取り組み
2025.09.25更新

米価格高騰の今、やるべきことは何か。日本の「食」を守る、SMBCグループとの共創で挑む農業改革

昨今の米価格上昇は、日本の農業が長年抱えてきた構造的な課題を浮き彫りにしました。生産コストを割り込む価格局面、後継者不足、そして食糧安全保障の危機。SMBCグループが2016年に共同設立した農業法人「みらい共創ファーム秋田」も、社会のうねりの中で手法を磨きながら、日本の「食」を守る改革に挑み続けています。

今回は、その最前線に立つ株式会社みらい共創ファーム秋田 代表の涌井徹氏と、三井住友フィナンシャルグループ 執行役員 グループCSuOの髙梨雅之氏に、日本の農業と食の未来に向けた挑戦について伺いました。

「安い米」は限界だった。
農家が利益を出せなかった根本原因

米の価格が急上昇し、社会的な混乱が続いています。

涌井1993年の記録的な冷夏による米不足を契機に、1995年に新食糧法(現行の食糧法)が施行され、政府による一元的な米の買い入れは廃止されました。以後、米の生産・流通は市場原理がより働く枠組みに移行しました。その結果、需給の弱さが価格に反映されやすくなり、多くの農家は生産コストを下回る販売価格で米を作り続ける状態が長く続いたのです。農家は副業で収入を補いながら、何とか農業を維持してきたのが実情です。

そもそも概算金(※JAなどの集荷業者が農産物を出荷した農家に対して収穫直後に支払う前払い金)の価格、そして消費者が買っていた米の価格が安すぎたわけですね。

涌井その通りです。消費者は、高い米を買うことで「農家を守っている」と考えていたかもしれませんが、実際には農家の犠牲の上に安い米の価格が形成されていました。

株式会社みらい共創ファーム秋田(MKFA) 代表取締役社長
株式会社大潟村あきたこまち生産者協会 代表取締役会長
涌井 徹氏

減反政策と備蓄米運用が招いた供給不安。
流通改革で、儲かる農業へ

直近の米価上昇によって、適正価格に近づいたと言えるのでしょうか。

涌井2024年、米の市場価格は初めて生産コストを上回る価格になりました。備蓄米の放出などで米価は少し落ち着きましたが、高止まりする銘柄もあります。

政府は平時100万トン規模の備蓄を制度化していますが、近年の放出で在庫水準の回復が課題です。需給を安定させるには、在庫政策や増産のインセンティブなどの再設計が欠かせません。

主食用米の生産量は、約半世紀前は約1,400万トン規模だったものが、今は約700万トン台に落ち込んでいます。これは農地が減ったわけではなく、減反政策による主食用米から麦、大豆、加工用米、飼料用米などへの転作や需要の減少が大きく影響しています。「余れば暴落する」から発想を転換し、輸出や高付加価値化を本格的に組み込むべきでした。

農業が抱える課題について、涌井さんはどのような取組をされてきましたか。

涌井私は「若者が夢と希望を持てる農業」を掲げ続けてきました。私が高校を卒業した頃、若者は都会に出ていくのが当たり前でした。農家が生産だけなら親だけでできますが、若者は加工販売が得意なはず。そこで、生産だけでなく加工・販売が一体となった6次産業化によって「若者が夢と希望を持てる農業」を実現したいと考えたのです。

事業拡大が若者を遠ざける?
安定しない収益が招く、後継者不足の現実

テクノロジーの導入や仕組みづくりなどに対し、どのように考えていらっしゃいますか。

涌井「若者が夢と希望を持てる農業」を実現するため、1987年に大潟村あきたこまち生産者協会を設立しました。精米した白米の全国販売から始まり、米粉の米麺やパックライス製品などをつくる「生産から販売まで一気通貫できる仕組み」をつくり、今では社員100人以上、年間売上約60億円を達成しています。2021年に建設した工場ではパックご飯を生産し、今年は新たに工場を増設して、計6,000万食、売上100億円を見込んでいます。
しかし、工場建設への投資などで数十億円借金が増え、事業拡大すればするほど若者が農業から離れていくという矛盾に気付きました。農業を「家業から産業に切り替える」道筋はつけましたが、借金が増えるようでは若者が夢と希望を持てません。さらに自然環境の影響を受けやすい農業では、安定した生産と収穫量を得ることは難しいのです。

利益を得るには大規模化も大切ですが、大規模化は借入の拡大にもつながり、それが新規参入の壁になっていると。

涌井新規参入しようと思ったら、田んぼを借り、機械を買わなければなりません。15ヘクタール規模でも6,000~7,000万円の設備投資が必要です。加えて、天候によって収穫量が左右され、豊作でも価格が相場に左右されて儲からない。それでも借金を返さなければならない産業に若者が参入するでしょうか?今の若者が求めるのは、一攫千金よりもまず安定、次に高収入、そして3番目にやりがいです。

みらい共創ファーム秋田の圃場

社会課題の解決は、銀行の成長につながる。
DX推進でこれからの農業をデザイン

SMBCグループが農業分野に注力する理由をお聞かせください。

髙梨SMBCグループは中期経営計画で「社会的価値の創造」を掲げています。従来の金融機関は経済的価値を追求することが中心でしたが、社会課題が解決されなければマクロ経済が成長せず、銀行も成長することはできません。SMBCグループでは「社会的価値創造」の実現に向けて5つの重点課題をあげていますが、農業は「環境」「少子高齢化」「日本の再成長」など、多くの重点課題にまたがるテーマです。

私たちは涌井さんらとともに2016年、「みらい共創ファーム秋田」を設立しました。当時のプレスリリースには「大規模営農化に伴うコスト削減や海外を含む新たな販路開拓等を通じた、効率的で収益性の高い農業経営モデルの構築を目指す」とありますが、目指すことは今も同じです。とはいえ、2024年には食料・農業・農村農業基本法が改正され、「食料安全保障の確保」が基本理念として明記されました。生産から流通、販売まで含めた食料バリューチェーン全体の最適化がより重要な課題となっています。

三井住友フィナンシャルグループ 執行役員 グループCSuO
三井住友銀行 執行役員 社会的価値創造本部長
髙梨 雅之氏

涌井私は、この1年で農業を取り巻く環境が激変する中で、農地の取得・農業機械等の設備・肥料・農薬といった初期投資を組織的に負担するなど、若者の農業への参入リスクを抑える「日本農業再生機構」の設置を提言しました。

こうした取り組みを、民間金融機関などが中心となって進めてほしいと考えています。農業関連企業や農機具メーカー、農薬メーカー、商社、量販店などが連携し、資金だけでなく販路確保や営農指導、経営者育成まで幅広く支援する。新規参入を後押しするだけでなく、事業継承やDX推進による効率化、輸出拡大といった取り組みにも挑戦してほしいと考えています。

DX推進に向けて、具体的にはどのような取り組みをされていますか。

涌井2023年から、農研機構・NTT東日本・NTTアグリテクノロジーと共同で、専門家の知見とAI技術等を組み合わせた、データ駆動型の「遠隔営農支援プロジェクト」の実証実験を行っています。限られた農業の指導員が各地を訪問して支援をしていくことは難しいため、遠隔で農家を支援する仕組みを構築することが狙いです。現在は大潟村の圃場でタマネギ栽培を対象に実証を進めています。

髙梨「みらい共創ファーム秋田」では営農支援アプリ「アグリノート」で作業・生育・収量の記録や共有を推進しています。現場出向者が一次データの価値を実感したことを契機に、三井住友銀行は2025年3月に提供元のウォーターセルと資本業務提携を結びました。一次データの付加価値を高めることで、農家の収益向上と環境負荷低減の双方に貢献する仕組み作りに挑戦していきたいと考えています。

お金だけでは解決しない。
メガバンクのネットワークが拓く、新しい農業のカタチ

農業に対し、金融機関としてどのような役割が果たせるのでしょうか。

髙梨お金を流すこと、またメガバンクが持つ幅広い顧客基盤を活用し、包括的な農業支援プラットフォームの構築を進めることだと考えています。私たちは農業のプロではありませんが、産官学金をつなぐことで解決策を提供することができると考えています。ウォーターセルとの資本業務提携のその一環です。涌井さんが期待する世界を実現することは容易ではありませんが、課題を直視し、あらゆる人を巻き込み、変革を進めていきたいと思います。

涌井今農家に求められているのは、食料の安定供給と農業の持続可能性、そして地域経済を豊かにするという大局観を持つことです。いまこそ大きな構造改革が必要です。

SMBCグループが「みらい共創ファーム秋田」に出向者を派遣している理由を教えてください。

髙梨机上の数字を見るだけでは、農業の現場はわかりません。現地で得た肌感覚をもとに課題を見出し、対応を重ねることで、理解は一層深まります。

涌井出向者は農業の技術を学ぶだけでなく、現場で「感じる」ために来ています。私たちの話と世界の動きが交わる中で、さまざまな気づきがあるはず。その瞬間を捉えて、新たな提言につなげてほしいと考えています。10年前、SMBCグループと取り組んだのは、今日のためだったのかもしれない。それくらい社会情勢から環境まで、あらゆる土台が「構造改革」に向けて積み上がり、いま目の前で圧縮されている感覚です。

髙梨SMBCグループとしても気を引き締めて、予期せぬ大きな波に直面しても、たゆまず取り組んでまいります。


PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。

  • 株式会社みらい共創ファーム秋田(MKFA) 代表取締役社長
    株式会社大潟村あきたこまち生産者協会 代表取締役会長

    涌井 徹氏

    (株)大潟村あきたこまち生産者協会代表取締役。1948年新潟県生まれ。1970年、21歳のときに家族とともに秋田県大潟村に入植する。過酷な国の減反政策と闘いながら、自立したビジネスとしての農業のあり方を模索。本格的な米の個人産直などに取り組む。1987年、大潟村あきたこまち生産者協会を設立。無洗米や、栄養素を付加した米の栄養機能食品なども開発する。従来の個人産直のほか、外食チェーン、流通大手向け直販なども展開。一流食品メーカー並みの社内体制を整えつつ、新たなビジネスモデルをもとにしたオンリーワン企業を目指す。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 執行役員 グループCSuO
    三井住友銀行 執行役員 社会的価値創造本部長

    髙梨 雅之氏

    1993年住友銀行(現三井住友銀行)入行。IR室長を経て、企画部にて当社初の統合報告書作成を主導したほか、ロンドンで欧州営業第五部共同部長としてサステナブルファイナンスを推進。2022年よりサステナビリティ企画部長、2023年より現職。

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「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の頭文字をとった言葉。「Digital」は「デジタル」、「Transformation」は「変容」という意味で、簡単に言えば「デジタル技術を用いることによる、生活やビジネスの変容」のことを指す。

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