2.国際金融規制強化の流れ

2008年11月、米国ワシントンで第1回G20サミット(20ヵ国・地域首脳会合)が開催され、2008年9月の米国投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に急速に深刻化した世界金融危機への対応を協議するとともに、危機の再来を防止するために国際金融規制の強化を進めることで合意した。G20サミットのイニシアティブで始まった国際金融規制強化の流れは、当社グループをはじめとする、国際的に活動する金融機関の経営・業務戦略、ビジネスモデル等に大きな影響を及ぼすこととなった。

とりわけ、バーゼル銀行監督委員会(バーゼル委員会)(注10)が、2010年12月に公表したバーゼルⅢテキスト(最終規則文書)「バーゼルⅢ:より強靭な銀行および銀行システムのための世界的な規制の枠組み」は、国際的に活動する銀行を対象に、従来の自己資本規制(バーゼルⅡ)対比、資本の質・量の両面の強化を図るものであった。

具体的には、資本の質の面では、普通株式等Tier1資本(最も損失吸収力の高い普通株式と内部留保等で構成され、優先株や優先出資証券を含まない)を重視するとともに、Tier1資本やTier2資本の適格要件を厳格化した。資本の量の面では、自己資本比率の最低水準の引き上げや各種資本バッファーが導入された。また、急な資金の引き出しに備えるための流動性規制や、過度なレバレッジの積み上がりを防ぐためのレバレッジ比率(注11)規制等も導入されることとなった(図表1-5)。

図表1-5 バーゼルⅢの全体像
(図表1-5)バーゼルⅢの全体像

バーゼルⅢは、世界各国において2013年初より段階的に実施され(注12)、2019年初より完全実施されることとなった。これにより、国際統一基準行(注13)はバーゼルⅢ完全実施段階において普通株式等Tier1比率4.5%を満たすことが求められるとともに、「資本保全バッファー」(金融および経済のストレス期において損失の吸収に使用できる資本のバッファー)として2.5%、「カウンター・シクリカル(景気変動抑制的)バッファー」(金融市場における信用供与が過剰な場合に設定されるバッファー)として0%〜2.5%(日本は現状0%)の普通株式等Tier1比率の上乗せが求められた。

さらに、バーゼル委員会は2011年11月、「グローバルなシステム上重要な銀行に対する評価手法と追加的な損失吸収力の要件に関する規則文書」を公表し、「グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs:Global Systemically Important Banks)」に対し、そのシステム上の重要性に応じて「G-SIBsバッファー」として普通株式等Tier1比率1.0~2.5%の上乗せを求めることとした。金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)(注14)も同日、当社グループを含む29の金融機関をG-SIBsとして選定した(注15)。その結果として、当社グループがバーゼルⅢ完全実施時に満たすべき普通株式等Tier1比率は、4.5%の最低比率に資本保全バッファー2.5%、G-SIBsバッファー1.0%を加えた8%程度、Tier2を含む所要自己資本比率は11.5%と見込まれた(図表1-6)。

図表1-6 バーゼルⅡとバーゼルⅢにおける所要自己資本比率の比較
(図表1-6)バーゼルⅡとバーゼルⅢにおける所要自己資本比率の比較

当社グループは、2009年度中に2度にわたって総額1兆8,340億円の普通株増資を行い、自己資本基盤を質・量ともに大幅に強化していたこともあり、普通株式等Tier1比率8%という水準は、今後利益を安定的に積み上げることができれば、十分に達成可能と考えられた。もっとも、バーゼル委員会は、バーゼルⅢ最終文書公表後も、自己資本比率の分母であるリスクアセットの測定方法に関する見直しを進めたことから、バーゼルⅢの最終的な影響は不透明なままであった。

具体的に、バーゼル委員会は、バーゼルⅢ最終文書公表後も、リスク捕捉の適切性向上や比較可能性の確保等の観点から、信用リスクアセットを算出する標準的手法の見直しやトレーディング勘定の抜本的見直しを進めるとともに、内部モデル手法を利用する銀行のリスクアセットに過度のばらつきが生じている問題に対処するため、信用リスクに関する内部モデル手法の利用の制約や「資本フロア」(注16)の見直しなどに関する市中協議文書を相次いで公表した。

資本フロアの設定水準次第では、当社グループも含めてリスクアセットが大幅に増え、普通株式等Tier1比率が大きく低下する恐れがあった。バーゼル委員会は当初、2016年末を目途にバーゼルⅢを最終化する予定としていたが、各国の意見がまとまらず、最終化には予想以上の時間がかかることとなった。その間、グローバルな規制環境を巡る不確実性が国際的に活動する金融機関の経営の足かせとなった。

バーゼルⅢ以外でも、金融安定理事会が2011年11月、「システム上重要な金融機関に対処するための政策手段」を公表し、G-SIBsに対する追加的資本上乗せ規制(G-SIBsバッファー)や再建・破綻処理計画の策定義務づけに加えて、そのリスク管理やデータ集計能力、リスクガバナンス、内部統制について、「より密度の高い実効的な監督」を行うことを明らかにした。2015年11月には金融安定理事会が、「グローバルなシステム上重要な銀行の破綻時の損失吸収及び資本再構築に係る原則」(TLAC合意文書)を公表し、G‑SIBsに対してあらかじめ十分な「総損失吸収力(TLAC:Total Loss-Absorbing Capacity)」の確保を求めた(注17)

各国・地域も独自の金融規制強化を進め、米国では、FRBが2014年2月、ドッド・フランク法(注18)に基づいて、連結総資産500億ドル以上の銀行持株会社と米国所在の外国銀行(FBO:Foreign Banking Organizations)を対象とする「厳格なプルーデンス(健全性)規制(EPS:Enhanced Prudential Standards)」を公表した(2016年7月よりFBOへの適用開始)。同規制は、一定の資産を有する外国銀行に中間持株会社の設置を義務づけるとともに、その規模に応じた流動性の確保やリスク管理態勢の整備を求めた(注19)

このような一連の国際金融規制強化の動きは、かつて邦銀経営に大きな影響を与えた「バーゼルⅠ」と同様に、競争のルールが再び大きく変わることを意味していた。