(コラム)

LIBOR公表停止への対応

LIBOR( London Interbank Offered Rate)はロンドン市場での銀行間取引金利で、金融取引の際に参照指標としてグローバルに利用される市場金利である。主要5通貨(米ドル・英ポンド・スイスフラン・ユーロ・日本円)について公表されており、TIBOR(Tokyo Interbank Offered Rate)と呼ばれる東京市場の銀行間取引金利も存在する。

LIBORはその算出基礎となるレートをパネル行と呼ばれる指定金融機関が日次呈示して決定されるが、2012年、一部の欧米パネル行において、このレートの呈示に不正操作があったことが発覚した。不正を行ったパネル行に対し各国当局より多額の罰金が課されたうえで、2014年7月、金融安定理事会が「主要な金利指標の改革」と題する報告書を公表し、LIBORと、銀行の信用リスクを含まないリスク・フリー・レート(RFR)を構築したうえで目的に応じてLIBORと使い分けるマルチプルレート・アプローチを提言した。しかし、2017年7月、LIBORを監督する英国のFCA(Financial Conduct Authority)は、パネル行が実取引の裏づけがないレートの呈示に不安を覚えていることなどを理由に、2021年末以降はLIBORの呈示を強制しないことを通達し、これによって事実上、LIBORの公表は2021年末で終了する可能性が高まった。2021年3月、米ドル以外の通貨については2021年末に、米ドルについては2023年6月末にLIBORが公表停止ないしは指標性を喪失する旨、FCAより、正式なアナウンスがあった(注7)

LIBORの公表が恒久的に停止された場合の根源的な問題は主に2つある。一つは、LIBORが提示されなくなった後の代替金利指標をどうするか。もう一つは、LIBORベースで契約された取引で2021年末以降も契約期間が残存する場合の扱いである。

前者の代替金利指標の候補としては、円LIBORについては従前より利用されている「TIBOR(日本円の場合)」のほか、金融機関のクレジット・リスクプレミアム等をほぼ含まないRFRである「無担保コール・オーバーナイト物レート(TONA)」を用いて算出される「O/N RFR複利(後決め/前決め)」、TONAの先行き予想から導き出される「ターム物RFR金利(TORF)」などがある。「日本円金利指標に関する検討委員会」は2019年11月、「日本円金利指標の適切な選択と利用等に関する市中協議」取りまとめ報告書を公表し、ターム物RFRが貸出の代替金利指標として最大の支持を得たことを報告した。ターム物RFRはLIBOR同様、基準金利の水準が取引前に確定できる「前決め」方式の金利で、これまでの取引慣行や実務との親和性も高い。しかし、貸出の金利変動リスクのヘッジ等で利用されるデリバティブ取引はTONA参照が標準であり、TORF参照貸出のヘッジコストが増加、またはそもそもヘッジが困難になることも懸念され、最終的には契約内容や各指標の特徴を踏まえ、当事者間の合意で代替金利指標を選択していくことが必要になる。

もう一つの問題であるLIBOR公表停止後に残存する契約への対応については、2021年末(米ドルは2023年6月末)までに、お客さまとの間で契約中の参照金利の変更を行うか(「移行」)、LIBORの恒久的な公表停止後に参照する代替金利指標(フォールバックレート)等を当事者間で事前に合意しておく(フォールバック条項の挿入)必要があった。「移行」は、現時点で利用可能な金利の中から代替金利指標を選択するため、業界で開発中の金利と金利水準を比較・検討ができないという制約があるものの、LIBOR公表停止期限が近づくにつれLIBOR参照取引量が減少し、LIBORの金利水準が不安定となるリスクがあることを勘案すると、取引の安定性確保という観点から、融資契約については事前の代替金利指標への「移行」が望ましいと考えられた。

いずれにしても金融機関はお客さまへの説明責任を十分に果たし、双方が納得した形で代替金利指標を選定し、「移行」するか、「フォールバック条項の挿入」をLIBOR公表停止期限までに実施していくことが重要となる。これに加え実務面の課題として、代替金利指標参照取引に関わる大規模なシステム改修やリスク管理、会計、事務処理など、内部管理体制の構築も求められた。

三井住友銀行は2019年5月、「LIBOR対応プロジェクトチーム(PT)」を設置し、海外拠点を含む行内関係部署と協働のうえ移行準備に着手した。国内外の200人を超えるメンバーがそれぞれの分野でLIBOR対応PTに参画、システム開発の分野ではこれに加え、グループ会社の日本総合研究所を主体とした500人を超える規模の開発メンバーも動員された。スムーズな移行に向けて、行員向けに社内の勉強会やオンライン研修なども行われ、SMBCグループ一丸となって準備を進めた結果、公表延期となった米ドル以外の移行はほぼ完了した。