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2026.04.23更新

AIがもたらす「社会の転換点」──東京大学教授・松尾豊氏 × NTTリサーチ社長・五味和洋氏 × SMBCグループCDIO・磯和啓雄氏

生成AIの登場からわずか数年。AIは「便利なツール」から「社会を変える基盤」へと、その位置づけを大きく変えつつあります。

2026年の今、世界はどの地点にいるのか。そして日本企業はどこへ向かうべきなのか。

SMBCグループが主催し、ニューヨークで開催されたセミナーには、AI研究の第一人者である東京大学教授・松尾豊氏、シリコンバレーの最前線で研究開発組織を率いるNTTリサーチ社長・五味和洋氏、そして三井住友フィナンシャルグループ CDIO 磯和啓雄氏が登壇。三井住友銀行 執行役員 米州営業第一部長を務める鈴木厚行氏のモデレーションのもと、AIの現在地と、その先に広がる社会像について議論が交わされました。

推論能力の飛躍と、AIエージェント時代の到来

この1年のAIの進化をどう見ていますか。

松尾1年前と比べると、まさに「別世界」です。GPT-5やGemini、中国発のDeepSeekのいずれも、推論能力が飛躍的に伸びました。

ここでいう推論とは、単に答えを出すのではなく、「複数の思考ステップを経て精度を高める」能力のことです。2020年頃のAIが、「15秒タスク」を代替していたとすれば、今は「1時間規模のタスク」もAIに任せられるようになった。これは非常に大きな変化です。

さらに、AIエージェントが登場したことで、AIが「仕事の流れ」を理解してやり直すという、人間に近い働き方をし始めています。1日~1週間の長期タスクをAIエージェントが自律的に遂行していても、もはや驚きではありません。

左:株式会社三井住友銀行 執行役員 米州営業第一部長 鈴木 厚行氏
右:東京大学教授 松尾 豊氏

五味社長、シリコンバレーではどのような変化が起きているのでしょうか。

五味変化のスピードは、日本の想像をはるかに超えていると思います。AIはもはや開発者の補助ではなく、開発チームの一員になりつつあります。たとえば米シスコ・システムズの新しいセキュリティ製品の開発では、コードの約70%をAIが書いたと発表されています。さらに次のアップデートでは100%にしたいと、開発責任者自身が公言しています。それほど、コードの質が上がっているのです。

さらに広がっているのが、AIエージェントの実装です。アメリカではもはや、「人を増やす前に、エージェントを作ろう」という発想が、普通の会話になっています。新入社員が経験を積んで自走できるようになるのと同じように、AIも経験を蓄積し、より自律的に動くようになる。「人の代わりにエージェントを作る」という世界へのシフトは加速度的に進んでいます。

製造業でも、ロボット制御、予兆保全、需要予測など、分野を問わずAIが浸透していますし、製造ラインをまるごとAIが監督する工場も、現実味を帯びてきました。特にロボット基盤モデルの有効性が実証されはじめており、今年から来年にかけて実際の工場への実装事例が本格化すると見ています。想定していたよりも、転換のスピードは早いと感じています。

一方で、ROIが明確に見えていないと率直に認める担当者も少なくありません。しかし、先行投資として取り組みを継続することで、将来的に一気に火がつく局面を見据えているのが、シリコンバレーの実態です。

金融の現場で進むAI実装と組織変革

磯和専務、金融の現場ではどのような実装が進んでいるのでしょうか。

磯和AIに対する銀行業界の評価は長年、慎重でした。ハルシネーションがある、説明責任が重い、セキュリティが厳しいなどの声が多くありました。しかしSMBCグループでは2024年頃から一気にアクセルを踏み、2029年までにAI投資500億円を掲げる方針を打ち出し、スピードを重視した仕組みを構築しています。

具体的には、社長・頭取・私の3人がその場で新規事業や新しい取り組みの実施を決裁するCDIOミーティングをほぼ毎月開催しています。トップダウンで突破口を開くことで、結果として、1年で100件ほどのAI案件が起案されています。

具現化した実例の一つが、社長の発言・文章・性格データを学習させた「AI社長」です。社長がどう答えそうか、どんなニュアンスで伝えるかまで再現し、若手と管理職で口調を変えるなど、人格調整まで行いました。

二つ目は、個人向けサービス「Olive(オリーブ)」を法人・中小企業向けに展開した新サービス「TRUNK(トランク)」です。補助金申請などの複雑な事務作業もAIが自動化し、半年で30,000件の法人口座開設につながりました。

三つ目は、AIによるデューデリジェンスサービス「LegalXross」です。従来は時間とコストの塊だったデューデリジェンスが大幅に効率化され、M&Aのボトルネックを解消しつつあります。

左:NTTリサーチ 社長 五味 和洋氏
右:三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCDIO 磯和 啓雄氏

AIが進むと組織構造はどう変わるのでしょうか?

磯和日本企業の「企画」「統括」「現場」という3層構造は変わります。真ん中の「統括層」は、AI時代には必ず薄くなります。

今回出てきた100件のエージェント案は、ほぼすべて現場から上がってきました。もともと新商品の企画は本部主導になりがちで、現場のニーズと乖離することも少なくなかった。ところが「エージェントを作るコンテスト」として募集したところ、100件ほどの応募が集まり、すべての提案が現場発でした。現場こそが課題を最も深く理解しており、AIの活用余地が眠っているのも現場です。

電力の制約と人間の役割

AI×社会の課題として「電力問題」や「インフラの制約」も語られていますよね。

五味はい、AIの急拡大で、いま世界中で電力不足が起きています。米国でもデータセンターの建設地は「電気が取れるか」が最優先で、住民による反対運動も増えています。「電力消費が過大である」という理由で、データセンター建設が1年遅れることも、今や珍しくありません。

NTTとしては、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)という言葉をお聴きになった方もいるかもしれませんが、光技術(フォトニクス)を使った電力削減に取り組んでいます。チップ間やチップ内部のデータ転送を電気から光に変えることで、消費電力は10分の1以下、さらにそれ以上の削減も可能です。最終的には「光コンピュータ」の実現を目指しています。NTTはデータセンタープロバイダーとして世界トップ3に位置しますが、「発表した瞬間に売り切れる」ほど需要が逼迫しており、この状況はまだ当分続くと見ています。

人とAIが共存するための「鍵」は何でしょうか?

松尾私は「責任」だと思っています。AIは責任を取れません。だから最終的な判断は人間が担う必要があります。このラインは絶対に残りますし、ここが人間の価値です。

五味エージェント同士が会話するSNSのような仕組みも生まれています。今後はAIに「何を見せるか、見せないか」というデータコントロールの粒度がさらに重要になるでしょう。

磯和私は「ネガティブ・ケイパビリティ」を強調したいです。AIは即答します。しかし、人間はすぐに答えが出なくても考え続けることができます。この、「答えを急がない力」はAI時代の強みです。日本人の真面目さや粘り強さは、まさにこの力と相性がいい特性です。

最後に、聴講者(読者)へメッセージをお願いします。

松尾AIは生産性を大きく変えるツールです。日本全体でベストプラクティスを共有し、横展開できる仕組みを整えることが重要です。優れた事例を隠さず共有し、互いに学び合う文化を根付かせることが、日本全体のAI活用レベルを引き上げる鍵だと思っています。

五味AIを使える人ほど価値が上がる時代です。「AIを活用することが不公平だ」という考えはもう古い。正しく使える人が強くなる世界が来ています。

磯和日本人の丁寧さ・真面目さ・考え抜く力は必ず武器になります。AIと掛け合わせて、次の時代を一緒に形作っていきましょう。


PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。

  • 東京大学教授

    松尾 豊氏

    2002年に東京大学大学院博士課程修了後、産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、2019年より東京大学教授。人工知能・深層学習の研究と産業応用を専門とし、日本におけるAI研究・人材育成・産業連携をけん引。2017年から日本ディープラーニング協会理事長を務め、2023年より内閣府AI戦略会議座長として日本のAI政策を主導。

  • NTTリサーチ 社長

    五味 和洋氏

    1985年にNTTに入社後、40年以上にわたりプロダクトマネジメントや開発業務に従事。2001年にNTTコミュニケーションズ グローバルIPネットワーク事業部担当部長、2010年にNTT America社長に就任。2019年よりNTT Research, Inc. 社長として、シリコンバレーを拠点に先端基礎研究を統括し、NTTグループのグローバル研究戦略をけん引。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCDIO

    磯和 啓雄氏

    1990年に入行後、法人業務・法務・経営企画・人事などに従事した後、リテールマーケティング部・IT戦略室(当時)を部長として立ち上げ。その後、トランザクション・ビジネス本部長として法人決済の商品・営業企画を指揮。2022年デジタルソリューション本部長、2023年より執行役専務 グループCDIOとしてSMBCグループのデジタル推進をけん引。

  • 株式会社三井住友銀行 執行役員 米州営業第一部長

    鈴木 厚行氏

    1996年に入行後、日本および米国において法人営業や企画業務に従事。米州を中心とした海外業務やSMBCグループの法人向けデジタル戦略を担当。2023年より米州営業第一部長に就任し、2025年より執行役員として、北米を中心とした日系企業向けの営業戦略・推進を統括。

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生成AI

類義語:

  • ジェネレーティブAI

機械学習の応用分野の一つ。大量のデータで事前学習した基盤モデルに指示(プロンプト)を与え、文章・画像・音声など新しいコンテンツを生成するAI技術。業務の試作やアイデア具現化を加速することが可能。

AI
(artificial intelligence)

類義語:

  • 人工知能

コンピュータが人間の思考・判断を模倣するための技術と知識体系。

シリコンバレー
(Silicon Valley)

類義語:

米カリフォルニア州サンフランシスコ南郊のサンタクララやサンノゼなどを含む地域の通称。半導体の素材であるシリコンに由来しており、半導体メーカーがこのエリアに集まるようになったことに由来する。

ハルシネーション
(hallucination)

類義語:

原義は実際には存在しないものが見えるといった感覚を指す。生成AIにおける「ハルシネーション」とは、AIが事実に基づかない情報や文脈にそぐわない不正確な内容を、正しい情報であるかのように生成してしまう現象。これはAIが学習したデータの限界や推論過程の問題から発生する。

Trunk

類義語:

法人口座とビジネスカードを一体提供する法人向けデジタル総合金融サービス。2025年に三井住友銀行・三井住友カード共同サービスとしてリリース。経理業務の効率化、資金の見える化、資金繰り支援など、銀行口座・カードに留まらないおカネ周りのサービスをシームレスに提供。

デューデリジェンス
(Due Diligence)

類義語:

  • 資産精査,適格性評価

投資やM&A等の際、対象企業の実態やリスクを事前に精査する調査のこと。財務、法務、事業等の多面的な視点で価値を分析し、適正な買収価格の決定やリスク回避といった意思決定を行うための重要なプロセスとなる。

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