日米をつなぎ、AI時代の金融イノベーションを加速する。SMBCグループがFin Capitalと築き上げる米国でのCVC戦略
米国のベンチャー投資環境が変化している今、企業――特に金融領域ではAIやソフトウエアを活用した業務変革が急速に進んでいます。こうした潮流をいち早く捉え、SMBCグループは「世界で最も活発なフィンテック投資家の一つ」とされる米Fin Capitalと共同で、金融領域で技術革新を担う米国スタートアップへの投資を目的にコーポレートベンチャーキャピタル(以下、CVC)活動を開始し、「SMBC Fin Atlas Beyond Fund」を設立しました。
難易度の高いVC市場に挑むこの取り組みは、SMBCグループがグローバルで「金融×テクノロジー」の新たな地平を切り拓こうとする意思の表れでもあります。
両者は何を見据え、どのような未来を描こうとしているのか。Fin Capital創業者兼マネージングパートナーLogan Allin氏、Fin Capital(SMBCより出向中)の大岡英興氏にお話を伺いました。
過熱の時代から再構築へ。米国VC市場で起きている変化
米国のベンチャー投資市場で、どのような変化が起きていると感じますか。
Logan2022年からの金利上昇により、資産価値が圧縮され、マルチプル(企業の評価倍率)も下落しています。これまでのように資金調達が容易な時代ではなくなり、今は「資本がタダではない」、つまりお金を使うにもコストがかかる環境に変わりました。その影響で、VC(ベンチャーキャピタル)としての競争も、以前より落ち着いてきています。
ただし、この変化は決してネガティブなものではありません。市場全体にとってはむしろ健全で、加熱していた投資環境が正常化しつつある状況です。バリュエーション(スタートアップの企業価値)も適正水準に戻り、投資家にとってはより現実的な価格で良い企業に出会える時期になっています。
Logan Allin氏
大岡2021年ごろの米国市場は、バリュエーションが高止まりし、ややバブル的な側面もありました。今はその反動で落ち着きを取り戻し、本来あるべき健全な水準に近づいていると感じます。こうしたマクロ環境の中で今回、米国でCVC活動を開始するのは、非常に良いタイミングだと思います。
もちろん、資金調達が難しくなっているスタートアップや投資家もありますが、だからこそ市場には規律が戻りつつあります。スタートアップ側も資金の使い方や成長戦略をこれまで以上に慎重に考え、持続的な事業成長を実現しなければならない環境が生まれている。私はそれを前向きに捉えています。
大岡 英興氏
Fin Capitalは「世界で最も活発なフィンテック投資家の一つ」と評価されています。その強みはどこにあり、なぜフィンテックやバンクテック(銀行向けテクノロジー)領域に注力しているのでしょうか。
Logan私たちの最大の強みは、チームのメンバーの多くが実際に事業を手掛けた経験を持っていることです。スタートアップで働いたり、自ら起業をしたりした経験があるため、創業者の考えや課題を深く理解できます。さらに、メンバーの多くが銀行または資産運用の分野でもキャリアを積んでいます。だからこそ、私たちは両者の橋渡し役として機能し、単なる資金提供にとどまらない関係を築けます。
私たちのファンドには、銀行、資産運用会社、保険会社といった機関投資家が出資者として参加しています。彼らと連携しながら、投資先企業と投資家の双方に付加価値を提供する仕組みを構築しているのです。
価値提供の柱は、主に三つあります。
一つ目は、ROI(投資利益率)の改善。投資家のリターンを最大化し、ファンド全体としての成果を高めます。
二つ目は、デジタルイノベーション。デジタル活用によってOPEX(企業の事業運営コスト)を削減し、新しい収益チャネルの拡大を支援します。
三つ目は、コマーシャル・エンゲージメント(事業部門との連携)。投資先のスタートアップが、金融機関や事業会社の実際のビジネスラインと協業し、サービス導入や実証実験につなげられるよう伴走します。
Fin Capitalとしての投資哲学を教えてください。
Logan私たちが注力しているのは、金融機関向けのエンタープライズ・ソフトウエア企業です。こうした企業は、連続起業家や経験豊富な創業者が率いているケースが多く、実行力の高い層に投資しています。BtoBのエンタープライズ企業は、D2C(消費者向け)や中小企業向けに比べ、投資リターンの観点でより魅力的です。
一方で、私たちは単に資金を提供するだけの「パッシブキャピタル」ではなく、事業開発やコーポレート開発にハンズオンで関与する「アクティブキャピタル」として、企業の成長を支援しています。
そもそも、この業界に身を置くモチベーションの源泉は何でしょうか。
Logan最大の理由は、「インパクトの大きさ」です。私たちが投資するエンタープライズ・ソフトウエア企業は、その技術を銀行や資産運用会社、保険会社などに提供しています。金融機関がその技術を活用することで、より多くの消費者や中小企業にサービスを届けられる。つまり、私たちは間接的に、はるかに大きな規模で社会に影響を与えられます。
私自身、SoFiという会社の創業初期メンバーとして関わりました。SoFiはD2C(消費者向け)ビジネスで約500万人の顧客がいましたが、メガバンクを持つSMBCグループは数千万人にリーチできます。VCという立場を通じて、より広い世界にインパクトを与えられる。それが、この仕事を続ける理由です。
SMBCグループとFin Capitalが目指す共創のかたち
SMBCグループと提携を決めた理由を教えてください。
Logan最大の理由は「インパクト」です。同時に、日本の市場がサードパーティーのソフトウエアに対して開かれ始めているという背景もあります。その大きな要因のひとつが、AIの進化です。
これまで世界の多くの銀行は「自分たちですべてを構築できる」と考えていました。しかし、AIの台頭によって、それが現実的ではないと気付きつつあり、今では、世界最高水準のエンジニアや技術を持つ企業とパートナーシップを結ぶ必要性を認識し始めています。そうした人材や技術が集積しているのが、今、私たちが拠点を置くシリコンバレーやニューヨークです。
なかでもSMBCグループを選んだのは、起業家精神とスタートアップと協働する事業連携モデルがあるからです。長期的なパートナーシップを組むのであれば最適であり、日米の国境を越えたインパクトを創出できると考えました。
さらにSMBCグループは100年以上にわたり米国でビジネスを展開してきた実績があります。米国市場で本気で成長を遂げたいという意思も強く感じました。米国部門もグループ全体に大きなインパクトを与えられる規模に成長しており、私たちと組むことで、フィンテックやデジタルチャネルを活用した新しい価値創造が可能になるとみています。
投資先として注力するスタートアップについて教えてください。
Logan投資で成果を上げるためには、「逆張りだが、正しい選択」を取る勇気が必要です。流行に流されず、まだ注目されていない企業を探しだすこと。そこに+α(超過収益)の源泉があります。
現在のAI関連企業はバリュエーション(スタートアップ時の企業価値)が高く、資本集約度も大きい。私たちは、その熱狂の裏側で、より堅実なファンダメンタルを持つ企業に注目しています。一見「逆張り」に見えるかもしれませんが、本質的な価値を見抜く投資こそが正しい道だと考えています。
金利上昇で資金調達コストが上がり、競争が落ち着いた今は、優れた企業に適正な価格で出資できる好機です。Fin CapitalとSMBCグループの組み合わせは、この市場環境において「勝ち筋のあるパートナーシップ」になれると確信しています。
大岡今のAI、たとえばChatGPTのような生成AIの多くは、基本的にコンシューマー向けです。その意味では、私たちが注目するBtoB領域、つまりエンタープライズ向けAIへの投資は「逆張り」のように見えるかもしれません。
ただ、むしろそこに妙味があります。これまでのフィンテックは、どちらかといえばコンシューマー向けサービスが中心で、UI/UXの改善など、ユーザー体験を高める取り組みが主流でした。しかし、生成AIの進化やコンピューターの処理能力の飛躍的な向上によって、いまでは銀行業務などのエンタープライズ領域でもAIを活用できる時代になっています。
特に、セキュリティや銀行のコアシステムのように、これまでAIの適用が難しかった領域でも、技術の進化によって実現できることが増えていくでしょう。今後は、中小企業から大企業まで、さまざまなエンタープライズ領域でのAI活用が増えていくと考えています。
こうした流れを踏まえると、私たちが注力しているBtoBフィンテック領域は、中長期的には「順張り」のトレンドに沿った投資だと考えています。もちろん、どの企業にどのタイミングで投資するかの見極めは重要ですが、方向性としては間違いなく成長軸だと感じています。
CVCが成功する/うまく機能しない要因の違いはどこにあるとお考えですか。
Logan(繰り返しのポイントですが)最終的には、「三つの要因」に集約されます。第一にROI(投資リターン)を確実に上げること。第二にデジタルイノベーションによる生産性向上や新しい収益機会の創出。第三にコア事業における収益ドライバーをつくることです。
これらを同時に実現できれば、結果として出資元である金融機関のROE(自己資本利益率)を改善できます。非常にシンプルで、明確です。
大岡まさにそのとおりです。多くのCVCを支援してきましたが、特に第一のROIは、外せません。今回の枠組みを設計する際にも、この点は繰り返し強調しました。
CVCは「スタートアップとの事業シナジー」にフォーカスしがちですが、大企業とスタートアップの規模差を踏まえると、すぐに売上や利益に直結する成果を出すのは難しい。テクノロジーの一部を取り入れることはできても、本格的な連携が事業の利益と成長に寄与するのは、スタートアップが成長し、一定の規模に到達してからです。
そのため、まずは投資そのもので確実にリターンを上げる。有望先を見極めて投資し、「勝ち馬」になる企業を見つけていく。それが結果的にCVCとしての財務リターンを押し上げ、最終的には銀行のROE(自己資本利益率)向上にもつながる。私は、そうした順番を見誤らないことこそが、CVC成功の鍵だと思っています。
投資のその先へ。日米をつなぎ、AI時代の金融イノベーションを加速する
SMBC Fin Atlas Beyond Fundを通じて、何を目指し、どんな未来像を実現していきたいですか。
LoganSMBCグループとの関係を長期的なパートナーシップへと育てていきたいと思っています。SMBCグループは日本、そしてグローバルの両面でのコアパートナーであり、今回のファンドは今後ともに展開していく数多くのファンドやプロダクトの第一歩になるとみています。
この協働を通じ、より大きな成果を生み出せるはずです。SMBCグループがデジタル面・事業面の両方で一層の成果をあげられるよう、最良のパートナーになりたいと考えています。
3年後には、企業でのAI活用が一層進み、AIリスクに対するサイバーセキュリティ対策も大幅に高度化しているでしょう。金利環境も現在より低下し、投資市場そのものがより魅力的で健全なエコシステムへと進化していくとみています。
日本ではここ数年、ソフトウエアの導入が広がっていますが、AIがあらゆる産業構造を変えていることが実感されるにつれ、その動きと関心はさらに高まるはずです。最先端のAIは今まさに米国で生まれており、その技術をどう日本へ橋渡ししていくかが、これからの鍵になると考えています。
大岡CVC/VCとしての3年後を考えると、すべての投資がすぐに成果をあげられるわけではありませんが、米国のVCマーケットにおいて確かな存在感を示していきたいと考えています。
生成AIの活用は今後さらに加速します。SMBCグループでもプロジェクトチームを立ち上げるなど、AIをあらゆる業務やプロセスに取り入れていく動きを進めています。そして、そのAIトレンドの潮目は、やはり米国から生まれると思います。今回の取り組みを通じ、グループ全体のAI活用の起点が、米国でのCVC活動にあると認知されるような存在を目指したいと考えています。
投資だけでなく、事業開発や人材育成の面でも体制を整えていきます。SMBCグループのCVCであること自体がユニークな強みであり、日本、アジア、米国という三拠点が連携し、それぞれの地域でスタートアップを育成していく――そんなグローバルな好循環を生み出したいと思っています。
商業銀行を中核事業とするSMBCグループは、企業や個人、研究機関など幅広いステークホルダーとの接点を持っています。このネットワークを活かし、投資先に対して単なるエクイティ出資にとどまらず、資金調達の支援、経営・戦略面でのアドバイス、人材やガバナンス支援など、銀行グループとしての総合的なリソースを提供することで成長を後押ししています。
また、日本ではいま、グローバルな起業家やユニコーンを目指す機運が高まっています。そうした流れに対して、米国でのCVC活動が米国側のプラットフォームとして受け皿となり、情報や知見を発信していく。そのような役割を果たすことで「SMBCグループのCVCが日米をつなぐ架け橋となっている」と評価されるような存在を目指したいと思っています。
PROFILE※所属および肩書きは取材当時のものです。
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Fin Capital創業者兼マネージングパートナー
Logan Allin氏
Fin Capital の創業者兼マネージング・パートナーとして、フィンテック、B2Bソフトウェア領域における投資戦略の策定、投資ソーシング・実行、ポートフォリオ企業の成長支援を統括。それ以前は、SoFi Venturesのバイスプレジデントとしてフィンテック投資、アクセラレーター運営、コーポレート・デベロップメント業務に従事し、Light Street Capital、Formation 8/Formation Group等においてスタートアップ支援および事業運営に携わる。
さらに、Atlantic Trust(現CIBC)では戦略部門責任者としてエンタープライズ・フィンテック戦略を推進し、経営委員会メンバーを務めたほか、City National Bank(現RBC)ウェルスマネジメント部門にてシニア・バイス・プレジデントとしてテクノロジー戦略を主導。キャリア初期にはPwC、EMC、Capgeminiにて金融×テクノロジー領域のコンサルティングに従事。
デューク大学卒(公共政策・政治学専攻)、スタンフォード大学経営大学院にてMBA取得。 -
Fin Capital(SMBCより出向中)
大岡 英興氏
SMBCグループの米国でのCVC活動を統括し、フィンテック、セキュリティ、B2Bソフトウェア、生成AI分野におけるベンチャーキャピタル投資およびスタートアップ企業との協業を推進。
それ以前は、コーポレート・アドバイザリー本部(東京)部長として、素材・インフラ業界の主要日系企業に対し、事業戦略および財務戦略に関するアドバイザリー業務を牽引。
資本市場、クロスボーダーM&A、イノベーション戦略に関する豊富な実務経験を有し、米国においては10年以上にわたり、スタートアップ、ベンチャーキャピタル、プライベート・エクイティ、テクノロジー関連コミュニティとの関係構築に従事。
米国コーポレート・アドバイザリー機能の創設とニューヨーク・サンフランシスコの二拠点体制構築、SMBCグループ・シリコンバレー・イノベーションラボの立ち上げ、米国VCファンドへのLP投資推進など、複数の先導的プロジェクトを主導。
早稲田大学法学部卒、ペンシルベニア大学ウォートン校にてMBA取得。
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