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【Plug and Play × SMBCグループ シリコンバレー・デジタルイノベーションラボ】シリコンバレー投資家に聞くAIガバナンスを取り巻くグローバル動向 -生成AIの台頭で注目されるAI関連規制とAI市場への影響-

DXやイノベーションの推進においてAIが果たす役割は大きいと期待されており、多くの企業でAIの導入が進められています。ChatGPTなどの登場をきっかけに、近年は生成AIの活用に注目が集まっていますが、AIの安全性や信頼性、悪用などへの十分な対策ができていない状態で実装を進めると、社会に大きな混乱をもたらすリスクも併せて指摘されています。

グローバルの動向に目を向けると、EUでは5月にAI規制法が採択され、今後、AIの安全性の確保や基本的権利の尊重、ガバナンスの改善など、AIの倫理的利用に関する一連の規制が段階的に適用される見込みです。また、アメリカでは、昨年“Executive Order on Safe, Secure, and Trustworthy Artificial Intelligence ※1(AIの安全、安心、信頼できる開発と利用に関する大統領令)”が発令され、連邦政府機関がAIの安全性評価や労働市場への影響調査を行うことなどが示されました。一方、日本でもAIに関するリスクを踏まえ、2024年4月に政府がAI事業ガイドラインを公表しており、今後は法制化に向けた議論も始まる見込みです。日本企業が本格的にAIを実装していくためには、グローバルの法規制やガイドラインの内容を十分に考慮したガバナンス体制の整備が求められます。

※1…Executive Order on the Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence | The White House

本記事ではこのようなAIを取り巻く近年の法規制やAI関連市場の動向についてSMBCグループ シリコンバレー・デジタルイノベーションラボの田谷氏・緒方氏、SMBCグループのパートナーで、シリコンバレーベースのアクセラレータであるPlug and Playの投資家Amit Patel氏が対談した内容をご紹介します。

緒方グローバルにAI導入が進むなか、欧米諸国ではAIの利用に向けた法規制やルールが整備され始めています。各国の政策に共通するのはAIを利用する際のリスク管理や安全性検証、セキュリティ対策等のガバナンスに関連する一連の手順やプロセスの整備である印象を受けます。近年のAIに関連するグローバルの政策動向について、Amitさんが注目しているトレンドを教えてください。

AmitAIの法規制やルールは国ごとに異なるアプローチが取られています。例えば、EUのAI規制法は世界の中で最も包括的で厳格な法律と言えます。同法ではリスクベースアプローチがとられており、AIが社会に与える影響の大きさに応じてAIのリスクが分類され、AIによるリスクが高いほど規制が厳しくなる仕組みになっています。

EUのAI規制法で注目されるのは、AIを市場に投入する際に、AIモデルの透明性を証明する必要がある点です。具体的には、モデルを訓練するために使用したデータやモデルの評価、サイバー攻撃対策、エネルギー効率等に関する一連の情報を欧州委員会に報告することが義務付けられています。これに加え、同法では、EU域内において基本的権利を侵害するリスクのあるアプリケーションも禁止される可能性があります。例えば、医療や教育、政治的意見等に関する情報や生態認証データをAIに活用することは許可されていません。そして、これらの法規制はEU域内でAIを利用する全ての組織(EUに拠点を置く国外企業を含む)に一律に適用されます。AI規制法には、企業のイノベーションを支援する施策も一部含まれていますが、包括的かつ厳格な法規制である点を鑑みると、規制の順守に伴う負担の増加によって、むしろ企業のAI投資が妨げられ、欧州の国際競争力を損なう可能性がある点も懸念されています。※2

※2…BusinessEurope reacts to political deal on EU AI Act | BusinessEurope

一方、イギリスやアメリカでは対照的な政策がとられています。イギリスでは、セクター毎の規制当局がそれぞれの管轄でAI行政に責任を持つような仕組みを採用しています。例えば金融業界では、Financial Conduct Authority ※3 が金融分野に関するAI規制を所管しており、イギリス政府は同局の政策をサポートする機能を果たしています。イギリス政府は、昨年公表したAI規制に対する各種業界からのフィードバックや回答を提示するとともに、2024年2月には、AIの安全な開発や規制当局のスキルアップに向けた約1億ポンドの支援を表明しています。また、2025年にはセクター毎のAI規制に関するロードマップを策定する予定です。すなわち、イギリス政府は各業界の政策や状況を鑑みてAIに関する規制の要否を検討する役割を担いますが、政策の推進自体は専門分野である規制当局に一任しているのです。

※3…Financial Conduct Authority (FCA) はイギリスの金融規制当局。英国政府から独立して運営されており、金融サービス業の企業やメンバーから運営資金を調達している。FCAは消費者にサービスを提供する金融会社を規制し、英国の金融市場の健全性を維持する役割を果たす。

アメリカの政策もイギリスと似たアプローチだと考えています。アメリカでは、2022年10月にホワイトハウスがAI権利章典を発表し、AIシステムの設計や利用等をする際に考慮すべき5つの基本原則が示されました。また、昨年にはAIに関する大統領令 ※4 が発出され、様々な連邦政府機関に対して、AIの安全性やセキュリティなどに関連するリスクを評価し、AIの利用に関するプロセスや手順を確立するよう指示が出されました。アメリカの政策も、AI利用に関する原則や連邦政府機関のAI利用に向けた行政措置などが大統領令で示されていますが、具体的なプロセスや手順の策定については所管の省庁に一任するというスタンスがとられています。

※4…※1に同じ。

総括すると、EUでは欧州委員会がイニシアチブを取ってEU域内のルールを包括的に定め、産業横断的に政策を進めるのに対し、英米では産業分野に応じて省庁が政策の立案や推進における責任を担う、という政策スタンスの違いがあります。EUの取り組みと比較すると、英米の政策は、産業の特性や状況に応じて、より効果的なガバナンスの整備とイノベーションの促進を図る狙いがあると考えられます。(図表1)。

(図表1)EUとイギリス・アメリカのAI規制アプローチの違い
Amit氏との対談内容、各国政策ドキュメント、AI規制に大統領令で先手(米国) | 地域・分析レポート - 海外ビジネス情報 - ジェトロ (jetro.go.jp)などを基に作成

緒方多くの企業や投資家、スタートアップにとって、AI法規制への対応は、事業を立案・継続する上で欠かせない要素になりますが、各国の法規制がAI市場に与える影響について具体的に教えてください。

Amit現時点で規制の影響を評価するのは時期尚早だと思います。AIには未知の部分も多く、どの国にとっても法規制の整備は発展途上の段階だからです。EUのように中央集権的かつ厳格な規制が必要だという論調もあれば、バランスの取れたアプローチも必要だという議論もあります。各国が進めているAI規制がイノベーションにどのような影響を与えるかは10年後にならないとわかりません。

もっとも個人的な意見を申し上げると、厳しすぎる規制は、規制に対応できる潤沢な資産を保有する企業だけを市場に温存し、スタートアップを市場から排除してしまう可能性があると考えています。AIの実装によって起こりうるリスクを適切にコントロールしながら、イノベーションや市場成長を促す方法を模索していく必要があると思います。

実際にこれまでのデジタルの進展を振り返ると、イノベーションとともに大きな経済成長がもたらされた事例が多くあることが分かります。人類がインターネットを利用し始めた当初は、インターネットが人々の生活や社会をこれほど大きく変えることを予測するのは容易ではありませんでした。また、AppleのAppStoreが登場したときも、AppStoreが1兆ドル規模の巨大な市場を形成することは到底想像できませんでした。しかし、新しく創出された市場に一度価値が見いだされると、一斉に多くのスタートアップが参入し、巨大な経済圏を形成します。

近年の例で言えば、サイバーセキュリティ市場の成長が顕著です。デジタル技術が進展すると、脆弱性や先進技術を悪用した新たな攻撃も同時に生み出されます。一方、新しい攻撃に対応するためのサイバーセキュリティ製品も登場し、新規参入が拡大すると、瞬く間に一大市場を築きます。80年代から90年代にかけてコンピューターがインターネットに接続する機会が増えると、ウイルス対策ソフトが広く普及しました。また、クラウドの利用拡大に伴って新たな攻撃が生まれると、新しいクラウドセキュリティ企業が誕生しました。

そして今、多くの組織が生成AIの導入を検討しており、AIのセキュリティサービスを提供するスタートアップにビジネスチャンスがもたらされています。先進のセキュリティ企業は、企業や組織で利用されている基盤モデルについて、どのようなデータがトレーニングに使われているのか、誰がアクセスできる状態にあるのかなど、AIのデータ管理態勢を可視化して対策を強化する仕組みに注力しています。生成AIに関するガバナンスやセキュリティ対策は、今最も注目されているトピックであり、私たち投資家も有望なソリューションを探しています。

田谷昨年公表されたアメリカの大統領令 ※5 では、AI開発企業に対し、AIの安全性評価を実施することを義務付けるなど、一部で強制力のあるルールも含まれています。アメリカでは、生成AIを活用したディープフェイクなどによる被害が広がりつつあり(図表2)、大統領選の活動の中でもバイデンのロボコールが ※6 配信されていました。日本でも近い将来、生成AIの悪用が拡大することが予想されますが、法的拘束力を持つ規制やガイドラインの必要性についてAmitさんの考えをお聞かせください。

※5…※1に同じ。
※6…2024年1月、ニューハンプシャー州において、バイデン大統領になりすましたロボコール(営業や選挙活動などに使われる自動音声電話)が民主党支持者の元にかかり、同州で行われる予備選に投票しないよう呼びかける事案が発生した。

(図表2)日米におけるディープフェイクの影響
マカフィー、「ディープフェイクが選挙に及ぼす影響に関する調査」を発表 | マカフィー株式会社のプレスリリース(prtimes.jp)を基に作成

Amit前述したように、EUの規制には包括的な法的拘束力がありますが、過剰な規制をすれば、イノベーションの妨げになる可能性が高まります。むしろ私はアメリカやイギリスが取っているセクターごとの規制当局に政策を一任するアプローチが良いと考えています。政府中枢機関が全て厳格にコントロールをするのではなく、AI技術がそれぞれの業界にとってどのような影響を及ぼしているのかを十分に検証し、業界ごとに規制当局の見解を踏まえながら、リスクを軽減するための施策を図るべきだと思います。

例えば、ディープフェイク ※7 は、選挙や政治などで悪用されると深刻な事態に繋がる懸念があるため、厳格に利用をコントロールするためのガイドラインや枠組みを設けるべきだと思います。一方でメディア業界にとっては、ディープフェイクで生成されたビデオや画像、イラストなどが広く活用できることが期待されており、クリエイターがプロトタイプやマーケティング資料をより簡単に作成できるようになるなど、市場を発展させる大きな恩恵をもたらす可能性があります。

※7…機械学習の手法の一つであるディープラーニング(深層学習)を用いて、2つ以上の画像や映像などを人工的に合成する技術。

画一的に規制を整備するのではなく、AIが発展途上である点を十分に念頭に置いて、技術の進展や業界のトレンド、インシデントなどに応じて柔軟に規制を変更できるように設計しておくことが肝要になるでしょう。

田谷日本政府や日本企業が、AIを活用したイノベーションを積極的に進め、安心かつ安全にAIを利用していくために何が必要でしょうか。我々にとってヒントとなるような事例やアドバイスをいただけますでしょうか。

Amitグローバルの動向を見ても、AIに関する法規制は非常に初期の段階であり、現時点で日本政府や日本企業が何をすべきかという点について、明確にアドバイスをすることは難しいです。もっとも、既に述べたように、個人的にはアメリカやイギリスのアプローチが好ましいと考えており、政府がAI利用の原則や方針を示しながらも、具体的な政策やプロセスの策定については、業界を熟知している省庁や規制当局に一任するのが理にかなっていると思います。日本にとってもアメリカやイギリスの事例が参考になるのではないでしょうか。

一方でAIに関する規制が十分に整備されていない段階にある場合、企業がどのようにAIをコントロールすべきか分からず、AI活用が広く進まないという議論もあります。GoogleやOpenAIなどの企業は、規制に先立ち、社内独自のAI安全委員会を立ち上げていますが、これはアメリカの中でもまだ少数事例です。AIの実装を進めるためには適切なセキュリティ対策や、プライバシー管理、安全性を保つためのルールを整備することが強く求められます。

私たちのパートナー企業の多くも、現在AI管理に関する適切な方法を模索している段階であり、Plug and Playに対してAIのセキュリティや安全性への対策に関する多くの相談依頼が来ています。生成AIの台頭によって、今後日本企業にも、AIのセキュリティや安全性、透明性を確保するための枠組みやプロセスを設けることが求められることになるでしょう。AI戦略の立案にあたって、まずはグローバルの規制動向や先進企業の取り組みをしっかりと注視することが肝要になります。また、米国ではAIガバナンスやAIセキュリティソリューションの活用に注目が集まっているので、早い段階からこのようなデジタルソリューションを検証して、AI管理態勢を整備しておくことも日本企業にとって有効な手段となるでしょう(図表3)。

(図表3)Plug and Play注目企業の一つであるAIガバナンスソリューションMonitaur

✓ monitaur.ai
✓ AIモデルが出力した内容を記録し、回答の根拠を検証するとともに、バイアスチェックや異常値の検知、AIモデルの監査など、一連のAIガバナンス機能を提供するサービス。
✓ 米国の保険会社やIT関連会社などで多数の導入実績あり。
Monitaur社のホームページやヒアリング内容などを基に作成
(図表4)AIガバナンスの市場推移予測(グローバル)

AIを利用する際のプライバシーや悪用、偏見に対する消費者の懸念の高まりとともに、組織のAIガバナンス態勢に対する整備の重要性が高まり、AIガバナンスの市場規模は2029年までに9.4億米ドルに達し、28.80%のCAGR ※8 で急速に成長すると予測されている
AIガバナンス市場の規模とシェア分析 -産業調査レポート -成長トレンド(mordorintelligence.com)を基に作成

※8…Compound Annual Growth Rate(年平均成長率)。過去数年の成長率から1年あたりの平均を割り出したもの。
PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • Plug and Play Ventures
    Partner

    Amit Patel氏

    GE VenturesのNew Business Creations Groupで、ヘルスケアやエネルギー、B2B SaaSなどのソフトウェア事業をゼロから立ち上げ、スピンアウトさせる業務を担当。現職となるPlug and Play Venturesでは、パートナーとして、FintechやEnterprise tech、AIなどの幅広い領域における顧客企業の投資に関連する活動をサポート。

  • 株式会社 三井住友フィナンシャルグループ 兼 JRI America,Inc.
    シリコンバレー・デジタルイノベーションラボ
    Executive Director

    田谷 洋一氏

    2006年、株式会社日本総合研究所入社。銀行やクレジットカードなどのインフラシステム開発のプロジェクトマネジメントや調査部での研究員としての業務経験を経て、現在はシリコンバレー・デジタルイノベーションラボにおけるR&D業務に従事(2019年より現職)。

  • 株式会社 三井住友フィナンシャルグループ 兼 株式会社三井住友銀行
    シリコンバレー・デジタルイノベーションラボ
    Vice President

    緒方 雄二氏

    2011年、株式会社三井住友銀行入行。法人営業に従事した後、NY拠点でのシステム導入企画や、国内のクラウド導入、大規模なセキュリティ企画プロジェクトなどを担当。2023年よりシリコンバレー・デジタルイノベーションラボにてR&D業務及び新規ビジネス創出に従事。

AI
(artificial intelligence)

類義語:

  • 人工知能

コンピュータが人間の思考・判断を模倣するための技術と知識体系。

プロトタイプ
(Prototype)

類義語:

「原型」や「最初のもの」を意味し、新製品やシステムの開発過程において設計の妥当性を確認するために製作される試作品のこと。IT分野では、ハードウェア開発の際の量産前の試作品や、動作や機能を検証するために最小限の規模で試作されたソフトウェアなどのことを意味する。

ChatGPT
()

類義語:

OpenAI社が開発した大規模言語モデルの一種で、人間と自然な対話を行うことができるAIチャットボット。GPTは「Generative Pre-training Transformer」の略。

DX
(Digital Transformation)

類義語:

  • デジタルトランスフォーメーション

「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の頭文字をとった言葉。「Digital」は「デジタル」、「Transformation」は「変容」という意味で、簡単に言えば「デジタル技術を用いることによる、生活やビジネスの変容」のことを指す。

サイバーセキュリティ
(cyber security)

類義語:

保有するデジタルデータやシステム類への不正アクセス、およびそれにより発生した盗難や破壊などといった「サイバー攻撃」から保護すること。

シリコンバレー
(Silicon Valley)

類義語:

米カリフォルニア州サンフランシスコ南郊のサンタクララやサンノゼなどを含む地域の通称。半導体の素材であるシリコンに由来しており、半導体メーカーがこのエリアに集まるようになったことに由来する。