SMBC日興証券の沿革
SMBC日興証券のルーツは「川島屋商店」と旧「日興證券株式会社」である。川島屋商店(個人経営)は1918年7月、創業者の遠山元一が東京日本橋に設立した。現物株式の取扱いで業績を上げるなか、1920年4月には株式会社に改組。1928年8月には、社債引受の活発化を背景に川島屋商店を含む4社で「共同證券株式会社」を設立した。しかし、共同證券は公社債引受のみを行って、その販売は4社で行うという不自由さもあり1936年12月に川島屋商店は離脱。1938年の有価証券引受業法施行をきっかけに川島屋商店は1939年2月、証券引受業に関する業務を中心に分離して「川島屋證券株式会社」を設立した。1941年12月に太平洋戦争が勃発し、戦時金融統制の下、証券会社の再編機運が醸成されると、1943年9月、川島屋證券が一心同体の関係にあった川島屋商店を吸収合併した。

一方、旧日興證券は、日本興業銀行が1920年6月に公社債引受・販売の別働部隊として設立した。公社債市場の活況と日本興業銀行からの安定的な資金調達を背景に、業績は安定的に伸長した。戦時金融統制が強まると、旧日興證券は1943年11月、共同證券を吸収合併した。
1944年4月、川島屋證券と旧日興證券は対等合併を行い、商号は「日興證券株式会社」を引き続き用いることとした(注26)。株式を中心に独自の発展を遂げてきた川島屋證券は営業網が他の証券会社に比べ貧弱であった。一方、旧日興證券は債券を主力として営業網も充実していた。それぞれの長所を融合するとともに、経営を合理化する見地から時代の要請に応えるものとして大きな期待が寄せられた。
1960年代の証券不況を経営陣の大幅交代等で乗り切り、1980年代まで日本経済が右肩上がりの成長を続けた後のバブル崩壊は、証券業界にも激震となって伝わった。それを象徴したのが1997年11月の山一証券の自主廃業であった。日興證券も時代の荒波をまともに受けて、1999年2月、米シティグループとの合弁で投資銀行業務専業の「日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社」(2003年4月に「日興シティグループ証券会社」に改称)を設立した。日興證券は2001年10月、持株会社体制に移行し、個人向け証券業務は「日興コーディアル証券株式会社」が引き継ぐこととなった。
日興コーディアル証券の名前がお客さまに浸透しつつあったところに、今度は海外からの激震が襲った。2008年9月のリーマンショックである。公的資金を受け入れた米シティグループは、2009年1月、大規模な事業再編を公表し、そのなかで日興コーディアル証券を含む個人向け証券・資産運用業務を売却する方針を明らかにした。これを受け、当社とシティグループは2009年5月、三井住友銀行が日興コーディアル証券を中心とする事業を取得することについて合意したことを公表した。
2009年10月に三井住友銀行の完全子会社となった日興コーディアル証券は、2011年4月に「SMBC日興証券株式会社」と改称した(注27)。改称の狙いは、旧四大証券の一角だった「日興」ブランドの価値、日興コーディアル証券役職員のモチベーションを重視しつつ、日興コーディアル証券が当社グループの一員であることを内外にアピールすることで、銀証融合ビジネスを強力に推進し、グループの結束力を高めていくことを狙いとしていた。

一方、当社と大和証券グループ本社は2009年9月、合弁会社である大和証券エスエムビーシー(注28)の経営方針を巡る基本的な考え方の違いを埋めることができず合弁事業解消の合意書を締結、公表し、2009年12月末に合弁事業を解消した。これにより大和証券エスエムビーシーに出向・転籍していた銀行出身者もSMBC日興証券に時間をかけて合流することとなった。
SMBC日興証券は2016年10月、三井住友銀行の子会社から当社の完全子会社となり、2018年1月にはSMBCフレンド証券を吸収合併し、質量ともに国内有数の証券会社となった。2018年7月には創業100周年を迎え、現在に至っている。
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第1章不確実性が増す外部環境
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第2章新たなガバナンスの下でのグループ・グローバル経営の強化
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第3章「カラを、破ろう。」
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第4章「お客さま本位の業務運営」の徹底
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第5章リテール金融ビジネスにおけるビジネスモデルの変革
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第6章ホールセールビジネスにおける真のソリューションプロバイダーを目指して
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第7章グローバル・プレーヤーとしての進化
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第8章高まる不透明感の下での市場ビジネスの進化
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第9章アセットマネジメントビジネスの強化
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第10章デジタル戦略の本格展開
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第11章G-SIBsとしての内部管理態勢の確立
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第12章業務インフラの高度化
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第13章グループ経営を支える人事戦略
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第14章持続可能な社会の実現に向けた取り組み
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第15章「コロナ危機」への対応
- おわりに