DXへの取組
new
更新

【未来X 2025】デジタルイノベーション賞受賞。「日本円ステーブルコイン」で未来を拓く、JPYCの挑戦

34兆円を超える急成長市場、ステーブルコイン

日本円建てステーブルコインで世界に挑むのが、未来X 2025で「デジタルイノベーション賞」を受賞した、JPYC株式会社(以下、JPYC)です。社会のジレンマを突破すべく起業した代表取締役の岡部典孝氏は、なぜいま、日本初ステーブルコインに賭けるのか。三井住友銀行 デジタル戦略部の中井 沙織氏が、革新の源泉と未来戦略に迫ります。

「未来X」から広がる出会い

中井まずは今回、アクセラレーションプログラムである未来Xに参加した経緯や受賞した感想を教えてください。

岡部未来Xがメンタリング等も含めて、手厚い支援があることは知っていました。そのうえで、我々のステーブルコイン事業と銀行には共通点も多く、オープンイノベーションを通じて多様な企業と接点を持てる点に魅力を感じ、応募を決めました。

不動テトラさまなど、一見違う業界・業種の企業さまとマッチングしていただいたり、さまざまなスタートアップとも繋がりができたりしました。さらにピッチの指導を受ける機会はなかなかないので、とても参考になり、参加して本当に良かったと感じています。

JPYC株式会社 代表取締役
岡部 典孝氏

中井嬉しい感想です。今後もできる限り、スタートアップに対するサポートを続けていきたいと思っています。

イノベーションを諦めない、怒りを力に変えた起業と突破力

中井まずは御社の成り立ちについて教えてください。

岡部JPYCは2019年11月にスタートして、「社会のジレンマを突破する」というミッションを掲げています。

新しいことをやろうとすると、いろいろな障壁があります。世の中をもっと滑らかにして、私たちだけではなく、多くの会社さまにとってもイノベーションを起こしやすい環境を作りたいと思い、起業をしました。なので、ステーブルコイン事業は割と自然な形で入りましたね。

中井そもそも岡部さんが金融業に参入した理由は何ですか?

岡部私は2001年にデジタルコイン事業で最初に起業しました。当時はブロックチェーンもなく、オンライン決済で10~15%の手数料が取られる時代でしたので、それを変えたいと思い、ネットゲームの決済事業に取り組みました。

ブロックチェーンなどが出てきて、技術的にはより効率的な決済ができる素地が整ったと思っていますが、手数料が安くなったとはいえ、まだまだ高い。さらに、世の中には理不尽なことが多すぎます。イノベーションを阻害するような社会構造への怒りを原体験に、起業をしました。新たな分野での起業を通して、些細なことであっても、起業家が「これはおかしい」と声を上げて実際に動くと、意外と変わるということを学んできました。

中井それができるのはすごいと思うんです。どうアプローチしていいか悩んでいる起業家やスタートアップも多いと思うので。

株式会社三井住友銀行/株式会社三井住友フィナンシャルグループ
デジタル戦略部 部長代理/デジタルビジネスエキスパート
中井 沙織氏

岡部当局側の姿勢が変わっていることをキャッチアップすることも重要です。特に最近、AIなどでDXのあり方も変わってきているなか、例えば金融庁はAIのディスカッションペーパーを出して、変わらないこと自体がリスクだから、ルールで理不尽なことがあったり、何か変えてほしいことがあったりしたら、気軽にディスカッションしましょうという姿勢を示している。にも関わらず、多くの人は「当局に相談しても変わるはずがない」と思ってしまうんです。

法律を変えるのはハードルが高いですが、例えばガイドラインや政省令ぐらいならば、的確な指摘であることが前提ではありますが、意外と変えてくれます。

34兆円超が流通。急成長するステーブルコイン市場

中井我々としては、ステーブルコイン市場の立ち上げに貢献されている点を評価して、デジタルイノベーション賞を御社に授与したのですが、あらためてステーブルコイン事業に注力しようと思ったきっかけを教えてください。

岡部実は、ステーブルコインはビジネスプランの1つでした。事業にはタイミングがあるので、タイミングが来たらやろうとはずっと思っていました。

そんななか、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大があって、DXが一気に進みました。そうすると、デジタルコインで使いやすいものが必要になってきて、世界的にもUSDTやUSDCといったステーブルコインが2020年春頃に盛り上がりを見せ始めた。今こそ日本円のステーブルコインを作るべきだと思いました。

中井USドルではなくて、日本円建てにしようと。

岡部はい。そもそも我々は日本の会社ですから、USドルなど他国のステーブルコインのハンデが相当あるだろうと思いましたし、逆に海外の会社が日本に進出するのも簡単ではないだろうと。勝ち筋としてはまず日本円から入るべきだと判断しました。

当時は本当にまだ10億あるかどうかという小さいマーケットでしたが、可能性が見え始めたタイミングで実験を始め、2021年1月に日本円建プリペイド型トークン「JPYC Prepaid」を出しました。

中井今後は世界での利用も見込んでいるのですか。

岡部はい、当然その点は考えています。まさにトランプ大統領が「アメリカのステーブルコインを世界で流通させて、米ドルの主権を守る」といった主張をされていますが、逆の立場で言うと、日本円を使っている日本の会社が、日本円が世界中で使われる状態を作らないといけない。それには、日本円のステーブルコインが世界中の取引所や銀行で現地通貨に替えられて、使われるようになるのが1番近道だと思っています。USDCとEURCを発行しているサークル社は我々の株主でもあるので、そういった世界のステーブルコインを日本に持ってくる役割も我々が担っていきたいと思っています。

中井まだまだ“気づかれていない”市場だと思うのですが、市場の大きさはどれぐらいなのでしょう。

岡部コインマーケットキャップ(CoinMarketCap)というHPによると、今、34兆円が流通していて、ほとんどがドル建ステーブルコインです。1日の取引高は20兆円で、東証の取引高を上回る規模ですが、日本はまだほぼゼロ。このマーケットは、世界的に継続して大きな成長が見込まれています。今後、400兆円規模まで成長するとも言われており、仮に将来的に日本市場で5~10%のシェアを取れるとすれば、一定の規模感が想定されるポテンシャル市場だと考えています。

きっと思ったより大きい市場感だと思うのですが、今はほとんどゼロ。この成長性がスタートアップにとっては魅力ですし、大企業にとってもいちはやく取り組もうという動機になっていると思います。

取引をもっと自由に、もっと滑らかに

中井どんなユースケースを想定していますか。

岡部プログラムができるデジタルマネーですので、行政でもBtoBでもBtoCでもあらゆる領域で使えますが、基本的に“効率が悪い”ところの“効率を良くする”技術だと思っています。すでにほとんど手数料ゼロで高速で自動取引されている分野よりも、いまだアナログな領域が恩恵を受ける可能性が高いです。

例えば、銀行振込をする際に、人が手動で2段階認証をしているような作業を自動化したい場合に、ステーブルコインは便利です。家賃の支払いなど、経理の人が何人も張り付いてやっているような作業は、今人間が減ってきている中で、もう少し自動化できる要素があるはずですからね。

また、国境を越えて取引をする際に、時間差を狭めることができます。どうしても銀行振込でSWIFT経由となると、取引に数日かかる可能性がありますし、その間にレート変動もします。ドル決済の場合、レートが変動する分のコストを日本の会社は払い続けているわけですが、これをほぼゼロにする。つまり、日本の会社が日本円やJPYCで払おうとすると、受け取りたいアメリカの会社はUSDCに替えて自動で受け取れる。

そういう世界になって、やっと平等な取引が実現するんですよね。これは国益を考えても、日本として進めていく価値がある、大きな変化だと思っています。

岡部今後AIがどれだけ発展するかは、正直分かりませんが、今までは人間がやった方が正確だと思っていたことも、これからはコンピュータやAIがやった方が正確だとなってくると、AIをもっと活用しようという動きが広がって、自動取引ももっと増えると思うんです。

そうすると、既存の金融とどういう風に結びつけるかというのは大きなテーマになりますが、ステーブルコインは今後、一定の領域で有効な手段として活用される場面が増えていく可能性があると考えています。

中井なるほど。決済と投資の両面で世界観が変わっていくのは、どれぐらいのスパンなのでしょう。

岡部融資や出資がJPYCに切り替わるのはだいぶ先だと思いますが、切り替わりが早そうな領域で言うと、例えば、クレジットカードで決済したときに、店舗に入金されるのは決済から1カ月後だったりするわけですね。その上決済手数料が3~5%ほどかかってしまいます。これがステーブルコイン決済だと、即時入金や手数料の低減が可能となるケースもあり、一定のメリットがあると感じています。今後の動向次第では、数年で環境が大きく変わる可能性もあるかもしれません。

ステーブルコイン市場の第1位を走り抜けたい

中井最後に、御社が目指す未来について教えてください。

岡部日本円ステーブルコインマーケットの第1位で走り抜けたいと思っています。我々はサークル社のUSDCやEURCと全く同じ規格に揃えていますから、USDCで決済できるところだったら、すぐJPYCで決済できますし、JPYCで決済できるところだったらUSDCやEURCでも対応可能な、互換性のある仕組みを目指しています。世界中の人々が持っている通貨をあんまり意識せず、滑らかに決済できるような世界、あるいはその手数料がすごく安い世界を最終的には実現できると期待しています。

ステーブルコインが出ないと始まらないようなサービスを企画している人たちもたくさんいて、業界から期待されていることを日々感じています。今、準備の最終段階まで来ているので、早くみなさまに安心して使っていただける完全なステーブルコインを社会実装していきたいです。

PROFILE
※所属および肩書きは取材当時のものです。
  • JPYC株式会社 代表取締役

    岡部 典孝氏

    2001年に一橋大学在学中に一社目を創業し、以降、代表取締役や取締役CTOとして数々のプロジェクトをリード。2017年にはリアルワールドゲームス株式会社を共同創業し、技術と財務の分野で卓越したリーダーシップを発揮。2019年に日本暗号資産市場株式会社(現JPYC株式会社)を立ち上げ、代表取締役として2021年より日本円建プリペイド型トークン「JPYC Prepaid」発行を開始。2023年7月からはBCCC「ブロックチェーン普及推進部会」の部会長に就任し、ブロックチェーン技術の普及と発展に貢献。さらに、iU情報経営イノベーション専門職大学の客員教授や一般社団法人ブロックチェーン推進協会(BCCC)の理事を務めるなど、教育と業界発展にも注力。

  • 株式会社三井住友銀行/株式会社三井住友フィナンシャルグループ
    デジタル戦略部 部長代理/デジタルビジネスエキスパート

    中井 沙織氏

    金融機関、通信キャリアでFinTech領域の新規事業開発・他社とのアライアンスなどを担当した後、2023年にSMBCグループに入社。イノベーションチームとして、最新デジタル技術を起点に新規事業開発を行う。Web3・ブロックチェーン関連領域におけるDigital Asset、オルタナティブ投資等の金融サービスの開発や、非金融サービスの開発に従事。また、オープンイノベーション拠点の運営を通じ、スタートアップや大手事業会社など多様な外部とのアライアンス・協創サービス開発を推進。

未来X
(mirai cross)

類義語:

SMBCグループが提供するデジタルサービス。スタートアップ・事業会社・ベンチャーキャピタル・公的機関等の多様なプレイヤーが参画する協業や事業創出を推進するスタートアップエコシステムプラットフォームです。

ブロックチェーン
(Blockchain)

類義語:

  • 分散型台帳

情報を記録するデータベース技術の一種で、ブロックと呼ばれる単位でデータを管理し、それを鎖(チェーン)のように連結してデータを保管する技術を指す。同じデータを複数の場所に分散して管理するため、分散型台帳とも呼ばれる。

オープンイノベーション
(Open Innovation)

類義語:

製品開発や技術改革、研究開発や組織改革などにおいて、自社以外の組織や機関などが持つ知識や技術を柔軟に取り込んで自前主義からの脱却し、市場機会の増加を図ること。

AI
(artificial intelligence)

類義語:

  • 人工知能

コンピュータが人間の思考・判断を模倣するための技術と知識体系。

DX
(Digital Transformation)

類義語:

  • デジタルトランスフォーメーション

「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の頭文字をとった言葉。「Digital」は「デジタル」、「Transformation」は「変容」という意味で、簡単に言えば「デジタル技術を用いることによる、生活やビジネスの変容」のことを指す。

トークン
(Token)

類義語:

直訳すると「しるし」「象徴」という意味で、仮想通貨におけるデジタルコイン/キャッシュレス決済における認証デバイスのこと。

ステーブルコイン
()

類義語:

日本円や米ドルなどの法定通貨や金などの現実資産と価値が連動するように設計された暗号資産の一種。日本国内においては、2023年6月1日に施行された改正資金決済法により、デジタルマネー類似型のステーブルコインが電子決済手段として定義され、利用が正式に認められた。

SWIFT
(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)

類義語:

  • 国際銀行間金融通信協会

世界中の銀行が加盟し運営する共同組合、国際銀行間金融通信協会(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)の略であり、この組合が運営する金融機関を繋ぐネットワークシステムを指す。国際貿易や外為取引のための標準的な送金プラットフォームである。

アンケートご協力のお願い

この記事を読んだ感想で、
最も当てはまるものを1つお選びください。

アンケートにご協力いただき
ありがとうございました。

引き続き、DX-linkをお楽しみください。