
特殊詐欺などでだまし取った資金を、複数の銀行口座を短時間で経由させ、資金の流れを隠すマネーロンダリング(資金洗浄)。近年はネットバンキングの悪用により資金移動のスピードが増し、被害は拡大しています。
一方、三井住友銀行で本格的に金融犯罪対策に取り組んで以降、犯罪口座は大きく減少に転じています。その最前線を担うのがAML金融犯罪対策部とサイバーセキュリティ統括部がタッグを組んだ「金融犯罪対策チーム」です。警察出身で金融犯罪捜査に携わっていた人材から、フィッシングや不正認証などに詳しいテクノロジーの専門家まで、多彩なキャリアを持つメンバーが集結。日々巧妙化する手口に対応し続けています。
「財産は人の人生に関わるからこそ、犯罪の予兆段階で食い止めたい」
そう語るチームのメンバーに、変化する金融犯罪手口への対策と仕事への想いを聞きました。
巧妙化するマネーロンダリングの手口
ネットバンキングを利用した金融犯罪の特徴を教えてください。
平島従来は犯人側がキャッシュカードを入手して引き出す手口が中心でしたが、現在はスマートフォンから誰でも銀行口座を利用できるため、金融犯罪手法も変化してきました。犯人側にとっては出し子※を使わずに簡単に資金を移動できるようになり、金融犯罪を防ぐ対策は一刻を争う状況になってきています。我々は、被害者からだまし取った資金を即座に移動し、最大で数十カ所に分散させる犯罪者と日々対峙しています。
※出し子:犯罪口座等に送金された詐欺被害者の資金を、キャッシュカードを使ってATMで引き出す役割を担う者のこと。
被害に遭う人に特徴はありますか?
平島昔は富裕層が狙われることが多かったのですが、今は違います。資金がない人でも犯罪者の巧みな話術等により消費者金融などから借り入れをさせられ、それを送金させられるという事例が増えています。他人になりすまして口座を作り、そこから借り入れをするようなケースもあるので、誰もが被害者となり得る状況です。

グループ長 公認AMLスペシャリスト(CAMS)
平島 智明氏
末留オレオレ詐欺をはじめ、投資詐欺、暗号資産詐欺、そして最近では副業詐欺やSNSを使った闇バイトなど、金融犯罪の手口は多様化し複合化しています。オンラインカジノと闇金を組み合わせるなど、数え切れないほどの手法が存在し、老若男女問わず被害に遭う危険があります。
消費者金融から借り入れさせられ送金してしまうと、後から犯罪だとわかっても司法の救済が及ばず、被害者に負債だけが残ってしまうのは深刻な問題です。また、犯罪組織もねずみ講のように階層化され、上層部の一部が巨額の利益を得ています。
100%金融犯罪を防げない理由はなんでしょうか。
平島正常に利用されていた口座が突然不正に使われる場合、それが正規か不正かを即座に見極めるのは非常に困難です。普段通りに利用している人が闇バイトに応募し、資金移動を自分のスマートフォンから操作すれば、異常は見つけにくくなります。
末留ときには我々が検知せず、警察から凍結要請が入る口座もあります。そんな口座に対して、なぜ止められなかったのか、どういうパターンを検知すれば対策できたのかを分析し、次回は検知できるよう、日々改善を行っています。

末留 兼吾氏
高度化する手口に即応、迅速なPDCAで事前検知を強化
2025年4月に『国民を詐欺から守るための総合対策2.0』が策定されました。金融機関にはどのような対応が求められているのでしょうか。
末留詐欺被害は年々増加しており、令和6年中の国内の詐欺被害額は3,000億円を超えています。国は犯罪収益移転防止法の強化を進め、金融機関には本人確認の強化や振込上限額の引き下げなどが求められています。ただしそれだけでは利用者の利便性を損ないかねません。そこで複数のツールを用いた不正詐欺被害の事前検知に努めています。
しかし、犯人たちは次々と新しい手口を編み出すため、凍結判断のための検知シナリオを、常に状況に即した形に書き換えていかなければいけません。犯罪者ならではの共通点を警察勤務時代の経験やノウハウ、行内での横連携で探り、常に対応していくことで、犯人に「三井住友銀行の口座は金融犯罪に使いづらい」と思わせることが、一番の対策になるのです。モニタリングで不審な動きを検知した後は、顧客からのヒアリングを行う、口座を停止する、または解約させる等の対応を行います。
金融犯罪が疑われる動きには、どのような共通点がありますか。
五十嵐一例をお示しすると、不特定多数からの入金があり、短時間で他の口座へ振り込まれるケースや、長期間使われていなかった口座が急に動き出すケースなどは共通点として挙げられます。その他、詳細はお伝え出来ないですが、ネットバンキングの記録に、見慣れない挙動が残っていると、何かしら不審点があると判断し対応しています。

五十嵐 智大氏
通常、どれくらいのシナリオを設定されていますか?
平島数十のシナリオを設定しています。シナリオは多すぎても当たらない検知が増えますし、犯人側の動きが変わるたびに新しいシナリオに入れ替えたり修正したりするので、マンパワーも必要になります。なるべく絞り込みつつ、精度の高いシナリオを入れるようにしています。
PDCAサイクルはどれくらいの速さで回していますか?
吉田情報をもらってから数時間以内、遅くても1日程度で新たなシナリオを設定するよう心がけています。当行ではキャリア入行してきたログ分析・検知のスペシャリストが対応にあたっているため圧倒的なスピード感を実現できておりますが、例えば、対応可能な人材が社内におらず対応を外部に委託する場合では、社内承認から実装まで相応の時間を要するかと思います。

吉田 和史氏
五十嵐このスピード感でPDCAを回せているのは、中の人ながら驚異的だと感じています。プロジェクトに関わる全メンバーが高い倫理観で「犯罪者を許すまじ」という強い想いを持ち、団結している結果だと感じています。
被害を未然に防ぐ、現場主導の即応体制
スピード感を持たせるために、工夫していることはありますか?
五十嵐普段から部署間で密に連携し、迅速にルール化できる体制を整えています。SMBCグループではキャリア採用が増え、様々な背景を持つ方から柔軟に意見を取り入れる文化が醸成できてきたことも奏功し、スムーズな横連携が可能となりました。それらが推進力に繋がっているように感じます。
平島この2、3年で金融犯罪対策に取り組む姿勢が大きく変わり、経営陣にも「金融犯罪に立ち向かっていく」ことを共通認識として持っていただいている結果だと思っています。

1日あたり、どれくらいの不正が検知されますか?
平島具体的な数字は差し控えますが、1日に数百口座が検知され、外部からの情報連携も含め、膨大な数の口座を確認しています。
不正の最終判断は人間が行うのでしょうか。
末留どのシステムでも、最終的には必ず人間が目で確認してジャッジし、凍結するか通常利用するかを判断します。かつては犯罪が行われてから止めていましたが、今は予兆段階でも止めれるようになったため、被害前に抑止できるケースも増えました。
平島不正アクセスで不審な挙動があれば1分後には検知され、「これは変だ」と判断すれば即座に口座は止められ、多くの犯罪が未然に防げています。
凍結件数は半減、24時間体制で未然防止を加速
犯罪数はどれくらい減少しましたか?
末留現在、金融犯罪口座の凍結数はピーク時の半数程度に減少しています。全国的に詐欺は増加しており、他行の不正利用も増加しているため、相対的には大幅な改善です。一方で逆に他行が狙われるようになり、世の中全体の詐欺が減っていないことは憂慮すべき事態だと思います。
平島私は「金融犯罪を撲滅します」と宣言して入社しました。銀行口座が悪用されるのは銀行としてのレピュテーションリスクであり、銀行口座を介しての金融犯罪を撲滅することは我々の重要なミッションです。
ネットバンキングはいつでもどこでも使えるので、24時間365日の金融犯罪対策の対応が必要になりますが、しっかりとした監視体制を敷いている銀行はまだ珍しいはず。我々は、金融犯罪対策のノウハウを蓄積し、チーム内で情報共有をしながら、目線合わせをしています。一方、他行では人材やシステム面の知見が不足している場合もあり、金融犯罪対策は業界全体で取り組まなければ、世の中の詐欺口座は減りません。
末留警察時代は「人の生命、身体、財産を守る」というミッションで動いてきましたが、「財産」は銀行員としても守れます。また、警察は事件発生後の対応が中心ですが、今は被害に遭う前に守る仕組みを構築できつつあるのがやりがいでもあります。
「財産と命」を守るために
今後の展望について教えてください。
平島金融犯罪を100%止めるのは難しいですが、少なくとも被害者が振り込んだ資金を確保できるようにしたいです。私が入社した2022年頃は、犯人側の操作に10分ほどかかっていましたが、そのスピードはどんどん早まり5分となり、今や1分で犯罪収益を抜き取ります。今後はAIを活用し犯人側でもさらに高度な手法が取られると予測されるので、人的パワーを含む一種のアナログ的な部分を完全自動化することも視野に入れなければ間に合わないでしょう。
末留当行だけで金融犯罪を撲滅するには限界があります。銀行間はもちろん、警察・金融庁など官民一体となって対策を進めていく必要があると感じています。
吉田被害額がどんどん積み上がり、相当な累計金額が全て犯罪者の利益になっていると思うと、詐欺でお金を儲けるというのがまかり通ってしまう現実に憤りを感じます。被害者を少しでも減らすため、常にスピーディな動きを意識して業務にあたる所存です。
五十嵐お客さまの資産を単にお預かりしているのではなく、お客さまがより豊かな人生を過ごせるよう、それらを守り抜いていくことが使命だと感じています。お客さまや社会を守るために、一丸となり被害減少に向けて全力で取り組み続けていきます。

PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。
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株式会社三井住友銀行 AML金融犯罪対策部 金融犯罪対策グループ
グループ長 公認AMLスペシャリスト(CAMS)平島 智明氏
大学卒業後、地方銀行に入行。法人営業を担当。2016年早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了後、ネット銀行を経て、2022年2月三井住友銀行に入行。
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株式会社三井住友銀行 AML金融犯罪対策部
部長代理 公認AMLスペシャリスト(CAMS)末留 兼吾氏
大学卒業後、警察組織入庁。知能犯捜査等を担当。ネット銀行でのAML金融犯罪対策業務を経て、2023年11月三井住友銀行に入行。
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株式会社三井住友銀行 サイバーセキュリティ統括部 部長代理
五十嵐 智大氏
大学卒業後、通信キャリア子会社に入社。セキュリティ担当としてログ分析業務に従事。
2023年10月三井住友銀行に入行。 -
株式会社三井住友銀行 サイバーセキュリティ統括部 部長代理
吉田 和史氏
大学卒業後、通信キャリア子会社に入社。セキュリティ担当としてログ分析業務に従事。
2024年9月三井住友銀行に入行。
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