりがちですが、我々はその限りではありません。

Jenius Bankの展望としては10年後にSMBCグループ全体からみても意義ある収益貢献ができる事業を目指しています。しかしそれには、アメリカリテール市場の1%ほどのシェアを獲得すればいいのです。JPモルガンやシティバンクと競い合うのではなく、ターゲティングされたニッチな市場を狙っていきます。

巨大なマーケットで、少ないパイを狙うわけですね。

田中はい。さらにここ数年のテクノロジーの発達によって、デジタルバンクへの初期投資コストは下がっています。今から新しい実店舗を持つ銀行を作るよりも少ないコストでの参入が可能というメリットもあります。

徹底した顧客志向を実現。データの活用で「顧客の不便」を解消

デジタルバンクの事業を進めるにあたって、大事にしている価値観やコアコンセプトについて教えてください。

田中個人のお客さまに長く使っていただける銀行になることです。デジタルバンクは基本的に人と人が接する機会はありませんが、モバイルアプリで顧客との接点を生み出し、データを活用して総合的なカスタマーエクスペリエンスを提供していきます。例えば、Jenius Bank以外の金融機関の口座情報を集約して、Jenius Bankのアプリで確認できるようにすることも可能です。

アメリカでは顧客の承認を得れば、A銀行がB銀行の口座情報を入手することが可能です。口座残高だけではなく、どこでデビットカードを使って支払いをしたのかといった情報も分かります。それらの情報をどのように活用して、カスタマーエクスペリエンスを向上させていくかが重要です。

さらに、将来的にはデータの共有によって、顧客の不便さを取り除いていきたいと考えています。例えば口座を開設するときには個人情報を入力しますが、その後、住宅ローンを利用するときには再度必要な情報を入力する手間があります。同じ金融機関のグループでもデータの共有ができてないケースは多々あります。そういった不便さを我々が率先して取り除いていきます。口座を開設したときの情報を共有することで、金融商品の提供のスピードアップを目指します。

もう一つは延滞料の廃止です。アメリカの銀行ではローンなどの返済が1日でも遅れたら数十ドルの延滞料が発生しますが、我々は基本「No fee」を目指すなど、顧客志向を徹底していきます。

顧客のライフステージに合わせて、さまざまな商品を提供

想定しているターゲットについて教えてください。

田中デジタルに普段から触れている人たちです。結婚や出産、家や車の購入など、ライフステージの変化でお金が必要になる機会に合わせてご利用いただけるような銀行を目指しています。さらにライフステージが進むと、新たに資産運用などのニーズも出てくるでしょうから、商品ラインナップを充実させていきます。データを活用し、一人ひとりにあったアドバイスを提供する機能の導入も視野に入れています。

コアターゲットのライフステージの変化に合わせて、柔軟に商品を提供していくということですね。

田中金融商品はどんどん増やしていきたいですね。アメリカという国の特性上、株式市場が好調な時期には個人の資産における預金残高の割合が減っていきます。そのときにJenius Bankが預金以外のサービスを提供していなかったら、資金が外部に出ていくだけになってしまいます。そのため、資産運用機能を早めに実装し、Jenius Bankのエコシステムの中で資金が循環する仕組みをつくっていきます。

デジタルネイティブが求めるニーズを満たすために、強化していくサービスや領域があれば教えてください。

田中モバイルアプリのユーザーエクスペリエンスですね。金融商品自体で差別化を図るというのはなかなか難しいので、データを活用して利便性に優れたアプリの提供に力を入れていきます。すでにJenius BankのInstagramやTwitterのアカウントをつくっているので、ターゲットにしっかりと狙いを定めて、SNS上でも効率的なマーケティングを展開していきます。

メガバンクというとすべての消費者を対象にした商品を展開していくイメージがありますが、今回のようなターゲットを限定した戦略はこれまでになかったものですか?

田中そうだと思います。同じことを日本でやろうとしたら、非常に難しいでしょうね。先ほどお話ししたゴールドマン・サックス・グループの「Marcus」については、アメリカが母国市場ということもあり、成功の定義には巨大な事業規模が必要とされるでしょう。幸いにして我々はアメリカが母国市場ではないので、上位を目指す必要はありません。その前提が、私たちの戦略を可能にしていると思います。

SMBCグループの安定した基盤の上で、新規事業に挑戦できる環境

大企業だからこそ可能なスタートアップの形とは、どのようなものでしょうか?

田中大企業でよかったと思う点は、最初から大きな投資を受けられたということです。初回の1.5億ドルという額は、一般的には4回目の投資となるシリーズDほどの額になります。通常でしたら、その額の投資を受けるまでには小さい成功を積み重ねていく必要がありますが、我々はそのプロセスを一気に飛ばして5年後、10年後の目標に向けて最短距離で進めることができるという大きなメリットがあります。

今いる約250人の社員の中には、SMBCグループというバックグラウンドを魅力に感じ、入社した人も多くいます。銀行出身の人間がスタートアップに転職するのは冒険かもしれませんが、私たちはSMBCグループという安定した資本の上で、先進的なデジタルバンク事業に取り組むことができます。既存の銀行にも新しい事業を起こしたいと考えている人間はたくさんいますから、そういった人たちにとっても新規事業にチャレンジできる環境というのは非常に魅力的だと考えています。

では、今後の展望について教えてください。

田中2023年にパーソナルローンの提供をスタートしました。この後は、徐々に商品群を拡大し、さらに黒字化も果たしていきたいです。さらに10年後にはデジタルバンクの分野ではある程度名が知れた銀行となることを目指していきます。

連載:米国デジタルバンク

  1. 「Jenius Bank」設立。なぜ、SMBCグループは米国でデジタルバンク事業に挑むのか
  2. 米国でSMBCグループの新たな歴史を刻む。「デジタルバンク事業」に挑む社員たちの舞台裏
PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • 株式会社三井住友銀行 米州戦略統括部副部長

    田中 大輔氏

    大学卒業後、証券会社、米国でのMBA取得を経て2013年に三井住友銀行に入行。
    入行後はグループ再編、海外金融機関への出資案件等に携わり、2018年から現職。デジタルバンクプロジェクトをはじめ、投資案件等含め米州における成長戦略をリード。

デジタルバンク
(Digital Bank)

類義語:

デジタル技術を活用してオンライン上でサービスを提供している銀行のこと。

プラットフォーム
(Platform)

類義語:

サービスやシステム、ソフトウェアを提供・カスタマイズ・運営するために必要な「共通の土台(基盤)となる標準環境」を指す。

フィンテック
(FinTech)

類義語:

金融(Finance)と技術(Technology)を掛け合わせた造語。銀行や証券、保険などの金融分野に、IT技術を組み合わせることで生まれた新しいサービスや事業領域などを指す。

ベンチャーキャピタル
(Venture Capital)

類義語:

未上場の新興企業(ベンチャー企業)に出資して株式を取得し、将来的にその企業が株式を公開(上場)した際に株式を売却し、大きな値上がり益の獲得を目指す投資会社や投資ファンド。

エコシステム
(Ecosystem)

類義語:

各社の製品の連携やつながりによって成り立つ全体の大きなシステムを形成するさまを「エコシステム」という。

UI/UX
(User Interface/User Experience)

類義語:

UIとはユーザーインターフェイスのことで、Webサービスやアプリケーションなどにおいてユーザーの目にふれるすべてのものを指し、UXとはユーザーエクスペリエンスのことで、ユーザーが商品やサービスを通じて得られる体験のこと。

カスタマーエクスペリエンス
(Customer Experience)

類義語:

  • CX

ある商品やサービスの利用における顧客視点での体験のことで、「顧客体験」もしくは「顧客体験価値」と訳される。

モバイルアプリ
(Mobile Application)

類義語:

「Mobile Application(モバイルアプリケーション)」の略。 スマートフォン、タブレットなどのデバイス上で直接動いているアプリのこと。

フィージビリティ・スタディ
(feasibility study)

類義語:

  • フィージビリティ・チェック

新規事業、商品やサービスなどの実現可能性を事前に調査・検討すること。