【日本総合研究所が描く未来 vol.3】文化芸術分野のDXで、博物館の新たな価値創造と観光振興を支援
SMBCグループの一員で、シンクタンク・コンサルティング・ITソリューションの3つの機能を有する総合情報サービス企業、日本総合研究所(JRI)。シンクタンク・コンサルティング部門は、パーパス「次世代起点でありたい未来をつくる。」を掲げ、「自律協生社会」の実現に向け、さまざまなDX関連の取り組みを行っています。
その取り組みの一つに、文化芸術分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)があります。今回は、博物館や美術館におけるDXについて、日本総合研究所 山崎 新太氏と文化庁の参事官(文化拠点担当)付 博物館支援調査官 中尾 智行氏にお話を伺いました。
連載:JRI(日本総研)
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DXで文化芸術や博物館の新たな価値を創造
日本総合研究所(以下、JRI)が文化芸術分野のDXに取り組んでいる理由をお教えください。
山崎まちづくりと観光振興に大きな役割を果たすと考えているからです。
まちづくりといえば、都市計画を思い浮かべる方も多いと思いますが、重要なのはその地域を引っ張っていく「人」を育てることです。昨今AIが発展し、誰もがわかりやすい正解を得られるようになりましたが、それだけでは地域を変えることはできません。地域の活性化には、正解がわからないことに挑戦すること、「私はこう思います」と自己表現し続けること、立案したプロジェクトを実現まで導くことなどが求められます。そのような姿勢や能力を育む力が文化芸術にはあり、DXによりその効果を最大化したいと考えています。
観光の観点からも文化芸術のDXは重要です。よくある誤解として、ミュージアムに所蔵している作品や資料をデジタル化し、配信をすることで現地に人が来なくなってしまうという考えがあります。しかし、それは間違いです。観光客にとっては、何を見ることができるのかを予め知っておくことが、現地を訪れるモチベーションに繋がるのです。
文化庁が、文化芸術分野のDXに取り組む理由および背景について教えてください。
中尾今、政府は文化芸術分野に限らず、あらゆる領域でDXを推進しています。コロナ禍で加速したDXですが、それ以前からも「誰一人取り残さない社会」の実現に向け、デジタル技術活用に力をいれていました。
加えて、文化芸術分野でのDXの後押しとなったのは、2017年の文化芸術基本法の改正です。新法では新たに「文化芸術の固有の意義と価値を尊重しつつ、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他の各関連分野における施策との有機的な連携が図られるよう配慮されなければならない」と明記され、文字通り文化芸術の活用がこれまで以上に推奨されるようになりました。
いかに活用するかと考えたとき、真っ先に考えられるのがDXです。デジタル化された作品や資料は利便性が高く、損耗リスクが低いため、あらゆるシーンで活用できるという利点があります。そのような流れを受け、文化庁は文化芸術のさらなる活用を促すため、2022年に博物館法を改正し博物館の事業に新しく「博物館資料に係る電磁的記録(デジタルアーカイブ)を作成し、公開すること」を加えました。デジタル技術を活用することで、文化芸術の価値を広く伝え、多くの人々が享受できるようにすることを目指しています。
実証事業でわかった、デジタル活用のポジティブな影響
上記に取り組むにあたって、具体的にどのような施策を行っていますか。
山崎JRIの役割は、行政や文化芸術関係者の取り組みを、コンサルティングサービスを通じて支援することですが、自ら新しい取り組みを始める組織はまだ少数です。リアルの価値を重視するあまり、デジタルのメリットを疑う人も少なくありません。そのため、現段階ではJRIが資金を提供し、試験的なプロジェクトを複数実施しています。
例えば、弘前れんが倉庫美術館では、来館者がVRゴーグルを用いてバーチャルに展覧会を鑑賞する「VRミュージアム」を企画しました。この取り組みは、同美術館で2020~2021年度に開催された企画展と、十和田市現代美術館の常設展をVRデータによって鑑賞するものです。展覧会のVRデータがもつ価値の明確化と美術館が提供するサービス多角化の可能性を探ることが目的で、VR展覧会に価値を感じてくれる人がどれだけいるのか、VR展覧会が現地訪問への誘因になるか、などを検証しました。
また、長崎市では、市内の4つの小規模な小学校において電子書籍・電子事典サービスを試行的に導入し、児童の読書環境や学習に及ぼす効果などについて調査しました。
実証事業の結果をお教えください。
山崎VRミュージアムについては、参加者300名以上に対してアンケート調査を行いました。興味深かったのは、「実際の作品を見てみたい」「VRデータもリアルも両方見たい」といった回答が多く、「VR体験で十分だった」「現地に行かなくても鑑賞できてよかった」といった回答は少数だったことです。VR展示を見たことで満足し、現地を訪れない人が増える懸念がありましたが、むしろその逆で、デジタル展示がリアル訪問を促す要因になることがわかりました。
また、「体験したVRデータを家でも利用できる場合の利用使途」として、「家族や友人等に今回の体験を共有するため」「繰り返し鑑賞するため」と答える人が多かったことも発見でした。これまでの展覧会は特定の期間にしか開催されていないからこその価値がありました。しかし、データ化されていればいつでもどこでも、何度でも鑑賞が可能で、それに伴って新しい楽しみ方が生まれます。ミュージシャンのライブがDVD化され、ファンの方々が購入できるのと同様に、展覧会もデータを販売するといった新しいビジネスを生み出すことが可能だと思います。
長崎市で行った「電子書籍・電子事典サービス」の取り組みについても、児童48名、保護者25名、教職員20名に対してアンケート調査を行いました。特に注目したのは、本が好きな児童はもちろん、普段本を読まない児童も読書量が増えたことです。
背景には、電子書籍アプリ(Yomokka!(よもっか!))に組み込まれた仕掛けがあります。興味を引くような「今日の一冊」が紹介されたり、読書量に比例して本棚の色が変わったりと、遊びの要素が詰まっていました。デジタルならではの要素を取り入れることで、読書の楽しさを高められたのではないでしょうか。
DXにより、博物館はより多くの人が参加・共有・創造する場所へ
文化庁が取り組んでいる、文化芸術分野のDXに関連する具体的な施策についても教えてください。
中尾メインはデジタルアーカイブの推進です。デジタルアーカイブは、文化財を後世までよい状態で残し続ける「保存」と、教育や調査研究を推進させる「活用」の面で大きな役割を果たします。
保存の観点からいえば、脆弱な日本の文化財の実物を活用する際の損耗リスクをデジタル活用によって減らすことができます。また、デジタルアーカイブにすることで情報を分散して保存できます。起きてほしくはありませんが、仮に博物館が火事で全て焼けてしまっても、デジタルデータがあれば大切な文化財情報が全て失われることは避けられますし、3Dデータなどで復元することができます。
活用のメリットとしては「公共化」と「価値創造」に分けられます。公共化とは、ミュージアムの資料を広く公開することを指します。従来の展示方法ではどうしても「博物館に行かないと資料が見られない」という状態で、アクセス可能な人が限られていました。関わる人が限定されてしまうと、作品や資料の価値や魅力自体の社会への広がりが限定されてしまいます。
デジタルデータであれば物理的にミュージアムに行けない人々でも、作品や資料を閲覧できます。例えば、飛騨市の飛騨みやがわ考古民俗館はかなり山奥に立地する博物館で、普段から職員が常駐していませんし、冬季には豪雪により閉館してしまいます。来館が制限されるなかで所蔵する資料の価値発信をするためにオンラインツアーを実施したり、広く一般の参加者を募って資料写真の撮影や3Dデータの作成を進め、ネット上にオープン化して公開したりしました。その結果、年間数百人しか来館しない考古民俗館の所蔵資料が5万回以上閲覧され、博物館の存在意義を高めることに繋がりました。また、参加者が自らデジタル化した資料に思い入れを深める様子も確認されています。
公共化が進み、多くの人が文化芸術分野に関われば、新しい価値も生まれます。例えば、アメリカの複数の州に博物館や研究センターをもつスミソニアン博物館は、収蔵品の一部を3Dモデルで公開し、誰でもデータのダウンロードと活用ができるようにしました。その結果、3Dプリンターをもっている方が、公開データの一つ「マンモスの骨格」をダウンロードし、自らデジタル編集して関節が動くように加工した作品をつくったのです。
これまで博物館は、資料の保管だけでなく、価値や魅力の発信のような活用の取組もすべて抱え込んでいましたが、デジタルを活用すればファンの方々にその魅力を広げてもらったり、新しい価値を生み出してもらうことが可能です。アメリカでは以前から「テンプルとしてのミュージアム」から「フォーラムとしてのミュージアム」への遷移が言及されてきました。博物館や美術館はすでに評価の定まった「至宝」を人々が「拝みにくる」神殿のような場所から、多くの人々が参加し、共有し、創造するフォーラムのような場へと進化することが期待されています。デジタル活用は、市民との連携や主体的な活動を生み出すことにも大きく寄与するのです。
文化芸術分野のDXに取り組む、挑戦者たちを支える
今後、JRIとして文化芸術分野のDXを推進していくために、どのようなことに取り組む予定でしょうか?
山崎引き続き、DXに取り組みたいミュージアムや文化芸術の関係者を支援していきます。そのために我々としては、より多くの方々がアクションを起こすサポートに力をいれるつもりです。
長崎市では実証事業の後、市の予算で実装が決定しました。現場の教職員の熱意が教育委員会を動かした一つの結果です。トライすることで新しい動きが生まれるので、私たちはそのサポートを行い、実装への動きを広げていきたいですね。
特に、官民連携の推進に力をいれる予定です。私自身、官民連携事業に長く携わっており、デジタル分野においては民間の得意な部分が圧倒的に多いことがわかっています。役割分担や費用の負担、リスクの分担などを詰めつつ、官と民の双方が納得できるフレームワークや分担構造をつくり上げていければと考えています。
文化庁としての今後の展望も教えてください。
中尾引き続き、DX推進に取り組む予定です。例えば、好事例を作るための事業支援のほか、館長や学芸員等への研修を実施しながら、DXそのものに対する正しい理解を広められればと考えています。
そもそもDXはデジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションと段階を踏みながら進めていきますが、まだその区別があまり意識されていません。成果や目標が明確であるほど効果的なソリューションが見つかりやすく、課題解決がスムーズに進みます。だからこそ、まずは目指す姿を正しく、具体的に認識してもらう必要があると考えています。
博物館関係者側、利用者側、双方の意識変革も重要です。活動だけでなく事業評価も含めたパラダイムシフトを促すための発信や活動を通じて、デジタル技術の特性やそれが生み出す本質的な価値を理解し、活用できる環境を整え、多くの方が創造的な表現や活動に取り組む社会の実現に引き続き取り組んでいければと考えています。
連載:JRI(日本総研)
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株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
都市地域イノベーションユニット 地域・共創デザイングループ
部長/シニアマネージャー山﨑 新太氏
大手建築設計事務所において建築設計・都市計画の業務に従事した後、2013年に日本総合研究所入社。2024年度より地域・共創デザイングループ部長。文化芸術を核としたまちづくり、公共サービスのDX、PPP/PFI等のコンサルティング業務に従事。
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文化庁 参事官(文化拠点担当)付 博物館支援調査官
中尾 智行氏
専門は考古学と博物館学。大阪府や鳥取県などで遺跡の発掘調査に従事したあと、大阪府立弥生文化博物館の総括学芸員を経て2020年から現職。現在唯一の博物館支援調査官として、博物館法の改正など文化政策の制度設計のほか、全国各地での文化観光の推進や博物館の事業支援、DXやファンドレイジングの推進、博物館職員への研修や指導助言等、これからの博物館の持続的な発展を見据えながら多様な業務に取り組んでいる。