【日本総合研究所が描く未来 vol.2】web3技術を活用し、障がい者の仕事づくりを支援
SMBCグループの一員で、シンクタンク・コンサルティング・ITソリューションの3つの機能を有する総合情報サービス企業、日本総合研究所(JRI)。シンクタンク・コンサルティング部門は、パーパス「次世代起点でありたい未来をつくる。」を掲げ、「自律協生社会」の実現に向け、さまざまなDX関連の取り組みを行っています。
複数の取り組みの一つに、障がいのある人々の活躍を推進するweb3利活用プロジェクトがあります。今回は、奈良県香芝市にある障がい者の就労支援施設「Good Job!センター香芝」と共同で推進しているプロジェクト「Good Job! Digital Factory」について、日本総合研究所 水嶋 輝元氏と、社会福祉法人わたぼうしの会 Good Job!センター香芝センター長 森下 静香氏に伺いました。また、同センターで障害福祉サービスを利用している木下 聡朋氏と藤岡 夕子氏にも同プロジェクトについてお話いただきました。
連載:JRI(日本総研)
- 【日本総合研究所が描く未来 vol.1】パーパス「次世代起点でありたい未来をつくる。」に込めた思いと、具体的な取り組み
- 【日本総合研究所が描く未来 vol.2】web3技術を活用し、障がい者の仕事づくりを支援
- 【日本総合研究所が描く未来 vol.3】文化芸術分野のDXで、博物館の新たな価値創造と観光振興を支援
我が国における障がい者就労の課題
日本総合研究所(以下、JRI)が、障がい者の新しい仕事づくりに着手した社会的背景をお教えください。
JRI 水嶋大きく2つあります。まず一つは経済的な損失を解消することです。現在、障害者雇用促進法により、障がいのある方の法定雇用率が定められており、その水準は今後ますます引き上げられると予想されています。しかし、2021年の障がいのある方の実雇用率は全体で2.2%と、法定雇用率である2.3%を下回っています。企業規模が1000人以上の大企業であっても、55.9%しか法定雇用率を達成できていません。
また個別の障がい特性について詳細を見てみますと、現在日本において発達障がいとして診断を受ける方の数は年々増加しており、彼らの活躍機会を用意できないことによる経済損失が広がる可能性があります。発達障がいに関する医療費、社会サービス費といった直接費用や、低収入による損失や非就業損失などの間接費用(労働関連経済損失)などといった日本の経済損失額は合計約2.3兆円にのぼると推定されています。
とはいえ、企業での障がい者雇用をもっと推進しよう、と言っても一朝一夕では解決されないのが現状です。企業雇用に頼り切らない形で、自律的にそして分散的に、多様なステークホルダーと共に新しい仕事づくりができないかと考えていました。
もう一つは、社会全体の包摂性を高めることです。抽象的な表現にはなりますが、包摂性の高い社会こそ幸せな社会の一つの姿だととらえています。多様な人たちと一緒に物事に取り組み、共創する営みこそが、働く喜びや幸せの源泉であるということを、私はGood Job!センター香芝の皆さんとの協働で感じました。現在は福祉関係の方々を除いて、障がいのある方と日常で関わる機会は非常に少ないです。障がいのある方もない方も一緒に働く方法や仕組みがもっと増えれば、より包摂性の高い社会に近づけると考えています。
障がい者の就労の課題について、実際に現場にいらっしゃる森下さんは、どのように感じておられるのでしょうか?
Good Job!センター香芝 森下社会的課題は水嶋さんからご指摘いただいたとおりです。その背景にあるのは、障がいのある人に対するイメージと実態とのギャップです。「コミュニケーションが難しい」「できる仕事は限られている」とイメージする方も多いですが、実際は人によります。誰にでも得意なことがあれば、苦手なことがあるように、障がいのある方々も、個人差による性質の違いが大きいですし、サポートする環境などによってもできることは変わってきます。これまで私たちは、一人ひとりが自分の好きなことや得意なことを伸ばせる環境を大切にしてきました。また、関心を広げたり、深めたりしていくことは生きる力をつけることに繋がり、そうした相乗効果のなかで、その人らしい仕事づくりが生まれてくると考えています。
Good Job!センター香芝は現在、18歳から70代の約50人の障がいのある人が登録し、1日あたり約30人が通ってきて仕事に取り組んでいます。主な仕事はオリジナル製品を作る製造、障がいのある人が関わって作られたアート&クラフトを全国の福祉施設や企業などからセレクトして販売していく流通、地域にひらかれたカフェ、そして表現することを楽しむアトリエ活動などです。2016年のオープン以来、企業や地域からいただいた多くの依頼を、一人ひとりの得意なことと繋げることで、多くの仕事が生まれてきました。特に製造の分野ではデジタルファブリケーションと手仕事を組み合わせて、郷土玩具を作っていたり、流通の分野でオンラインストアを障がいのあるメンバーと一緒に運営していたりといったことは、Good Job!センターの特徴的な活動といえるかもしれません。
自律分散的な新しい仕事の創出を目指して、NFTを活用
Good Job!センター香芝とJRIとが協力して取り組む、障がい福祉NFTプロジェクト「Good Job! Digital Factory」の内容を教えてください。
Good Job!センター香芝 森下Good Job! Digital Factoryは、アートとデジタルの力で、障がいのある人とともに、社会に新しい仕事・文化を創るNFTプロジェクトです。施設スタッフや障がい者の方々、ボランティアの方々と共同でNFTアートの制作・販売に取り組んでいます。第一弾となるNFTは、Good Job! Digital Factoryを象徴する1000種類のキャラクターから構成されるコレクション「グッドジョブさん」であり、2024年2月より販売を開始しています。
JRI 水嶋今回発売したNFTアートのコンセプトの一つに「一緒につくる」があります。あらかじめ我々が用意した作品を単に買っていただくのではなく、購入者もNFTアート制作に関わっているということもポイントです。
購入者は、購入する瞬間までどのようなデザインのNFTが手に入るのかわかりません。購入ボタンを押した瞬間に、多くの人が協力して作ったデータから、ランダムな組み合わせの「グッドジョブさん」が生成される仕組みです。「買う」という行為自体も作品づくりの工程の一つに入れ込み、購入者も作品を作りあげる仲間のうちの一人であることを表現しています。また、何が手に入るのかわからないワクワク感の醸成にも繋がっていると考えています。
Good Job!センター香芝 森下収益金は、プロジェクトに関わる障がいのある方々に還元するほか、今後は新たに立ち上げるプロジェクトの資金にも充てる予定です。また、障がい福祉に携わる方々と、NFT購入者がオンラインで繋がるデジタルコミュニティの形成と、障がいのある方々の新しい仕事の創出も目指します。
NFTアートを購入いただくこと自体が、制作に携わった方々の支援に繋がることはもちろん、購入したアートをSNSのアイコンにすることで、プロジェクトに賛同していることを表明することにも活用いただけます。
JRI 水嶋本プロジェクトは、障がいのある方々と一緒にデジタル上で新しい仕事や文化を作ることが目標です。NFTアートがそのきっかけになればと考えています。そのため、購入いただくことももちろん重要ですが、それ以上に、プロジェクトへの共感者を集めることが大事だと思っています。NFTアートをもっている人同士が繋がったり、我々プロジェクトメンバーとプロジェクト賛同者の方々が楽しく共創したりする場もデジタル上に用意しています。
なぜWeb3、NFTといったデジタル領域に着目したのでしょうか。
JRI 水嶋ポイントは大きく2つです。まず一つは、自律分散的に新しい仕事を生み出せる可能性があることです。
Web2はスマートフォンの普及に伴い2005年から過去20年間に、多くの新しい仕事や職業を生み出しました。例えばインフルエンサーと呼ばれる、YouTuberやVTuberもその一つですね。これらは基本的に広告収益を分配するビジネスモデルですが、Web3の登場で、自律分散型の価値流通が可能となり、世の中に直接課金型の新しい仕事がまた生まれるのではと考えています。
すでに、NFTを利用してブロックチェーンゲームのアバターやアイテムを制作して販売したり、NFTアート作品を企画・販売したりする仕事がデジタル上で生まれつつあります。特にゲームやメタバースの領域において、海外の市場規模は急激に伸びており、日本でも今後、新しい仕事が生まれる可能性は十分にあります。
2つ目は、デジタルには「場所の制約を受けない」という特性があることです。
これまでの福祉では、例え面白い取り組みがあっても、そこに行かなければ参加ができないことで、遠方の支援者が生まれにくいという課題がありました。しかし、デジタル上で完結できる関係性が生み出せれば、より多くの方がプロジェクトに参加ができるようになります。特に、今回のプロジェクトの舞台となるGood Job!センター香芝は地方にあるからこそ、デジタルの世界で、場所にとらわれずに展開できるプロジェクトのかたちとして、web3、具体的にはNFTと暗号資産を活用すべきだと考えていました。
デジタルで自律分散的な関係性が生まれ、新しい仕事誕生の兆しが見えた
Good Job! Digital Factoryは、2023年4月の勉強会やワークショップから始まり、2024年2月にはNFTアートの販売を始めています。これまでの取り組みを通して、学んだことや生み出した成果を教えてください。
JRI 水嶋成果について、具体的な数字でお伝えすると、実際に売れたNFTアートは180枚※で、用意したデジタルコミュニティに参加している人の数は300名※ほど、Xのフォロワー数は600名※ほどです。(※数値は2024年5月時点)
NFTアートの購入者の方々同士で企画を立ち上げるために、お互いの活動を紹介し合う機会づくりも行っています。実際にとあるメタバースで公式アンバサダーを務めている方から「バーチャル上にGood Job!センターを作らないか」とお声がけいただいたり、京都で伝統文化の復興に取り組む、障がい者の当事者団体の方から、「京都に見学に来ないか」とお声をかけてもらったりしています。各人が分散的に取り組んでいる活動が少しずつ繋がってきており、新しい仕事の生まれる兆しが見え始めています。
また、コミュニティ同士の交流も起こっています。NFTやデジタルアートに関わる活動をしているコミュニティや、海外でメディアアートの活動を行っているコミュニティなど、世界中との繋がりが自律分散的に生まれているのです。
Good Job!センター香芝 森下デジタルコミュニティ上で活発にコミュニケーションが行われていることは、大きな成果だととらえています。
障がいをもつかどうかに関係なく、多くの方々が自分の作ったクリエイティブをデジタル上で発表し合っている姿を見て、それぞれの人にとって新しい居場所ができたのかなと嬉しく思っています。
また、リアルイベントにホルダーさんが参加してくれたり、NFTアートの「グッドジョブさん」をTシャツや張り子のような商品に展開したりといったことにも取り組んでいます。ものを作ることも購入することも、リアルとデジタルを行き来しながら行うことを楽しんでいます。
デジタルで表現することで、これまでとは全く違う表現が生まれてくることも期待しています。近々、表現の道具としてプログラミングを捉える「クリエイティブコーディング」のワークショップを予定しています。障がいのある人も初めて出会う表現方法かもしれませんが、スタッフの多くも初めての経験で、こうした先端の技術に触れるなかでみえる可能性は障がいをもつかどうかは関係がないのかもしれないと思っています。
今後は、美術館やギャラリーのようなリアルな場所と、デジタルな場所との間で行き来が起こるのだと、未来の姿をリアルに思い描けるようになりましたね。
施設利用者として、Good Job! Digital Factoryでの取り組みを通して、学んだことや成果を教えてください。
木下私はプロジェクトに関わることで、NFTへの理解が深まったり、以前から使っていたコミュニケーションツール「Discord」や各種SNSを使いこなせるようになったりと、情報処理能力が一段と上がったと感じています。実際に、本プロジェクトでは広報担当を任せてもらい、ショート動画の作成・配信ができるようになりました。今はブレンダーというツールを使い、ほかのメンバーと一緒にメタバース上でGood Job!センターを作っています。たとえば、張り子の3Dデータを取り込んで、写真ではなく実物に近いかたちで360度みてもらえたりするんじゃないかと思います。そのうち公開する予定ですので、お楽しみにしていただけたら嬉しいです。
藤岡私は実際に、デジタル上のコミュニティを通じて繋がった方と交流し、世界が広がったことは大きな成果だと感じています。NFTや福祉について、情報交換を通して互いに学び合えるいい関係性ができました。
出社して仕事ができなくても、家で黙々とデザインをすることが得意な人もいます。デジタルの活用で、これまでうまく働けなかった人の能力を引き出せる可能性もあると思っています。自分の得意なことが仕事に繋がり、誰かの役に立ったり、給与として返ってきたりする経験を積めば、前向きに働ける人も増えるのではないでしょうか。
プロジェクトの参加者を増やし、ムーブメントを作る
今回のプロジェクトを経て、今後の展望についてお教えください。
JRI 水嶋これから取り組みたいことは多くありますが、特に力を入れたいのは、Good Job! Digital Factoryに参加してくれる企業や団体の数を増やすことです。逆に、JRIやGood Job!センター香芝の存在感を、いい意味で薄めていければとも考えています。本プロジェクトは我々のものではなく、参加されている人達のものです。個人法人問わず誰もが楽しんで、障がい福祉にデジタル上で参加できる、そんなムーブメントを社会に生み出したいです。
参加の仕方は、人の数だけあると思います。Good Job! Digital Factoryには、モノづくりのできる人が多くいらっしゃいますので、デジタル上で何かを一緒に作るというような関わり方がわかりやすいかもしれません。2次元のキャラクター「グッドジョブさん」を、生成AIを活用して動画にしたり、3Dモデリングで立体化したり、というような取り組みが日々勝手にコミュニティ内で進んでおります。参加してくださる方々が多様であるほどに、プロジェクトにも広がりが生まれます。我々の活動に少しでも興味をもってくださった方にはぜひ、ご連絡をいただきたいです。
Good Job!センター香芝 森下私も、さらに多様な方々と一緒にプロジェクトを進められるようになるといいなと思っています。最初にプロジェクト名を考えたときも、多様な方々と一緒にものづくりを楽しむことができたり、仕事を作っていけるようにと「ファクトリー」という言葉を選びました。他の福祉施設や福祉団体の方々、もちろんこうした分野に関心ある障がいのある人もデザインやデジタルでのクリエイティブに関心のある人たちにも、どんどん参加していただきたいですね。
また、デジタルを活用したクリエイティブの可能性は、さらに追求したいと考えています。メタバース上で新しいアートを生み出すのもよいですし、今回生み出した作品たちに動きをつけ、アニメーションを作ってもいいかもしれません。NFTやブロックチェーンだからこそできることを追求し、障がいのある方々にとっての新しい仕事を生み出していきたいです。
連載:JRI(日本総研)
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株式会社日本総合研究所 創発戦略センター インキュベーションプロデューサー
水嶋 輝元氏
ロンドン芸術大学卒業、慶應義塾大学大学院修了後、株式会社日建設計にて国内外の都市開発・都市デザイン業務に従事。その後、日本総研に入社し企業や官公庁向けのリサーチ、コンサルティング業務を行う。専門分野は戦略とクリエイティブ、先端技術と社会課題の掛け合わせ等による事業開発支援。研究テーマはデザイン思考、web3など。
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社会福祉法人わたぼうしの会 Good Job!センター香芝センター長
森下 静香氏
たんぽぽの家にて、障がいのある人の芸術文化活動の支援や調査研究、アーロプロジェクトの企画運営、医療や福祉などのケアの現場におけるアートの活動の調査を行う。2012年より、アート、デザイン、ビジネス、福祉の分野をこえて新しい仕事を提案するGood Job!プロジェクトに取り組む。Good Job!プロジェクトでは、2016年度グッドデザイン賞にて、金賞受賞。
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社会福祉法人わたぼうしの会 Good Job!センター香芝 利用メンバー
木下 聡朋氏
Good Job!センター香芝では流通や製造の仕事に携わる。ITパスポートやウェブクリエイターの資格をいかし、流通の仕事ではオンラインストアの特集記事の作成や、X・discordなどのSNSで広報活動を行う。
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社会福祉法人わたぼうしの会 Good Job!センター香芝 利用メンバー
藤岡 夕子氏
言語聴覚士の仕事を経てGood Job!センター香芝に。大学の手話サークルで手話を教える活動も行う。製造の仕事では張り子などの絵付けのほか、商品の企画なども行う。流通の仕事では月3回発行するメールマガジンの編集も行う。