取り組み
2025.11.06更新

金融×量子コンピューティングの可能性を見据えて。Quanmatic社と広告配信最適化のPoCを実施

かつて“未来の技術”と呼ばれた量子コンピューティングが、いま、企業の複雑な課題を解く“現実的な選択肢”として急速に動き出しています。とりわけ膨大なデータを扱う金融業界では、その活用の可能性は計り知れません。

SMBCグループではその実用可能性に着目。このたび、量子計算技術と古典計算を融合させた高度アルゴリズムを活用し、企業の複雑なビジネス課題を解決するスタートアップQuanmatic(クオンマティク)社と協働し、銀行アプリ上の広告を「最適化」するPoC(概念実証)を実施しました。このPoCで用いた革新的な技術、得られた具体的な効果、そして金融×量子コンピューティングの融合がもたらす未来を深掘りします。

今回は、Quanmatic代表取締役 CEO 古賀純隆氏、代表取締役 CTO 武笠陽介氏、CPO(最高製品責任者) 寺田晃太朗氏、そして今回のPoCを主導した三井住友銀行(SMBC) デジタル戦略部 部長代理の細沼充氏に話を伺いました。

量子コンピューティングの力を社会へ。Quanmaticが挑むビジネス課題解決

量子コンピューティングとはどのような技術で、どの領域に活用が期待されているのでしょうか。

武笠皆さんが現在使っているコンピュータは、情報を0か1の「ビット」単位で計算しています。一方、量子コンピュータは、0と1の状態を同時に保持できる「重ね合わせ」という性質を利用し、「量子ビット」単位で計算します。これにより、一度に多くの計算を高速に実行でき、従来のコンピュータでは現実的な時間では計算不可能とされる膨大な計算を、高速かつ効率的に処理できると期待されています。

応用分野はシミュレーションや機械学習、暗号解読など多岐に渡りますが、なかでも、膨大な選択肢の中から最適な答えを見つけ出す「組み合わせ最適化」がイメージしやすいかもしれません。具体的には、製造業における生産工程やスケジューリング、人員配置の最適化、配送・物流業における配送計画や在庫の適正化などへの活用が考えられます。

株式会社Quanmatic 代表取締役CTO
武笠 陽介氏

Quanmaticについて教えてください。

古賀現在、世界の時価総額上位企業をはじめとする世界を代表する企業や研究機関が、量子コンピュータの開発にしのぎを削っています。ハードウェアが大きな話題になる一方で、搭載ソフトウェアやアルゴリズムこそが実世界へのソリューションの質を直接左右する業界でもあります。

その中で、我々は量子コンピュータの早期活用にはアルゴリズムと、それを現実の課題に結びつける技術こそが肝要と考え、情報工学、量子計算、アルゴリズム開発の第一人者である早稲田大学戸川望教授と共に2022年10月にQuanmaticを設立し、武笠、そして慶應義塾大学の田中宗教授(当時は准教授)を迎えて創業しました。

ミッションは「飛躍的に多様化する社会を支える数理アルゴリズムの実装」です。量子計算、古典最適化、理論物理、AI・機械学習のトップ研究者と、サプライチェーンの戦略・デジタル化と戦略コンサルタントの経験を持つCEOからなる経営陣が、顧客のニーズに合わせた技術提案と実装を行っています。

株式会社Quanmatic 代表取締役CEO
古賀 純隆氏

これまでQuanmaticが手掛けたプロジェクトを教えてください。

武笠二つの事例をご紹介します。

まず一つ目は、半導体メーカーとの協働です。半導体の製造工程は非常に複雑で、製造デバイスも装置も多岐にわたるうえ、「装置が故障した」「優先的に対応しなくてはいけない受注がある」などとさまざまなオーダーがあります。従来、その半導体メーカーでは、基本的な計算ルールをベースにしつつも、現場の熟練技術者の知見やノウハウに頼るオペレーションを行っていました。

しかし今は、人材不足が叫ばれる時代です。我々Quanmaticの量子計算技術を活用すれば、より効率的で効果的な生産計画を持続的に立案できるのではないかーー。現場でのヒアリングを重ねながら最適なアルゴリズムを構築し、結果的に世界で初めて、大規模半導体製造工場の製造ラインにおいて、量子技術による生産計画の最適化を実証しました。

二つ目は、全国に200店舗以上を展開するホームセンターとの協働です。そのホームセンターでは、店舗で購入した商品をお客さまのご自宅に配送するサービスを展開していました。もともとは各店舗でトラックを確保し、一定エリア内の配送を行うという計画でしたが、我々の量子計算技術を活用することで、刻々と変わる受注状況に追従する配送計画立案技術を開発。実証実験では「3店舗の注文を2台のトラックで回す」「お客さまのお届け希望時間帯に合わせたルートの最適化」といったことが可能になり、従来比で配送効率が約1.5倍向上することが見込まれています。

金融×量子コンピューティングの共創へ。広告配信最適化PoC

SMBCグループとはどのようなきっかけで出会い、なぜPoCを始めたのですか。

SMBC 細沼私は三井住友銀行デジタル戦略部で企業投資のほか、先端技術の調査・導入を担当しており、量子コンピュータのことをいろいろ調べていました。その中でも、Quanmaticさんとはぜひ一度お会いしたいと考えていました。SMBCベンチャーキャピタルがQuanmaticさんに投資をしていた縁もあり、ご紹介いただきました。具体的なプロジェクトは話し合いを重ねる中で見いだしていきました。

実際に銀行が抱えている課題、特にデータにまつわる課題はたくさんあります。その中でまずは早めに試すことを優先し、三井住友銀行のアプリ広告の最適化を目的としたPoCを実施することになりました。協働するSMBCデジタルマーケティングも、過去にAIを使った分析をしたことがあり、興味を示してくれたことも理由の一つです。

三井住友銀行 デジタル戦略部 部長代理
細沼 充氏

今回のPoCの内容と効果を教えてください。

古賀一言で言えば、このPoCでは、ユーザーにいかに適切な広告を配信するのか、どのような「最適化」を行えば広告をクリックしてもらえるかを検証しました。

PoCにあたり、三井住友銀行のデータを扱うということで、まずサーバーを購入するところから始まりました。銀行のセキュリティは非常に厳しいため、ネットワークから隔絶された場所にデータを運ぶ必要があります。入室制限をかけた会議室に専用サーバーを設置し、そこにデータを入れて、解析を行いました。解析後は再現できないようにデータ消去も行っています。

SMBC 細沼初めての取り組みということもあり、その準備に想像よりも時間がかかってしまいました。ただ、厳重なセキュリティ下でPoCを行うマニュアルを作成したので、次回以降はよりスムーズにスタートできると思います。

寺田ハード面の環境が整った後は、年齢、性別、居住地、世帯年収、ライフイベントなど、ユーザーの41の特徴量の中から、どの特徴量を用いて計算するのかを検討しました。不要な特徴を削ることで、学習および推論時間が短縮できる上、過学習を防ぐことができます。これがいわゆる「QFS(量子特徴量選択)手法」と呼ばれるものです。

今回のPoCの目的は、アプリ広告のクリック率(CTR)を上げること。QFSで絞り込んだ10個前後の特徴量をAIに機械学習させ、CTRの向上が見込めるかを検証しました。

株式会社Quanmatic CPO(最高製品責任者)
寺田 晃太朗氏

SMBC 細沼やはりすべてのデータを学習させてしまうと過学習になり、精度が落ちてしまいます。特徴量を選定することによって、精度を改善できたと考えています。つまり、量子コンピューティングを活用する意義は一定あると確信を持ちました。

寺田そうですね。最近、機械学習の分野でよく取り沙汰されている、「説明可能なAI(XAI)」にもつながる話だと思います。

やみくもに機械学習させると、計算や結果そのものが人間には解釈できないケースが起こりえますが、今回のように要点を絞ることで、人間が理解しやすく、説明できるようになるというメリットがあります。それも、今回のPoCで得られた成果の1つだと考えています。

ユーザーに最適な広告が配信されるとなると、メリットも大きそうです。

SMBC 細沼はい。ユーザーにとっては、自分が全く興味のない広告が配信されるのはうれしくありませんし、広告主にとってもより効果的に広告を届けたいという思いがあります。そうした意味で、とても意義のある取り組みだったと思います。よりニーズのある人に広告を届けられれば、広告を配信する媒体としての付加価値も上がります。

金融×量子コンピューティングが描く未来と可能性

今回のPoCを総括しつつ、今後の展望を教えてください。

SMBC 細沼今回、銀行として提示できたデータセットは41項目の特徴量でした。もっと多くのデータをQuanmaticさんに提供できていれば、さらに望ましい結果が出たかもしれません。さまざまな制約の中で、Quanmaticさんは非常によい成果を示してくださいました。

古賀PoCではあってもQFS手法を実装したのは、世界でも初の事例ではないかと考えています。広告配信最適化にとどまらず、金融分野での量子技術活用における重要なマイルストーンになったと思います。

寺田今回使ったデータはユーザーの属性データで、ある時点を切り取ったものでした。行動履歴など時間軸も加えた計算ができれば、また最適化された解が得られる可能性があると考えています。今後、検討の余地があると思います。

量子コンピュータと金融の組み合わせがもたらすインパクトについて、どうお考えですか。

SMBC 細沼応用先は多岐に渡ると思います。たとえば、不正に入手したキャッシュカードを使って出金するケースでは、超高速計算によって「イレギュラーである」と判断し、水際で不正を阻止できるかもしれません。また、法人や個人への融資において、リスクを量子コンピューティングで分析できるようになる可能性もあります。

古賀そうですね。量子暗号技術によるセキュリティ向上で、オンラインバンキングや決済システムはさらに強固となり、誰もが安心してデジタル金融サービスを利用できる社会が実現できると考えます。だからこそ、金融機関の皆さんにも量子コンピューティングの理解を深めていただきたいですし、むしろ深めなければならないという危機感も持っていただきたいと思います。


PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。

  • 株式会社Quanmatic 代表取締役CEO

    古賀 純隆氏

    京都大学大学院理学研究科修了。Dell Technologies米国本社(米テキサス州オースティン)でサプライチェーンの戦略・デジタル化に10年間従事。マッキンゼー・アンド・カンパニーで大企業の戦略・改革策定。株式会社Quanmaticを武笠陽介氏らと創業。

  • 株式会社Quanmatic 代表取締役CTO

    武笠 陽介氏

    早稲田大学大学院基幹理工学研究科情報理工・情報通信専攻(戸川研)修了。元DeNAソフトウェアエンジニア。情報処理推進機構(IPA) 未踏ターゲット事業に2年連続で採択され、アニーリングマシンアプリ「ANCAR」を開発。CTOとしてQuanmaticの技術戦略を担う。

  • 株式会社Quanmatic CPO(最高製品責任者)

    寺田 晃太朗氏

    早稲田大学大学院基幹理工学研究科情報理工・情報通信専攻(戸川研)修了。博士(工学)。元ヤフーソフトウェアエンジニア・プラットフォームエンジニア。学術雑誌、国際会議、国内学会・研究会・ミートアップでの発表経験多数。

  • 三井住友銀行 デジタル戦略部 部長代理

    細沼 充氏

    複数の金融機関および事業会社で投資・トレーディング業務に従事。新規技術を活用した事業開発を経て、現在は三井住友銀行デジタル戦略部にて企業投資と先端技術の調査・導入を担当。

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XAI
(Explainable AI)

類義語:

「Explainable AI」の略。AIが下した判断や予測結果の「理由」や「根拠」を人間が理解できる形で説明できるAI技術のこと。

PoC
(Proof of Concept)

類義語:

  • 概念実証

新しいアイデアや技術の実現可能性を検証すること。日本語では「概念実証」と訳される。新しいサービスを立ち上げる際や新しい技術が実現可能かを確認するため、本格開発・導入の前段階で実施される。

AI
(artificial intelligence)

類義語:

  • 人工知能

コンピュータが人間の思考・判断を模倣するための技術と知識体系。

SMBCデジタルマーケティング

類義語:

SMBCグループが提供するデジタルサービス。金融グループだからこそできる新たな広告・マーケティングソリューションの提供により、個人と法人のお客さまに新しい価値を提供します。

量子コンピュータ

類義語:

  • 量子コンピューティング

量子力学を用いた次世代のコンピュータ。従来のコンピュータと比べて、大規模かつスピーディーな情報処理を行えるとされ、さまざまな業界での活用が期待されている。

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