第8章
高まる不透明感の下での市場ビジネスの進化
1.不確実性の高まりに対する取り組み
(1)マイナス金利政策下のポートフォリオ運営
日本銀行によるマイナス金利政策の導入と、その後の低金利環境の長期化によって、三井住友銀行の市場営業部門は2016年以降、厳しい収益環境に直面することとなった。
2012年終盤から日本経済は緩やかな景気回復局面に入った。だが、消費者物価の前年比上昇率は物価安定の目標として定めた2%には届かず、そのなかで、2015年には中国をはじめとする新興国経済の減速懸念や資源価格の低迷から、世界経済の先行きに対する懸念も生じた。こうした背景の下、日銀は2016年1月、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策」(マイナス金利政策)の導入を決定した(適用開始は2月16日)。マネタリーベースを年間80兆円増加とする方針や資産買入れの対象および金額は据え置きとし、日銀当座預金の一部に対してマイナス金利(▲0.1%)を適用した。欧州ではデンマーク(2012年7月)、ユーロ圏(2014年6月)、スイス(2014年12月)、スウェーデン(2015年2月)が既にマイナス金利政策を導入していたが、日本においては未踏の領域であった。
マイナス金利政策の導入後、短期金利だけではなく、長期金利も含めたイールドカーブ全体で大幅に金利が低下した。10年国債利回りは、2012年4月以降、1%を下回る水準で推移し、2013年以降は日銀のゼロ金利政策および量的・質的金融緩和政策の下で一段と低下していたが、マイナス金利政策の導入を受けて、2016年2月、遂にマイナス圏に入った。2016年7月には10年国債利回りが▲0.3%辺りまで低下する局面もあった。2016年9月、日銀は「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入し、金融市場調節によって長短金利を操作することで、10年国債利回りは0%近傍のプラス圏で概ね推移するようになった(注1)。

イールドカーブ全体を下方に押し下げるという日本銀行の政策の狙いは達成された。だが、マイナス金利政策の導入ならびに国債利回りの低位推移は、銀行全体の収益に対して主に縮小要因として働く。三井住友銀行の市場営業部門にとっても、日本国債のポートフォリオからの運用リターンが将来にわたり抑制されることを意味していた。
市場営業部門は、日本国債の運用収益が限定的となるなかで、2017年は米国の株高に連動した日本の株式相場上昇を捕捉すべく、株式へポートフォリオをリバランスさせた後、2019年にはグローバルな景気減速のなかでの米国の金融政策の転換を捉えて外貨金利へ収益源をシフトさせるなど、海外の金融政策の変化や政治情勢・景気動向に起因するマーケットのトレンドを捉えながら、ポートフォリオを機動的にリバランスし、収益を積み上げた。
同時に、マイナス金利政策や世界的な低金利環境が長期化することを見込み(注2)、従来の先進国における株式や債券を中心とした運用に加えて、社債やエマージング国債などに投資対象を拡大した。2017年4月には市場営業統括部内に「クレジット投資室」(注3)を設置、さらに2020年4月、「市場ポートフォリオ投資部」を新設して、投資対象とする地域・プロダクトの拡大やデータを活用した投資手法の多様化など、新たな収益源開拓へのチャレンジを続けた。
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第1章不確実性が増す外部環境
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第2章新たなガバナンスの下でのグループ・グローバル経営の強化
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第3章「カラを、破ろう。」
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第4章「お客さま本位の業務運営」の徹底
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第5章リテール金融ビジネスにおけるビジネスモデルの変革
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第6章ホールセールビジネスにおける真のソリューションプロバイダーを目指して
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第7章グローバル・プレーヤーとしての進化
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第8章高まる不透明感の下での市場ビジネスの進化
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第9章アセットマネジメントビジネスの強化
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第10章デジタル戦略の本格展開
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第11章G-SIBsとしての内部管理態勢の確立
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第12章業務インフラの高度化
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第13章グループ経営を支える人事戦略
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第14章持続可能な社会の実現に向けた取り組み
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第15章「コロナ危機」への対応
- おわりに